40話 鋼の覚醒
いいねぇーー熱くなってきましたよーー!
砕けた岩の中、
血と土にまみれた男が横たわっている。
――カイル・ヴァルハイト。
黒鋼の翼のリーダー。
数え切れない修羅場を越えてきたベテラン冒険者。
その心臓は、今――動いていなかった。
否。
正確には、“止まりかけていた”。
剣は折れ、身体は深く抉られ、
内臓を守っていた鋼の魔力もほとんど尽きている。
誰がどう見ても、致命傷。
生きていること自体が奇跡だった。
だが――。
その奇跡はここからさらに歪み始める。
意識はない。
夢も、闇も、記憶もない。
カイルの魂は、
自らが死に近づいていることを理解していた。
――ああ、ここまでか。
――俺は、負けたんだ。
石喰らいの女王。規格外の存在。
国をも簡単に滅ぼしてしまえるような怪物。
剣が折れた瞬間、骨が砕けた感覚、
肺から空気が抜けていく感覚。
それらすべてが、
「死」を現実として突きつけていた。
だが。
その“理解”が、
カイルの魔力が覚醒する引き金となった。
ドクン――。
止まりかけた心臓が、
再び脈を打つ。
だが、それは通常の鼓動ではない。
まるで、
何か別の力が――
心臓そのものを叩き起こしているかの様な一撃。
ドクン、ドクン、ドクン。
鼓動のたびに、
カイルの体内で魔力が軋み、悲鳴を上げる。
本来なら耐えきれない。
肉体はとっくに限界を超えている。
だが。
その魔力は、
カイル自身のものだけではなかった。
これまでの戦いの最中。
カイルの身体は感じていた。
異質なまでに澄んだ魔力。
圧倒的で、
底が見えず、
それでいて“自然”ですらあった力。
同じ人間とは思えない程の異様な風格。
――空。
あの男の魔力。
世界を歪め、常識を踏み越え、余裕を失わない存在。
空の身体か溢れるその魔力を、
カイルは“間近”で浴び続けていた。
戦場という極限。命のやり取りの只中。
無意識のうちに、
カイルの魔力はそれに触れ、
学び、適応し、変質していた。
そして今。
死を理解した瞬間。
限界を越えたその瞬間。
空の魔力は――
カイルの魔力が進化するための触媒となった。
バキッ……。
音を立てて、
カイルの身体を覆っていた黒鋼の魔力が崩れる。
しかし、それは崩壊ではない。
脱皮。
黒く、重く、鋼の魔力が、
内側から砕かれ、再構築されていく。
色が変わる。
黒ではない。鋼でもない。
――黄金。
太陽を思わせる、圧倒的な密度を持つ魔力。
黒鋼は、
“防御と破壊”のバランスのとれた形態だった。
だが今、それは超えられる。
カイルの魔力は空の魔力により、
一段階上の“格”へと押し上げられた。
――金鋼。
折れた剣が地面に転がっている。
かつて幾多の敵を斬り、
カイルと共に戦ってきた相棒。
その剣に、黄金の魔力が流れ込む。
砕けた刃の断面に、
黄金の粒子が集束し――
刃が生まれる。
刃はより長く、より洗練され、より“概念的”な鋭さを帯びる。
それはもはや、ただの剣ではない。
魔力が集合し、剣という形を取っているすぎない状態。まさに魔剣と呼ぶにふさわしい。
カイルの身体が、ゆっくりと立ち上がる。
完全に立ち上がった瞬間、地表がひび割れ、
衝撃波が周囲へ走った。
黄金の魔力が鎧のように全身を包み込む。
翼が広がる。
光を内包した、
金属ともエネルギーともつかぬ“翼”。
顔が上がる。
瞳は虚ろ。
焦点は合っていない。
白目に近いほど、
魔力が溢れ、漏れ出している。
――意識は、ない。
そこにあるのは、
感情でも理性でもない。
本能だ。
『……止めろ』
誰に向けた言葉でもない。
声ですらない。
ただ、
身体の奥底から湧き上がる闘志
脳から送られる命令。
――止めろ。
――進め。
――追いつけ。
――あれ以上被害を出すな。
残り少ない魔力。
今度こそ死んでしまうかもしれない。
これは、命そのものを燃やす行為。
だが、
それでも構わない。
止めなければならない。
街を守るために。
ただ、
“今ここで止める”という衝動だけが、
カイルの全意識を支配していた。
次の瞬間。
空気が弾けた。
風よりも速く、音よりも鋭く。
黄金の閃光が、地表を一直線に貫く。
その進行方向。
――石喰らいの女王。
意識なき覚醒者は、ただ一つの目的のためだけに。
国を震わせる災厄へと、
ものすごい速度で追いつこうとしていた。
