30話 決意の実行
記念すべき30話目です。
これからもどうぞよろしくお願いします。
岩の破片が飛び交い、魔力の閃光があたりを照らす。
カイルと巨大な《石喰らいの主》の戦いは、終盤に差し掛かっていた。
そのぶつかり合いはまさに“激突”という言葉がふさわしい。
剣を握る腕は筋肉がきしみ、肩から煙のような魔力が噴き出していた。
まさに“戦士”の姿。
対する主は、全身を分厚い岩の装甲で覆い、口からは高熱の蒸気を吐き出している。
その巨体は十メートルを超え、地を這うたびに地鳴りが起きた。
それをカイルは真正面から斬り伏せていた。
「――っはぁっ!!」
鋼の魔力を纏うカイルの剣が、光の弧を描く。
刃が主の装甲を削り取り、岩片が火花のように散った。
衝撃で地面が裂け、空気が振動する。
主は吠えた。耳をつんざくような金切り声を上げる。
尻尾を振り下ろし、岩肌を粉砕する勢いで叩きつけた。
だが――カイルはそれを避けなかった。
一歩踏み込み、あえて攻撃の間合いに入る。
「はぁあっ!」
カイルの動きは止まらない。
斬撃を重ね、主の装甲を削ぎ落としていく。
十撃、二十撃、三十撃──そのたびに鋼の軌跡が空を走る。
「はああああッッ!!」
咆哮と共に振るわれた最後の一撃が、主の肩口を深く抉った。鋼の魔力が渦を巻き、カイルの全身から光が溢れる。
剣が主の胴体を斬り裂くと、硬質な装甲が砕けて飛び散った。
露わになった肉体から、どす黒い体液が溢れ出る。
「……やるな。思ったより、手強かったぜ」
カイルは息を吐き、剣を構え直す。
主もただでは終わらなかった。
装甲を砕かれたことに対する怒りにより、次の瞬間には地面へ潜り込んだ。
ゴゴゴ……ッ!
地面が波打つように盛り上がり、砂塵が吹き上がる。
地中を走る魔力の気配が、カイルの足元を素早く移動していく。
「潜ったか……!」
周囲の岩壁から振動が伝わる。
主の狙いはただ一つ。地中からの奇襲。
その牙で、獲物を確実に仕留めるつもりだ。
カイルはわずかに息を整えた。
額から汗が流れる。
だがその目は、獣のように鋭く光っている。
「……これで最後だ!」
彼は深く息を吸い、剣を正面に構えた。
その瞬間、全身から放たれる戦気が異様な輝きを帯びる。
「――秘儀・《黒鋼》!」
カイルの身体を包んでいた鋼の魔力が、黒く変化した。
闇と鋼が溶け合い、重厚な輝きが空気を震わせる。
その剣は漆黒に輝き、鋼そのものが意志を持ったように脈打っていた。
次の瞬間――
主が地中から飛び出した。
岩を砕きながらその巨体が現れ、巨大な顎がカイルに迫る。
だが、遅い。
「見きった……!」
カイルは身をひねり、紙一重でその突撃を避けた。
そして、剥がれた装甲の隙間を見逃さない。
刹那、剣が閃く。
「――斬り裂けぇッ!」
黒く光る刃が主の体に突き刺さる。
その瞬間、黒鋼の魔力が内部に流れ込んだ。
爆ぜるような音が響き、主の体内から黒い閃光が走る。
「爆斬破岩っ!」
次の瞬間――
主の巨体が膨張し、内側から爆発した。
轟音とともに岩と肉片が四方八方へ吹き飛び、
地面を黒い煙が覆い尽くす。
カイルは剣を下げ、荒い呼吸を整えた。
「……ふぅ。やっと……終わったか。」
その背後で、ラグンはその光景を呆然と見つめていた。
あまりの力の差、あまりの光景。
これがAランク冒険者の実力なのだと、肌で理解する。
しかし――その気持ちとは別にラグンは決意を固めていた。
(……すごい。本当にすごい……でも、俺は……)
ラグンの視線が自分の手元へ落ちる。
懐の中、震える手が小さなナイフを握っていた。
刃先が鈍く光る。
(家族を……助けるには、やるしか……ないんだ)
