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日報046:孤独な天才と、新たな家族

「さて、と」俺は立ち上がり改めて二人に優しい笑顔を向けた。「契約成立だな。まずは君たちの名前を教えてもらえるか? 俺は佐藤慎一。慎一と呼んでくれ」


 鍛冶師の少女はまだ少し躊躇いがちにしかし芯のある声で名乗った。

「……フィリア」

「フィリアか。いい名前だ」


 次に孤児の少女がフィリアの後ろからおずおずと顔を出し小さな声で言った。

「……リズ」

「リズだな。よろしく頼む」


 自己紹介を終え俺は総務部長としてのヒアリングを開始した。ただ仕事のパートナーとして迎えるだけではない。彼女たちのこれまでの人生とその背景を正確に理解すること。それこそが彼女たちがこれから俺たちの村で心から安心して暮らしていくために不可欠なことだからだ。


「フィリア、リズ。差し支えなければ君たちのことをもう少し教えてくれないか。君たちは姉妹なのか?」

 俺の問いにフィリアは静かに首を横に振った。

「……違う。リズとは血の繋がりはない」


 リズがその言葉を引き継いだ。

「あたしは王都のスラムで生まれた。お父さんもお母さんも知らない。ずっと一人で生きてきた。……一月前お腹がすごく空いてて、もうダメだって思った時この工房からカン、カンって音が聞こえて……。そしたらフィリアが一人で何か作ってた。……寒かったから工房の隅っこで火にあたらせてもらってたらフィリアは何も言わなかった。次の日もその次の日も。……いつの間にか一緒に暮らすようになってた」


 リズの話から二人の出会いの経緯が見えてきた。

「フィリア。君はずっとここで一人で?」


「……うん」フィリアはぽつりと答えた。「この工房は父さんのだった。父さんも剣や鎧じゃなくてこういう誰も欲しがらないガラクタばっかり作ってた。……だから仕事もなくて貧乏で三年前に病気で死んだ。母さんはもっとずっと前に出て行った。……だから私一人」


 彼女の淡々とした言葉の裏にどれほどの孤独と苦労があったことか。俺は胸が締め付けられる思いだった。

「……そうか。辛かったな」


「……別に。……父さんの作ったものが好きだったから。私も作りたいもの作ってただけ。……でも誰も分かってくれなかった。リズ以外は」

 フィリアはそう言うとリズの頭を不器用にしかし優しく撫でた。リズはそれがくすぐったいのか嬉しそうに目を細めている。


「リズが毎日外で鉄のクズを拾ってきてくれる。それが材料になる。……リズがいなかったらもうとっくに何も作れなくなってた」

 フィリアの言葉にリズはえへへと照れくさそうに笑った。


(……なるほどな。この二人は互いが互いを支え合ってこの厳しい世界を生き抜いてきたんだ)

 俺は二人のその尊い関係性に深く心を打たれた。


「フィリア、リズ。君たちの事情はよく分かった。改めて言わせてくれ。俺たちの村へ来てほしい」

 俺は二人の目を真っ直ぐに見つめた。

「村にはトランという腕利きの棟梁がいる。彼に頼んで君たちのための新しい工房と家をすぐに建てさせよう。もちろんリズの専用の部屋もだ。フィリアには思う存分発明に打ち込める最高の環境を約束する。」


「そうだ、言い忘れていたが、村の近くではミスリルというこの世界でも極めて希少な魔法の金属が採れる。鉄や銅では不可能な、君の、その素晴らしい着想を形にするための最高の材料が村にはあるぞ。リズはもう金属クズを拾い集めなくても構わない。他の村の子達と遊んでてくれ。俺が温かい食事と安全な寝床を約束する」


「村には君たちの新しい『家族』になる仲間たちが大勢いる。エリナやリリィといった優しい姉のような存在もいるしリズと同じくらいの年の子供たちもたくさんいる。もう飢える心配も二人きりで夜を越す心細い思いもさせない」


 俺の言葉にこれまで硬い表情を崩さなかったフィリアの瞳が大きく揺れた。特に「ミスリル」という単語が出た瞬間、彼女の瞳がカッと見開かれ、職人としての探求心の炎が燃え上がったのを俺は見逃さなかった。リズはもはや希望に満ちた目で俺の言葉の一つ一つを噛み締めるように聞いている。


「……本当に?」フィリアがか細い声で尋ねた。「本当に私たちみたいなのが行ってもいいのか……?」

「ああ。君たちこそ俺たちの村が今最も必要としている宝物なんだ」


 俺がそう断言するとフィリアのその大きな瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。彼女はそれを煤で汚れた作業着の袖でごしごしと乱暴に拭った。

