日報065:私の名前
更新が遅くなってすみませんでした!
仕事の関係で更新が遅れてしまいました。
今回はリズ回です。
個人的にすごく好きな回なので皆さんにも気に入ってもらえると嬉しいです。
私の名前は、リズ。
あの日、フィリアがくれた、私の、とても大切な宝物。
物心がついた頃には、私は、王都の汚くて臭い、スラムの路地裏に一人でいた。
どうして自分がここにいるのか、分からなかった。お父さんとお母さんの顔も、名前も知らない。ううん、そもそも、いたのかどうかも分からない。
朝、目が覚めると、いつもお腹がぺこぺこだった。だから、毎日食べ物を探して、ゴミの山を漁ってた。硬くなったパンの切れ端や、貴族たちが食べ残した果物の芯。それを見つけた日は、とっても運がいい日だった。
スラムでは、いつも一人だった。
同じような汚い服を着た子供は他にもいたけど、みんな自分のことで精一杯だったから、誰も私と話してはくれなかった。
夜になると、冷たい石の壁に体を寄せて眠った。寒くて、寂しくて、お腹が空いて。
(……私は、このままきっと、いつかどこかに消えちゃうんだろうな)
そんなことを、毎日考えてた。
ある日の冬の夜。
その日は特別寒くて、雪も降ってた。私のボロボロの服じゃ、もう、どうにもならなくて、手足の感覚もなくなってきてた。本当に、このまま消えちゃうんだって思った。
その時だった。
路地の奥から、ちかちかって、オレンジ色の温かい光が見えたんだ。
ふらふらって、その光に吸い寄せられるように近づいてみると、そこは、今にも壊れそうな小さな鍛冶屋さんだった。
壊れた扉の隙間から中を覗いてみると、一人の女の子が、一人で何かを作ってるのが見えた。
カン、カンって鉄を叩く音。時々、火がボッて燃え上がる。
何を作ってるのかは、さっぱり分からなかった。だけど、その火の光が、すごく温かそうに見えた。
(……温まりたい。少しだけで、いいから……)
私は、ほとんど無意識に、工房の中に入ってた。
女の子は私に気づいたのか、気づかなかったのか分からない。ただ、ちらっとこっちを見ただけで、また自分の作業に戻っちゃった。
怒られなかったから、私は工房の隅っこで火にあたらせてもらった。じーんって、手足が痺れるみたいに温かくなってきて、そしたらなんだか、すごく眠たくなってきちゃって。
私、そのまま眠っちゃったんだ。
次に目が覚めた時。
私は硬い床の上じゃなくて、何か柔らかい布の上に寝かされてた。そして体には、チクチクするけど温かい毛布が掛けられてた。
隣を見ると、あの女の子が静かな顔で眠ってた。その寝顔を見て私も何故か安心してまた眠っちゃったんだ。
朝になって、女の子が先に起きてたみたいで何かの準備をしていた。私はその準備の音で目が覚めて体を起こしたけど、何を話したらいいのか分からなくて、出ていけと言われるのが怖くて、うつむいて毛布を握りしめてた。そしたら、女の子が私を見て、初めて口を開いたんだ。
「……名前は?私はフィリア」
私は、答えられなかった。だって、私には名前なんてなかったから。
そう正直に言うと、フィリアは少しだけ考えて、そして私に言ったんだ。
「……リズ。あなたの名前は、リズ」
リズ。
私の名前。
生まれて初めて、誰かからもらったプレゼント。
汚くて、臭くて、何もない私に、名前をくれた。
それがどれだけ嬉しかったか。それがどれだけ暖かかったか。
私は、一生、忘れない。
そこから、私とフィリアの二人での生活が始まった。
フィリアは相変わらず、あまり喋らなかったけど、私を追い出すことはしなかった。
一緒にいるうちに、分かってきた。フィリアは他の鍛冶屋さんが作っている様な剣や鎧じゃなくて、鉄のクズから、誰も欲しがらないような、不思議なガラクタを作ってるって。
(……鉄のクズなら、私でも見つけられる!)
