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日報006:蒸留器の試運転と新たな計画

 辺境の村での一日目が終わりを告げた。領主館の片隅に運び込まれた蒸留器を眺めながら、俺、佐藤慎一は静かに目を閉じた。四十路のおっさんによる、異世界スローライフハーレム計画の本格的な事業計画が、今、まさに動き出そうとしていた。


 翌朝、夜明けと共に目を覚ますと、セシリアとリリィも既に起きていた。騎士としての習慣なのだろう、身支度を整え、周囲の警戒に当たっている。


「慎一様、おはようございます。本日のご予定は?」


 セシリアが、俺の顔を見るなり、恭しく尋ねてきた。彼女たちの目には、すでに昨日のゴブリンとの交渉や、倉庫からの「お宝」発見を経て、俺への信頼と期待の色が明確に宿っている。人材配置(A)が、彼女たちが計画の重要な「人員」として機能していることを告げていた。


「おはよう、二人とも。今日は、いよいよあの蒸留器を動かす準備に取り掛かろうと思う。まずは、共同井戸の水の確保と、燃料の準備だ」


 俺がそう告げると、リリィが目を輝かせた。


「あの不思議な道具を、動かすのですね! 私もお手伝いさせてください!」


 リリィの純粋な好奇心が、俺のモチベーションをさらに高める。セシリアも無言で頷き、準備に取り掛かろうとしていた。


 俺たちはまず、領主館のすぐ隣にある共同井戸に向かった。井戸は石造りでしっかりしているものの、何十年もの間使われていなかったためか、中は泥や枯れ葉で汚れていた。幸い、水は底に見えるが、そのまま飲める状態ではなさそうだ。


「これは……清掃が必要ですね、慎一様」


 セシリアが、溜まった泥を見て眉をひそめた。


「ああ。まずは中の泥を全て汲み出し、徹底的に清掃する。その後、異世界適応(固有)で水質を簡易的に確認するが、煮沸消毒は必須だろう」


 俺は持参したロープとバケツを使い、井戸の清掃を始めた。騎士たちも手際よく手伝ってくれる。清掃作業自体は単純な力仕事だが、普段デスクワークしかしていなかった身には堪える。それでも、村の未来のため、そして俺のスローライフハーレムのためだ、と自分を鼓舞した。


 午前中いっぱいをかけて、井戸の清掃は完了した。汲み上げた泥水は、領主館の裏の荒地に捨てた。透明になった井戸の底から、冷たい地下水がこんこんと湧き上がってくる。異世界適応で確認すると、飲用には問題なさそうだ。これで生活用水は確保できた。


 午後は、蒸留器の設置場所の確保と、燃料集めだ。領主館の広間は十分な広さがあるが、蒸留器から出る熱や蒸気を考えると、特定の部屋に専用の設置場所を設けるべきだろう。最適な場所はどこか。書類作成(B)が、頭の中で配線図ならぬ「配管図」や「換気計画」を自動作成している。


「セシリア殿、リリィ殿。領主館の裏手にある、この小屋を修理したい。蒸留器を安全に稼働させるための専用の作業場にする。燃料となる薪集めもお願いできるか?」


 俺は領主館の裏にある、崩れかけた小さな小屋を指差した。倉庫よりは小規模だが、やはり壁や屋根が崩れている。


「承知いたしました。薪集めはリリィに、小屋の修繕は私が担当いたします。木工具をお借りしても?」


 セシリアが、テキパキと答える。人材配置(A)の成果だ。適材適所。


 彼女たちが作業に取り掛かっている間、俺は蒸留器のマニュアルを改めて読み込んだ。異世界適応スキルで難なく理解できるのがありがたい。


 マニュアルには、蒸留器の基本的な構造、操作方法、そしていくつかの簡易レシピが記載されていた。まずは、最も単純な「果実酒の精製」から試すのが良さそうだ。材料は、この辺境の森に自生している果物で代用できるだろう。


 日が傾き始めた頃、小屋の修繕はかなりの進捗を見せていた。セシリアは騎士でありながら、器用に木材を組み直し、釘を打っていく。リリィも、満載の薪を抱えて戻ってきた。彼女たちの働きぶりに、俺は感動すら覚えた。


