36話 足止め
カイルが女王と戦闘を始める少し前…
転移魔法陣が光を放ち、冒険者たちが次々と女王のいる場所へ姿を現した。
そこは既に地獄と化していた。
「……な、なんだ、あれ……」
魔法陣から出た瞬間、冒険者の多くがその光景を目の当たりにしてその場に立ち尽くしてしまった。
地平線を覆うほど巨大な影──女王は体の半分を地上に出し、遠くの都市アーリスへ向かって、木々を破壊し地形を変形させながらゆっくりと動いていた。
「……あんなの、無理だろ……」
「規格外だ……あんなのどうすれば……」
街一つを容易に潰せる質量。
その動きに大地が揺れ、砂塵が天に昇る。
多くの冒険者が戦意を喪失し、へたり込んだり、震えて武器を握れない者さえいた。
だが──。
「立ちなさい。怯えている暇なんてないわよ」
白銀の槍を回しながら、Sランク冒険者 シルヴィア・オルディス が前へ歩み出た。
――その目に宿っていたのは恐怖ではなく、闘志だった。
その背を見た強者たちも、次々に息を飲み、立ち上がり、各々武器を握り直す。
「……今あれを止められるのはここにいる私たちだけ…このままじゃアーリスが無事じゃ済まないわ。行くわよ、暁の羽根。ついてきなさい!」
「はい、シルヴィアさん!」
シルヴィアの号令に反応して、強者たちが一斉に駆け出した。
それにつられるように、尻込みしていた冒険者たちも
「お、俺だって逃げねえ!」
「行くぞ……ッ!」
その勢いに引きずられるように、怖気づいていた冒険者たちも走り出す。
だが──その前に影が降り立つ。
「やあ、お待ちしておりましたよ、冒険者諸君。」
血のような赤いコートを纏った男たちが進路を塞ぐ。
彼らの腕には赤い犬の刺青──マフィア 《赤犬》たちだった。
「ここから先は、通すわけにはいきません。」
その中心にいた男が金属の箱型魔道具を地面へ叩きつけた。
「結界魔具《封絶牢域》、展開…」
ゴォンッ──!
瞬間、魔力が広がり巨大な魔法陣が閃光を上げ、地面の一部に 半球状の半透明こ結界が現れ、冒険者たちを分断した。
「なっ……!」
「クソッ!? 閉じ込められた!?」
中に閉じ込められたのはシルヴィアと数名のS~Aランク。
ランクの低い冒険者たち──ラフィーナを含む暁の羽根のメンバーは結界外へ弾き出される。
「シルヴィアさん!!」
ラフィーナが叫ぶが、壁の向こうには行けず拳を打ちつけるしかできない。
「これは……かなり強固な結界魔道具ね……」
シルヴィアが槍で試しに突くが、火花だけ散り、傷一つ付かない。
その時、結界内にもう一人、ゆっくりと足音を響かせて入ってきた男がいた。
「当たり前ですよ。それは封絶牢域という古代級の魔道具。この時のために高ランクの魔道具も出し惜しみはしません」
《赤犬》・最高幹部──灰牙のヴォルク
長身で整えられた灰色の髪。
片方だけ光る琥珀色の眼。
冷静沈着、狡猾さと残忍さで知られる男。
「貴方がシルヴィア・オルディス…評判通りの圧を感じる面構ですね。」
男は結界を指でなぞりながら続ける。
「ここで少し遊んでいただきますよ。
我らがボスが“女王”に用があるものでね。」
「……時間稼ぎ、というわけね。」
「ご明察。私たちの ボス は……“あの女王” を支配するために動いていらっしゃる。
その邪魔をされちゃ困るんですよ。貴方には特に…」
「ボス……《赤犬》 ルガス・グリード。
まさか、あの男が本気で動くなんてね。」
シルヴィアが細めた目で男を見つめる。
ヴォルクは肩をすくめた。
「貴方のような強者が向かっていたら対処しろと言われているのでね。この先に行かれちゃ困るんですよ。」
シルヴィアは後ろを振り返り、結界越しのラフィーナへ叫ぶ。
「ラフィーナ! 私を置いてアレをおいかけなさい! あれを野放しにすれば街が終わってしまうわ!」
「でもシルヴィアさん! あなたを置いてなんて──!」
「私は大丈夫よ。こんな所、すぐに出るわ。
だから行きなさい!」
叫びと同時に、シルヴィアが槍を構えた。
しかしヴォルクが楽しげに指を鳴らす。
「残念ですが。逃がすわけにはいかないのでね。
──“外の連中を皆殺しにしろ”」
結界の外にいる赤犬の部下たちが一斉に武器を構える。
「おい、まじかよ……!?」
「嘘でしょ……こんな時に、ラフィーナ!!」
冒険者たちは焦りながら各々武器を構える。
ヴォルクは冷静に、そして残酷な声色で続けた。
「くっ……!」
結界の外、怒号と剣戟の音が響く。
シルヴィアは結界越しに奥歯を噛む。
「……最低のクズ共ね。」
ヴォルクは涼しい顔で言った。
「褒め言葉として受け取っておきましょう。
さあ――始めましょうか、Sランク冒険者 シルヴィア・オルディス。あなたの仲間が死なずにアレに追いつけるか……賭けでもしますか?」
シルヴィアは怒りで槍を震わせる。
「あなたたちを相手にしている暇はない。短く済ませてここからすぐ出るわ」
ヴォルクはにやりと笑い、血のように赤い剣を抜いた。
「へぇ。随分なめられたものですね。やれるもんならやってみろ」
殺意が渦巻く結界内で、ついに戦闘が始まる。




