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日報063:凱旋の宴と絶望的な納期

 辺境に来てから三十四日目の夜。

 俺たちの村は、その歴史上、最も温かく、そして喜びに満ちた光に包まれていた。

 村の中央広場には巨大な焚き火がいくつも焚かれ、そのオレンジ色の光が仲間たちの満面の笑みを照らし出している。


「「「乾杯!!」」」


 エリナが村の女性たちと腕を振るって用意してくれた豪華な夕食。王都から持ち帰った塩漬けの肉や固いパンだけではない。バルドの率いる現地調達チームが、今日の俺たちの帰還を祝して特別に狩ってきてくれた猪の丸焼き。そして銀狼族から友情の証として贈られた、森の恵みがふんだんに使われている。


 そのご馳走を囲み、俺たちは王都での大成功とオーガ討伐の大勝利、そして何よりも全員の無事の帰還を祝して、高らかに杯を掲げた。


「いやあ、大したもんだぜ、大将は!」

 棟梁のトランがオーガの巨大な牙を片手に豪快に笑う。

「王都のど真ん中で、狡猾だと噂されてる宰相を手玉に取り、森ではあの化け物オーガを知恵一つで討伐しちまう。……こんな面白い親方の下で働けるなんざ、大工冥利に尽きるってもんだ!」


「そうだ、そうだ!」

 ガルフやジーク、村の男たちも口々に同意する。彼らの俺を見る目はもはやただの指導者へのそれではない。絶対的な信頼と尊敬、そして共に未来を切り開く戦友へのそれに変わっていた。


 宴の中心では、新しく仲間になった少女たちがすぐに村の輪の中に溶け込んでいた。

 リズは同じ年頃の子供たちとすぐに友達になり、王都で買ってもらった新しい服を自慢げに見せびらかしながら無邪気な笑い声を上げている。


 フィリアは最初は戸惑っていたが、リリィやエリナが優しく話しかけ、やがて棟梁のトランと工房の設計について専門的な議論を交わし始め、その職人としての顔を輝かせている。


 マリーもバルドやミーラと薬草の話で意気投合し、その膨大な知識を披露して村人たちを驚かせていた。

 そしてミオ。彼女は持ち前のコミュニケーション能力で、すでにハンスやゲオルグと次の狩りの計画について楽しそうに話し合っている。


 種族も育ちも性格も違う。

 だが誰もがこの村を自分たちの「故郷」だと感じている。その温かい光景を眺めながら俺は心の底からこの長い『出張』が報われたと感じていた。


 宴が終わりそれぞれが満足げに新しい我が家へと戻っていく。

 俺は修繕された領主館の執務室に、各チームのリーダーたちと専門家たちを全員集めた。


 エリナ、リリィ、トラン、ガルフ、ジーク、バルド。そしてセシリア、ハンス、ゲオルグ、トム。さらにミオ、フィリア、マリー。

 この村の未来を担う最高幹部たちによる最初のそして最も重要な全体会議の始まりだ。


「皆、凱旋の喜びも束の間で済まない。だが我々には休んでいる時間は無い」

 俺はテーブルの上に一枚の羊皮紙を広げた。それは俺とレオン・バルトが交わした契約書の写しだ。

「我々は王都で莫大な富と揺るぎない立場を手に入れた。だが同時にとてつもなく重い責務を背負うことになった。レオン殿との契約。――一ヶ月以内に『森の雫』を百本納品する」


 その数字にその場にいた全員が息を呑んだ。

「……ひゃ、百本だと……!? それも一ヶ月で……」

 ガルフが信じられないといった声を上げる。


「ああ。しかも、三十年物が十本、二十年物が二十本、そして十年物が七十本と年数毎の本数指定がされている。さらに、王都で契約してから一ヶ月以内だ。王都の滞在時間や村に帰る時間も含まれているから村から王都への輸送期間を考えれば、我々に残された製造期間はわずか十一日しかない。レオンは優秀な商人だ、納期を一日でも遅らせれば契約違反としてロイヤリティの減額を要求してくるだろう」


