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日報067:王都への納品と若き商人の探求心

 辺境に来てから四十五日目の昼過ぎ。

 村の広場は、俺たちの王都への出発を見送る、仲間たちの熱気に包まれていた。

 百本の『森の雫』を、収めた二台の荷馬車。その傍らには、今回の納品チームのメンバーである、俺、セシリア、ミオ、そしてトムの四名が、旅支度を整えて立っている。


「大将! 気をつけてな!」

「フィリアちゃんたちの分まで、お土産、頼むぜ!」

 トランや、ガルフたちが、軽口を叩きながら手を振る。


「慎一様、道中ご無事で。村のことは、私とリリィにお任せください」

 エリナが、その頼もしい笑顔で言う。彼女の隣では、リリィも力強く頷いていた。


 そして、フィリアとリズ、マリーの三人が、俺たちの前に進み出てきた。

「……シンイチ。これ」

 フィリアが、俺に差し出したのは、数枚の羊皮紙だった。そこには、彼女がさらに改良を加えた、新しい蒸留器の第二、第三の設計図案と、村にある鉱石の、より効率的な精錬方法についての、論文にも等しい考察が記されていた。

「……すごいな、フィリア。もう、ここまで……」

「……当たり前。私は、天才だから」

 彼女は、そうぶっきらぼうに言い放ったが、その耳は、ほんのり赤く染まっていた。


「慎一おじさん、セシリアさん、ミオちゃん、トムお兄ちゃん! これ、お守り!」

 リズが、俺たち一人一人に手渡してくれたのは、彼女が森で拾った、綺麗で丸い石に、拙い絵を描いた、手作りのお守りだった。

「……ありがとう、リズ。大切にするよ」

 俺のその言葉に、彼女は満面の笑みを浮かべた。


 俺は、出発前に、村人たちの前で改めてリズに深く感謝の意を伝えた。そして、「君は、この村の救世主だ。これからは、君に、この村の最も重要な生産部門である、『熟成作業』を任せたい。君を、村の熟成部門の最高責任者に任命する」と、彼女に正式な「役割」を依頼した。


 リズは、戸惑いながらも、自分が本当に村の一員として認められたことを実感し、誇らしげに、そして力強く、その大役を引き受けてくれた。その小さな背中が、ほんの少し大きく見えた。


「し、慎一様! これは、師であるドミニク様から預かった、応急用の高品質な回復薬と、解毒薬です! 万が一の時に、必ずお役に立ちますから!」

 マリーもまた、小さな革袋を俺に手渡してくれた。その目の下には、うっすらと隈ができていたが、その顔は、自らの役割を果たせる喜びに満ち溢れていた。


 俺は、仲間たちのその温かい想いを胸に、深く頷いた。

「皆、行ってくる。村のことは、頼んだぞ」

 俺と、セシリア、ミオ、トム。

 少数精鋭の四名からなる納品チームは、二台の荷馬車と共に、仲間たちの声援を背中に受けながら、王都へと出発した。


 銀狼族との盟約によって、完全に安全が確保された古道は、驚くほど穏やかだった。

 オーガも盗賊もいない森の道。それは、もはや危険な獣道ではなく、木漏れ日が優しく降り注ぐ、快適なハイキングコースのようだった。


「すごいな、シンイチ。この道なら、私と数人の仲間がいれば、完璧に安全を守れるよ」

 馬上で、周囲の警戒を続けていたミオが、感心したように言った。

 彼女は、この旅の斥候として、その能力を遺憾なく発揮してくれていた。森の地形を、完全に把握している彼女の先導のおかげで、俺たちは、無駄な回り道を一切することなく、最短ルートを進むことができた。

 その結果。

 往路では、三日以上かかった森の古道を、俺たちは、わずか二日で踏破してしまったのだ。


_____


 辺境に来てから四十六日目の夕方。

 俺たちは、宿場町『セブンウォール』に到着した。

『謳う月亭』の前に、俺たちの荷馬車が到着すると、宿の主人が、目を爛々と輝かせて飛び出してきた。


「お待ちしておりました、シンイチ様! いやはや、これほどの短期間で再びお目にかかれるとは! 何か、素晴らしい成果をお持ちになられたのではと、お見受けいたします!」

 彼は、俺たちのその荷馬車の重厚な雰囲気から、全てを察しているようだった。


「主人。いつも通り、頼む。それと、例の話だが」

 俺が、そう切り出すと、亭主は、待っていましたとばかりに、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

「はい!シンイチ様が、お戻りになるまでに、と、街の連中に少しお酒を振る舞いましてね。面白い噂話が、いくつか集まりましたよ」


 その夜、宿の一室で、俺は亭主から受け取った、その情報を精査していた。

 そこには、俺たちが王都を去ってからの、数日間の出来事が記されていた。


 一つ。宰相デューク・バレッタスは、あの日以来、体調不良を理由に、公式の場に一切姿を見せていないこと。

 一つ。彼が後押ししていた、いくつかの公共事業が、原因不明の資金難により凍結されていること。

 そして、一つ。代わりに、王女ルナリア殿下が、その辣腕を振るい、父である国王の補佐として、急速にその存在感を増していること。


(……ルナリア殿下。うまく、やっているようだな)

