日報058:新たな仲間と帰還への路
辺境に来てから三十日目の朝。
王都の空は、俺たちの長く、そして、激動に満ちた滞在の終わりを告げるかのように静かに白み始めていた。六台の荷馬車はすでに『金獅子亭』の馬屋の前にずらりと並べられている。トムが村の未来を乗せたその荷物の最終的な固定作業を自信に満ちた顔で進めていた。
「慎一様。全ての準備が整いました。いつでも出発できます」
セシリアが報告に来る。
「ああ、分かった。だがその前に一つ寄りたい場所がある。最後の『挨拶』と、そして新たな『仲間』を迎えにな」
俺たち一行は薬師ギルドの本部へと向かった。
ギルドの中は数日前の騒乱が嘘のように静かで穏やかな学究の空気に戻っていた。俺たちの姿を認めた若い薬師たちは皆その歩みを止め俺たちに尊敬と感謝の眼差しを向け深く頭を下げてくれる。
「よく来てくれたな、シンイチ殿」
マスター・ドミニクが研究室の奥から、穏やかな、しかしどこか名残惜しそうな表情で俺たちを迎え室内に通してくれた。
「君が王都を発つと聞いてな。ぜひ顔を見ておきたいと思っていたところだ」
「こちらこそ、ご挨拶に伺いました。マスターには本当にお世話になりました」
「礼を言うのはこちらの方だ。君のおかげで儂は、過去の過ちと向き合う勇気を得ることができた。そしてこの薬師ギルドも宰相の理不尽な圧力から解放された。……君は、この国の医療の恩人だ」
ドミニクは、そう言うと部屋の奥に居る人物に声をかけた。
「……マリー、こっちへきなさい」
その声に慌てたような小さな足音が聞こえ、そして、ドサッ! という派手な物音と共に一人の少女が転がり込むようにやってきた。
「も、申し訳ありません、マスター! 書類の山に足を取られて……!」
少女は慌てて立ち上がると、ずり落ちた大きな丸眼鏡を指で押し上げた。歳はフィリアと同じ齢くらいだろうか。薬草の匂いが染み付いた質素な研究員の服を着ている。その、そばかすの散ったあどけない顔には知的な好奇心とそして極度の緊張の色が浮かんでいた。
「……この子はマリー。君の村へ派遣する儂の一番弟子だ。見ての通り少しそそっかしいドジな所がある。人付き合いも得意ではない。……だが」
ドミニクは、その厳しくも愛情に満ちた目で少女を見つめた。
「薬草への知識と、その調合の腕だけはこの儂が保証する。その情熱と才能はこの国の誰にも負けん」
「は、初めまして! マ、マリーと申します! こ、この度は勇者様とご一緒させていただくことになりこ、光栄です!」
マリーはガチガチに緊張しながら深々と頭を下げた。その勢いでまた眼鏡がずり落ちそうになっている。
俺はそんな彼女の姿に思わず笑みを浮かべた。
「初めまして、マリー殿。俺は佐藤慎一だ。慎一と呼んでくれ」
俺は【癒しの笑顔C】を全力で発動させ彼女の目線に合わせて屈み込んだ。
「君のような優秀な薬師が仲間になってくれること心から歓迎する。村には君の力を必要としている仲間たちが大勢いる。これからよろしく頼む」
俺の言葉にマリーの緊張が少しだけ解けたようだった。彼女はこくりと力強く頷いた。
その瞬間、俺の【人材配置A】スキルが彼女の秘められたステータスを明確に示していた。薬学A+。植物学A。そして潜在魔力量B+。間違いなく天才だ。
「マリー。餞別だ。持っていきなさい」
ドミニクが彼女に一つの大きな革の鞄を手渡した。
「中には儂が調合した最高品質の回復薬と解毒薬。そして王都でしか手に入らない、希少な薬草の種も入っている。君の研究に役立てなさい」
「……! マスター……! ありがとうございます!」
マリーは涙ぐみながらその師からの最後の贈り物を大切そうに胸に抱きしめた。
俺たちはドミニクに深々と別れの挨拶を告げ、新たな仲間であるマリーと共に薬師ギルドを後にした。
王都の壮大な城門をくぐる。
俺たちのキャラバンは総勢八名、荷馬車六台という行きとは比べ物にならない大所帯となっていた。
その威容に門を守る衛兵たちも敬意のこもった眼差しを向けている。
……王都を出発してから十数時間後。
俺たちは宿場町『セブンウォール』に到着した。以前にも泊まった『謳う月亭』の前に俺たちの巨大なキャラバンが到着すると宿の主人が目を丸くして店の中から飛び出してきた。
「シ、シンイチ様! お、お待ちしておりました! いやはやこれほどの、大商団とは……!」
(やはりあの時の私の目に狂いは無かった。薄汚い商人だと思っていたがこの数日で上客になって戻ってきた……!)
