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日報094:凱旋と次なる冒険への助走

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「森の友よ。道中、森の祝福があらんことを」

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 辺境に来てから第六十八日目の昼過ぎ。

 長老エララの力強い言葉と世界樹の温かい加護の光に包まれ、俺たち一行は数百年ぶりに人間との友好を回復したエルフたちの盛大な見送りを受けて彼らの里を後にした。


 森の道は来た時とはまるで違う表情を見せていた。

 瘴気に蝕まれていた南方の森はその呪いから完全に解放され、若葉が芽吹き、清らかな小川がせせらぎ、小鳥たちが生命の歌を謳歌している。それは俺たちの戦いがもたらした確かな成果だった。


「……すごい。本当に森が笑っているようです」

 馬上でセシリアが感嘆の息を漏らした。

「ああ。あの守護者が五百年もの間たった一人で守り続けたかった光景がこれだったんだな」

 俺の言葉に仲間たちは皆、静かにそして深く頷いた。


 俺たちは一直線に村へ帰るのではなく、まずこの歴史的な和解をもう一方の重要な盟友に報告するため銀狼族の集落へと向かっていた。

 集落に到着すると俺たちの姿を認めた銀狼族の戦士たちが、驚きとそしてどこか誇らしげな雄叫びを上げた。彼らは俺たちが彼らの仲介した人間としてエルフの里へ向かったことを知っているのだ。


 集落の広場には報告を受けたガエルと一族の長老たちが俺たちを待っていた。

「……シンイチ殿。無事だったか。いや、その顔を見る限り、ただ無事だっただけでは、ないようだな」

 ガエルがその鋭い目で俺たちの疲労の中にも確かな達成感を宿した表情を読み取った。


「ああ、ガエル殿。君たちのおかげで我々はエルフたちと言葉を交わすことができた」

 俺はガエルとその長老たちに事の顛末を全て話した。呪われた沼の浄化、守護者の解放、そしてエルフとの歴史的な和解。俺の話が進むにつれてガエルや長老たちの顔が驚愕に、そして次第に深い感動に染まっていく。


「……信じられん。あの頑固だったエルフたちが人間と再び友として……」

 長老が震える声で呟いた。

「そしてこれはエルフの長老エララ殿からの君への贈り物だ」

 俺はエルフから託されたあの白銀に輝く美しい弓をガエルに手渡した。


「……! これは……世界樹の心木と月の魔力を宿した弦……。これほどの至宝を俺に……?」

 ガエルはその弓に込められたエルフたちの数百年ぶりの友情の証をその手で感じ取り、戦士としてそして一族のリーダーとして深く感動していた。

「……シンイチ殿。あんたは俺たちの想像を遥かに超えることをやってのける。もはやあんたは俺たちのただの同盟者じゃない。この森の全ての民の恩人だ。このガエル、この命尽きるまであんたとあんたの村に忠誠を誓おう」

 その血よりも濃い忠誠の誓いを俺はただ静かに、そして重く受け止めた。


 辺境に来てから第七十一日目の昼。

 銀狼族との新たな、そしてより強固な絆を確認した俺たちはついに懐かしい我が家へと帰還した。

 見張り台から俺たちの帰還を告げる角笛が高らかに鳴り響く。村の門が大きく開かれ、中からエリナ、リリィ、マリー、フィリア……村の全ての仲間たちがその顔を喜びに輝かせながら駆け寄ってきた。

「「「おかえりなさい、シンイチ様!!」」」

 その心の底からの温かい歓迎の声に、俺はこの長い出張の全ての疲れが吹き飛んでいくのを感じた。


 その日の午後。

 領主館の執務室はさながら大企業の役員会議室と化していた。

 各部門の責任者たちを前に、俺は公式な「エルフ外交・成果報告会」を開いた。俺はエルフとの同盟締結、『呪われた沼』の浄化成功、そして最終目的であった『熟成魔法陣』の材料に関する全ての情報を得たことを高らかに報告した。

 その信じがたい成果の数々に、エリナたちはただ息を呑むばかりだった。


「そしてこれが今回のプロジェクトで得られた最も重要な『成果物』だ」

 俺はエルフからの贈り物である二つの奇跡の品をテーブルの上に置いた。一つは『世界樹の若葉』。そしてもう一つが『魂の脈図』だった。


「……! この生命力……! 信じられません……!」

 マリーが『世界樹の若葉』を一目見るなり、薬師としての本能的な驚愕に声を上げた。彼女はその若葉が放つ規格外の清浄な生命力に吸い寄せられるように近づいた。


「これさえあれば……! これさえあればどんな病もどんな呪いも癒すことができる、究極の万能薬が作れるかもしれません……!」

 彼女の目にはもはや村の薬師という枠を超えた、世界の医学の歴史そのものを変えようとする天才の探求の炎が燃え上がっていた。


「……シンイチ様。この地図は一体……」

 一方、フィリアとセラフィナは『魂の脈図』に釘付けになっていた。

「……ただの地図じゃありません。見てください、この微かな光の線。これは世界の地脈……マナの流れそのものを可視化したものです! この地図は世界の『設計図』そのものですよ!」

 セラフィナが魔導士として興奮気味に叫ぶ。

「……それだけじゃない」フィリアがその隣で冷静に、しかし同じように興奮した声で続けた。「このひときわ強く脈打っている地点。……ここにはまだ誰も発見していない未知の、そして高純度の鉱脈が眠っている。……これさえあれば私の作りたかったものが作れる……!」

 二人の天才は、そのあまりにも規格外の古代遺物を前に、それぞれの専門家としての欲望を隠そうともしなかった。


 報告会の最後に、俺は仲間たち全員に次なる我々の目標を正式に宣言した。

「これより「『熟成魔法陣・材料調達プロジェクト』」を始動する!」

 俺は『魂の脈図』の上でひときわ冷たい青白い光を放つ北方の山脈を指差した。


「我々の最初の目的地はここだ。極寒の地『凍てつく牙』。目的は『星屑のミスリル』の確保」

 俺はフィリアに向き直った。


「フィリア。君にはこの極寒の地へ我々が安全に挑むための特別な耐寒装備、そして険しい山脈を踏破するための登山用具の開発を一任する。君の最高の技術で最高の装備を作ってほしい」


「……任せて」

 フィリアは『魂の脈図』から視線を一瞬も離さないまま、しかしこれ以上なく力強い声で応えた。

「……この地図が示している。あの山脈にはミスリルだけじゃない。熱を一切通さない未知の鉱石も眠っている。……それを使えば最高の装備が作れる」


 報告会が終わり、村には再び日常が戻った。だがそれは以前の日常ではない。エルフという強力な後ろ盾を得て、次なる壮大な冒険への準備期間という希望に満ち満ちた新しい日常が始まったのだ。


 その夜、俺は自室で一人『魂の脈図』を広げていた。

 地図は部屋の明かりを消すと、それ自体が星空のように美しい光を放つ。俺は、その北方にひときわ強く輝く『凍てつく牙』の冷たい光を見つめながら、これから始まる長くそして困難な旅路に静かに思いを馳せるのだった。

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