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日報044:夜会への序曲と、仕立てられる切り札

 宿屋『金獅子亭』に戻ると情報収集から戻っていたハンス、ゲオルグ、そしてトムが俺たちの帰りを今か今かと待ち構えていた。俺たちが部屋に入るなり三人が駆け寄ってくる。

「大将!」「慎一様!」

「……どうだったんだ?」


 俺はまず、レオン・バルトとの交渉で百本の大量納品という無茶な要求を突きつけられたこと、そして薬師ギルドで宰相の妨害に遭いながらも見事にそれを退け、ギルドとの強固な協力体制を築いたことを、簡潔に、しかし正確に彼らに伝えた。

 そのあまりにも目まぐるしい展開と成果に、三人はただ呆然と、そしてすぐに興奮したように顔を輝かせた。


「へっ、マジかよ大将! 宰相の野郎、一杯食わされたって訳か!」「すげえ! さすがは慎一様だ!」

 トムもその大きな目を尊敬の色でキラキラと輝かせている。仲間からの素直な賞賛は悪い気はしない。


「それで、お前たちの今日の成果はどうだ?」

 俺がハンスとゲオルグに尋ねると、二人は顔を見合わせ、ハンスが声を潜めて報告を始めた。

「大将、あの宰相閣下だがよ、思った以上に尻尾を掴ませねえ狸だ。一日探りを入れたが、金の流れも、表向きはクリーンそのもの。だが……」

 ハンスはニヤリと笑った。

「……どうやら、第三夫人が相当な浪費家で、宝石やドレスに眼がないらしい。その購入先が、なぜかいつも同じ、しがない宝石商なんだとよ。臭うだろ?」


「それと」ゲオルグが続けた。「奴の派閥にいる貴族どもは、揃いも揃って羽振りがいい。特に、王都の公共事業を請け負ってる建設ギルドの連中との癒着は、界隈じゃ公然の秘密みてえだ。だが、証拠がねえ」


(なるほどな。金の流れの起点は夫人か。そして、公共事業。古典的だが、それだけに着実な資金源ということか。十分な情報だ)

「ご苦労だった。その線で、引き続き調査を頼む。金の流れの物証を掴めれば、最高の交渉カードになる」


「さて、と」俺は一息つくと懐からレオン・バルトとの交渉で勝ち取った招待客リストを取り出した。「感心している暇はないぞ。次の仕事だ」


 テーブルの上に広げられた羊皮紙に全員が息を呑んで顔を寄せる。そこには流麗な筆記体で王都の権力者たちの名がずらりと書き連ねられていた。

「これが三日後の夜会の招待客リストだ。ここが我々の次なる戦場になる」


 俺は総務部長としての本領を発揮するべくスイッチを切り替えた。

「ハンス、ゲオルグ。宰相の件と並行で、このリストに載っている全員の身辺調査を明日の日没までに可能な限り行ってもらう。性格、金の流れ、派閥、弱み、そして何より『何を欲しているか』。どんな些細な情報でもいい。すべて集めてこい」

「応ッ! 腕が鳴るぜ!」

 二人は獲物を与えられた猟犬のように獰猛な笑みを浮かべた。


「セシリア。君は王国騎士としてこのリストに載っている主要な貴族の公的な情報を洗い出してほしい。家格、領地の規模、王家との関係性などだ。君の『公式情報』とハンスたちの『裏情報』。その二つを組み合わせることで情報の精度は飛躍的に上がる」

「承知いたしました。私の知る限りの情報、そして騎士団の記録を元に報告書を作成します」


「トム。君は引き続きこの部屋と荷物の警備を頼む。そしてハンスたちが持ってくる情報をいつでも書き留められるように羊皮紙とインクの準備を」

「はい! お任せください!」


 俺の指示でチームは再び精密な機械のように動き出す。ここからは情報戦だ。夜会当日までにどれだけ質の高い情報を集め分析し戦略に落とし込めるか。それが全てを決める。

 俺自身もリストに目を通し始めた。【危機管理EX】と【交渉術S】がその名前の連なりから人間関係の力学、派閥の対立構造、そして見えない金の流れを読み解いていく。


(……なるほどな。レオン・バルト、食えない男だ。宰相派閥の重鎮と王女派閥の有力貴族を意図的に同数招待している。これは彼がどちらの派閥にも与せず中立を保ちながら両者を天秤にかけている証拠だ。そしてこの中に数名最近急に羽振りが良くなった新興の商人がいる。彼らがおそらくレオンの新たなビジネスのターゲット……)


 翌日、夜会二日前の日中のことだった。

 俺たちが情報分析に没頭していると、コン、コン、と部屋の扉が控えめにノックされた。

 トムが警戒しながら扉を開けるとそこには王家の紋章が入った豪奢な制服を身にまとった数名の男女が静かに立っていた。その手にはメジャーや上質な布地が抱えられている。


「ルナリア王女殿下のご命令により、シンイチ様とセシリア様の夜会でのお衣装をお仕立てに参りました」

 代表の初老の男性が恭しく一礼する。王宮お抱えの最高の仕立屋たちだ。


 ルナリア王女のあまりにも迅速で細やかな配慮に俺は内心で舌を巻いた。彼女はただ待っているだけではない。俺たちが最高の舞台で最高のパフォーマンスを発揮できるよう完璧なサポートをしてくれている。


