46話 異次元の領域
話の構想が湧きまくって書く量がだいぶ増えてます。
よろしくお願いします。
紅蓮に染まった夕闇の下、《ロッキド鉱山》へと続く街道を、猛烈な速度で駆ける一団があった。
国中にその名が知られているSランク冒険者シルヴィア率いる《暁の羽根》、そして都市アーリスが誇る精鋭冒険者たちだ。
彼らは、眠っているカイルをラフィーナ率いる後方支援班に託し、文字通り「空を飛んで」消えた女王の後を追っていた。
「……信じられない。あの巨大な化け物が、いとも簡単に吹き飛ばされるなんて……!」
先頭を走る冒険者の一人が、荒い息を吐きながら吐露した。その声には、恐怖を通り越した困惑が混じっている。
「ああ、全くだ。カイルのあの一撃ですら仕留めきれなかった化け物だぞ? それを、一体誰が……」
冒険者たちの間に動揺が広がる。
彼らにとって、カイルやシルヴィアは冒険者の中でも秀でた存在であった。その常識を根底から覆すような「未知の力」の介入に、冒険者としての本能が警鐘を鳴らし続けている。
「無駄口を叩いている暇はないわ! 今は一刻も早く女王に追いつくわよ!」
シルヴィアの鋭い一喝が飛ぶ。
Sランクとして数多の戦場を潜り抜けてきた彼女でさえ、現在の状況は理解の範疇を超えている。彼女の内面ではかつてない焦燥に駆られていた。あの戦場に現れた「白磁の仮面の男」。彼が放った底知れない魔力と気配、女王を軽々と蹴り飛ばした理不尽なまでの力。
(あれは一体何者なの? 敵なの、それとも……。いいえ、今は考えちゃダメ。どんな存在であれ、女王をここで仕留めないとアーリスは滅びる。それだけは阻止しないと!)
その時だった。
――ドォォォォォォォォォォォンッ!!
遥か前方、ロッキド鉱山付近の地上全体を震わせるような凄まじい轟音が響き渡った。続いて、空を裂くような不気味な悲鳴。
「戦闘が……始まってやがるのか!? またあいつと……女王と戦ってる奴がいるのかよ!」
「この音の大きさ……さっきのカイルの時より、さらにヤバいぞ!」
冒険者たちの顔に、隠しきれない戦慄が広がる。
戦闘が始まったのだ。それも、先ほどの決戦を遥かに凌駕する規模で。
「来るわよ! 全員、戦闘に備えて!」
林を抜け、視界が開けた瞬間、彼らの目に飛び込んできたのは、地獄を絵に描いたような光景だった。
かつての鉱山は見る影もなく、巨大な隕石でも落ちたかのような広大なクレーターへと変貌していた。
その中央、土煙と黒紫色の魔力が渦巻く中心地で、古代石喰らいの女王が狂ったように暴れ回っている。
「……なっ、あれは……!」
シルヴィアは足を止め、絶句した。
女王の姿が、先ほど戦った時とは明らかに異なっている。
岩盤の装甲は黒紫色の結晶へと変異し、そこから溢れ出す魔力は空間全体に渦巻いている。命を燃やし、存在のすべてを破壊に捧げた、究極の「最終形態」。
だが、冒険者たちが真に戦慄したのは、その女王と戦っている「相手」だった。
「嘘でしょ……。あの化け物を相手に、たった一人で……?」
「圧倒しているのか……? 冗談だろう、そんなことが……」
そこには、巨大な結晶の触手を片手で受け流し、あるいは紙一重でかわしながら、悠然と女王の巨躯を翻弄する仮面の男――空の姿があった。
空の動きには、戦いという言葉に伴う泥臭さや必死さが一切ない。
まるで、幼子と戯れる大人のように、あるいは舞台の上で踊る演者のように、残酷なまでに洗練された「武」を体現していた。
「シルヴィアさん! 俺たちも援護に……! 今なら、あの一人が女王を抑えている間に、後ろから叩けるんじゃないか!?」
一人の実力派冒険者が武器を構え、クレーターへ飛び込もうとした。
だが、シルヴィアはその肩を、壊れ物を掴むような強い力で制止した。
「止まりなさい! 行ってはいけない!」
「な、なぜですか!? あの男がどれほど強くても、相手はあの女王ですよ! 手を貸すべきだ!」
「……その必要はないのよ。悔しいけど……今の私たちには無理ね。」
シルヴィアの瞳には、冷や汗が流れていた。
彼女は、一目見ただけで理解した。彼女が今まで経験してきたSランクとしての感が、絶望的な事実を告げている。
「……あれは、私たちが介入していい領域じゃない。……いいえ、介入なんて言葉すらおこがましいわ。あそこに飛び込んだ瞬間、私たちは禄に戦うこともできずに、戦闘に追い付けなくて押し潰されておしまいよ。」
シルヴィアは震える指先で、戦場を指し示した。
「見てなさい。あれは……異次元よ。私たちが生きている世界とは、前提条件からして違う。……あれは、人間が怪物を討伐しているんじゃない。……もっと、別の何か……」
冒険者たちは言葉を失い、固唾を呑んでその光景を見守ることしかできなかった。
仮面の男が右手を軽く振り上げると、空中に透明な、しかし圧倒的な質量を感じさせる「腕」が出現し、女王の頭上から雷鳴のような速度で振り下ろされた。
ズガァァァァァァァァァンッ!