鉱山の奥で《赤犬》の幹部から言われた言葉が、頭にこびりついている。
――「鉱山に潜入している奴を起こせ。お前の家族が大事なら、命令に従え」
その言葉を思い出すたびに、胸が痛んだ。
だが、それでも手を止めるわけにはいかない。
(ごめんなさい、エドガーさん……)
脳裏に浮かぶのは、幼い弟と母の姿。そして自分に鉱山での仕事を教えてくれた、父の姿。
縄で縛られ、恐怖に怯える家族。
そして、その背後に立つ、笑う男の影──《赤犬》の幹部たち。
静かに息を吸い、足を踏み出す。
目の前ではエドガーが、カイルと主の戦いの結末を見届けていた。
警戒を緩めたその背中に――ラグンの影が近づく。
ナイフを抜き、わずかに躊躇した。
だが、その一瞬の迷いを振り切り、ラグンは力を込める。
――グサッ。
「──っ!」
刃が肉を貫き、血が飛び散る。
エドガーが苦悶の声を漏らし、膝をつく。
血が溢れ、床を濡らす。
「ラ……ラグン……? お前、何を……!」
カイルが目を見開く。
ラグンは歯を食いしばり、顔を上げた。
涙がこぼれそうになるのを必死でこらえながら、震える声で呟く。
「……ごめんなさい……! 本当に……!」
そのまま彼は走り出した。
奥へ、誰も足を踏み入れたことのない立ち入り禁止区域へ。
目的は一つ、《赤犬》に命じられた“何か”を起こすため。
「待てッ!」
カイルが追いかけようと踏み出す。
だが、エドガーの身体を支えていた空が手を上げ、彼を止めた。
「……カイル、俺が行く。お前は体力を回復させながらエドガーを頼む。」
空はエドガーにちらりと目をやり、小さく頷く。
(……演技は上出来だ。あとは俺があいつを追う)
そう心の中で呟くと、空は走り出した。
粉塵の中、足音だけがこだました。
カイルはその背を見送りながら、エドガーを抱き起こした。
「おい、しっかりしろ! エドガー!」
「……だ、大丈夫……です……少し……刺されただけなので……」
エドガーは苦痛を装いながらも、空の意図を理解していた。
(刺された傷がもう塞がっている……私の肉体はやはりあの時に変化していたのか。)
だがその背後では、すでに空の姿が闇へと消えていた。
…………
暗い坑道を駆け抜ける。
灯りはない。
だが空は迷わなかった。
ラグンが残した足音、微かな魔力の残滓を辿る。
そして、やがて辿り着く。
そこは鉱山のさらに奥、一般の労働者ですら立ち入りを禁じられた区域。
古く崩れた坑道の奥に、禍々しい魔力の流れがあった。
壁には古代文字のような模様が刻まれ、地面には封印の魔法陣が浮かび上がっている。
ラグンはその中心で膝をつき、懐から取り出した黒い石を掲げていた。
「……これを、起動させれば……家族は助かる……!」
その声は震えていた。
恐怖でも、罪悪感でもない。
ただ、“必死”だった。
その瞬間、足音が響いた。
ラグンが振り向くと、そこに空が立っていた。
無言で、ただその手元の黒い石を見つめている。
「……空、さん……」
「よせ、ラグン。それを起動したら、もう後戻りはできない。」
ラグンの目が潤む。
「……でも……俺の家族が……《赤犬》が……!」
「わかってる。」
空の声は静かだった。
「だが、それを起こせば……この鉱山が消えるぞ。」
沈黙。
ラグンの手が震える。
黒い石の中から、うごめくような魔力が漏れ始める。
封印の魔法陣が、ゆっくりと解けていく。
「……っ!」
空の瞳が鋭く光った。
「ごめんなさい。俺は家族を助けたいんだ」
ラグンはそう言うと黒い石を魔法陣に捧げた。
《赤犬》が命じた“何か”。
その“何か”が、今まさにこの鉱山で目覚めようとしていた。




