3話 世界を見る目
森を歩きながら、空はふと思い立った。
「……鑑定。便利だな」
目の前にあった巨木へと視線を向ける。
するとすぐに、情報が浮かび上がった。
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《鑑定結果》
名 称:長命樹
年 齢:推定一万二千三百四十五年
魔力濃度:極めて高い
備 考:この森の魔力の源。倒されれば樹海全体が衰退する。
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空は小さく笑った。
「なるほど……ただの木に見えて、世界の根幹を担っているか」
次に足元の石を拾う。
軽く鑑定する。
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《鑑定結果》
名 称:ただの石ころ
価 値:なし
備 考:蹴飛ばして遊ぶくらいしか用途はない。
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「……正直すぎるな」
思わず苦笑する。
だが、こうして世界の構造を垣間見られるのは退屈を忘れさせる。
空はさらに遊び心を抑えられず、己自身へと視線を向けた。
「では……俺を鑑定すると、どうなる?」
光が瞬き、視界に新たな文字が浮かび上がる。
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《鑑定結果》
名 称:?????
種 族:不明
危険度:測定不能
能力値:測定不能
備 考:情報取得に失敗しました。
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「……ふっ」
空は短く笑った。
自分自身をこの世界の基準で測ろうとした結果、全てが「不明」となった。
当然だろう。
彼は創造主。
この世界の枠組みそのものを超えた存在だ。
「面白い……。鑑定にも限界があるか」
退屈を破る一つの遊戯に過ぎないが、こうして不完全さを知るのもまた愉快だった。
やがて森を抜ける。
眼前に広がったのは、限りなく続く草原。
風が渡り、草が揺れる。
本来なら清々しい景色のはずだが、この一帯も「危険地帯」と呼ばれていた。
人影はない。
野に潜む魔獣たちは、先ほどの熊に劣らぬ脅威を秘めている。
「……やはり、人気はないか」
空は周囲を見渡しながら、ふと瞳を閉じる。
「では──少し、見てみるとしよう」
彼の瞳が再び開かれる。
そこには、ただの視界ではない光が宿っていた。
──《世界を見る目》。
大気を流れる魔力の流れ、草原に潜む獣の鼓動、遠く離れた山脈に住まう竜の息吹。
さらには、大陸を跨いだ先に広がる海。
その果てに存在する都市の喧騒、人々の営み、炎に照らされる灯火。
空の視界は一瞬にして「世界」を俯瞰していた。
「……ふむ。あれが街か」
数百キロ離れた場所に、巨大な都市があった。
人間を主体とした文明の拠点。
城壁に囲まれ、街道が延び、馬車が行き交う。
人々の声、笑い、悲嘆、怒号……すべてが彼の耳に届いた。
「良い。あの場所から始めるとしよう」
空は地を蹴る。
──瞬間、彼の身体は大気を裂き、宙に浮かんでいた。
重力の束縛など存在しない。
彼は翼を持たずとも、ただ意思ひとつで空を支配する。
風を切り裂き、草原を遥か下に見下ろしながら、空は悠然と進んでいく。
その背には、久方ぶりの高揚が宿っていた。
「退屈はもう終わりだ。この世界……果たしてどれほど俺を楽しませてくれる?」
彼の姿は、やがて蒼穹の彼方へと消えていった。
その向かう先は──人間の街。
広大な草原を飛び越え、空は目指す街の姿を視界に捉えた。
城壁に囲まれたその都市は、王都ほどの威容はないが、街路には活気が溢れ、商店の看板が立ち並び、馬車や人々が行き交っている。交易も盛んで、生活の匂いや人の声が遠くからでも感じ取れた。
「なるほど……なかなかの規模だ」
空は街の上空から俯瞰して、その構造を把握する。
中央は市場や商業地区、工房、住居が密集し、人々の営みがぎっしりと詰まっている。
だが城壁の外れや隅には、薄暗く粗末な建物が並ぶ区域が見えた。
そこは明らかにスラム街だ。街の繁栄の裏に潜む影、日々の暮らしに苦しむ人々の区域である。
空は静かに降下する。
森の外れの丘から街の外周へと降り立つと、周囲の気配を感じ取りながら門に向かった。
彼の足取りは軽やかだが、周囲の人々には不可思議な気配として映る。
城門前には二人の門番が立ちはだかる。
鋼の鎧をまとい、長槍を手にしている。門の向こうに入る者を確認し、秩序を保つ役目だ。
「おい、そこの男。止まれ」
空は立ち止まり、門番の目を見返す。
男の瞳に動じることなく、静かに答える。
「通行したい」
門番の片方が口を開く。
「身分証明できるものは持っているか? この街に入る者は提示が義務だ」
空はポケットを探るふりをし、軽く首を振った。
「ない」
門番の眉がしかめられる。
「……ならば、通行料を払うことだ。金を持っていなければ入れんぞ」
空は周囲を見渡す。
この街に入るには、形式上の通行料が必要だ。
持っている金銭は一文もない。
だが、ほんのわずかな“代替手段”がある。
空は掌に小さな光を集め、光の塊から小さな宝石を取り出す。
それは、森の奥で拾った自然の水晶のような輝きを放つ石で、門番の目に映せば価値があるとわかるだろう。
「これで良いか?」
門番は目を凝らし、宝石を確認する。
やがて小さく頷いた。
「……分かった。通れ」
空は軽く会釈し、城門をくぐった。
人々の視線が自分に集まる。
しかし、街の人々は特別な恐怖を感じるわけではなく、ただ奇妙な存在を見たという程度で通り過ぎていく。
空は一歩一歩、石畳の道を踏みしめる。
中央の市場には活気があり、商人や行商人、子供たちが行き交う。
笑い声、叫び声、交渉の声、屋台の香ばしい匂い──空は全てを感覚として受け取り、頭の中で情報を整理する。
「……ふむ。中央地区は想像通りか」
しかし、彼の関心は街の隅、活気のない区域にあった。
スラム街──路地裏に密集する粗末な家々、薄暗い建物の影、生活に苦しむ人々。
そこには、この街の表と裏、繁栄と貧困が同時に存在している。
空はその方向に足を向ける。
街の雑踏を抜け、中央から外れた通りへ。
路地の角を曲がると、狭く曲がりくねった道に低い屋根の家々が並んでいた。
生活の匂いと煤けた煙、そして静かな諦念が漂う。
「……なるほど、ここがか」
空は静かに歩きながら、周囲の人々を鑑定する。
子供や一般の市民の魂は、小さな光を放つだけだ。
貧しくとも生き延びるために工夫をしている者、家族を守る者、日々を耐える者たち。
空は静かに微笑む。
この街を観察すること、それ自体がひとつの「遊戯」だ。
生きる人々の行動、心、能力──全てを掌握してしまえば、退屈はしばらく訪れない。
そして空は、街の奥に潜むスラム街を最初に見て回ることにした。
城壁の繁栄の影に潜む弱者たち、その生き方や知恵、潜在する力。
ここにはまだ、彼が楽しめる「物語の種」が眠っている。