亭主は以前の値踏みするような態度とは打って変わって最高の「上客」に対する心からの笑顔と敬意で俺たちを迎えてくれた。
「主人。また世話になる。一番良い部屋を全員分頼む。それとこの六台の馬車と馬たちもだ。最高の寝床と飼い葉を用意してくれ」
俺が堂々とそう告げると亭主は深々と頭を下げた。
「は、はい! もちろんでございますとも! すぐにご用意いたします!」
(なるほど。上客として扱われることはこれだけの物資と資金の安全を確保する上で最高の保険になる)
部屋に案内された後、俺は改めて亭主を呼び止めた。
「ご主人。一つあなたに相談がある」
「な、なんでございましょうか、シンイチ様」
「今後は王都へ向かう際には必ずこの宿に泊まらせてもらおうと思う」
その言葉に亭主の顔が喜色に輝く。俺はその反応を見逃さずに続けた。
「そこでだ。ご主人のこの宿は酒場も併設しており街道を行き交う様々な人々の情報が集まる場所だと思う」
俺はそこで一度言葉を切り彼の目を真っ直ぐに見据えた。
「私が、次に、ここに泊まる時までに何か面白い王都での情報を提供してもらえないだろうか? 例えば貴族の噂、新しい商売の話、どんな些細なことでもいい。もちろん、これはただのお願いではない。今後我々という大口の常連客を、もてなすための、あなたからの『サービス』として期待させてもらいたい」
亭主は俺の提案の真の価値を瞬時に理解したのだろう。彼は恐縮したように、しかしその目には商人としての確かな野心の光を宿して力強く頷いた。
「……! か、かしこまりました! シンイチ様のようなお方に、常宿としてお選びいただけるなどこれ以上の光栄はございません! そのお言葉にお応えするのが、商人の心意気というもの! 王都のどんな些細な噂話でもこの亭主が責任をもって集めておきますとも! ええ、今後ともぜひ御贔屓に!」
「ああ、頼んだぞ、ご主人」
(よし。これで辺境にいながら王都の情報を手に入れる安全なルートが確保できた。これも重要な未来への基盤だ)
俺は満足げに頷くと仲間たちが待つ部屋へと向かった。
宿で一番大きな部屋を貸し切りったその夜、俺は仲間たち全員を集めた。
王都からの帰路そして村へ帰還してからの計画を共有するための作戦会議だ。
俺はまず亭主とのやり取りを皆に報告した。
「……という訳でこの『謳う月亭』は、今後、我々の王都における定宿兼情報拠点となる。亭主には俺たちが村にいる間も、王都の最新情報を収集してもらうよう依頼してきた。今後の我々の事業展開において重要な足がかりになるはずだ」
次に俺はテーブルに辺境の地図を広げた。
「さて本題だ。明日からの我々の帰還ルートについてだが」
俺は王都から村へと続く二本の道を指し示した。
「最短ルートはこの森を抜ける古道だ。だが、ご存知の通りこの道には最大の障害が残っている。『森の主』オーガだ」
その名前にトムや新しく仲間になったフィリア、リズ、マリーの顔に緊張が走る。
「レオン殿との契約。一ヶ月で百本の納品。村に帰還してから我々に残された製造期間はわずか11日しかない。一日でも早く村に戻り生産体制を整える必要がある。よって我々はこの古道を進む」
俺はそこで一度言葉を切った。
「そして、その道中にオーガを完全に討伐する。この脅威を排除しなければ我々の村と王都を結ぶ安全な補給路は確立されない。これは我々が避けては通れない戦いだ」
俺のその決意に満ちた宣言に仲間たちはゴクリと息を呑んだ。
「そこでだ。我々は、森でミオと彼女の銀狼族と合流する。そして、彼らと共同でオーガを討伐する。その後村へ帰還する。これが我々の帰還するための計画だ」
ハンスとゲオルグの目が戦士のそれに変わる。セシリアも静かにしかし力強く頷いている。
「マリー殿」俺は新しく仲間になった若き薬師に向き直った。
「君のその知識と技術がこの戦いでは我々の生命線となる。負傷者の治療と回復薬の管理。全てを君に一任したい。頼めるか?」
「は、はいっ! わ、私、精一杯頑張ります!」
マリーは緊張で声を上ずらせながらもその瞳には自らの役割への強い責任感が宿っていた。
王都での華やかで、しかし血生臭い盤上の駆け引きは終わった。
そして、ここからが、自らの力と知恵そして仲間との絆だけが頼りとなる、荒々しい辺境での戦いの始まりだ。
俺は、頼もしい仲間たちの顔を見渡し静かにそして確かな勝利を確信していた。
セブンウォールへの到着時間が誤っていたので修正しました。




