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日報005:暗闇の倉庫で大発見

 舞い上がる土埃の中、俺は希望を胸に、暗闇の倉庫へと足を踏み入れた。セシリアとリリィも、警戒しつつ俺の後に続く。倉庫の中は、松明の光も届かないほど真っ暗だったが、異世界適応(固有)スキルのおかげか、わずかな光でも物体を認識できる。


 ひんやりとした空気が肌を撫で、カビと土埃が混じった独特の臭いが鼻腔をくすぐる。足元には、何十年もの間、手付かずだったのだろう、分厚い埃と、朽ちた木片やガラクタが散乱していた。


「慎一様、中はかなり荒れていますが……」


 リリィが不安そうに声を上げる。無理もない。宝物殿というよりは、廃品置き場といった風情だ。


「大丈夫だ。お宝は、いつもこんな場所で埃をかぶっているものさ」


 俺はそう言って、前へと進んだ。予算管理(S)が、この倉庫の潜在的な価値を推し量ろうと、フル稼働している。無駄な労力は使いたくない。


 奥へ進むにつれ、微かに光が反射していたものが、徐々にその姿を現した。それは、何本もの細長い筒状の物体だった。金属製だろうか?


「これは……パイプ、か?」


 俺が呟くと、セシリアが首を傾げた。


「パイプ、とは?」


「ああ、失礼。こちらの世界では『筒』とでも言うべきか。何かの装置に使われていたものだろう」


 錆びついたパイプの束。異世界の魔法道具か、あるいはただのゴミか。危機管理(EX)が、それが危険物ではないことを示している。鑑定スキルでもあれば一発で分かるんだが、それはない。


 しかし、よく見てみると、そのパイプの束の奥に、さらに大きな物体が横たわっているのが見えた。形状からして、それは巨大な釜、いや、蒸留器と呼ぶべきものだった。


「これは……もしかして」


 俺の心臓が、トクン、と高鳴る。錆はひどいが、構造は複雑でしっかりしている。これはただの釜じゃない。


 俺は慎重に、蒸留器の周りの瓦礫をどかし始めた。セシリアとリリィも、怪訝な顔をしながらも手伝ってくれる。


 やがて、蒸留器の全体像が明らかになった。それは、複雑なパイプが何本も接続され、冷却装置らしき部分もついている、かなりの大型機械だ。


「慎一様、これは一体……何の道具なのですか?」


 セシリアが不思議そうに尋ねた。この世界の技術水準では、見慣れないものなのだろう。


「これは、液体を蒸発させ、その蒸気を冷やして純度の高い液体を取り出す装置だ。例えば、果物からより強い酒を作ったり、薬草から有効成分を抽出したり……様々な使い道がある」


 俺の言葉に、二人の騎士の目が点になった。


「そ、そのようなことが可能に……!?」


「これは、すごい発見かもしれませんわ、慎一様!」


 リリィの目が輝いている。理解が早くて助かる。


 だが、俺の狙いはもっと明確だった。これがあれば、エタノールが作れる。そして、エタノールがあれば、簡易的な消毒液や燃料、さらには香水や薬品の原料にもなる。何より、それを精製できる技術を持つ人間は、この世界にはほとんどいないだろう。


 これは、単なる『お宝』ではない。村の再建、ひいては王国経済、そして俺のスローライフハーレム計画を根底から覆す、とんでもない『ビジネスツール』だ!


 予算管理(S)が、目の前の蒸留器から算出される莫大な利益を弾き出している。これがあれば、資金不足などあっという間に解決する。


「セシリア殿、リリィ殿。この蒸留器と、ここに積んであるパイプ、全てを領主館へ運び出してほしい。清掃と修繕が必要だが、これはこの村の、いや、王国の未来を大きく変える可能性を秘めている」


 俺の興奮気味の言葉に、二人の騎士は半信半疑ながらも頷いた。


「承知いたしました、慎一様!」


 騎士たちが力仕事に取り掛かっている間、俺は倉庫の他の場所も念入りに調べた。すると、埃にまみれた棚の奥から、古い革のノートを見つけた。中を開くと、達筆な文字で何かが記されている。異世界適応(固有)スキルが、その文字を日本語に変換してくれた。


 『蒸留器の取扱説明書と、簡易的なレシピ集』


 まさに、至れり尽くせり!幸運(S+)がまた発動したか! これがあれば、専門知識がなくても、すぐに蒸留器を稼働させることができる。レシピ集には、様々な果物や穀物からの酒の精製法、簡単な薬草の抽出法などが記されていた。


 俺はノートを大事に抱え、再び領主館へと戻った。騎士たちは、すでに蒸留器の本体とパイプのいくつかを運び出しており、領主館の広間に運び込まれた巨大な機械は、それだけで異様な存在感を放っていた。


「慎一様、どうしますか? これ、どうやって直せば……」


 リリィが途方に暮れたように蒸留器を見上げた。


「大丈夫だ。幸運にも、この子を動かすための『マニュアル』を見つけた。まずは清掃と点検からだ。セシリア殿、リリィ殿、すまないが、水と布を用意してほしい」


 俺は早速、蒸留器の清掃に取り掛かった。騎士たちも、言われた通りに水と布を用意し、手伝ってくれる。長年の埃と錆を丁寧に拭き取り、構造を一つずつ確認していく。書類作成(B)が、頭の中で最適な清掃・修繕マニュアルを作成している。


 夕暮れ時、領主館はすっかり片付き、蒸留器も大まかな清掃を終えた。まだ動かすには至らないが、見違えるほど綺麗になった。床には埃の跡がくっきりと残っていたが、気にしている場合じゃない。


 その日の夕食は、持参した保存食と、共同井戸から汲み上げた水だった。井戸の水は、幸いにも飲用に問題なかった。


「慎一様、本当に、明日からこの村を再建できるのでしょうか……?」


 リリィが、不安そうに尋ねた。セシリアも、黙って俺を見つめている。


「できるさ。俺には、君たちがいる。そして、この村には、とんでもない『宝』が眠っていたからな」


 俺はそう言って、領主館の片隅に置かれた蒸留器をちらりと見た。今はまだただの鉄の塊だが、これがこの村の、そして俺の未来を切り開く鍵となるはずだ。


 四十路のおっさんによる、異世界スローライフハーレム計画。

 辺境での一日目が終わり、本格的な事業計画が、今、動き出そうとしていた。

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