そう思ったら、毎日のゴミ漁りが、宝探しみたいに楽しくなった。
フィリアが喜びそうな綺麗な色の鉄のクズや、変わった形のネジを見つけた日は、私もすごく嬉しかった。
そんな毎日が、ずっと続くんだと思ってた。
だけどある日、私たちの工房に、一人のおじさんがやってきた。
それが、慎一おじさんとの出会いだった。
おじさんは、フィリアが天才だって言ってくれた。フィリアの作るガラクタを、宝物だって言ってくれた。そして、私とフィリアに、「家族になろう」って言ってくれたんだ。
温かいご飯と、安全な寝床をくれるって。飢えることも、寒い夜に震えることも、もうないんだって。
それからの毎日は、本当に夢みたいだった。
おじさんたちと一緒に、王都の大きなお店で綺麗な服を買ってもらった。ふわふわで可愛くて、自分の姿が鏡に映ってるのが信じられなかった。
生まれて初めてお腹一杯、温かいシチューも食べた。セシリアさんは、本当のお姉さんみたいに優しかった。
王都から村へ向かう旅は、少し怖かったけど、全然寂しくなかった。
トムお兄ちゃんはいつも私のことを気にかけてくれたし、ハンスさんとゲオルグさんは怖い顔してるけど、本当は優しいって分かってた。
夜、焚き火を囲んでみんなでご飯を食べるのが、すごく楽しかった。
そして村に着いてから、私の宝物はもっともっと増えた。
私と同じくらいの年の友達がたくさんできた。一緒に駆け回って、かくれんぼして、日が暮れるまで遊んだ。
友達だけじゃなくお姉ちゃんもできた。エリナさんやリリィさんは、いつも優しく私にお菓子をくれた。
ミオちゃんは、森の不思議な木の実の名前を教えてくれた。マリーさんも、可愛いお花の押し花の作り方を教えてくれた。
毎日がキラキラしてた。
だけど最近、私の心の中に、ちくってする小さなトゲが刺さってた。
(……私だけ、何もしてない)
トランのおじちゃんは、すごい勢いで家を建ててる。ガルフさんやジークさんも、毎日泥だらけになって働いてる。
エリナさんたちは、美味しいご飯を作って皆を支えたり、「じょうりゅうしゅ」?を作っておじさんを助けてる。
フィリアも工房に籠りきりで、何かすごいものを作ってる。マリーさんだって、難しい顔で薬の研究をしてる。
みんな、必死に慎一おじさんの役に立とうとしてる。
なのに、私は毎日遊んでるだけ。
(……私、このままここにいて、いいのかな。何にもできないのに、ご飯だけもらって、要らないってなったら、また一人になるのかな……)
そんなことを考えると、胸がきゅーって苦しくなった。
そして、私は見てしまった。
会議が終わった後、部屋を出てきた大人たちの、悔しそうで辛そうな顔を。
その光景を、扉の隙間から、涙を浮かべて見つめていた。
(……おじさんも皆も、あんなに頑張ってたのに。……みんな、あんなに一生懸命だったのに。……私のせいだ。私が何もできなかったから……)
扉の隙間から見ていてずっと考えてた。
私にも何かできることはないかなって。
慎一おじさんやフィリア、セシリアさん。みんながくれたたくさんの宝物。
私の名前。温かいベッド。美味しいご飯。可愛い服。そして何より、大切な家族。
私もみんなに何かお返しがしたい。
この幸せな場所を守るために、私も戦いたい。
そして私は決意した。
(……分からない。でも、やるしかない。私にも何かできることがあるなら……!)
そして涙を拭うと、静かに、そして力強く、慎一おじさんが一人で残っているであろう、作業部屋へと向かった。
扉の隙間から漏れる蝋燭の光。
そのか細い光が、今の私には、あの冬の夜に見た工房の光よりも、ずっと希望に満ちて見えた。
私は小さな胸を大きく膨らませ、意を決してその扉を開いた。
「……慎一、おじさん」
村の運命を左右する奇跡の光が灯る、その瞬間が迫っているとは、まだこの時の私は知らなかった。