クレーターがさらに深く抉れ、衝撃波がシルヴィアたちのいる場所まで到達する。
冒険者たちは必死に地面に這いつくばり、暴風に耐えるしかなかった。ただの「一撃」の余波が、彼らにとっては災厄そのものなのだ。
「……信じられん。あんな力……どこに隠されていたんだ……」
「暁の羽根」の副マスターが、顔を土で汚しながら呆然と呟く。
「シルヴィア。……あの仮面の男、一体何者なんだ? 少なくとも、ギルドの登録者リストにあんな奴はいない」
「……わからない。でも、確かなことが一つだけあるわ」
シルヴィアは立ち上がり、仮面の男の背中を見つめた。
その背中は、どんな絶望を前にしても決して揺らがない、神のような力強さを湛えている。
「彼は、女王を倒そうとしているんじゃない。……遊んでいるのよ」
「……何?」
「見て。あの人の動きを。全力を出しているようには見えないでしょ? まるで、自分より弱い子供の相手をして、成長を促しているような……そんな、残酷で、慈悲深い『遊戯』をしているように見えるのよ」
その指摘に、周囲の冒険者たちは沈黙した。
改めて戦場を見ると、確かにそう見えた。
仮面の男は、女王が攻撃するのを待っている。より強い攻撃が来るたびに、それを楽しむように受け流し、さらに高い威力の攻撃で反撃している。
生物としての格。存在の厚み。
それらすべてにおいて、古代の怪物をまるで「子供」扱いする存在。
シルヴィアの瞳に、恐怖とは別の、敬虔な光が宿る。
冒険者として、強さを追い求めてきた彼女にとって、その光景は絶望であると同時に、決して到達できないがゆえの究極の「美」を感じた。
「私たちは、ここでこの戦いを見守ることしかできない。……一瞬たりとも目を離さずに、この戦いを己に刻み込むのよ」
シルヴィアの言葉に従い、冒険者たちは武器を構えたまま、しかし一歩も動けずに、その異次元の決戦を凝視し続けた。
戦場の中心。
空は、シルヴィアたちの視線を感じながらも、仮面の下で楽しげに目を細めていた。
「――来いよ。お前の全力を、その『絶望』という名の証明を、俺に刻んでみせろ」
空はあえて防御の姿勢を解き、両手を広げて見せた。そして、右手の指を「クイッ」と動かし、女王を挑発する。
「キ……サ……マ、ァァァァァァァァッ!!」
女王の咆哮が、音の壁を破壊して衝撃波を撒き散らす。
挑発に応じるように、女王の肉体が異様な脈動を始めた。彼女の背中から生える数万の触手が、蛇のようにうねりながら空を包囲する。それだけではない。各触手の先端からは、古の時代の失われた大魔法――重力崩壊を伴う黒紫色の魔法陣が幾重にも展開されていく。
「ほう……魔法の多重同時詠唱か。その巨体でそれだけの演算をこなすとはな。いいぞ、ならばこちらも、その作法に合わせてやろう」
空は感心したように呟くと、空中で指先を踊らせた。
彼の周囲に、瞬時にして数百、数千の魔法陣が展開される。それは、女王が放つ魔法の「属性」と「出力」を、鏡合わせのように完全にコピーした物だった。
【《事象鏡面・反響】
「ならば、魔法戦と洒落込もうか」
対等な土俵、対等な威力。
それが、彼がこの「遊び」に課した唯一の縛り。
空中に展開された魔法陣から、女王の魔法と全く同じ属性、全く同じ威力の光線が放たれた。
ドォォォォォォォォンッ!!!
衝突の衝撃で、クレーター内に二次的なクレーターが形成される。
数千の魔法同士が空中で衝突、互いを相殺していく。一発一発が山を消し飛ばす威力の激突。その余波だけで、クレーターの底は溶岩の池へと姿を変え、熱波が天を突く。
互いの魔力が相殺し合い、火花となって降り注ぐ中、空は爆炎を割って平然と浮遊していた。服の端一つ、仮面の一箇所すら汚れていない。
その余裕に、女王の絶望は極限に達した。
どれほど力を振り絞っても、どれほど魔法を重ねても、目の前の「点」を動かすことすらできない。
女王は、自身の全力の魔法が、まるで見透かされたかのように「等しい力」で打ち消されたことに戦慄した。
だが、その戦慄は即座に狂気へと変換される。
これだけやって、届かない。
これだけ尽くして、揺るがない。
ならば――。
「ア……アガ……ガガガッ!!」
恐怖は極限を超え、純粋な破壊衝動へと昇華される。
女王の巨躯が、不自然なほど静かに、しかし力強く沈み込んだ。
彼女は自身の再生を司る核、数万年かけて蓄積した生命力、そして魂の根源さえも、すべてを「突進」のエネルギーへと変換し始めた。
結晶化した装甲が内側から燃え上がり、100kmの巨体が一本の巨大な、紅蓮の槍へと変貌していく。
それは、かつてカイルの「金鋼」の一撃が命を賭して止めたあの時を遥かに凌駕する、女王の究極奥義。
【終焉の大行進】
女王の突進は、もはや突進という概念を超えていた。彼女が通る背後の空間は衝撃波で粉砕され、真空の尾を引く。質量、速度、魔力。そのすべてが極点に達した、文字通りの「終焉の一撃」。
その進撃線上にあるものは、概念さえも無へと還る。
ドガァァァァァン!!
