26話 《石喰らい》
重厚な鉄扉が開く音が、深い鉱道に低く響いた。
その瞬間、雰囲気が一変する。
冷たい。
地の底から這い上がる瘴気のように、湿り気を帯びた空気が頬をなでた。
土と鉄、そして"無数の削れた跡"。
暗闇を照らす魔導灯の光は弱々しく、先の視界はわずか数メートル。
地面には黒い粘液が広がり、ところどころ岩が噛み砕かれたような跡が残っていた。
「……こいつは、想像以上だな。」
カイルが低く呟き、剣を抜く。
銀の刃が、淡く反射した光を返す。
ラグンはその異様な空気に喉を鳴らした。
「ここから……第二層です。この先は《石喰らい》が出現し始めてから調査ができていないので気を付け進みましょう。」
空は周囲に意識を張り巡らせた。
(魔力の流れが不安定だ……地下の魔脈が暴れている。)
そして次の瞬間――。
ゴゴゴ……ッ。
足元から響く地鳴り。
地面がわずかに揺れ、岩の間から砂がぱらぱらと落ちた。
「……来ます!」
ラグンの声が震えた。
その言葉に反応するように、前方の岩壁が破裂した。
「グギャアアアアアアアアア!!!」
地中を喰らう異形――《石喰らい》が姿を現した。
全身を岩で覆った巨大なワームのような体躯。
岩の鱗がぶつかり合い、火花を散らす。
口の奥には、鉄すら砕く鋭い牙がびっしりと並んでいる。
だが、それだけではなかった。
右からも、左からも、さらには天井からも、複数の《石喰らい》が這い出してきたのだ。
「数が……多いですね」
エドガーが数を確認する。
「ラグンは任せた!」
カイルが短く言い放つ。
「了解いたしました」
エドガーはすぐさまラグンの前に出て杖を構え床に一突きする。すると魔法陣が展開された。
淡い光の膜が二人を包む。
防御結界。
振動を抑え、飛び散る破片を防ぎ、襲いかかってくる物を拒絶した。
その間に――カイルと空が、前へ出た。
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「来いよ、岩虫ども。」
カイルは剣を構え、眼光を鋭くする。
左から一匹、正面から二匹。
咆哮とともに突進してくる巨体が、地面を大きく抉った。
「はあっ!」
剣が振り抜かれる――だが、刃が岩の外皮に弾かれた。
火花が散り、手に鈍い衝撃が走る。
「ちっ……硬ぇな!」
《石喰らい》の鱗は鋼よりも硬く、通常の斬撃は通らない。
そのまま反撃の尾が迫る。
岩の尾が地を割りながら振り抜かれた。
「カイルさん!」
ラグンが叫ぶ。
しかしカイルはそれを読んでいた。
体を低くして回避し、地面を蹴る。
「……《戦気解放》鋼の翼!」
瞬間、カイルの全身を鋼の魔力が包み込む。
筋肉が膨張し、地面を割るほどの力が生まれる。
「行くぞ――《崩岩裂斬》!」
鋼の魔力を纏った刃が、岩の魔物を一閃した。
凄まじい衝撃波と共に、石喰らいの体が真横に裂け、
硬い岩の装甲が粉々に砕け散った。
「……ふぅ、これなら通るな。」
カイルは息を吐き、剣を構え直す。
背後では、別の《石喰らい》が空に迫っていた。
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「……早いな。」
空は軽く呟き、腰の剣を抜く。
音もなく、刃が煌めく。
ズバッ――。
石喰らいの装甲に斬撃が当たるが、金属のような音を立てて弾かれた。
衝撃波が空の腕を走り、体が後方に吹き飛ばされる。
「……おっと。」
岩壁を蹴って姿勢を立て直す。
ラグンが驚愕した表情で叫ぶ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「まぁな。」
空は肩を回しながら苦笑した。
「力の調整が弱かったかな……」
《石喰らい》が再び突進してくる。
その巨体がまるで岩雪崩のように迫る――。
空の瞳が細く光を帯びた。
剣を逆手に構え、自身の体の力を再度調整し、静かに息を吐く。
「――《零閃・断虚》。」
一瞬。
世界が凍りついたように静止した。
次の瞬間、白い閃光が走り、音が遅れて響いた。
ズバァァァァァンッ!!
