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日報072:故郷への帰路と新たな傭兵団

 辺境に来てから第五十二日目の朝。

 王都の壮大な城門が、俺たちの背後でゆっくりと閉じていく。長かったようで、しかしあっという間でもあった王都での戦いが、本当の意味で終わりを告げた瞬間だった。二台の荷馬車は、俺たちが手に入れた村の未来と希望を乗せ、故郷むらを目指してゆっくりと街道を進み始めた。


 王都を離れ、広々とした街道に出ると、張り詰めていた緊張の糸がようやく解けていくのを感じた。

「ふああ……。空が広いですー!」

 馬車の隣をふわふわと浮遊しながら、セラフィナが感嘆の声を上げた。生まれて初めて見る王都の外の世界。その全てが、彼女にとっては驚きと発見に満ちているようだった。

「見てくださいシンイチ様! あの雲、綿菓子みたいです!」「このお花はなんて名前ですか!?」

 その純粋な好奇心は微笑ましいが、彼女がはしゃぐ度に、その体から漏れ出す制御不能の魔力が周囲の空間をわずかに歪ませる。


「うわっ!?」

 御者台に座るトムが、突如揺れた視界に驚いて手綱を取り直す。先行して斥候任務についていたミオも、馬上で振り返り、眉間に深い皺を寄せていた。

「おい、そこの魔導士! 少しはその力を抑えろ! お前のせいで周囲の気配がめちゃくちゃだ!」

 ミオの鋭い声に、セラフィナは「ひゃっ!?」と小さな悲鳴を上げてシュンとなる。


「セラフィナ」

 俺は苦笑しながら彼女に声をかけた。

「君に最初の『任務』を与える。道中で見つけた全ての植物や鉱石、魔物の痕跡を君の『解析魔法』で分析し、その生態系について夜までにレポートとしてまとめてほしい。これは、今後の村の発展に不可欠な、重要な基礎調査だ」

「に、任務、ですか!? は、はいっ! お任せください!」

 初めて与えられた明確な役割に、セラフィナは目を輝かせた。彼女はそれまでの浮かれた様子から一転、真剣な研究者の顔になり、道端の草花を熱心に解析し始めた。その姿に、トムとミオは心底安堵したような表情を浮かべた。


 前夜の出来事を経て、俺とセシリアの間には、どこか穏やかで親密な空気が流れていた。言葉を交わさずとも、互いが何を考えているのかが分かるような、不思議な心地よさ。彼女は俺の隣で、静かに、しかし確かな信頼をその瞳に宿して、前を見据えている。

 和やかで、希望に満ちた雰囲気の中、一行は順調に旅を進め、その日の夕方には宿場町『セブンウォール』に到着した。


 亭主の心からの歓迎を受け、部屋に落ち着いた後、俺は一人で亭主の元を訪れていた。

「亭主。一つ聞きたい。この先の道……特に、森の古道へ続く辺りの治安はどうなっている?」

 俺の問いに、亭主は声を潜めた。

「……シンイチ様、お耳に入れておきますが、あまり良くありません。近頃、腕利きのならず者たちが、この辺りをうろついていると。何でも、王都の政変で主人を失った騎士のなれの果てだとか……。どうか、お気をつけて」

(……なるほどな。思った通りか)

 俺は亭主に礼を言うと、静かに自室へと戻った。


 翌、第五十三日目の昼過ぎ。

 宿場町で最後の補給を済ませ、いよいよ本格的な辺境の道へと入った、その時だった。

 先行していたミオから、鳥の鳴き声を模した鋭い警告が届いた。

「……敵意、多数。待ち伏せだ」


 道が狭まる谷間。その先の道を、十数名の武装した集団が完全に塞いでいた。その装備は、亭主の話の通り、これまでのゴロツキとは違う。使い古されてはいるが、その装備は騎士の物と思しき、質の良い鎧と長剣。その立ち姿には、訓練された者だけが持つ、隙のない雰囲気があった。


 リーダー格の、顔に深い傷跡を持つ男が一歩前に出た。

「……貴様が、勇者サトウ・シンイチか」

 その声には、単なる物盗りではない、明確な憎悪が込められていた。

「俺はヴァレリウス。かつては、とある貴族様に仕えた騎士だった。だが、貴様が王都で余計なことをしてくれたおかげで、我らが主は全ての地位を失い、我々も路頭に迷うことになった!」


(……なるほどな。王都での俺の行動が、回り回って彼らの人生を狂わせた、か。宰相派閥に連なる、どこかの貴族が失脚したんだろう。宰相の直接の差し金ではないが、俺が生み出した新たな火種という訳だ)


