日報033:王都での第一歩と、王女への謁見
王都、アースガルド・キャピタルの巨大な城門をくぐった俺たちは、その圧倒的な情報の奔流に、しばし、言葉を失っていた。だが、感傷に浸っている暇はない。俺たちの、人生を賭けた「出張」は、すでに始まっているのだ。
「セシリア、まずは、拠点を確保する。この辺りで、警備がしっかりしていて、かつ、目立ちすぎない、良さそうな宿屋に、心当たりは?」
俺の問いに、セシリアは、よどみなく答えた。
「はい、慎一様。商人街の一角に、『金獅子亭』という、評判の良い宿があります。主人も、口が堅いと聞いています」
「よし、そこにしよう」
セシリアの先導で、活気に満ちた大通りを抜け、少し落ち着いた区画にある、その宿屋にたどり着いた。石造りの、三階建て。見た目は、華美ではないが、質実剛健といった、印象だ。
俺たちが、その重厚な扉を開けると、上質な絨毯が敷かれた、落ち着いた雰囲気のロビーが、俺たちを迎えた。
「いらっしゃいませ。ようこそ、『金獅子亭』へ」
受付のカウンターから、身なりの良い、支配人らしき、初老の男が、丁寧な、しかし、どこか、値踏みするような、冷たい視線で、俺たちを一瞥した。
「ああ。部屋を取りたい。男四人、女一人だ。それと、馬と荷車も。荷物は、貴重品だから、鍵のかかる、一番、安全な倉庫に、置かせてもらいたい。部屋は、二部屋、用意できるか?」
俺が、単刀直入に、条件を提示すると、支配人の男は、申し訳なさそうな、しかし、その実、侮蔑の色を隠さない、作り笑いを浮かべた。
「お客様、大変、申し訳ございません。あいにく、今宵は、お部屋が、すべて、埋まっておりまして……。特に、警備が厳重なお部屋は、お得意様が、長期で、ご予約されており……」
その、丁寧な物腰の奥にある、明確な「拒絶」の意思を、俺の【交渉術S】は、瞬時に、見抜いていた。
(なるほどな。俺たちの、寄せ集めのような、ちぐはぐな見た目を見て、『当宿に、ふさわしい客ではない』と、判断したか。ここは、金だけの問題じゃない。客の『格』を見ている、ということか。ならば、こちらも、それに、ふさわしいカードを切るまでだ)
俺は、何も言わず、セシリアに、目で、合図を送った。
意図を察したセシリアが、一歩前に出て、受付のカウンターに、音もなく、王国騎士の、身分を示す、銀の紋章を置いた。
「王国騎士団第三隊所属、セシリアである。我々は、勇者、サトウ・シンイチ様の、王命による任務に随行している。至急、最も警備が厳重で、静かな部屋を、複数、用意していただきたい。これは、王命である」
「勇者様」「王命」という、二つの言葉と、本物の騎士の紋章を目の当たりにして、支配人の男の顔から、さっと、血の気が引いた。
「も、申し訳ございません! そのような、尊いお方々とは、つゆ知らず……! ご無礼を、お許しください! 最上階の、特別室を、すぐに、ご用意いたします! もちろん、お代は、結構でございますので!」
支配人が、慌てふためき、最高の部屋を、無償で、提供しようとする。
俺は、その、手のひらを返したような、卑屈な態度に、内心で、ため息をつきながらも、静かに、それを制止した。
「いや、代金は、正規の料金で、支払う。我々は、特別扱いを、望むものではない。ただし、最高の安全と、静寂は、保証してもらう。いいな?」
俺の、その、威厳に満ちた態度に、支配人は、ただ、深々と、頭を下げ、震える声で、「は、はい! もちろんで、ございます!」と、答えることしか、できなかった。
