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日報077:ボトルネックの解消と森の賢者への道

 辺境に来てから第五十六日目の朝。

 新たな日常が始まった。俺は早朝から、領主館の執務室に主要な責任者たちを集め、緊急の経営会議を開いていた。机の上には、昨日の視察で明確になった三つの大きな課題が、羊皮紙の上にリストアップされている。


「皆、集まってくれて感謝する」俺は、引き締まった表情の仲間たちを見渡し、口火を切った。「今日、我々が解決すべき課題は三つ。第一に、セラフィナの『熟成魔法陣』の材料調達。第二に、トラン殿の『伝統の樽』と、製品用小瓶の量産体制の確立。そして第三に、最も緊急性の高い、原酒の『原料不足』問題だ」


 その時だった。トランが、その大きな手を挙げて、俺の言葉を遮った。


「大将。話の前に、ちっといいか?」

「どうした?トラン殿」

「いい加減、俺たちに『殿』付けで話すのはやめてくれねえか?」


 その、あまりにも唐突な、しかし真剣な申し出に、俺は少し驚いて言葉に詰まった。


「あんたは、この村の、俺たちのリーダーだ。今さら、水臭えだろうが」トランは、少し照れくさそうに、しかし真っ直ぐな目で俺を見つめた。「俺たちに気を遣うんじゃねえ。セラフィナの嬢ちゃんや、ヴァレリウスの兄ちゃんたちみたいに、呼び捨てで頼むぜ。……なあ、お前らもそう思うだろ?」


 トランがそう言うと、ガルフやジーク、エリナたちも、皆、力強く頷いていた。


「……分かった」

 俺は、その温かい想いに、思わず笑みを浮かべた。

「分かったよ、トラン。では、遠慮なく殿を付けずに呼ばせてもらう。改めて、皆、よろしく頼む」


「では、本題に戻そう」

 俺は、まずセラフィナが作成した魔法触媒のリストを、ミオとガルフの前に広げた。

「ミオ、ガルフ。君たちは、この村で最もこの辺りの外部の知識に詳しい。このリストにある素材に、心当たりはないだろうか」

 リストには「星屑のミスリル」「夢見うさぎの涙腺」「常闇苔」といった、およそこの世のものとは思えないような名前が並んでいる。


 ガルフは、鉱石の名が書かれた部分を指でなぞり、唸った。

「……星屑のミスリル、だと? 聞いこともねえ……。俺が知る限り、ミスリル鉱は、魔力を帯びた銀色の鉱石のはずだ。こんな、星のように輝くなんて代物は……」

「私もだ」ミオも、魔法生物の素材らしき項目を見て、首を横に振った。「夢見うさぎなんて生き物は、この森にはいない。いたとしても、それは森の精霊みたいな、伝説上の生き物だ」

 二人の専門家の言葉に、早くも議論が行き詰まる。


 その重い空気を破ったのは、ミオの、ふと思い出したような一言だった。

「……そういえば、長老たちが言ってた」

 彼女は、何かを思い出すように、宙を見つめた。

「『奇妙な光る石や、森の精霊みたいな生き物のことなら、この森の、もっとずっと奥深くに住む“耳長族エルフ”が一番詳しい』って。……彼らは、森の賢者だから、私たち銀狼族も、滅多なことでは近づかない」


 エルフ。

 その言葉に、俺の脳裏で電撃が走った。新たな光明だ。

(……なるほど。エルフとの接触は、単なる外交問題ではない。セラフィナの、ひいてはこの村の技術革新を成し遂げるために、絶対にクリアしなければならない最優先ミッションだ)


 俺は、その場で決断を下した。

「ミオ」

「なに?」

「君に、新たな任務を与える。君の一族、銀狼族のネットワークを使い、その『耳長族』――エルフと、我々が接触できる可能性を探ってほしい」


 俺の、その真剣な声色に、ミオは、事の重要性を瞬時に理解したのだろう。彼女は、その蒼い瞳で俺を真っ直ぐに見つめ返すと、力強く頷いた。

「……分かった、シンイチ。長老たちに話を通してみる。時間はかかるかもしれないが、必ず、道筋を見つけてみせる」


「ああ、頼んだぞ。これは、セラフィナの魔法陣を完成させる上で、最優先の課題だ。だが、相手は伝説の種族。慎重に進めてくれ。まずは、情報収集からだ」

「分かった!」


 俺は、ミオの頼もしい返事に頷くと、会議の参加者たちに向き直った。

「よし。では、次の議題に移る」


「樽と小瓶の問題だ。これは、トランとフィリアに、引き続き開発を頼む。当面の不足分は、次回の輸送の際に材料を、トムに王都で買い付けてもらい、解消したいと思う」

 そして、俺はエリナとジークに向き直った。


「そして、今日の最重要議題だ。エリナ」

「はい」

「このままでは三週間以内に、村にある全ての果実と穀物が枯渇します。農業部門のジークさんの見積もりでも、新たな開墾地の収穫は、早くても次の季節。到底間に合いません」

