日報008:辺境開拓への本格始動
辺境での三日目が終わり、本格的な開墾作業と、蒸留器を活用した特産品開発に向けた準備が始まる夜。俺──佐藤慎一は、領主館の簡素な寝台に横になりながら、これからの日々への期待と、わずかながらも不安を感じていた。四十路のおっさんによる、異世界スローライフハーレム計画は、着実に、そして順調に進行している。だが、それはまだ始まったばかりだ。
翌朝、辺境での四日目の朝は、ひときわ清々しい空気で始まった。王都の喧騒とは無縁の、鳥の声と風の音が耳に心地よい。共同井戸で顔を洗い、冷たい水で身を引き締める。隣ではセシリアとリリィも、既に身支度を整え、今日の作業に備えている。騎士としての規律が徹底しているのは、本当にありがたい。彼女たちは、昨日の蒸留器の成功と、俺が示した復興計画書の内容に、確かな希望を見出しているようだった。その目が、俺への信頼と期待の色を明確に宿している。
「慎一様、おはようございます。本日のご予定は?」
セシリアが、いつもより明るく、そしてどこか期待を込めた声で尋ねてきた。
「おはよう、二人とも。今日は、いよいよ本格的な開墾作業に取り掛かろう。その前に、農具の点検と、今日の作業の段取りを再確認する」
俺がそう告げると、リリィが目を輝かせた。彼女にとって、大地を耕す作業は、騎士としての訓練とは全く異なる新たな挑戦なのだろう。その表情には、純粋な好奇心と、新しいことを学ぶ意欲が溢れている。
「開墾ですか! はい、力仕事ならお任せください!」
リリィのひたむきな姿勢は、周囲の空気を明るくする。人材配置(A)が、彼女たちの役割を明確にする。セシリアには農具の手入れと、全体の作業の安全管理、そして技術指導といった監督的な役割を。特にリリィには、その並外れた身体能力を活かして大地を耕す重労働を任せるのが適任だ。彼女たちの体力と順応性は、この計画の大きな強みとなる。
領主館の物置から見つけた錆びた農具──鍬や鋤、そして用途不明の鉄の棒などを運び出す。長年放置されていたため、埃と赤錆にまみれ、見るからに使い物になりそうにない。
「セシリア殿、まずはこれらの農具の手入れを頼む。錆を落とし、刃を研ぐ。この状態では、まともに使えない。リリィ殿は、今日の開墾場所の最終確認を頼む。共同井戸から農地まで引いた水路も、再度、詰まりがないか確認しておきたい」
俺が指示を出すと、二人は手際よく動き始めた。セシリアは持参した布と水、そしてどこからか見つけてきた砥石を使って、鍬や鋤を丁寧に磨き始める。その手つきは、剣の手入れと同じくらい真剣で、騎士としての鍛錬が、こんな場面で活かされるとはな、と感心する。リリィは、すでに完成した水路の周囲を軽快な足取りで確認しに走っていった。彼女の動きには、無駄がない。
俺は、彼女たちが作業に取り掛かっている間に、書類作成(B)スキルを使って、昨日まとめた『辺境調査区画:復興計画書』をさらに詳細化する作業に着手した。領主館の中心にある、かつて机でも置かれていたであろう平らな石板をテーブル代わりに、持参した簡素なノートを開く。頭の中では、書類作成(B)が高速で稼働している。何十年も放置されたこの村を、いかに効率的に、そして持続可能な形で復興させるか。それはまさに、総務部長としての腕の見せ所だ。
『辺境調査区画:農場開発計画書(詳細版)』の作成だ。
1.初期開墾フェーズ(第一週):
・目標:領主館周辺の広大な平地(約1ヘクタール)の深耕と土壌改良の開始。
・人員:佐藤慎一、セシリア、リリィ。
・資材:既存農具の修理・活用、周辺からの腐葉土調達。
・リスク:固い土壌、体力の消耗、魔物の再出現。
2.土壌改良フェーズ(第二週~第三週):
・目標:開墾済み区画への腐葉土、草木灰などの混入。土壌の肥沃化と団粒構造の形成。
・資材調達:周辺の森からの腐葉土運搬、火を使った草木灰の生成。簡単な堆肥作りも検討。
3.初期作物栽培フェーズ(第四週以降):
・目標:生命力の強い穀物(例:麦類)や根菜(例:芋類)の種まきと育成。
・水利:共同井戸からの水路を整備し、効率的な水やりシステムを構築。
・病害虫対策:異世界適応(固有)スキルで得られた情報に基づき、簡易的な害虫忌避剤の生成を検討。
4.中長期展望:
・収穫物の一部は食料として確保、残りは蒸留器の原料や王都への販売用。
・農場の拡大と多様な作物(果物など)の導入、連作障害対策。
・農閑期における村人への新たな仕事の創出(加工品の製造など)。
予算管理(S)が、農具の耐久性、資材の概算コスト、そして今後の収益予測を瞬時に計算していく。初期段階では、王都から支給された最低限の物資と、現地の資源を最大限に活用する必要がある。無駄な出費は絶対に避けたい。危機管理(EX)が、計画のボトルネックや潜在的なリスク(天候不順、魔物の侵入、住民の協力が得られない可能性など)を洗い出し、最適な代替案を提示する。まるで現実世界の経営戦略会議のようだ。