 俺が渡した『裏帳簿』という最強のカード。彼女は、それをまだ切ってはいない。だが、その存在を巧みにちらつかせることで、宰相の手足を完全に縛り上げているのだろう。

 俺は、その報告に、満足げに頷いた。


_____


 辺境に来てから四十八日目の昼過ぎ。

 俺たちは、ついに王都アースガルド・キャピタルへと到着した。

 その足で、俺は、白帆商会の本部へと向かった。

 レオンとのアポイントは、すでに取ってある。約束の最終日。この日の、この時間と指定してきたのは、彼の方だった。


 最上階の当主執務室。

 レオン・バルトは、以前と変わらぬ不敵な笑みで俺を迎えた。だが、その目の奥には、隠しきれない好奇心と、そしてかすかな疑念の色が、浮かんでいた。

 彼は、まだ俺がこの無謀な納期を守れるとは、信じきってはいないのだ。むしろ、俺がどのような言い訳を持ち出して、契約不履行を詫びに来るのか、それを楽しみに待っている、という表情にさえ見えた。


「……シンイチ殿。よく、お戻りになられましたな。約束の最終日。その涼しいお顔を見る限り、どうやら手ぶらではないようですが」

 彼の、その探るような視線に、俺は笑みで応えた。


「ええ、もちろんです。レオン殿。約束の品、確かにお届けに上がりました」

 俺は、トムに合図を送り、執務室に、十個の輸送用の木箱を、慎重に運び込ませた。

 トムは、緊張した面持ちで、しかし一つ一つ丁寧に、木箱を部屋の床に並べていく。


 その圧倒的な物量に、レオンの完璧なポーカーフェイスが、わずかに揺らいだ。

「……ほう。これは」


 俺は、一つの箱の蓋を開けた。

 中には、美しい化粧箱が十個、緩衝材の上に綺麗に収められている。

 そして、その一つを手に取り、レオンの目の前の黒檀のテーブルに置いた。


「レオン殿『森の雫』。十年物、七十本。二十年物、二十本。そして三十年物、十本。合計、百本。……契約通り、納品いたします」


 俺の言葉に、レオンは、完全に言葉を失った。

 彼は、その指先で、化粧箱をそっと開ける。

 中から現れた、琥珀色に輝く、三十年物のボトル。

 彼は、そのボトルを、まるで聖遺物にでも触れるかのように手に取り、光にかざした。

 そして、おもむろに、そのコルクの栓を抜いた。


 ふわっと。

 部屋全体を支配する、気高いまでの芳醇な香り。

 レオンは、その香りを味わうように、深く息を吸い込み、そして再び、俺の顔を見た。

 その瞳に浮かんでいたのは、もはやただの驚きではない。

 畏怖。そして、底知れぬ謎に対する、知的な探求心だった。


(……あり得ない。この短期間で、これだけの品質のものを、これだけの数揃えるなど。錬金術か? いや、それとも時間を操る魔法か? この男、一体どれほどの秘密を隠し持っている……?)


 彼は、商人としての仮面の下で、必死に思考を巡らせているようだった。

 だが、その問いに、俺が答える義理はない。

 俺は、ただ静かに、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


「レオン殿。こちらが納品書です。ご確認の上、サインをいただけますかな」


 俺の、そのどこまでも事務的な態度に、レオンは、はっと我に返った。

 そして、彼はゆっくりと息を吐き出し、やがてその喉の奥で、静かに笑った。


「……ふふっ。……参りました。シンイチ殿。あなたのその底知れぬ力、完全に私の負けの様ですね」

 彼は、潔く敗北を認めるように呟くと、セバスから羽ペンを受け取り、納品書に流れるような筆致でサインをした。


「シンイチ殿」

 レオンは、納品書を俺に返しながら言った。

「……今回の取引、見事でした。つきましては、あなたに新たなるご提案があります」


「ほう。と、言いますと?」


「今回の百本は、私が責任をもって王都の上客たちに売り捌きましょう。ですが、これは一度きりの花火で終わらせるにはあまりにも惜しい。……シンイチ殿。この驚異的な安定供給が可能であるならば、我が白帆商会とあなたの村との間で結んでいる既存の独占販売契約を、より大規模で長期的な新しい契約へと、『更新』させてはいただけませんかな?」


 それは、俺がまさに望んでいた提案だった。


 だが、ここで安易に頷くほど、俺も甘くはない。

「……なるほど。それは魅力的なご提案です。ですが、レオン殿。我々の村も常に発展を続けております。次回の契約では、ロイヤリティの比率、そして最低発注数について、改めて協議させていただきたいと考えておりますが」


 俺の、その挑戦的な言葉に、レオンは、嬉しそうに目を細めた。

「ええ、もちろんですとも。あなたのような手強い交渉相手は、大歓迎です」


 こうして、俺たちの王都での二度目の、そして最大の取引は、完璧な成功を収めた。

 俺は、レオンとの新たな、そしてより大きなビジネスの始まりを予感しながら、満足げに頷いた。

 四十路の総務部長の本当の「会社経営」は、今まさしく、その輝かしい第二章の幕を開けたのだった。

いつも総務部長を読んでくださり、ありがとうございます。


更新頻度が下がってしまってすみません。

出張やプライベートの予定が入ってしまっていて今週は1日1話になってしまうかもしれません。

可能な限りアップしていきたいと思ってますので、気長に待っていただけると嬉しいです。


お待たせしてしまい申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

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