 絶望的な数字をみて広間に重い沈黙が流れる。

 だが俺は不敵な笑みを浮かべた。

「不可能だと思うか? いや、可能だ。我々なら必ずやり遂げられる。そのための計画を今から発表する」


 俺は総務部長として培ってきたその能力の全てをこの十一日間のプロジェクトに注ぎ込む。

「これより『森の雫』第一次量産計画を開始する! 全ての作業を完全に並列で進行させるぞ!」


 俺はまずトランを見た。

「トラン殿! あなたの建設チームには最優先でフィリアの工房を建設してもらう! 村の全ての資材と人員を投入していい。目標は二日だ。二日で彼女が作業を開始できる状態にまで持っていってくれ!」

「二日だとッ!?……それなら、骨組みが出来てる建物がある。それを二日で必ず仕上げてやらぁ!」

 トランはその職人の魂を燃え上がらせた。


「ガルフ殿! 鉱山チームは一時的にミスリルの採掘を中断! フィリアが蒸留器を作るための最高品質の鉄鉱石と銅鉱石の採掘に全力を挙げてくれ!」

「応ッ! 任せとけ!」


「ジーク殿! 農業チームは畑仕事と並行して工房で必要となる大量の木炭の生産を頼む! 君たちが作る燃料がこのプロジェクトの心臓になる!」

「へへっ! やってやるぜ!」


「そしてフィリア」

 俺が彼女の名前を呼ぶとフィリアはびくりと肩を震わせた。

「君にはこの村の技術革新の全てを託す。工房が完成次第、君が改良を加えた新しい蒸留器の生産、可能なら量産までを開始してほしい。君の天才的な技術だけがこの不可能を可能にする」


「……うん。……やる」

 彼女は短くしかし力強く頷いた。


「エリナ殿!あなたには明日にでも蒸留器の操作方法を伝えたいと思う。村の女性たちとチームを作って常に蒸留酒を作る生産体制とラインを構築して欲しい」

「ええ、分かりましたわ!」


「だが」俺はそこで一度言葉を切った。「最大の問題はそこではない。原酒は恐らく数日の内に納品できる量を作る事は出来るだろう。ただ、原酒をいくら作ってもそれを熟成させる『熟成の小箱』を使えるのは俺一人だ。そして俺のMPには限界がある。これこそがこの計画の最大のボトルネックになると思う」


 その絶望的な事実に仲間たちの顔に再び影が差した。


 俺は、皆の不安を打ち消すように、続けた。

「俺の魔力総量、MPは100だ。そして、これまでの検証で、『熟成の小箱』で十年物の酒を一本熟成させるのに、MPを10消費することが分かっている。つまり、俺が一日で熟成できる十年物は、最大で十本だ」

 俺は、羊皮紙に、計算式を書き出していく。

「十年物を七十本。これだけで、七日間かかる。さらに、三十年物は、一本あたり、およそMP30が必要になる。十本作るのに、三日間。二十年物は、MP20として、二十本作るのに、四日間だ。合計すれば、全ての熟成を終えるのに、単純計算で十四日かかることになる」


 十四日。

 残された時間は、十一日。三日、足りない。

 俺の言葉に、広間は、水を打ったように静まり返った。


「……何か、方法はないのか、大将」

 ハンスが、絞り出すように言った。


「そこでだ」俺は、村の仲間たち、特に、エリナやトラン、ガルフを見回した。「この村の、住民の方々に聞きたい。この中に、あるいは、村の中に魔法が使える者はいるだろうか? わずかな魔力でもいい。俺の負担を少しでも軽くできれば……」


 俺の問いに、しかし、誰もが顔を見合わせるだけだった。

 沈黙を破ったのは、セシリアだった。


「慎一様。……恐縮ながら申し上げます。この世界において、魔力を持つ人間は、元々極めて少数です。特に、平民となれば、その数は、万人に一人とも。貴族や王族に魔法の使い手が多いのは、彼らが、その、希少な血を守り続けてきたからに他なりません」


 その、残酷なまでの現実に、広間の空気は、さらに重くなる。

 その時だった。


「……あの」

 おずおずと、手を挙げたのは、新しく仲間になった、薬師のマリーだった。


「わ、私……その、薬草の成分を、僅かに活性化させるために少しだけなら魔力を扱えます。ですが、その……私のMPは、30ほどしかありませんので、一日に十年物を三本熟成させるのが、せいぜいかと……」


