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日報068:新たなる契約と次なる投資

更新が遅くなり申し訳ありませんでした!

ようやく仕事がひと段落しましたので、今日からまた更新をしていきたいと思います。

よろしくお願いいたします。

 辺境に来てから四十八日目の昼過ぎ。

 白帆商会の最上階に位置する当主執務室は、先ほどまでの緊張が嘘のように、静かで、しかし確かな熱気に満ちていた。俺と若き商人レオン・バルトは、互いの利益を最大化させるための、建設的な未来に向けた議論を始めていた。


「まず、供給体制ですが、新しい蒸留器の開発と量産が可能となり原酒の生産ラインが完成しました。さらに、熟成に関する技法も確立され完全にクリアされています。つまり、月産百本という数字は、我々にとって最低保証ラインに過ぎません」


 俺がそう切り出すと、レオンの目の色が変わった。


「ほう……。では、どれほどの量が?」

「熟成酒で月産百本。そして、熟成前の原酒であれば、さらに二百本。合計三百本を、毎月安定的に供給することが可能です」


 その数字に、レオンは息を呑んだ。それは、王都の高級酒市場を根底から覆しかねない、圧倒的な物量だ。


「ですが、ただ量を増やすだけでは芸がない」俺は続けた。「そこで、新たな『文化』を、あなたと共にこの王都で創造したい」


「文化、ですか?」

「ええ。『カクテル』という飲み方です」


 俺は、この世界にはまだ存在しない、新たな酒の楽しみ方を彼に語った。熟成前の無色透明な原酒をベースに、果汁や薬草の抽出液を混ぜ合わせる。それは、無限の組み合わせと、全く新しい味わいを生み出す、魔法の錬金術だ。


「原酒二百本は、そのためのものです。我々の村で採れる、様々な果実や薬草のシロップも併せて提供しましょう。そうすれば、あなたの商会は、ただ酒を売るだけでなく、王都の新しい『流行』そのものを、作り出すことができる」


 レオンは、興奮を隠しきれないといった様子で身を乗り出した。

「面白い……! 実に面白いですよ、シンイチ殿! それが実現すれば、我が商会は、王都の夜の文化を完全に支配できる……!」


「……そして、最後に、未来への『投資』の話を」

 俺は、とどめの一枚をテーブルに置いた。


「先日、王女殿下に献上した五十年物が証明した通り、我々の技術はさらにその先へと進んでいます。今回、新たに『百年物』、あるいはそれ以上の、もはや歴史的遺物アーティファクトとも呼べる至高の一本を生み出すことも、理論上は可能になりました。それは、白金貨が何枚あっても手に入らない、王侯貴族が渇望する究極のステータスシンボルとなるでしょう」


 月産三百本の安定供給、カクテルという新文化の創造、そして百年物という無限の可能性。

 俺が提示した三つの未来。それらを吟味し、脳内で凄まじい速度で計算を終えたレオンは、深く、そして満足げに頷いた。


「……分かりました。では、こちらの最終的な条件を提示しましょう」

 彼は、執事のセバスが用意した新しい羊皮紙に、その条件を書き記していく。その表情は、先ほどまでの興奮が嘘のように、冷徹な商人のそれに戻っていた。


「まず、月々の最低納品数。熟成酒、原酒合わせて三百本は魅力的です。ですが、需要が未知数のカクテル用原酒よりも、今は確実に富を生む熟成酒に注力していただきたい。よって、最低納品数は熟成酒で月二百本。内訳は十年物が百五十本、二十年物が三十本、三十年物が十本、五十年物が五本、百年物が五本。これでいかがですかな?」


(……厳しいな。こちらの生産能力の限界を探るための、意図的に高いハードルだ)


「そして、ロイヤリティですが」レオンは続けた。「これだけの物量を我が商会の全販売網を駆使して売り捌くのです。相応のリスクとコストもかかる。よって、ロイヤリティは2割半。これが当方の最大限の譲歩です」


 俺は、レオンが提示した羊皮紙を、指でそっと押し返した。

「レオン殿。大変魅力的なご提案ですが、その条件ではお受けできかねます」


 俺の、そのきっぱりとした拒絶に、レオンの完璧なポーカーフェイスが、わずかに揺らいだ。

「……ほう。と、言いますと?」


「まず、納品数。あなたの提示された内訳では、熟成作業の負担が大きすぎる。こちらの生産体制を考慮し、熟成酒は月産百本、原酒は月産二百本。この数字は譲れません。さらに、超長期熟成酒には、厳格な生産制限を設けさせていただきます。三十年物以上は合わせて月産二十本、五十年物以上は月産二本まで。希少価値こそが、その価値を絶対的なものにするのですから」