「二人とも、素晴らしい働きだ。これなら、明日には蒸留器の設置に取り掛かれるだろう」


 俺が労をねぎらうと、二人の騎士は少し照れたように笑った。


「いえ、慎一様のご指示が的確なればこそです。普段の鍛錬とは違いますが、これはこれで、やりがいがありますね」


 セシリアが、額の汗を拭いながら言った。リリィも深く頷いている。彼女たちの表情には、王都にいた頃の不安げな色ではなく、確かな充実感が浮かんでいた。俺の癒しの笑顔(C)効果だけでなく、実際に成果が見えることで、彼女たちのモチベーションが高まっているようだ。


 その日の夕食も、簡素な保存食だったが、冷えた井戸水と、労働で流した汗のおかげか、いつもより何倍も美味しく感じられた。


 翌日、いよいよ蒸留器の設置作業だ。小屋の床を平らにし、蒸留器の重みに耐えられるよう、石を敷き詰めて土台を固める。パイプの接続は、マニュアルを見ながら慎重に行う。間違えれば爆発の危険もあるだろう。危機管理(EX)が、些細な接続ミスすら許容しない。


 午後には、蒸留器の設置が完了した。見た目は、まだまだ錆びた巨大な鉄の塊だが、しっかりと地面に固定され、パイプも正しく繋がっている。


「慎一様、これで本当に動くのでしょうか……?」


 リリィが不安そうに蒸留器を見上げた。無理もない。こんな奇妙な機械が、この世界で動くこと自体が信じられないだろう。


「大丈夫だ。さあ、燃料をくべてくれ。それから、水だ」


 俺は指示を出し、マニュアルの指示通りに蒸留器の釜に、前日セシリアが採取してきた甘い香りのする異世界の果物を投入した。これを煮沸し、発生した蒸気を冷却して液体を抽出する。


 ゴボゴボと、釜の中で果物が煮える音が響き始めた。しばらくすると、蒸留器の冷却部分から、ツウー、と透明な液体が流れ落ちてきた。


「おお……! 液体が……!」


 リリィが興奮した声を上げる。セシリアも、目を見張ってその光景を見つめている。


 流れ出た液体を小さなコップに少量受ける。無色透明で、甘い果物の香りがする。


「慎一様、これは……?」


 セシリアが、コップの中の液体を覗き込んだ。


「これが、この蒸留器の最初のアウトプットだ。試しに、一口飲んでみてくれ」


 俺が促すと、セシリアは躊躇しつつも、コップを口に運んだ。ごくり、と喉を鳴らす。


「──っ!? これは……! とても芳醇な香りで、体が温まるような……。しかし、こんなに強いお酒は、今まで飲んだことがありません!」


 セシリアが、驚きと興奮が入り混じった声を上げた。リリィも興味津々といった様子で、セシリアからコップを受け取り、一口飲んで、目を白黒させている。


「ひゃあ! つ、強いですね! でも、美味しい!」


 よし、大成功だ!


 俺は騎士たちの方を向き直った。


「そういえば、この世界の酒は、どれくらいの度数があるんだ? 王都で飲んだ酒は、正直、薄くて物足りなかったんだが」


 俺が尋ねると、セシリアが少し顔を赤らめながら答えた。


「ええと……一般的な酒は、水で薄めたようなものか、せいぜいブドウ酒といったものが主流です。度数?という概念はあまりなく、せいぜい酔えるかどうか、といった程度かと。王都の貴族が飲むような上等なものでも、これほど強いものはありません」


 リリィも頷きながら補足する。


「はい! 醸造の技術が未熟なので、強い酒は作れない、と聞いたことがあります! 飲めばすぐに顔が赤くなるような、もっと強いお酒が飲んでみたい、と父もよく言っていました!」


 なるほど、そういうことか。俺の予算管理(S)が、この高純度アルコールの市場価値を弾き出す。この世界の酒は、発酵技術が未熟なためか、せいぜいビール程度の度数しかない。これほどの芳醇な香りと高い度数を持つ酒は、まさに「異世界酒」として独占的な地位を確立できるだろう。消毒や燃料といった用途にも転用可能だ。


「この酒があれば、辺境のこの村に、大きな富をもたらすことができる。王都の貴族たちも、きっと欲しがるだろうな」


 俺がそう告げると、二人の騎士の顔に、明確な希望の光が宿った。彼らは、俺の言葉が単なる大言壮語ではないことを、目の前の「成果」で理解したのだ。


 四十路のおっさん佐藤慎一の異世界スローライフハーレム計画。

 辺境の地で、遂にその「ビジネス」が、具体的な成果を上げ始めたのだった。

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