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日報075:凱旋の宴と新たな家族

 辺境に来てから第五十四日目の夜。

 俺たちの村は、その歴史上、最も温かく、そして喜びに満ちた光に包まれていた。

 中央広場には巨大な焚き火がいくつも焚かれ、そのオレンジ色の光が、仲間たちの満面の笑みを照らし出す。報告会を終えた後、俺たちが王都から帰還したことを祝う、盛大な宴が始まったのだ。


 広場の中央には、今日の主役である猪の丸焼きが、香ばしい匂いをあたりに漂わせている。その隣には、俺が凱旋の記念に王都で買い付けてきた、大きなエールの樽がいくつも並べられ、村人たちは、初めて飲む王都の酒に歓声を上げていた。


「おかえり、大将!」「慎一様、ご無事で何よりです!」

 帰還した俺たちの周りには、すぐに村人たちの輪ができた。トランやガルフが、その大きな手で俺やトムの背中を、加減なくバンバンと叩く。

「よくやった!」「お疲れさん!」

 その手荒いが、心のこもった労いに、俺は思わず苦笑した。


 宴の喧騒の中で、新しく仲間になった者たちは、まだ少し、輪に入りきれずにいた。セラフィナは、初めて見る辺境の宴に目を白黒させ、ヴァレリウスたち元騎士団は、その場違いな鎧姿のまま、硬い表情で広場の隅に固まっている。


 その空気を、一人の小さな少女が変えた。

 リズだった。

 彼女は、村の子供たちの先頭に立ち、おずおずと、しかし確かな足取りで、最も体格が良く、いかつい顔をしたヴァレリウスの元へ歩み寄った。そして、宴の席に飾られていた野の花を一本、彼に差し出した。

「……ようこそ、私たちの村へ」


 その、あまりにも純粋で、健気な歓迎の言葉。

 ヴァレリウスは、その小さな花を、どう受け取っていいのか分からず、ただ戸惑っていた。だが、その彼の戸惑いが、他の村人たちにとって、彼らと話すきっかけとなった。

「おいおい、兄さんたちも突っ立ってないで、こっちで一杯やろうぜ!」「さあ、お肉もたくさんありますわよ!」

 エリナや村の女性たちが、温かいシチューとエールを手に、彼らを輪の中へと優しく招き入れる。その素朴な歓迎に、元騎士たちの頑なだった心が、少しずつ解けていくのが分かった。


 宴が盛り上がるにつれ、広場のあちこちで、新しい交流の輪が生まれていた。


 戦士たちの輪では、酒の入ったトランが、ヴァレリウスに腕相撲を挑んでいた。

「おう、兄ちゃん、見かけによらず良い腕してるじゃねえか!」

「元騎士団を、なめるな……!」

 国も、身分も、誇りも、全てを失ったと思っていた男の目に、久しぶりに、ただの戦士としての輝きが戻っていた。


 そして、人混みが苦手なフィリアと、どうしていいか分からずオロオロしているセラフィナ。そんな二人が、自然と宴の隅で引き寄せられるように出会っていた。

「あ、あの……」

 セラフィナが、何か話しかけようとした、その時だった。彼女は、フィリアが地面に見たこともない複雑な歯車の設計図を描いているのを見つけてしまった。

「……! その図面……! なんて合理的な力の伝達構造……!」

 セラフィナは、興奮気味にフィリアに駆け寄った。

「あなたも研究者の方ですか!? 私、シンイチ様から預かった、古代の魔道具の図面を解析していて……! あれを描いた方は、本当に天才です!」


 そう言って、彼女は懐から、あの『熟成の小箱』の写しを取り出す。

 その言葉に、俺は、そっと彼女に近づき、耳打ちした。

「セラフィナ。その天才は、君の目の前にいるフィリアだよ」

「ええええええええっ!?」


 セラフィナの、この日一番の絶叫が、広場に響き渡った。

 彼女は、信じられないといった顔で、フィリアをまじまじと見つめる。

「こ、この方が、あの神業の様な図面を……!?」

 その瞬間、二人の天才の間に、火花が散った。

「……あの螺旋構造による魔力変換効率、理論上はもっと上げられるはず」

「分かります! 私もそう思いました! おそらく、ここの魔力回路に、空間歪曲の術式を組み込めば……!」

 二人は、もはや宴の喧騒など耳に入っていない。地面に木の枝で、常人には理解不能な、超高速の技術談義を始め、完全に二人の世界に入り込んでいた。


 そして、リーダーたちの輪。

 俺とセシリア、そして来賓であるガエルが、少し離れた場所で静かに杯を交わしていた。

「妹さんは、すっかり俺たちの村に馴染んでくれたようです」

 俺が、宴の中心で楽しそうにはしゃぐミオの姿を指して言うと、ガエルは、誇らしげに頷いた。

「ああ。あいつは、良い群れを見つけたようだ。……シンイチ殿。改めて、礼を言う。あんたは、我ら銀狼族の、そして妹の恩人だ」

 その真摯な言葉に、俺はただ静かに杯を掲げた。


 宴の終わりがけ。

 俺は、輪から少し離れ、一人、執務室の窓からその光景を眺めていた。


 騎士も、元騎士も、村人も、獣人も、天才も、孤児も。出自も種族もバラバラな者たちが、同じ焚き火を囲み、同じ酒を飲み、笑い合っている。

 その光景こそが、俺がこの異世界で、本当に築きたかった「安全な理想郷」の姿だった。

 俺は、自らが作り上げたこの温かい「家族」の光景に、これまでの人生で感じたことのない、深い満足感と達成感を覚えていた。


「素晴らしい夜ですね、慎一様」

 いつの間にか、セシリアが、その隣にそっと寄り添っていた。


「ああ、そうだな」俺は応えた。「だが、この光景を守り、もっと大きくしていくためには、明日からまた、馬車馬のように働かなければならないけどな」

 俺のその、どこまでも前向きな言葉に、彼女は静かに、そして幸せそうに微笑んだ。


 その夜、ガエルたちも村に一泊し、村は、久しぶりに、心からの安らぎと喜びに満ちた眠りについたのだった。

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