(人手不足は最大の課題だな。セシリアとリリィの二人がいるとはいえ、広大な農地を三人で開墾するのは、かなり骨が折れる。だが、計画通り潜在的な労働力、つまり元住民を呼び戻すことができれば、この課題はクリアできる。そのためにも、まずは『希望』の証となる成果を、目に見える形で示す必要がある。)
午前中いっぱいをかけて、領主館の農具はセシリアの手によって見違えるように綺麗になっていた。鈍っていた刃は鋭く研がれ、錆もほとんど落ちている。彼女の騎士としての器用さと、職務への真面目さには感心するばかりだ。その集中力は、まるで修行僧のようだった。
「慎一様、農具の整備が完了いたしました。いつでも開墾に取り掛かれます」
セシリアが、凛とした声で報告してきた。その表情には、完璧な仕事をしたという自信が窺える。
「ご苦労様、セシリア殿。見事な腕前だ。これなら、農具も喜んで働いてくれるだろう」
俺は心から労いの言葉を贈った。彼女はわずかに頬を赤らめ、嬉しそうな顔をした。
昼食を済ませると、いよいよ本格的な開墾作業の始まりだ。俺たちは領主館のすぐ隣にある広大な平地へと向かった。遠目に見るだけでも広い土地だが、実際に足を踏み入れると、その広大さに圧倒される。見渡す限り、荒れ放題の雑草が生い茂り、ところどころに石が転がっていた。
「ここを、まずは中規模農場として開墾する。食料の安定供給が、村再建の最優先事項だからな」
俺が鍬を手に取り、最初の一振りをする。固く締まった土は、想像以上に抵抗があり、腕にガツンと衝撃が走った。やはり一朝一夕にはいかないな。総務部長の体力では、この開墾作業は厳しいものがある。
「慎一様、無理なさらないでください。この作業は、私たちが……!」
リリィが心配そうに声を上げる。彼女は、すでに自分の鍬を力強く大地に振り下ろし、固い土を削り取っていた。セシリアも黙々と鍬を振るい、その一振り一振りが大地を深く耕していく。
騎士として訓練された彼女たちの体力は、まさに桁違いだった。並の男であれば、数時間で音を上げるような重労働を、彼女たちは黙々とこなしていく。その姿は、まるで大地と格闘しているかのようだ。俺も負けじと鍬を振るうが、すぐに息が上がり、汗が噴き出す。総務部長の体力なんて、この世界では文字通り「役立たず」だな、と改めて実感した。
それでも、俺には俺の役割がある。
書類作成(B)スキルを使って、開墾の進捗状況を頭の中でリアルタイムでグラフ化する。どこを、どの程度の深さまで耕すべきか、最適な土のひっくり返し方、休憩のタイミング、水分補給の指示、そして二人の疲労の蓄積度合い……。人材配置(A)が、これら全ての情報を瞬時に分析し、効率的な作業配分を指示する。まるで現場監督だ。
「リリィ殿、一度休憩を挟もう。もう少ししたら、セシリア殿もだ。水分を補給してくれ」
俺が指示を出すと、リリィは素直に鍬を置き、井戸水で喉を潤した。セシリアも、数回鍬を振ってから、ゆっくりと休憩に入った。彼女たちの額には、大量の汗が滲み、土で汚れた顔には、疲労の色が濃く出ていた。それでも、不満一つ言わず、俺の指示に従ってくれる。彼女たちの献身には頭が下がる。
午後も、開墾作業は続いた。固い土に悪戦苦闘しながらも、三人で協力し、少しずつだが確実に土地が耕されていく。鍬が大地を耕す音、そして二人の騎士の息遣いが、静かな辺境の地に響き渡る。夕暮れが迫る頃には、初日としては十分な広さの土地が、黒々とした土肌を現していた。この土地が、やがて豊かな農地になるかと思うと、胸が熱くなる。
泥だらけになった体で領主館に戻ると、騎士服は土で汚れてしまっていたが、二人の騎士の顔には、確かな充実感が浮かんでいた。特にリリィは、まるで冒険から帰ってきた子供のように、泥だらけの顔を輝かせている。
「慎一様、見てください! こんなに広い畑ができました!」
「はい! こんなに体を動かすのは久しぶりで、とても充実していました!」
「慎一様の計画が、着実に進んでいくのが分かります。私も、微力ながらお役に立てて光栄です」
セシリアの言葉は、嘘偽りのない本心だと、交渉術(S)が告げている。彼女たちの信頼をさらに深めることができたようだ。彼女たちの疲労度も、人材配置(A)が正確に把握している。無理をさせすぎず、しかし最大限の効率で働いてもらうことが、俺の仕事だ。彼らの心身の健康状態を把握し、パフォーマンスを最大化させる。まさに総務部長の業務そのものだ。
夕食後、冷たい井戸水で体を拭き、保存食を口にする。疲労困憊だが、達成感に包まれて眠りに落ちる。
辺境での四日目が終わり、明日からは土壌改良と、いよいよ作物の種まきに取り掛かる予定だ。俺のスローライフハーレム計画は、着実に、そして確実に、辺境の地に根を張り始めていた。