 エリナとジークの報告が、村の危機的状況を裏付ける。


 だが、俺は不敵に笑った。

「――ならば、外から買えばいい」

 俺は、この村が持つ「圧倒的な購買力」を武器に、周辺地域との共存共栄を目指す「辺境経済共同体」構想を打ち出した。


「ガルフ。君の故郷の村の状況を、詳しく教えてくれないか」

 ガルフは、俺の問いに、自らの村がいかに貧しく、作った作物を売る相手もいないかを語った。


「よし、決まりだ。これより、ガルフの故郷の村との交渉に向かう。これは、我々の村の未来を左右する、最初の『外交』だ。そのための使節団のメンバーを、今から発表する」


 俺がそう言うと、執務室の空気がピリッと引き締まった。俺は、まずガルフに向き直る。

「まず、ガルフ。君には『現地案内人』兼『親善大使』として、俺に同行してもらう。君が、我々の村で得た新しい暮らしと希望を、君自身の言葉で伝えてほしい。君以上に適任はいない」

「……! へい、大将! 謹んでお受けします!」

 ガルフは、その重要な役割を与えられたことに、誇りと責任感で顔を引き締めた。


「次に、トム。君は『兵站・輸送ルート確認担当官』だ。道中の安全性、荷馬車での輸送効率、全てを君の目で見て、記録してほしい。今後の、定期的な物資輸送の生命線となる、重要な任務だ」

「は、はいっ! 僕が! 精一杯、務めます!」

 トムは、緊張で声を上ずらせながらも、その大きな目を決意に燃え上がらせた。


「そして、ヴァレリウス隊長」

 俺が彼を役職名で呼ぶと、ヴァレリウスは弾かれたように姿勢を正した。

「君と、君の部下から選抜した二名には、使節団の『公式護衛』を命ずる。これは、君たちの最初の公式任務となる。我々の村の『力』を、周辺の村々に、礼節をもって示してほしい」

「はっ! この身に代えても、必ずや任務を全ういたします!」

 ヴァレリウスは、再び騎士としての役割を与えられたことに、感極まった様子で、完璧な騎士の礼で応えた。

「よし、それでは早速出発しよう!他の皆は各々の仕事を遂行してくれ!」

そう言うと全員から気持ちの良い返答が返ってきた。


 その日の昼過ぎ。俺たち使節団――交渉責任者の俺、現地案内人のガルフ、兵站担当のトム、そして護衛のヴァレリウスたち――は、ガルフの故郷の村を訪れていた。


 そこは、俺たちの村とは比べ物にならないほど、活気がなく、貧しい空気が澱んでいた。痩せた子供たちの目に光はなく、大人たちの顔には深い疲労と諦めが刻まれている。

 立派な身なりになったガルフと、武装した俺たちの姿を見て、村の長老は、家の奥から、敵意と警戒に満ちた目で、こちらを睨みつけていた。


 俺は、高圧的な態度ではなく、あくまでビジネスパートナーとして、彼に語りかけた。

「長老殿。我々は、あなた方の村を助けに来たのではない。ビジネスの話をしに来た」

 俺は、彼にとって、信じられないほど好条件の契約を提示した。

「あなた方の村で収穫した全ての余剰作物――果実や穀物を、我々の村が、定期的に買い取る。代金はその場で支払い、輸送も我々が担当する」


「……馬鹿な。そんなうまい話が、あるものか」

 長老は、その提案を、何か裏のある罠だと疑っている。

 その時だった。ガルフが、長老の前に進み出た。


「長老、聞いてくれ!」彼は、自らの汚れた過去も、今の誇りも、全てをさらけ出すように、熱く語った。「俺たちは、飢えのあまり、罪を犯した。だが、慎一様は、そんな俺たちを罰するどころか、仕事と、役割と、そして、未来への希望をくれたんだ! 俺たちが、その何よりの証拠だ!」

 その魂の叫び。それが、長老の頑なな心を、ついに動かした。


 契約が成立した瞬間、村中から、堰を切ったような歓声が上がった。何人もの村人が、その場に泣き崩れている。彼らにとって、それは単なる商談の成立ではない。明日の食事を心配しなくていい、未来そのものが約束された瞬間だったのだ。


 俺はさらに、村で一番の腕を持つという木工職人を見つけ出し、「樽の材料」となる加工済みの木材を、これもまた買い取るという、新たな契約も結んだ。

 帰り道、荷馬車には、俺たちが持ち込んだ銀貨と引き換えに、満載された新鮮な果実と、加工された木材が積まれていた。


 ガルフが、感極まった声で、俺に何度も頭を下げた。

「慎一様……。本当に、ありがとうございました。これで、俺の故郷も……」

「礼を言うのは、こちらの方だ、ガルフ」俺は、彼の言葉を遮った。「これは、施しではない。君たちが、その手で作り上げた、価値ある商品への、正当な対価だ。我々は、対等なビジネスパートナーだ。そうだろ?」

 俺の言葉に、ガルフは、ただ、ボロボロと涙を流しながら、何度も頷いた。


 原料不足という最大のボトルネックを解消しただけでなく、俺は、周辺の村々を巻き込んだ、巨大な経済圏の、その第一歩を築き上げたのだ。

 だが、俺の視線は、もはやガルフの村ではない。ミオが指し示した、さらに深い森の奥――エルフたちが住むという、未知なる領域へと向けられていた。

「次の目標は、エルフとの接触だな」

 俺は、村の未来を左右する、新たな、そしてより困難なミッションへの決意を、固めるのだった。

##あとがき

後書きで書く事じゃないのかもしれませんが、いつも評価してくださっている方がいて本当にうれしいです!ありがとうございます。

最近不定期の更新になっていますが、必ず書き上げますので、引き続き楽しみにしててください。

いつも応援してくださりありがとうございます!

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