女王が地を蹴った。
音速の壁を幾重にも突き破り、巨大な衝撃波を撒き散らしながら、女王は赤い彗星となって空へと肉薄する。
対する空は、一歩も退かない。
避けることもしない。
彼はただ、重心を低く保ち、右手を前に突き出した。
「――来い。お前のすべてを受け止めてやる」
その頃、崖の上で固唾を呑んで見守っていたシルヴィアたちは、かつてない死の気配に曝されていた。
「……っ、総員、防御体制!! 展開できる限りの結界を張って!!」
シルヴィアは叫び、熟練の冒険者たちが、必死の形相で自身の杖や剣を構え、結界を構築する。
だが、彼らにはわかっていた。あの突進の余波が直撃すれば、自分たちの結界など紙屑同然に引き裂かれるであろうことを。
衝突の瞬間、あまりにも巨大すぎるエネルギー同士の衝突は、一瞬だけ音の概念そのものを破壊した。
直後、クレーターを中心として、同心円状に広がる「白き壁」のような衝撃波が放たれた。
ズガァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!
周囲の山々は、衝撃波の余波だけで粉々に砕け散り、クレーターの深さはさらに数100mも増した。
崖の上で防御を固めていたシルヴィアたちも、結界魔法が何枚も叩き割られ、その場に跪く。
巻き上げられた土砂は成層圏まで届かんばかりに立ち昇り、空を完全に覆い隠し、一寸先も見えない混沌が戦場を支配した。
「……はぁ、はぁ……っ。な、何が……起きたの……」
シルヴィアは、結界を解除し、ヨロヨロと立ち上がった。
余波。ただの余波で、Sランク冒険者の結界が崩壊しかけていた。彼女は、視界を覆う土煙の中を必死に見ようとする。
(カイルが……あの時のカイルが命を削って止めた、あの突進の……何倍もの威力よ。あんなもの、受け止められるはずがない。……いくら、あの人が異次元の強さだとしても……!)
彼女の心に、初めて「敗北」の二文字がよぎる。
あれほどの質量とエネルギーが一点に集中したのだ。山が消え、地殻が割れるほどの衝撃。
その中心にいた「人間」が無事でいられるはずがない
だが、土煙が風にさらわれ、その中心が露わになった瞬間。
誰もが、己の目を疑った。
「……嘘、でしょ…」
そこには、一歩。
たったの一歩も後退することなく、女王の巨大な頭部をその掌だけで受け止めている空の姿があった。
古代の女王が放った、必殺の突進。
それを受けたはずの空の足元は、微塵も沈んでいない。
周囲の大地はクレーター状に抉れているというのに、空が立っているその一点だけが、まるで神に守られたかのように無傷のまま残されていた。
空は、女王の巨大な鼻先に手を置いたまま、仮面の下で静かに笑った。
「――ふぅ。……いい一撃だったぞ」
空の声は、激突の直後だというのに、呼吸一つ乱れていなかった。
彼は、自分を押し潰そうと全力を出し切っている女王の鼻先に、優しく手を添えた。
「今のは、最高だった。……カイルの時よりも、ずっといい。生命の輝きを、しっかりと感じたよ」
空のその言葉は、慈愛に満ちているようでいて、同時に女王を絶望の底へと落とし込んでいた。
女王は、自身のすべてを賭けた攻撃を、呼吸一つ乱さず受け止められたという事実に、ついにその精神を崩壊させた。
「ア……アガ、ガ…………」
女王の巨躯から、力が抜けていく。
己のすべてを賭した一撃が、片手で止められた。彼女は、持てるすべてを出し切った。そして、それを受け止められた。
それは敗北の絶望であると同時に、初めて自分の存在を「受け入れられた」ことに対する、奇妙な安らぎでもあった。
空は、仮面の下で満足げに目を細めた。
絶望の先にあった、極限の生命力。それを引き出したことに、空は一人の観察者として、確かな充足感を覚えていた。
「さて。お前はよくやった。……だが、これ以上は地形が持たないからな。そろそろ、引導を渡してやろう」
空の右手に、これまでとは一線を画す力が収束を始める。
シルヴィアたちは、ただ呆然とその光景を見ていた。その光景は、戦場を見守るすべての者の魂に、消えることのない「伝説」として刻み込まれた。
来週最後のテストがあるのでまた更新が遅くなるかもしれないです。




