日報060:銀狼族との共同戦線
気が付くと60話迄書き上げてきました。
物語としては、ようやく30%になるくらいかなと思ってます。(予定よりも伸びちゃったらすみません。)
これからも頑張って書いていくので応援よろしくお願い致します。
辺境に来てから三十一日目の午後。
古道の、苔むした石造りの祠の前。俺たちの前に、音もなく姿を現した、銀狼族の斥候ミオ。彼女のその蒼い瞳には、以前、俺たちと旅をした時の、好奇心の色はない。あるのは、一族の未来を憂う、悲痛なまでの真剣さと、そして、俺たちという最後の希望に、すべてを賭ける強い覚悟だった。
「銀狼族を、助けて欲しい」
その、低く、そして硬い声。それは、ただの依頼ではない。一つの種族の、存亡を賭けた魂の叫びだった。
「……ミオ。一体何があった。詳しく、話してくれ」
俺は、臨戦態勢を取る仲間たちを、手で制し、彼女に歩み寄った。
彼女の話は、衝撃的なものだった。
俺たちが、オーガの目を潰し、その縄張りから命からがら逃れた、あの日。怒り狂った『森の主』は、その有り余る暴力の矛先を、森の他の、全ての生命へと向けたのだという。
森の木々はなぎ倒され、川は堰き止められ、獲物となる獣たちは、必要以上に殺戮された。森の生態系のバランスそのものが、一匹の巨大な魔物の狂気によって、崩壊し始めていた。
そして、その破壊の波は、ついに、森の奥深くに隠れ住む、銀狼族の集落の、すぐそばまで迫っていた。
「……長老は、最初、あんたたちのことを疑っていた。だけど、私が話したんだ。あんたは、ただの人間じゃないって。戦い方は素人だけど、群れの誰よりも強い、ボスの匂いがするって。そして、何より、オーガのあの巨体を、知恵だけで退けたって」
ミオは、悔しそうに唇を噛んだ。
「一族の中でも、腕利きの戦士たちが、何度か討伐を試みた。だけど……ダメだった。今のあいつは、ただの獣じゃない。傷と、怒りで我を忘れた、破壊の化身だ。……何人もの仲間が、命を落とした」
その言葉に、俺たちの間に、重い沈黙が流れた。
「……だから、私が来た。長老が、私に言ったんだ。『もし、あの不思議な人間の群れが、再びこの森を通るのであれば、一族の誇りを、捨ててでも、頭を下げ、助けを乞え』と。……シンイチ。お願いだ。私たちの家族を、仲間を守って欲しい。このままじゃ、私たちは、この森で、生きていけない」
彼女は、その誇り高い瞳から、大粒の涙をこぼした。
俺は、その小さな肩に、どれほどの重圧がのしかかっているのかを感じ、静かに彼女に向き直った。
「……顔を上げてくれ。ミオ」
俺の、その穏やかで、しかし力強い声に、彼女は、はっとしたように顔を上げた。
「君の話は、分かった。そして、君たちのその苦しい状況も、理解した。だが、一つ訂正させてくれ。これは、我々が君たちを、『助ける』という話じゃない」
「……え?」
「俺たちも、君たちを探していたんだ。この古道を、我々の村と王都を結ぶ、安全な商業ルートとして確立するために、オーガの討伐は、我々にとっても、最優先の必須事項だった。つまり、ミオ。俺たちの目的は、最初から同じなんだ」
俺は、彼女に、はっきりと告げた。
「だから、これは、一方的な救援要請ではない。利害が、完全に一致した、二つの種族による、『共同戦線』だ。俺たちは、対等な戦友として、共に戦おうじゃないか」
俺のその言葉に、ミオの蒼い瞳が、驚きに見開かれた。そして、その絶望に染まっていた表情が、みるみるうちに、新たな希望の光に満たされていく。
「……シンイチ。……あんたって、やつは……」
彼女は、それ以上言葉を続けられず、ただボロボロと涙を流し、そして力強く、何度も頷いた。
こうして、人間と、銀狼族による、前代未聞の共同戦線が、結成された。
ミオの先導で、俺たちは、銀狼族の前線キャンプへと向かった。そこは、オーガの縄張りの手前にある、岩場に巧妙に隠された野営地だった。
キャンプには、十数名の銀狼族の戦士たちが、傷つき、疲弊しながらも、その鋭い目を光らせていた。彼らは、俺たち人間の姿を認めると、一様に警戒の表情を浮かべる。
その中心に、ひときわ体格が良く、歴戦の風格を漂わせる、一人の壮年の戦士がいた。彼の顔には、オーガの爪によってつけられたであろう、生々しい傷跡が、刻まれている。
「……ミオ。こいつらが、お前の言う人間たちか」
その声は、低く、そして疑念に満ちていた。
「兄貴! そうだよ! こいつが、リーダーのシンイチだ!」