「貴様のその荷馬車には、俺たちの人生を狂わせた元凶である、あの忌々しい酒が積まれていると聞いている! それを全てここに置いていけば、命だけは助けてやろう!」

 ヴァレリウスの逆恨みに満ちた言葉に、セラフィナが怯えたように息を呑んだ。

「ひゃっ!? な、なんですかこの人たちはーっ!? お話が通じそうにありませんよーっ!?」


 セシリアとミオが、即座に荷馬車を挟んで完璧な防衛陣形を敷く。だが、俺は彼女たちを手で制した。

(……腕は立つだろう。だが、彼らは誇りを失い、ただ絶望しているだけだ。ここで殺し合うのは、あまりにも不毛だ)

 そして、これは新しいチームの連携を試し、セラフィナに「実戦」を経験させる絶好の機会でもあった。


「セシリア、ミオ。防御に徹しろ。決して仕掛けるな」

 俺は冷静に指示を出すと、パニックに陥っているセラフィナに向き直った。


「セラフィナ、大丈夫だ。戦闘はしなくていい。君にしかできない『お願い』がある」

 俺の、落ち着いた声。それが、彼女のパニックをわずかに鎮静させた。

「……あの者たちの、足元の地面だ。そこを、少しだけ『柔らかく』してくれ。そう、まるで雨上がりのぬかるみのように」


「じ、地面を、ですか? は、はいっ!」

 具体的でシンプルな指示。セラフィナは、震える声で応じると、その両手を前方に突き出した。

 彼女が、呪文とも言えないような、祈りのような言葉を呟いた瞬間。

 凄まじい魔力が解放された。


 ゴゴゴゴゴ……!

 大地が、鳴動した。

 ヴァレリウスたちの足元の地面が、広範囲にわたって、まるで液体のように、その形を失っていく。

「な、なんだこれは!?」

「足が……! ぐっ、体が沈む……!」

 彼らの体は、瞬く間に胸まで浸かるほどの、強烈な粘着質の沼地へと飲み込まれていった。重い鎧が、彼らの動きを完全に封じ、身動き一つ取れない状態に陥らせる。


 一滴の血も流れることなく、戦闘は、わずか数十秒で終結した。

 俺は、呆然とする元騎士たちの前に、一人、静かに歩み寄った。


「君たちの腕は確かだ。だが、その使い道を間違えている」

 俺は、死を覚悟し、絶望に顔を歪めるヴァレリウスに、意外な言葉をかけた。

「その誇りある剣技を、ただの追い剥ぎ稼業で腐らせるのは、あまりにも惜しい。……君たちを、俺が雇おう。俺の村の正式な警備隊としてな」


「……なっ!?」ヴァレリウスが、信じられないといった顔で俺を見上げた。「我々は、お前を襲った敵だぞ…?」

「敵だった者にこそ、価値がある」俺は、総務部長の顔で答えた。「君たちは、俺を恨む宰相派閥の事情に詳しいはずだ。その情報も、俺にとっては金以上の価値がある。君たちの戦闘技能と情報を、俺は買う。その代わり、君たちには『騎士』としての誇りを取り戻せる仕事と、安定した生活、そして正当な報酬を約束しよう」


 俺は、彼らに明確な条件を提示した。

 当面は「見習い警備隊員」とし、セシリアの監督下に置くこと。村での働きぶりを見て、正式な採用を決定すること。そして、知る限りの宰相派閥の情報を全て提供すること。


 全てを失い、絶望していた元騎士たちにとって、その提案は唯一の蜘蛛の糸だった。ヴァレリウスは、俺のその底知れない器量に、もはや敵意ではなく畏怖の念を抱き、全ての条件を飲んで、仲間と共に忠誠を誓った。


「……承知いたしました。このヴァレリウス、今日この日より、あなたにこの剣を捧げましょう」


 こうして、敵として現れた元騎士団は、村の防衛と諜報を担う、新たな「傭兵団」として、セシリアの管理下に組み込まれることになった。


 俺は内心で「(これで、村の防衛力は飛躍的に向上する。最早ゴブリン程度は問題にならないくらいに。同時に、宰相派へのカウンターインテリジェンスの拠点も手に入れた。リスクはあるが、リターンは計り知れない)」と、この予期せぬ人材獲得の成功に、静かに笑みを浮かべた。


 そして、セラフィナは、初めて自分の力が、人を傷つけるためではなく、仲間を守り、そして新たな仲間を「生み出す」ために役立ったことを実感し、大きな自信を得たようだった。

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