カイルは止まらない。
止まれない。
残り少ない魔力の最後の爆発で――
ただそれを、止めるために。
誰に命じられたわけでもない。
英雄になろうともしていない。
ただ、
本能が叫んでいる。
――今なら、届く。
◆
――場面は変わり。
鉱山から少し離れた荒野。
崩壊した地形の向こう、地を裂きながら進む石喰らいの女王の進路上に、一人の男が立っていた。
《赤犬》――その首領。
名を、ルガス・グリード。
長身で痩せぎす、年齢は四十を越えているはずだが、その眼光は異様なほど鋭く、獲物を前にした捕食者のそれだった。赤褐色の外套を羽織り、口元には歪んだ笑みを浮かべている。指先には複雑な魔法刻印の刻まれた指輪が幾つも光っている。
その視線は恐怖ではなく、執着と陶酔に満ちていた。
「……ようやく、だ」
低く呟き、懐から古びた文献を取り出す。
羊皮紙は幾度も補修された跡があり、そこに描かれているのは、巨大なワームの図。無数の注釈と、異形の文字。
「魔族との取引で手に入れた禁書……。やはり、文献にあった通りだ。大きさ、魔力密度、周囲への干渉力……間違いない。魔族との取引で手に入れたこの文献、真実だったというわけか。
これに辿り着くまで、どれほどの血と金を積んだと思っている?」
誰にともなく語りかけるように、ルガスは独り言を続ける。
「古代を生きた石喰らいの女王……大地を喰らい、国を沈め、1つの文明を終わらせた災厄。記録では神話級の扱いだが、こうして現に存在している」
視界いっぱいに映る女王の巨体を見上げ、ルガスは歓喜に声を震わせた。
「会いたかったぞ。……いや、正確には“使いたかった”と言うべきか…」
足元の地面が揺れる。
女王が一歩進むたび、地鳴りが轟き、岩盤が砕ける。
ルガスは怯むことなく、懐に手を入れた。
取り出したのは、小さな黒い魔道具。
指輪ほどの大きさだが、そこから漏れ出る魔力は禍々しく、空気を歪ませている。
「禁忌級魔道具《永縛の印章》。使い切りなのがアレだが、効果は永続。魔力で印を刻むだけでいい。刻まれた生物は……」
彼は舌なめずりをし、女王に向けて言いはなった。
「術者が死ぬまで、一生支配下に置かれる」
それがどれほど恐ろしい代物か、ルガス自身が一番理解している。
だからこそ、ここまで温存してきた。
「これさえあれば、国家も、ギルドも、王も関係ない。災厄を従えた者が、世界の頂点だ」
ルガスは女王へと歩み寄り、魔道具に魔力を流し始める。
黒い光が指先に集まり、印の形を成そうとした――
その瞬間。
ドオォォォォォンッ!!!!
凄まじい衝撃音と共に、女王の巨体が横殴りに吹き飛ばされた。
大地に倒れ込み、土砂と岩塊が空を舞う。
女王は数百メートル先まで転がり、地面に叩きつけられる。
「……は?」
ルガスは思わず間抜けな声を漏らした。
目を見開き、理解が追いつかないといった表情でその光景を見つめる。
「あの……巨体を?」
喉が鳴る。
「ふき……飛ばした……?」
女王は、主ですら比較にならない存在。
都市を踏み潰す災厄を
正面から吹き飛ばせる生物など――
「そんなものが、いるはずが……」
ゴゴゴ、と地鳴りが再び響く。
女王がゆっくりと身体を起こしたのだ。
その動きは先ほどよりも荒々しく、怒りが明確に伝わってくる。
土と岩を振り払いながら、女王は首を巡らせた。
そして――
自分を倒した存在を、視界に捉える。
次の瞬間、女王の喉から大地を震わせる咆哮が放たれた。
「――――――――――――――――――――!!!!」
怒り。
困惑。
そして、本能的な敵意。
女王はその存在へと身体を向け、巨体をうねらせながら襲いかかる。
ルガスは、その“何か”をまだ視認できていない。
だが、背筋に走る冷たい感覚だけは、はっきりと感じていた。
「……面白い」
恐怖よりも先に、笑みが浮かぶ。
「まさか、女王に真正面から喧嘩を売る者がいるとはな…」
魔道具を握る手に、力がこもる。
「だが好都合だ。女王が暴れ、体力を消耗させれば……その隙に刻印を難なく記すことができる」
視線の先。
砂煙の向こうから、黄金の閃光が走る。
そして彼は知らない。
その黄金の光が、
意識なきままに走る――一人の冒険者であることを。
40話達成!
話の構想上だと1000話近くまで描けたらいいなと思っているので末永く読んでください!