突進していた《石喰らい》が真っ二つに裂け、
切断面から黒い液体が飛び散った。
「……よし、こんくらいか。」
空は軽く手首を振り、剣についた血を払う。
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その一撃を目にしたカイルは目を見開き、笑う。
「やっぱりな……お前、只者じゃねぇだろ。」
「さぁな。」
空は肩をすくめる。
「まだ慣らしの状態だ。」
その軽口を交わす間にも、さらに三匹の《石喰らい》が地面を割って姿を現す。
岩片が飛び散り、天井の粉塵が雨のように降る。
「下がってろ、ラグン!」
カイルが叫び、再び戦気を高める。
「うおおおおおっ!!」
戦気が轟音と共に爆発。
鋼の魔力が刃に宿り、周囲の空気を震わせた。
《石喰らい》が左右から同時に襲いかかる。
ひとつは地面を掘り潜り、もうひとつは天井を這って急降下。
「来いッ!」
カイルは回転しながら剣を振る。
鋼の円斬が走り、斬撃が交差する。
「《双牙裂破》ッ!!」
二重の斬撃が岩の外皮を貫き、二匹の《石喰らい》が同時に崩れ落ちた。
だが残る一匹が、その隙を狙ってカイルの背後に迫る。
顎を大きく開き、鉄をも噛み砕く牙が迫る――。
「後ろです、カイルさん!」
ラグンの叫び。
カイルの反応がまた少し遅れ――石喰らいによる攻撃がカイルに当たりそうになる時、
空の姿が風のように消えた。
「――《閃歩》。」
声が響くより早く、空はカイルの背後に現れ、
逆袈裟に一閃。
岩の顎が砕け、《石喰らい》の頭部が宙に舞った。
「……また助けられたな。」
カイルが息を吐く。
「油断は禁物だ。」
空は剣を納め、淡く笑った。
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静寂が戻る。
土煙が薄れ、地面には切り刻まれた《石喰らい》の残骸が転がっていた。
周囲の壁には戦闘の痕が刻まれ、魔導灯の光がそれを照らしている。
「す、すごい……あの《石喰らい》を、こんな短時間で……」
ラグンが呆然と呟く。
エドガーは防御結界を解除し、周囲を確認した。
「まだ、奥に反応が確認できますね。」
空が目を細めた。
(……やはり、奥からまだ大きな気配があるな。)
鉱山の奥――さらに巨大な“何か”が蠢いている気配がする。
その魔力の波は、先ほど倒したものの比ではなかった。
「この震動……」
カイルが足元を見た。
「まるで、地面そのものが生きてるみたいだ。」
空は静かに頷く。
「原因はこの先にあるな。石喰らいを操る“何か”がいるな。」
エドガーが続けて
「……この異常、恐らくは――第三層に巣があると思われますな。」
その言葉にカイルも頷く。
「だろうな。奴らの動き、まるで“何か”を守ってるみたいだ。」
空が深く息を吐き、剣を腰に戻す。
「なら――そこを突こうか。」
空とカイルは無言のまま視線を交わす。
ラグンは唇を震わせながら、
「ここから先は未知の領域です。僕もここから先の情報は少ないです……」と呼びかける。
空は一歩、前へ出る。
「行こうか。地を喰らう者の巣へ。」
カイルは剣を肩に担ぎ、笑った。
「望むところだ。暴れるにはちょうどいい。」
エドガーはラグンのそばによりラグンを落ち着かせる。
「安心してください。あの2人がいればこの先も無事に進むことができるはずです。それにラグン殿は私が守れと空様から言われているのでラグン殿に傷1つも付けません。」
こうして4人はさらに奥へ進むのであった。