部屋を確保し、トムとハンス、ゲオルグに、荷車の、貴重な積み荷を、慎重に、部屋へと運び込ませる。俺は、その全ての工程に、目を光らせ、一切の、手抜きを許さなかった。
全ての荷物を運び込み、ようやく、一息ついたのは、太陽が、西の空に、大きく傾いた頃だった。
俺は、すぐに、全員を、部屋に集め、王都での、最初の、作戦会議を開いた。
「さて、無事に、拠点も確保できた。明日からの、我々の行動計画を、今から、具体的に詰める」
俺は、テーブルに、王都の簡易的な地図を広げた。
「目的は、ルナリア王女殿下への謁見申請と、王都の、徹底的な市場調査だ。そのために、明日、我々は、三つのチームに分かれて、行動する」
俺は、まず、セシリアを見た。
「セシリア。君には、最重要任務を、任せる。明日の朝一番で、騎士団の正規ルートを使い、王女殿下への謁見を、申し出てくれ。要件は、『辺境調査区画の、第一次報告』。それ以上は、何も言うな」
「はっ! 承知いたしました」
「次に、ハンス、ゲオルグ」
「「応ッ!」」
「君たち二人には、この王都の、『裏側』の、情報収集を、頼みたい。傭兵ギルド、場末の酒場。君たちの、経験が、最も、活きる場所で、有力商会の、黒い噂、貴族たちの、スキャンダル。そして、この街の、危険な連中についての情報を、集めてきてくれ。これが、活動資金だ。有益な情報には、追加で、報酬を出す」
俺は、銀貨を数枚、彼らの前に置いた。二人は、その銀貨を、満足げに懐にしまうと、不敵な笑みを浮かべた。
「そして、トム。君は、俺と共に行動してもらう。商人街、貴族街、職人街。それぞれの地区の、雰囲気、物価、そして、人々の暮らしぶりを、この目で、見ておく。いいな」
「は、はい! 精一杯、務めます!」
俺が、ちょうど、明日からの計画を、指示し終えた、その時だった。
コン、コン。
部屋の扉が、控えめに、ノックされた。
トムが、扉を開けると、そこには、王家の紋章が入った、豪奢な制服を、身にまとった、一人の、若い男が、立っていた。
「こちらに、勇者、サトウ・シンイチ様は、おいででしょうか?」
その、丁寧な口調と、立ち居振る舞い。王宮からの、使者だ。
「俺が、佐藤慎一だが」
「ルナリア王女殿下からの、お言葉を、お伝えに、参りました。『今宵、月の、最も、高くなる頃、西の離宮にて、お待ちしております』、とのことです」
予想外の、速さだった。そして、公式な謁見ではなく、夜の、離宮への、招待。
(セシリアが、騎士団に、身分を明かした時点で、俺たちの到着は、即座に、王女の耳に入っていた、ということか……! さすがに、仕事が早いな。宰相派の、目を、気にしているのだろう)
俺は、即座に、王女の意図を、読み取った。
「承知した。必ず、伺うと、お伝えください」
使者が、一礼して、去っていく。
部屋には、再び、緊張感が、満ちた。
「……計画変更だ」俺は、立ち上がった。「今夜、俺は、王女殿下に、会う」
「なんと……!」
「セシリア、護衛は、君一人でいい。トム、君には、俺の『商品』を運んでもらう。ハンス、ゲオルグは、この部屋と、残りの荷物を、命に代えても、守ってくれ」
「「応ッ!」」
俺は、トランが、魂を込めて作り上げた、見事な化粧箱の中から、ルビーのように輝く、『森の雫』50年物を、手に取った。そして、ずっしりと重い、ミスリルの原石が入った、布袋も。
今夜が、最初の、プレゼンテーションだ。
王都の夜は、昼間とは、違う、妖しい美しさを持っていた。
俺たちは、月の光だけを頼りに、王城の、西側に位置するという、離宮へと、向かった。
四十路の総務部長の、人生を賭けた、異世界での、最初の「商談」が、今、始まろうとしていた。




