29話 剣より拳
また遅れてすいません。この休みに手術したもんで体調が優れなくて描けませんでした。次回で30話なのでぜひ応援よろしくお願いします。
カイルが主と激突し、鋼と岩がぶつかり合う轟音が響くその横で、
空は一歩下がりながら、前方に群がる無数の石喰らいを見据えた。
その数、およそ数百。
溢れんばかりの大量の石喰らいがカイルの戦場へ流れようとしている。
しかし空は静かに目を閉じ、呼吸を整えると──薄く笑った。
「……おいおい。そっち行くな。お前らの相手はこっちだ」
低く呟くと同時に、彼の身体から圧が放たれた。
魔力ではない、“存在”そのものが周囲を支配していく。
石喰らいたちは次々と空の方へと意識を向け始めた。
まるで見えない糸に引かれるように、カイルの方に向かっていた個体までもが進路を変える。
牙を剥き、岩を砕くような音を立てながら、十数匹が咆哮した。
「よし……これで全部俺の方に来たな」
静かに剣を鞘に納めた。
カチリ、と金属の音が鳴る。
それだけで、彼の周囲の空気が張りつめた。
「……ちょっとこっちも試してみるか」
ゆっくりと拳を握る。
ゴキリ、と骨が鳴る音が鉱山に響く。
拳から淡く黒い光が立ち上がる。
炎ではない。雷でもない。
それは彼自身の“肉体”そのものが放つ圧倒的なエネルギーの波動だった。
最初の一匹が飛びかかってきた。
石の顎が彼の頭を狙う。
空はその一撃をわずかに体をひねってかわし、
逆に拳を突き上げる。
ドグシャァッ!!!
拳がめり込み、石喰らいの腹が内側から爆ぜる。
肉片と岩片が四散し、血のような黒泥が飛び散った。
空は一切表情を変えず、二匹目が横から迫るのを見て拳を横薙ぎに振る。
ブシュウッ!
その頭部が消し飛び、その風圧で吹き飛ばす。
「……うん、悪くない」
次から次へと飛びかかってくる。
だが、空の拳はすべての動きを見切っていた。
一撃ごとに、殴られた魔物が弾け、吹き飛び、肉片が壁一面を覆い尽くす。
石の鱗が砕け、地面が血と岩で染まっていく。
その姿は、まるで戦場に舞う破壊神。
「……やはり、拳のほうが早いな」
皮肉のように呟きながら、一体の石喰らいを掴み上げ、そのまま地面に叩きつけた。
大地は砕け、クレーターのような穴ができる。
岩壁が崩れ、残りの魔物たちが怯んだ。
周囲が悲鳴のような唸り声で満たされていく。
空はその中心で淡々と拳を振るい続けた。
その動きはまるで舞のようで、怒りも興奮もない。
ただ“処理”しているだけの動き。
一撃、一撃が、確実に命を絶っていく。
カイルが鋼の翼で主と渡り合う隙間から、空の拳撃が閃光のように交錯していた。
飛び散る粉塵と魔力の残光が交じり合い、第三層はまるで地獄絵図だった。
「こんなもんか……」
空は拳を払って息を整える。
背後からラグンの視線を感じた。
どこかぎこちない、焦りを含んだ動き。
そして、わずかに震える指先。
空は目を細め、意識を集中させた。
──心読。
ラグンの頭の奥へ、静かに潜り込む。
恐怖、焦燥、罪悪感。
そして──“命令”という言葉。
脳裏に響くのは《赤犬》の幹部の声。
「鉱山の奥にいる奴を起こせ。拒めば家族もろともお前を消す。」
その瞬間、空の眼光がわずかに鋭くなった。
「……そういうことか」
全てを理解した空は、
すぐに念話を発動し、エドガーの意識に直接話しかけた。
『──エドガー、聞こえるか? 落ち着いて聞け。ラグンが裏切る。お前のことを刺そうとしている』
エドガーは一瞬驚いたが、反応を抑える。
『……なんですって? まさか彼が……?』
『ああ、だが責めてやるな。脅されてる。……《赤犬》に家族を人質に取られている。どうしようもない状態だ』
エドガーの瞳が揺れた。
『じゃあ、どのようすれば……?』
空は戦場の中心で、石喰らいの死体の山に座りながら、冷静に答える。
『俺が見てる。いいか、お前はあえて刺されろ』
『──なっ、なんと!?』
『いいから。俺が作り変えたお前の肉体は刺された程度じゃ致命傷にはならない。刺されたところはすぐに再生するから大丈夫だ。むしろ、お前が倒れた演技をしてラグンのその後の動きを見るチャンスだ。うまくいけばこれより面白い展開が見れる』
エドガーは僅かに息を呑んだが、すぐに理解したように表情を引き締めた。
『……了解しました。演技ですね』
『ああ。いい感じにあいつを騙してくれ。……ラグンが動き始めたらまた起き上がってこっちと合流だ。』
『了解しました。』
通信を切ると、空は再び拳を構える。
視線の先では、まだ数匹の石喰らいが地面から這い出てきた。
その全てを一瞬で捕らえ、足を踏み出す。
ドンッ──
床が爆ぜ、空の身体が霞のように消えた。
次の瞬間、音もなく一匹の頭が吹き飛ぶ。
残りが逃げようとするが、その瞬間、拳が空間を裂く。
バシュッ! バキッ! メギャッ!
数秒後、動くものは何もなくなっていた。
立ち尽くす空の周囲に転がるのは、血と岩片の山。
カイルの方では、まだ鋼と主の激突が続いている。
だが空は、その戦いを冷静に見つめながら、ゆっくりと視線をラグンへと移した。
ラグンの肩が微かに震えている。
懐に隠された刃が、わずかに光を反射した。
空は小さく、誰にも聞こえない声で呟く。
「さて……お前が何を“起こす”つもりなのか、その決意を見せてもらおうか。」
空はその時が来るまでカイルの勝負を眺める。
その背後で、ラグン覚悟の“裏切り”の瞬間が静かに近づいていた──。