 そして、俺は最大の要求を突きつけた。

「その上で、ロイヤリティ。これら全てを供給するのです。売上の半分、5割を要求いたします」


「5割……!? 正気ですか、シンイチ殿! それでは、商売にならない!」

「なりますよ。何せ、原価という概念がほぼ存在しないのですから。あなたの商会は、在庫リスクも製造リスクも負わない。その上で、この世に二つとない独占販売権を手に入れる。売上の半分でも、破格の利益率のはずですが?」

 俺の不敵な笑みに、レオンはぐっと息を詰まらせた。


 長い沈黙が、部屋を支配する。やて、レオンは観念したように、そしてどこか楽しそうに、ふっと息を吐いた。

「……面白い。本当に、あなたは面白いお方だ。良いでしょう。あなたのそのふざけた条件、飲みましょう。ただし、こちらからも三つ、条件がある」

「何ですかな?」


「一つは、支払いについて。決済は全て我が白帆商会の決済システムを通して行っていただきたい。あなた方には、我が商会が発行する特殊な『手形』をお渡しする。それがあれば、王国のどの都市にある我が商会の支店でも、即座に現金化が可能です」

「そして、もう一つ。あなた方の村に、我が白帆商会の支社を設置させていただきたい」

「最後に、ロイヤリティ。5割はあまりに無茶だ。ですが、あなたの村の価値は認めましょう。間を取って、3割半でいかがかな?」


(……なるほどな)

 俺の【危機管理EX】と【交渉術S】が、彼の真の狙いを瞬時に看破した。決済システムの導入は手数料収入が目的。村への支社設置は情報収集の布石。だが、そのリスクを差し引いてもメリットは大きい。安全な決済インフラと、王国最大の商会が村に拠点を置く事実は、宰相派への何よりの牽制になる。そしてロイヤリティ三割半。最初の契約の三割、そして彼の最初の提示である2割半を考えれば、これは俺の完全な勝利だ。


「……分かりました。その条件、受け入れましょう」

 俺の言葉に、レオンは満足げに頷いた。


「では、セバス。今、合意した内容で、正式な契約書を作成しろ」

 老執事が、新たな羊皮紙を広げる。そして、俺とレオンが最終的に合意した、前代未聞の契約内容が、その上に一つ一つ、記されていった。

 それは、熟成酒と原酒の最低納品数、売上の35%というロイヤリティ、半金ずつの支払い、そして村への支店設置と決済システムの利用という、双方の利益と未来をがっちりと結びつける、破格の契約だった。


 俺は、差し出された彼の手を、固く握り返した。こうして、この国の未来の経済を大きく揺るがすであろう、巨大な契約が、静かに、しかし確かに結ばれたのだった。


 その夜、宿屋『金獅子亭』の一室は、仲間たちの歓喜の声に包まれていた。

「すごい……! 慎一様は本当にすごいですね!」

「ロイヤリティ三割半!? それに、村にあの白帆商会の支店が!?」

 トムは、契約書に書かれた天文学的な数字に目を丸くし、ミオは、村がこれからどれだけ豊かになるのかを想像して、興奮に尻尾を揺らしている。

「慎一様、お見事です。これほどの成果を、一体誰が想像できたでしょうか」

 セシリアも、心からの称賛を、その熱っぽい眼差しに込めて俺に向けていた。


 仲間たちの歓喜の輪の中心で、俺は静かに、しかし、彼らの熱を冷ますように、手を挙げた。

「皆、聞いてくれ。この成功を祝うのは、もちろん良い。だが、俺は計画を変更することにした」

 俺の言葉に、部屋が静まり返る。

「すぐには、村へは戻らない。我々は、この王都に、もう少し滞在する」


 戸惑う仲間たちに、俺は新たな目標を告げた。

「この莫大な契約を、安定して履行するためには、今の村の生産能力では、いずれ限界が来る。フィリアやマリーの才能を、最大限に活かしきれていない。だからこそ、この王都で、もう一度『投資』を行う」

 俺は、テーブルに広げた王都の地図を指し示した。

「さらなる専門技術を持つ人材のスカウト。そして、フィリアやマリーが必要とする、より高度な専門道具や素材の追加仕入れだ。この巨大な契約を、盤石なものにするための、最後の仕上げを行う」


 俺の、どこまでも先を見据えるその視点に、仲間たちは、ただ息を呑み、そして、新たな決意に満ちた顔で、力強く頷いた。

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