22話 後始末
広場での戦闘が終わり、瓦礫と血の匂いがまだ漂う中、空とエドガーは静かに立っていた。
カイルは、乱れた黒髪をかき上げながら周囲を見渡す。
兵士たちが現場へ駆けつけ、倒れたチンピラたちを縄で縛り上げ始めていた。
「……ふう、ここはもう大丈夫だな」
カイルが鋭い目を周囲に巡らせる。
すると、ふと眉をひそめる。
その鋭い視線が周囲を走り抜けた。
「……おかしいな。リューセルの死体はあるが、もう一人――グロックの姿がない。」
「逃げたんだろう」と空が軽く首を傾げる。
「おそらくそうだろうな。」カイルは低く答えた。「あの負傷では遠くには逃げられないはず……。」
エドガーは冷静な声で口を開いた。
「万が一ということもございます。兵士たちに周囲を探索させた方が良いでしょうな。」
「そうだな」
そう言うとカイルは兵士たちに命令した。
「後はお前たちに任せる。市民には手を出させるな」
「はっ!黒鋼の翼のカイル殿、助力感謝いたします!」
兵士たちは深々と頭を下げる。黒鋼の翼の名はこの街で既に広く知られているのだ。
カイルは視線を横に流し、空へと向けた。
「……それにしても、君には助けられたよ。最後の一撃、君がいなかったら背中を切り裂かれていただろう」
「気が向いただけだ。別に恩を売るつもりはない」
空は肩をすくめ、涼しい顔をしていた。その態度がかえってカイルの心に響く。
「それでも、命の借りは借りだ。俺はそういう筋は通す」
カイルの真っ直ぐな言葉に、空はわずかに口元を緩めた。
しばしの沈黙のあと、カイルがふと問いかける。
「明日……時間はあるか?」
「明日か? いや、予定がある」
「予定?」
「依頼を受けててな。商人からの依頼でな。採掘関係で鉱山に行くんだ」
カイルは腕を組んで「なるほど」と唸る。
「なら、その依頼……俺に手伝わせてくれないか?」
「……黒鋼の翼はいいのか?」
「問題ない。少し前に大きな依頼を片づけて、今は全員休暇中だ。ちょうど暇を持て余してるところなんだ」
そう言って笑うカイルの顔は、戦闘中の険しさとは打って変わり、どこか屈託のない青年の表情だった。
空はしばし考えた後に答えた。
「……別に構わないが」
「よし! じゃあ明日の朝、またギルドで会おう」
そうして2人は一旦その場を離れた。
---
戦闘の余韻が残る広場を後にし、空とエドガーはゆっくりと宿へ向かう。
道すがら、市民たちのひそひそ声が耳に入ってきた。
「カイルさん、やっぱり強ぇな……」
「いや、でも最後にマフィアを蹴り飛ばしたあの人……誰なんだ?」
「見たことない顔だが、只者じゃないぞ……」
空は苦笑しながらも特に気にする様子もなく歩みを進める。
一方でエドガーは、その背に並び立ちながら柔らかく声を掛けた。
「空様、随分と注目を集めてしまいましたな」
「……まあ、観光の一環だと思えば悪くない」
「ふふ、さすがの余裕でございます」
その頃。
街の喧騒から離れた裏路地――。
暗い石畳の上を、一人の巨体が這いずっていた。
「はぁ……はぁ……っ……。」
息は荒く、血が地面に点々と落ちていく。
それは、カイルとの戦いで深手を負ったグロックだった。
顔は汗と血にまみれ、麻薬の影響により片腕はちぎれかけておりだらりと力なく下がっている。
「……俺が……俺が……こんなところで……。」
低い呻き声が夜の空気に溶けていく。
彼の思考はひとつ――組に戻り、この傷を癒すこと。
あの「人」に知られる前に、何としても戻らなければならない。
そうでなければ、自分の命は……。
カツン、と石畳を踏む音が響いた。
グロックの体がびくりと震える。
後ろから、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる靴音。
「……誰だ……?」
振り返ろうとしたその時――。
「無様ですねぇ、グロック。」
月明かりの下に現れたのは、一人の男。
細身の体に黒いコートを纏い、口元には不気味な笑みを浮かべている。
その瞳は氷のように冷たく、ぞっとするほどの威圧感を放っていた。
「お……お前は……!」
「同じ《赤犬》の幹部仲間にして……あなたの後始末役として任命されました。」
男は愉快そうにグロックに近づく。
グロックは血を吐きながら声を荒げた。
「待て……俺はまだ……!」
その言葉を最後まで言う前に、ひゅん、と鋭い音が走った。
次の瞬間、グロックの太い首は、あまりに容易く切り裂かれていた。
ゴロッ
グロックの首が転がり、巨体が崩れ落ちる。
鮮血が夜の石畳を染め、やがて静寂が戻った。
男は血を払うように剣をひと振りし、静かに笑った。
「報告は……私がしておきましょう。2人はカイルと若い冒険者に殺されたと」
その声は、闇に溶けて消えていった。
街の片隅で起きたその処刑を知る者は、誰一人としていなかった。
---
夜。
空は人気のない場所に小さな異空間を開き、その中で一夜を過ごすことにした。
洗練された空間に、静謐な空気が漂っている。昼間の喧騒が嘘のように落ち着き、柔らかな灯りの下で二人は腰を下ろした。
エドガーは銀の盆に紅茶を淹れ、執事らしい所作で差し出す。
「本日は随分と濃い一日でした。観光に喧嘩騒ぎに……まるで冒険譚の一幕のようで」
「確かにな。まあ退屈しなかったのは良かった」
カップを受け取り一口含む。紅茶の温かな香りが広がり、空はほっと目を細めた。
エドガーは少し表情を緩めつつ問いかける。
「明日の依頼、カイル殿も加わることになりそうですな」
「ああ。黒鋼の翼のリーダーだ、あの戦闘から見ても強さは折り紙付きだろう」
「ええ。空様のお力を隠すには、むしろ格好の隠れ蓑になるかもしれませぬな」
空は小さく笑った。
「それはそれで、少し楽しみだ」
こうして観光と騒動に満ちた一日が幕を下ろした。