「助かる!それでも十分だ!」

 俺は、思わぬ希望の光に、声を上げた。だが、マリーの申し訳なさそうな顔を見て、すぐに現実に引き戻される。俺と、彼女の力を合わせても、まだ足りない。


「マリー殿。もう一つ、聞きたい。何か、魔力を回復させるような薬は、ないものだろうか? 俺の居た世界では、よく魔力回復ポーションなんてものがあったんだが……」

 俺は、現実世界のゲームを思い出し、一縷の望みをかけて質問してみた。その、藁にもすがるような問いに、マリーは、申し訳なさそうに、首を横に振った。


「……お、おそらく、そのような薬は、存在しないかと。魔力とは、生命力そのもの。それを、外部から補うには、同じように、強い魔力を帯びた物質から、その力を抽出するしか方法がありません。ですが、人間が住むこの地では、魔力を帯びた植物や鉱石は、極めて希少で……」


 魔力を帯びた物質。

 その言葉に、俺の脳裏に電撃が走った。

「……オーガの心臓……。」俺は、銀狼族の戦士長である、ミオの兄を思い出していた。「ミオ、君のお兄さんが言っていた言葉を、覚えているか? オーガの心臓のことだ。ガエル殿は、あれをこう呼んでいた。『魔力の結晶』だと」


 俺の言葉に、ミオは、ハッとしたように、目を見開いた。

「……うん。確かに、兄貴は言ってたよ。オーガの心臓は、『魔力の結晶』だって。森の古からの言い伝えで、強大な魔物の心臓には、その魔力が凝縮されているって私も聞いたことがある」


 俺は、再び、マリーに向き直った。

「マリー殿! あの、オーガの心臓を使ってMPを回復させる薬は作れないだろうか!?」

「……! あのオーガの、心臓を……!?」


 マリーは、薬師としての好奇心と恐怖で、その大きな目をさらに丸くした。

「……理論上は、可能です。いえ、もし本当に、あれが純粋な魔力の結晶なのであれば、これ以上ない、最高の材料です! ですが……!」


 彼女は、そこで言葉を詰まらせた。

「ですが、その抽出には、王都にあるような、最高レベルの錬金設備を使っても、早くて七日はかかります。私が、王都から持ってきた設備では、私がつきっきりで作業をしても、回復薬が完成するのは、九日はかかるかと。それに、その間、私は、熟成のお手伝いは、一切できなくなります……」


 九日後。

 その時には、魔力回復薬が出来てもギリギリだ。間に合ったとしても俺の体力が持つのか……

 広間は、再び、絶望的な沈黙に包まれた。


 だが、俺は、諦めていなかった。

「……いや。それでいい」

 俺は、立ち上がり、全員に宣言した。

「マリー殿。君は、明日から、魔力回復薬の製造に全力を尽くしてくれ。他のことは、一切、考えなくていい」


「ですが、それでは納期に……!それに慎一様のお身体が!」

「ああ、厳しいだろうな。このままでは」

 俺は、不敵に笑った。


「だが、可能性がゼロではない。そうだろ? 俺は、その僅かな可能性に賭ける。それまで、俺が俺自身の限界を超えて熟成を続ける。そして、トランたちの工房とフィリアの新しい蒸留器が完成すれば、原酒の生産ペースは、飛躍的に上がる。その、数日のマージンを、俺たち全員の総力で作り出すんだ」


 俺の、その無謀とも思える、しかし力強い言葉。

 それに、呼応するように仲間たちの目に再び闘志の光が宿り始めていた。


「皆、聞いてくれ。これは、もはやただの納品作業ではない。我々の村の総合力が試される総力戦だ。絶対に、やり遂げるぞ!」


「「「オオオオオオッ!!」」」


 その夜、領主館に響き渡った雄叫びは、これまでのどんな時よりも、力強く、そして一つになっていた。

 俺は、その頼もしい仲間たちの顔を見渡し、この絶望的な状況の中に、確かに存在する、一筋の光を、確かに掴んでいた。

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