「……では、シンイチ様、こちらへ」

「セシリア様もお願いいたします」

 俺とセシリアは少し戸惑いながらも仕立屋たちの前に立った。


 彼らのプロフェッショナルな仕事はまさに芸術の域だった。メジャーが音もなく俺たちの体の各所を滑り次々と寸法が記録されていく。

「シンイチ様は肩幅がしっかりとしていらっしゃいますな。ですが腰のラインは意外なほど引き締まっておられる。……ふむ。黒を基調に夜空のような深い青の差し色を入れた燕尾服などいかがでしょう。勇者としての威厳と知性を同時に表現できますかと」


「セシリア様はそのしなやかなしかし鍛え上げられた体の線が何よりの魅力。それを殺さぬようそれでいて騎士としての気品を損なわぬよう……。月の光をそのまま織り込んだかのような銀糸の刺繍を施したマーメイドラインのドレスがお似合いかと存じます」


 次々と提案される最高級の衣装。辺境の村で泥と汗にまみれていた日々がまるで遠い昔の出来事のように感じられた。

 俺は四十路の体に高価な布地が当てられていくその気恥ずかしさに少しむず痒い思いをしていた。だが隣に立つセシリアはそれ以上に落ち着かない様子だった。


 彼女は普段鉄の鎧でその美しい体を隠している。それが今は体のラインをあからさまにするような薄いシルクの布を当てられその顔は熟れた果実のように真っ赤に染まっていた。その普段のクールな彼女からは想像もつかない可憐な姿に俺は思わず見とれてしまった。


「……な、何ですか、慎一様。そんなにじろじろと……」

 俺の視線に気づいたセシリアが潤んだ瞳で俺を睨みつける。

「いや、すまん。……似合うと思ってな」

 俺が素直な感想を口にすると彼女はさらに顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。


 その微笑ましいやり取りはこの殺伐とした情報戦の最中における束の間の癒やしとなった。

「では、採寸はこれで。夜会の前日には必ずや最高の逸品をお届けいたします。王宮の総力を挙げて仕上げますので」

 仕立屋たちは嵐のように去っていくと、部屋には再び静寂と、先ほどのやり取りが残したどこか気まずい空気が漂った。


 セシリアはまだ頬の赤みが引かないのか、俺と視線を合わせようとせず、そそくさとテーブルに戻り、羊皮紙に視線を落としている。

「……わ、私も、報告書の作成に戻りますので」

「あ、ああ。頼む」


 俺も、手元の招待客リストに目を戻すが、どうにも集中できない。先ほどの、ドレスの生地を当てられた彼女の、普段は見せない女性らしい姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。

(……いかんいかん。今は仕事に集中しろ、俺)

 俺は頭を数回振って雑念を追い払うと、再び、複雑に絡み合った権力者たちの相関図の分析に意識を沈めていった。


 数時間後、セシリアがまとめた貴族の情報とハンスたちが持ち帰ってきた裏情報がテーブルの上に揃い始めた。俺はそれらを突き合わせ、招待客一人一人に対する、プレゼンのアプローチ方法を緻密に構築していく。

 その作業の最中、俺はある一つの、しかし、致命的な問題点に気づいてしまった。


(……レオンの要求した、一ヶ月で百本の納品。これを達成するには、今の蒸留器一台では、間に合わない可能性がある。一台の蒸留器だけでは生産設備そのものが、ボトルネックになっている……!)


 このままでは、せっかく結んだ大型契約も、絵に描いた餅で終わってしまう。それは、白帆商会からの信用を失うだけでなく、王家からの信頼をも、損なうことに繋がりかねない。

【危機管理EX】が、最大級の警告を発していた。


(……作るしかない。蒸留器そのものを、もう一台、いや、複数台)

 だが、あの蒸留器は、失われた古代技術の産物だ。その構造は複雑怪奇。そこらの鍛冶師に、図面を見せたところで、再現できる代物ではない。必要なのは、ただの職人ではない。常識にとらわれない発想と、精密機械を作り上げる、卓越した技術を持つ、天才的な『専門家』だ。


「……セシリア」

 俺は、報告書の作成に集中している彼女に、声をかけた。

「少し、出てくる。今後の村のために必要な『人材』の、発掘をしなければならない」

「人材、ですか? 私もお供します」


「いや、いい」俺は、彼女の申し出を首を振って断った。「君にはこの情報の整理と分析を引き続き頼みたい。夜会まで時間がない。人材発掘なら俺一人の方でも十分に対処できる」


 俺は、それだけ言うと部屋を出た。

 この王都の、どこかにいるはずの、まだ見ぬ天才職人を探し出すために。


 俺は、宿の主人に王都で最も腕利きの職人たちが集まるという『鍛冶師街』の場所を尋ねると、一人活気のある、しかし、どこか油と鉄の匂いがする、その区画へと、足を向けた。


 カン、カン、という、リズミカルな槌の音が、あちこちから、響いてくる。

 俺たちの村の未来は、この、音の鳴り響く街の、どこかに、眠っているはずだ。

 四十路の総務部長の、次なる『人材発掘』という名の、新たなミッションが始まったのだった。

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