28話 鋼の翼
空とエドガーが群がる石喰らいたちを切り伏せる中、カイルは一際巨大な“主”と相対していた。
岩盤をも砕くような振動が地を這い、洞窟の壁がきしむ。
主は体長十メートルを優に超え、全身を覆う岩の装甲が鈍く光る。眼は紅く輝き、口の奥からはドロリとした酸が滴っていた。
「……やれやれ、まさかお前のような奴がいたとはな。その姿、ドラゴンみたいじゃねぇか。」
カイルは剣を深く握り、大きく息を吸い込む。
その瞬間、全身から鋼色の魔力が立ち上がった。
魔力が肉体と一体化し、背中にはまるで翼のような光の残滓――"戦気解放《鋼の翼》"が形を成す。
それは実体ではなく、純粋な魔力の形。
しかし、その圧は“生き物”のように鼓動していた。剣を握る腕の筋肉が盛り上がり、鋼のような光沢が走る。周囲の空気が重くなり、石喰らいの主が警戒の咆哮を上げた。
「ようやく俺も本気を出せそうな相手を見つけられたぜ!お前は子分たちとは違ってくれよ。」
地を蹴る。
カイルの姿が空気を裂き、視界から一瞬で消える。
次の瞬間、主の左側面が大きく抉れた。だが主は咆哮を上げ、尻尾を振り抜く。
その一撃は空気を圧縮し、重い衝撃波として襲い掛かる。
「ぬぅッ——!」
カイルは剣で受け流しながら滑るように後退する。
尻尾の重さが腕に伝わり、骨が軋んだ。だが、その目は燃えるように鋭く輝いていた。
「面白ぇ……! 久々に血が沸いてきたぜ!」
主は口を開き、ねっとりとした酸を吐き出す。
岩肌を焼き、煙が上がる。
カイルは跳び退き、剣を大きく振り抜くと、そこから"鋼の魔力"が波となって空を裂く。
鋼の刃が飛び、酸の弾幕とぶつかり合い、爆ぜた。
金属と液体がぶつかり合う異様な音が、洞窟に反響する。
「くそっ、飛ばした斬撃が溶けるとはな……酸の濃度が尋常じゃねぇ!」
カイルは歯を食いしばり、さらに魔力を高めた。
鋼色の光が全身に纏わりつき、足元の岩を砕く。
主もまた、地面を叩きつけ、咆哮と共に突進を開始する。
轟音。
光と闇が交錯するような瞬間、剣と装甲がぶつかり、火花が散った。
衝撃で洞窟の天井から石が降り注ぐ。
カイルはその中で、主の一撃を紙一重で避け、鋭いカウンターを叩き込んだ。
鋼の剣が主の腹部をかすめ、岩片が飛び散る。
「どうした! もっと来いよ!」
主の尻尾がうなりを上げる。
カイルはそれを見切り、地を滑るように横へと転がる。
次の瞬間、主が前傾姿勢で突進してきた。
「上等ッ!」
カイルが叫び、剣にさらなる魔力を注ぐ。
刃先が白熱し、周囲の石壁が震えるほどの衝撃が生まれる。
鋼の光が爆ぜ、主の突撃と正面衝突。
金属音が雷鳴のように響き、鉱山全体が軋んだ。
衝撃でカイルは数歩後退したが、その力が落ちることはなかった。
主の尾が再び襲いかかる。
カイルは地面を蹴って宙に跳び上がる。
背の翼が広がり、上昇。
空中から見下ろし、両手で剣を構えた。
「——崩岩裂斬!」
鋼の翼が広がり、魔力の奔流が剣先へと集中する。
一閃。
光の帯が走り、主の装甲が一部ごと砕け散った。
主は苦悶の咆哮を上げ、酸を再び吐き出すが、カイルは剣を回転させてそれを弾き飛ばす。
だが主も負けていない。
全身の装甲を震わせ、鋭い岩の棘を無数に生やした。
それを射出するように振り払うと、岩の矢が雨のようにカイルに襲い掛かる。
「チッ、遠距離まで使えるとはな。さすが主といったところか!」
カイルは跳躍して避けるが、いくつかの岩が鎧を掠め、金属音が鳴り響く。
落下と同時に再び戦気を放ち、剣を水平に構える。
「お前の装甲、もう限界だ。終わりにしてやる!」
鋼の翼が煌めく。
地を蹴る一瞬、風が爆ぜ、カイルの姿が閃光のように主の懐へと入り込む。
連撃。
斬撃が重なり、閃光が幾筋も走る。
主の咆哮が響き、岩が割れ、地面が震えた。
——その壮絶な戦いを、少し離れた場所で見ていたラグンは、息を呑んでいた。
「す……すごい……これが……Aランク冒険者……」
彼の声は震えていた。
自分とは次元が違う――心の底からそう思った。
だが、胸の奥に渦巻くのは恐怖でも憧れでもない。
罪悪感だった。
――家族を……守るため。
(俺は……違う。俺は、“任務”を果たさなきゃいけないんだ……)
ラグンはそっと懐に手を入れる。
そこには、一枚の黒い札と小さな刃物。
札には《赤犬》の紋章が刻まれていた。
(あの人に言われたんだ……“鉱山の最奥にあるもの”を起こせ、と。
そして邪魔をする者がいたら——殺せって。)
震える指先がナイフを握りしめる。
刃が微かに光を反射した。
額には冷や汗がにじみ、呼吸が荒くなる。
「くそっ……俺だって……こんなこと……!」
カイルの咆哮が響く。
「立ってろよ、まだ終わっちゃいねぇ!」
主がそれに応じ、再び尾を振り上げた。
岩盤が震え、空気が爆発するような振動。
その中で、ラグンの決意が静かに固まっていく。
ラグンはその光景の中で、ゆっくりと決意の表情を浮かべた。
「……今しか、ない……!」
心の中で誰かに謝りながら、ラグンはナイフを強く握りしめる。
その視線の先には、魔法で周囲の石喰らいを牽制しながら、自分を守るように立っている――エドガーの背中があった。