「……俺はガエル。この討伐隊の隊長を務めている」
ガエルと名乗ったミオの兄は、値踏みするような目で、俺を見下ろした。
「……ミオから、話は聞いた。知恵が回るそうだな。だが、オーガは小細工で倒せる相手ではない。お前たちに、奴と渡り合う本当の力があるのか?」
その問い。それは、彼ら銀狼族全員の偽らざる疑問だった。
俺は、動じなかった。
「力、ですか。ええ、もちろんありますよ」
俺は、セシリアとハンス、ゲオルグに、目で合図を送った。三人が、一歩前に出る。
セシリアの王国騎士としての圧倒的な威厳。ハンスとゲオルグの死線を幾度となく潜り抜けてきた、傭兵としての殺気。
その三人が放つ、尋常ならざるプレッシャーに銀狼族の戦士たちが、たじろいだのが分かった。
「ですが、ガエル殿。戦いとは、力だけで決まるものではない。そうでしょう?」
俺は、地面に、辺境の詳細な地図を広げた。
「俺が望むのは、あなた方の力ではない。あなた方だけが持つ『情報』です。この森の地形、オーガの最新の行動パターン、そして奴の弱点。その全てを、教えていただきたい。そうすれば、俺が必ず奴を討伐する、完璧な作戦を立ててみせます」
俺の、その自信に満ちた指揮官としての態度に、ガエルは一瞬、言葉を失った。そして、彼は、やがて覚悟を決めたように、地図の前に膝をついた。
その夜、森の前線キャンプでは、種族を超えた、最初の、そして最も重要な作戦会議が開かれていた。
「……奴の弱点は、目だ。それは、以前シンイチたちが証明してくれた。それと、巨体故の鈍重さ。特に、左右への動きは遅い。だが、正面からの突進力は、凄まじい」
ガエルが、これまでの戦闘で得た、貴重な情報を語る。
「なるほど」俺は、その情報を頭の中で整理し、地図の上に、駒を置くように、作戦を組み立てていく。
「……戦う場所は、ここだ。この巨大な岩が乱立する渓谷。ここなら、奴の突進力を殺し、動きを制限できる。そして、我々は、高所からの攻撃も可能になる」
俺は、仲間たちと、銀狼族の戦士たち、一人一人の顔を見渡し、その役割を告げた。
「作戦名は、『オーガ・トラップ』。三段階で、奴を仕留める」
「第一段階、『誘引』。ミオと、足の速い銀狼族の戦士たちが、陽動部隊となり奴をこの渓谷まで誘い込む」
「第二段階、『拘束』。ハンスとゲオルグ、そしてガエル殿たち主力部隊が、渓谷の入り口で、奴の足元を集中的に攻撃し、動きを完全に止める。狙うは、アキレス腱だ」
「そして、最終段階、『討滅』。動きを封じられたオーガに対し、高台に陣取ったセシリアと残りの戦士たちが、弱点である頭部と目を、一斉に攻撃する。セシリア、君が、奴の息の根を止める、我々の『剣』だ」
俺の、そのあまりにも緻密で、合理的な作戦計画。
それを聞いた、銀狼族の戦士たちの疑念に満ちた目は、次第に驚愕と、そして信頼の色へと変わっていった。
ガエルも、俺の指揮官としての器量を完全に認め、深く頷いた。
「……分かった。シンイチ。俺たち銀狼族は、あんたの指揮下に入る。必ず、この作戦、成功させよう」
「ああ。頼んだぞ」
俺は、力強く応えた。
その夜、人間と銀狼族の合同キャンプでは、種族を超えた交流が生まれていた。互いの武器を見せ合い、故郷の酒を酌み交わす。
マリーは、銀狼族の負傷者たちに、王都から持参した回復薬を施し、その驚異的な効果で、彼らの尊敬を一身に集めていた。
フィリアとリズも、物怖じすることなく、ミオに森の植物について質問し、すっかり打ち解けている。
俺は、その温かい光景を眺めながら、静かに、そして確かに感じていた。
(……これが、俺の目指す世界の始まり、なのかもしれないな)
種族も、文化も違う。だが、共有された目的の下に、手を取り合い、共に未来を築いていく。
俺の、スローライフハーレム計画は、いつの間にか、もっと大きく、そして尊い何かに、変わりつつあるのかもしれない。
辺境に来てから三十二日目の朝。
森の、夜の闇が、白み始める頃。
俺は、二つの種族からなる混成部隊の前に立ち、最後の号令を下した。
「……作戦、開始。全員、持ち場につけ。必ず、全員生きて帰るぞ」
「「「オオオオオオッ!!」」」
地鳴りのような雄叫びが、朝の静かな森に、響き渡った。
俺たちの、森の古道での最大の戦いが、始まろうとしていた。
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