「……分かった。……行く。……あんたの村に行く……!」


 その絞り出すような決意の言葉。

 俺はその小さな天才職人の手を再び固く握りしめた。


 俺はフィリアとリズを連れて宿屋『金獅子亭』へと戻った。

 部屋の扉を開けるとそこには報告書の山と格闘していたセシリアがいた。彼女は俺が見知らぬ二人の少女を連れて帰ってきたことに驚いたように目を見開いた。

「慎一様……? こちらのお二人は?特にあの少女は……」


「最高の『人材』を二人スカウトしてきた」

 俺はセシリアに事の経緯を手短にしかし正確に説明した。フィリアがSランク級の天才的な鍛冶師であること。そしてリズがその彼女を支えてきた心優しい少女であること。そして俺たちの村の生産体制のボトルネックを解消する唯一の希望であることを。


 俺の話を聞き終えたセシリアは最初は驚きを隠せない様子だったがやがてその表情は深い納得とそして二人の少女への温かい慈愛に満ちたものへと変わっていった。

「……そうでしたか。それは素晴らしい出会いでしたね」


 彼女は立ち上がるとフィリアとリズの前に膝をつきその目線を合わせた。

「フィリアさん、リズさん。初めまして。私はセシリアと申します。ようこそ私たちのチームへ。これからよろしくお願いしますね」

 そのあまりにも自然で優しい騎士の微笑みにフィリアとリズの警戒心はすっかり解きほぐされていた。


「さあお二人ともお腹が空いているでしょう。それにそのお洋服も汚れてしまっている。すぐに温かい食事とお風呂そして新しいお洋服を用意させますね」

 セシリアはもはや完璧なお姉さんいや母親のような包容力で二人を迎え入れた。そのあまりにも手際の良い対応に俺は改めて彼女の管理能力の高さに感心するしかなかった。


 セシリアはすぐにトムに指示を出し、宿の厨房に温かい食事と、彼女達の風呂の準備を頼んだ。そして、どこから手配したのか、すぐに真新しい子供用の衣服まで用意してきた。その手際の良さは、まさに総務部長の右腕と呼ぶにふさわしい。


 最初は戸惑っていたフィリアとリズも、セシリアの優しい気遣いと、運ばれてきた温かいシチューの匂いに、次第に心を許していった。特にリズは、生まれて初めて見るような、肉の塊が入ったシチューを前に、目をキラキラと輝かせている。

「……食べて、いいの?」

「ああ、もちろん。好きなだけ食べるといい」

 俺がそう言うと、リズは夢中でスプーンを口に運び始めた。フィリアも、その様子を、どこか安心したような、優しい目で見守っている。


 食事が終わる頃には、二人の表情は、出会った時とは比べ物にならないほど和らいでいた。

 セシリアは、二人を風呂へと案内し、その間に俺は、ハンスとゲオルグに新たな仲間について説明した。


「……へえ。そりゃあ、とんでもねえお宝を、また見つけてきたもんだな、大将は」

 ハンスは、感心したように口笛を吹いた。

「ああ。これで、レオンとの無茶な契約も、現実味を帯びてきた。だが問題は彼女たちが村に馴染めるかどうかだ。特にフィリアは長年の孤独で心を閉ざしている」

「……まあ、そいつは、俺たちの仕事じゃねえな」ゲオルグが、エールを飲み干しながら言った。「村には、エリナの嬢ちゃんや、リリィの嬢ちゃんもいる。あいつらなら、うまくやってくれるだろうさ」


 ゲオルグの言う通りだった。俺がすべきことは、彼女たちが、その才能を最大限に発揮できる環境を整えることだけだ。

 やがて、風呂から上がった二人は、セシリアが用意した清潔な寝間着に身を包んでいた。煤や汚れが落ちたフィリアの素顔は俺が思っていた以上に整った顔立ちをしていた。リズも、少しぶかぶかの寝間着が、小動物のようで実に微笑ましい。


 その夜、俺たちは、フィリアとリズの二人の部屋をもう一つ追加で借りることにした。


 新たな仲間が加わった。

 そして俺たちが抱えていた最大の懸念材料であった生産体制の問題にもついに解決の光明が見えた。

 夜会までの残り時間はあとわずか。

 王都での俺たちの戦いはいよいよ最終局面へと向かおうとしていた。俺は窓の外に広がる王都の喧騒を見下ろしながら気持ちを新たにするのだった。

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