表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/95

日報069:枢機卿との謁見と王国の至宝

 辺境に来てから四十九日目の朝。

 王都の空は、俺たちの新たな船出を祝福するかのように、どこまでも青く澄み渡っていた。昨夜の会議で王都滞在の延長と、次なる『投資』という目標を共有した俺たちは、その第一歩として、セシリアを伴いルナリア王女の離宮を訪れていた。


 通されたのは、陽光を浴びて開放的なテラスだった。ルナリア王女は、優雅な私服姿で、穏やかな笑みを浮かべて俺たちを迎えてくれた。


「お待ちしておりました、慎一殿。レオン・バルトを、見事に手懐けたそうではありませんか」

 彼女のその悪戯っぽい言葉には、俺たちの成功をすでに把握しているという自信と、心からの喜びが満ちていた。


「これも全て、殿下のご支援あってのことでございます。まずは、改めてご報告を」

 俺は、レオンと交わした新たな契約の詳細を、彼女に丁寧に説明した。俺が具体的な数字を挙げるたびに、王女の聡明な瞳が感心と驚きに輝きを増していく。


「……まあ! それほどの……。あなたは、本当に魔法使いの様ですわね」


「その魔法の種をくださったのは、殿下の『投資』です」俺はそう応えると、最後の仕上げに取り掛かった。「つきましては、王女殿下へ、心ばかりの『手土産』をお持ちいたしました」


 俺が、トランの作った特別な化粧箱を開けると、中から現れたのは、あのリズが生み出した奇跡の蒸留酒。深く、どこまでも透き通ったルビーのように輝く『百年物』だった。


 小瓶を開けると、その、あまりにも気高い存在感と、部屋中に満ちる官能的な香りに、王女は言葉を失い、ただうっとりと、その小瓶を見つめている。


「……ありがとうございます、慎一殿。これほどの宝を……。あなたへの信頼は、もはや絶対的なものとなりました」

 彼女は潤んだ瞳で俺を見つめ、そう告げた。


 俺は、彼女の絶対的な信頼を得たこの瞬間を逃さず、最後の『依頼』を切り出した。

「王女殿下。この度の契約で、熟成酒の生産量を、さらに引き上げる必要が出てまいりました。つきましては、村で見つけた『熟成の小箱』の拡張、あるいは、製造の可能性を探りたいのです。そのために、王国で最も優れた魔道具の専門家をご紹介いただけないでしょうか」


 俺の、そのどこまでも貪欲に未来を見据える視点に、王女は楽しそうに微笑んだ。

「それであれば、うってつけの人物がおりますわ。我が国の、古代遺物アーティファクトの管理と研究を司る、枢機卿ロドウェル。彼であれば、その小箱の謎を解き明かす、何らかの知見を持っているやもしれません。よろしいでしょう。私が責任をもって、あなたと枢機卿との、面会の席を設けますわ」


 その日の午後。

 王女のあまりにも迅速な手配により、俺とセシリアは王都大聖堂の奥にある、枢機卿ロドウェルの書斎へと通されていた。そこは古文書のインクの匂いと、年代不明の古代遺物が放つ微かな魔力が混じり合った、荘厳で学究的な空間だった。


 ロドウェルは、巨大な執務机の向こうで、以前と変わらぬ厳しい表情で俺たちを見ていた。だが、その瞳の奥には、単なる懐疑ではない、無視できない存在を慎重に値踏みするような色が浮かんでいる。


「……座るがよい、勇者殿」

 促されるままに椅子に腰掛けると、俺は早速本題に入った。リスクを考慮し、『熟成の小箱』そのものではなく、フィリアに書き起こさせたその精密な構造図を、彼の前に広げた。


「枢機卿殿。辺境の地で、このような古代の魔道具を発見いたしました。つきましては、この解析と、可能であれば複製の可否について、ご知見を拝借したく」


 ロドウェルは、その図面を一目見て絶句した。その老獪なポーカーフェイスが崩れ、純粋な研究者としての驚愕が浮かび上がる。

「……なんという、精緻な構造だ。この、魔力循環の理論……。馬鹿な、失われたはずの古代魔法工学ではないか……!」

 彼は図面を食い入るように見つめ、やがて、悔しそうに、しかしきっぱりと首を横に振った。

「……複製は不可能だ。この魔道具の核には、時の流れを制御する『刻晶石こくしょうせき』のような、もはや伝説上の物質が使われているはず。現代の技術では到底再現できん」


(……やはり、そうか。だが、これで終わる訳にはいかない)


 俺が次の一手を考えていた、その時だった。ロドウェルが、逆にこちらに取引を持ちかけてきた。

「……勇者殿。儂は、以前からお主の村が放つ、微弱だが異質な魔力の波動に気づいておった。その魔道具が、今も稼働しているのだろう?」

 俺が黙って頷くと、彼は続けた。


「実は、王国に一人の、手に負えない天才がおってな。王国随一の魔力量を持つが、全く制御できん、災害の様な魔導士だ。その有り余る力は、研究室を半壊させるばかりで、宝の持ち腐れでな」

