4話 出会い
スラム街。
街の喧騒と活気から切り離されたその一角は、まるで別の世界のようだった。
石畳は途切れ、土の地面は泥にまみれ、建物は崩れかけの木造ばかり。
子供が裸足で走り回り、女は薄汚れた布を纏って空腹を紛らわせ、男たちは安酒と賭け事で一日を費やしている。
腐臭が漂い、乾ききった咳の音が至る所から響く。
「……なるほど。活気の裏には必ず影があるか」
空はひとり歩きながら、人々に鑑定を行った。
視線を向けるだけで数値が浮かび上がる。
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《鑑定結果》
【名前】エルダ・ミルクス
【年齢】12
【レベル】2
【体力】43
【魔力】12
【攻撃力】15
【防御力】10
【俊敏性】38
【スキル】なし
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痩せ細った子供。
数値は平均50にも届かず、生命力も乏しい。
ただ、生き延びているだけでも奇跡のような環境だ。
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《鑑定結果》
【名前】ガロン
【年齢】29
【レベル】7
【体力】120
【魔力】5
【攻撃力】80
【防御力】65
【俊敏性】72
【スキル】《喧嘩慣れ》
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目の前のチンピラ風の男。
数値は冒険者でいえばFランク程度。
街の門を守る兵士と同等か、やや下といったところ。
このスラムでは力を持つ存在だろうが、空から見れば「砂粒」にも等しい。
彼は気まぐれに鑑定を続けながら、歩を進めた。
そして──ふと、妙な存在を見つけた。
路地裏で、ひとりの老人がチンピラに絡まれていた。
老人の身なりは薄汚れ、髪は白く乱れ、背も曲がっている。
だが、纏う雰囲気は他のスラムの住人と明らかに違っていた。
品位がある。
荒れた街にいてなお、瞳の奥に宿る静謐な輝きは失われていない。
「金を出せよ、ジジイ! 何度も言わせるな!」
「今日払わなければ、次はその命をもらうぞ!」
チンピラたちが怒鳴り声を上げる。
老人は毅然とした態度で答えた。
「……生憎と、持ち合わせはない。今ここで差し出せるものは何一つとしてないのだ」
その声音には、卑屈さも怯えもなかった。
かつて身分ある者に仕えた者特有の誇りが漂っている。
空は静かに鑑定を行った。
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《鑑定結果》
【名前】エドガー・ロウエル
【種族】人間
【年齢】68
【レベル】42
【体力】850
【魔力】620
【筋力】210
【耐久】197
【敏捷】185
【知力】233
【精神】201
【固有スキル】執事の心得 / 膨大な知識 / 精密な動作
【推奨ランク】B(ただし力を抑えている状態)
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「……ほう」
空の口元がわずかに緩んだ。
このスラムにありながら、冒険者でいえば少なくともCランク、場合によってはBに届くほどの実力を持つ。
しかも戦闘だけではない。
護衛、洞察、指揮──支える者としての技能に秀でている。
「これは、拾い物かもしれんな」
空は歩み寄った。
「……おい、ジジイ! さっさと──」
チンピラの言葉はそこで途切れた。
背後に立つ空に気づいたのだ。
見た目はただの青年。
だが、言い知れぬ威圧が彼らの背筋を凍らせた。
「彼を放せ」
静かな声音。
だが、命令に逆らえば命を落とすと本能に刻み込まれる。
「な、なんだ貴様は……!」
「余計なことに首を突っ込むと……」
言葉を言い切る前に、空は手を軽く払った。
──次の瞬間、チンピラたちは吹き飛んでいた。
まるで見えない拳に殴り飛ばされたかのように、泥の地面を転がる。
骨は折れていない。
内臓も破れていない。
だが、全身を襲う激痛にのたうち回り、二度と立ち上がれそうにない。
「死なない程度に、だ」
空は冷ややかに呟いた。
チンピラたちは這いずって逃げ去る。
残されたのは老人と空だけだった。
* * *
老人はしばらく空を見つめていた。
やがて、深々と頭を下げる。
「助けていただき……感謝申し上げます」
「気にするな」
「しかし……あなた様のような方が、なぜこのような場に?」
空は軽く笑った。
「退屈を終わらせに来ただけだ。……ところで、あんた、ただの老人ではないな?」
老人は一瞬、目を見開いた。
だが、すぐに諦めたように微笑む。
「……鑑みられましたか。かつて、私はロウエル家という名門貴族に仕えておりました。騎士として、あるいは家臣として。
だが今は、その家も滅び、私はただの流浪の身。
剣を振るう日々は遠く過ぎ去ったものと思っておりました」
その言葉には悲嘆ではなく、静かな誇りが宿っていた。
空は頷く。
「ならば──俺に仕えぬか?」
老人は驚きに息を呑んだ。
「……あなた様に、ですか?」
「ああ。力も経験も、まだ充分に役立つだろう。何より、あんたには“品”がある。私はそういう者を求めている」
老人はしばし黙考した。
やがて、ゆっくりと膝を折り、頭を垂れる。
「……この身を、あなた様にお預けいたしましょう。命尽きるその時まで」
空は微笑んだ。
「良い。名は?」
「エドガーと申します」
「ではエドガー。これからは俺の傍に立て」
「御意」
その瞬間、老人の瞳に再び輝きが宿った。
失われていた誇りが蘇り、新たな主に仕える喜びが彼を満たしていた。
スラムの路地に、奇妙な主従が生まれた。
創造主たる存在と、滅びた家の騎士。
その邂逅は、やがて街を、そして世界を揺るがす一歩となるのだった。