 ロドウェルは、そこで一度言葉を切り、真剣な目で俺を見据えた。

「その魔導士を『辺境の村の魔力調査』という名目で、君の元へ派遣する。君の類稀なる『管理能力』で、その者の才能を開花させてやってはくれまいか。その見返りとして、その者の持つ『解析魔法』を使わせよう。その魔法は、魔道具の構造を読み解くことにかけては王国一。その小箱を破壊することなく、原理を解明できるやもしれん」


 あまりにも魅力的な提案だった。俺がその取引を受け入れた、まさにその瞬間。

 書斎の扉が勢いよく開き、大量の羊皮紙を抱えた女性が、盛大に転がり込んできた。


「す、すみませーん! 次の古代遺物リスト、お持ちしましたーっ!」

 ずり落ちた大きな眼鏡。その奥に、純粋な好奇心の光を宿した瞳。そして、研究員のローブの上からでも分かる、豊満な体つき。

 彼女こそ、枢機卿が語っていた、王国の至宝にして最大の問題児、魔導士セラフィナだった。


「あわわわ……! も、申し訳ありません、枢機卿様! すぐに片付けますので! ……あら?」

 床に散らばった羊皮紙を慌ててかき集めていたセラフィナは、ふと顔を上げ、俺とセシリアの存在に気づいた。

「……そちらの方々は?」


 ロドウェルは、こめかみを指で押さえ、深く、深いため息をついた。

「セラフィナ……。お主はまた……。こちらは、辺境開拓を任されておられる、勇者サトウ・シンイチ殿だ。儂の、大事なお客様だぞ」


「初めまして。佐藤慎一です。こちらは護衛のセシリアです」

 俺が丁寧に自己紹介をすると、セラフィナは「はわわ、勇者様でしたか! ご無礼を!私はセラフィナと申します!」と、さらに慌てふためいている。


「セラフィナ。ちょうどよい」ロドウェルが、呆れ果てた声で言った。「お主には、このシンイチ殿と共に、辺境の村へ行ってもらおうと思う」


「ええっ!? 辺境へですか!?」

 セラフィナの顔が、さっと青ざめる。その大きな瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。

「わ、私、ついに追放されちゃうんですね……! この前の実験で、また研究室を壊しちゃったから……!」


「追放ではない、古代遺物の調査だ、調査!」枢機卿が声を荒げる。「全く……。シンイチ殿、これを彼女に」

 俺は、ロドウェルに促されるまま、フィリアが描いた『熟成の小箱』の構造図を、泣きべそをかいているセラフィナに見せた。


 その瞬間、彼女の纏う空気が一変した。

 涙は瞬時に引っ込み、ずり落ちた眼鏡の奥の瞳が、レーザー光線のような集中力で図面を捉える。

「……この魔力循環……信じられない……。外部から注がれた魔力を、この中央の結晶体で増幅させて……でも、それだけじゃない……? もしかして、この螺旋構造は、魔力を『時間』という概念に干渉させるための変換回路……? そうだわ! これは液体を、物理的な時間経過を経ずに、疑似的に熟成させるための装置……! すごい! これ、本物を見てみたいです! 見に行ってもいいですか、枢機卿様!?」


 早口で、しかし的確にその構造と機能を解き明かしてみせる。その姿は、先ほどまでのドジな彼女とは、まるで別人だった。


「……だから、先ほどからそう言っておるだろうが!」

 ロドウェルの、もはや疲れ果てたような声に、セラフィナは、はっと我に返ると、満面の笑みを浮かべた。

「やったー! ありがとうございます、枢機卿様!」


 ロドウェルは、やれやれと首を振り、天を仰いだ。

(……大丈夫かな、この子)

 俺も内心、一抹の不安を覚えていた。とんでもない天才なのは間違いないが、同時にとんでもない問題児でもある。

(だが、この才能は、今の村にとって何物にも代えがたい。それに、この純粋さなら、悪用される心配もない。俺が『管理』すればいいだけだ。最高のチャンスであり、これ以上ない人材の補充だ)


 俺は、立ち上がり、彼女に手を差し伸べた。

「セラフィナ殿。改めて、ようこそ。我々の村は、君のような才能を心から歓迎する。ぜひ、力を貸してほしい」


「はいっ! よろしくお願いします、シンイチ様!」

 彼女は、その手を力強く握り返した。


 その夜、宿屋『金獅子亭』に、新たな仲間が加わった。

「はわわ……! ここが、勇者様のお宿なのですね! すごいですねー!」

 目をキラキラさせながら部屋の中を興味深そうに見回るセラフィナの姿に、ミオとトムはただ目を丸くしている。


(……なるほどな)

 俺は内心で【人材配置A】スキルを発動させた。表示されたステータスは【MP:S++】【魔力制御:F】。

(最高の性能だが、致命的な欠陥を抱えたCPUを搭載した最新鋭のコンピューターか。マニュアルさえ作れば、最高の資産になるな)


 俺は仲間たちに状況を説明し、最後にこう宣言した。

「これで『熟成の小箱』の解析にも道筋が見えた。我々の王都での最後の仕事は、当初の計画通り、フィリアとマリーが必要とする専門道具の追加仕入れだ。明日、最後の『投資』を完了させ、村へ帰還しようと思う!」


 セラフィナという、新たな、そして少し厄介な仲間を加え、俺たちの王都でのミッションは、最終局面を迎えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