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日報032:王都へと続く道

 辺境での十六日目の朝。

 オーガとの死闘から一夜明け、俺たちの間には、もはや、ただの旅の仲間というだけではない、確かな「戦友」としての空気が流れていた。敬称を外したことで、セシリアやハンス、ゲオルグとの会話は、より直接的で、そして、どこか温かみを帯びたものに変わっていた。


「セシリア、今日の行程だが、日暮れまでに、街道沿いにあるという宿場町までたどり着けそうか?」

 俺が、焚き火の跡を消しながら尋ねると、セシリアは、地図と、太陽の位置を確認しながら、的確に答えた。

「はい、慎一様。この街道を、まっすぐ進みます。道も整備されていますし、日暮れまでには、大きな宿場町『セブンウォール』に到着できるはずです」

 彼女が、俺の名前を、少しだけ、特別な響きを込めて呼ぶ。その、わずかな変化が、俺たちの関係性が、新たな段階に入ったことを、示していた。


 その日の旅は、昨日までとは、一変した。

 鬱蒼とした森の、閉塞感のある景色は消え、俺たちの目の前には、広々とした、緩やかな丘陵地帯が広がっていた。石畳で舗装された街道は、荷車の揺れを、ほとんど感じさせない。

 時折、俺たちと同じように、王都へ向かう、他の旅人や、商品を山と積んだ、商人の荷車と、すれ違う。その度に、トムは、物珍しそうに、目を輝かせ、俺は、その荷車が運ぶ品々や、人々の服装から、この地域の経済状況を、分析していた。


「セシリア。あの、帆の紋章を掲げた、大きな隊商は、どこの商会だ?」

 俺が、すれ違った豪華な馬車の扉に描かれた紋章について尋ねると、セシリアは、すぐに答えてくれた。

「あれは、おそらく、王都でも五指に入る『白帆商会』の隊商でしょう。主に、南の国々との、香辛料や、織物の交易で、財を成したと聞いています。護衛の数も、かなりのものですね」

「なるほど。『白帆商会』か……」

 俺の頭の中の、顧客リストに、新たな名前が、書き加えられていく。


「大将。あの連中、見かけ倒しだぜ」

 俺の隣を、並走していたハンスが、吐き捨てるように言った。

「ん?」

「構えも、目つきも、なってねえ。あれは、ただ、数を揃えただけの、素人集団だ。本当の修羅場じゃ、役に立たねえよ」

 元傭兵の、プロの目は、ごまかせないらしい。これもまた、重要な情報だ。俺は頭のデータベースの護衛の情報も書き加えておく事にした。


 その夜、俺たちは、陽が、完全に沈む、少し前に、目的の宿場町『セブンウォール』に、到着した。

 その町は、俺が想像していたよりも、ずっと、大きく、活気に満ち溢れていた。街道に面して、いくつもの宿屋や、酒場、商店が、軒を連ね、多くの人々で、賑わっている。


 セシリアの先導で、俺たちは、その中でも、特に、警備がしっかりして、清潔そうな、中級以上の宿屋を選んだ。


「いらっしゃいませ! お泊りですか?」

 恰幅のいい、主人が、愛想よく、声をかけてくる。


「ああ。男四人、女一人だ。それと、馬と荷車も。馬には、一番いい飼い葉を頼む。荷物は、貴重品だから、鍵のかかる、安全な場所に、置かせてもらいたい。部屋は、二部屋。それで、いくらだ?」


 俺が、単刀直入に、条件を提示すると、主人は、一瞬、俺の、商人然とした、値踏みするような目に、たじろいだ。

【交渉術S】は、こういう、日常的な場面でも、絶大な効果を発揮する。


「は、はい! それでしたら、お一人様、銀貨一枚と銅貨八枚で、合わせて銀貨九枚。それと、馬と貴重品を積んだ荷車の管理もございますので、しめて、銀貨十二枚となります」


「なるほど。だが、我々は、明日には発つ、ただの一泊の客だ。それに、これだけの人数で、まとめて部屋を取るのだから、少しは、団体割引を考えてくれてもいいのではないか?」


 そう言うと、宿屋の主人は少し考え込んだ。


 宿屋の主人(ふむ……本来なら、こんな客断って追い出す所だが……あまりパッとしない見た目ではあるが、やり手の商売人の気配も感じる。荷物も王都に向かう貴重品を載せていると言う。となると、上客に化ける可能性がある……ここは今後の付き合いも考えて貸しを作っておくのもアリか……)


「分かりました。お客様は、見る目がある。今回は、特別に、馬と荷車の分は、サービスさせてもらいましょう。銀貨九枚、きっかりで結構です。その代わり、今後の旅では是非当店『謳う月亭』を御贔屓に」


「ああ、今後は頻繁に来るようになると思うから、また頼むよ。」


 そうして、俺は部屋を確保し、荷物を運び入れる事となった。トムは、長旅にも関わらず、疲れた顔一つ見せず、馬の世話を、丁寧に行っていた。彼の、その真面目さには、本当に、頭が下がる。

 夕食は、宿の、一階にある、賑やかな酒場で、取ることにした。久しぶりの、温かい、まともな食事だ。干し肉ではない、焼きたてのパンと、肉の入ったシチューの味は、格別だった。


「いいか、皆」

 俺は、改めて、全員に指示を出した。

「ここでは、俺たちは、ただの、辺境から来た、しがない商人と、その護衛だ。俺たちの『商品』のことは、決して、口外するな。特に、ハンス、ゲオルグ。酒の席での、自慢話は、厳禁だぞ」

「へっ、分かってるって、大将」

「俺たちも、プロだ。その辺の、抜かりはねえよ」

 二人が、ニヤリと笑う。


「それなら良いが。頼んだぞ。」

 そう言い、食事を済ませ、俺たちは各々自由な夜を過ごす事となった。


 各々がそれぞれの夜を明かしている時に、俺は一人酒場で、他の商人たちの会話に、それとなく、耳を傾けながらエールらしき、微炭酸の酒を、ゆっくりと飲んでいた。すると、気になる会話が聞こえた。


「……聞いたか? また、宰相閣下が、新しい税を、お考えらしいぜ……」

「王女殿下は、それに、ご反対だとよ。近頃、国王陛下よりも、王女殿下の方が、よっぽど、俺たちのことを……」

「白帆商会の、次の船は、南の珍しい酒を、大量に、仕入れてくるらしい。また、値段が、つり上がるぞ……」


 王都の、現在の情勢、有力な商会の名前、貴族たちの間の、流行り廃り……。あらゆる情報が、俺の【交渉術S】の、データベースに、蓄積されていく。


 夜も更けてから酒場を去り、俺は、部屋のベッドの上で、今日、得た情報を、頭の中で、整理していた。

(宰相と、ルナリア王女は、対立している、か。そして、高級な酒は、常に、需要がある。なるほどな……)

 王都での、交渉の、具体的な戦略が、いくつも、頭の中に、浮かび上がってくる。

 どの様に村の特産品を販売しようか計画を練りながらこの日は眠りについた。


 辺境の村を出発してから、五日目の朝。王都到着、予定日。

 俺たちは、宿場町を、朝日と共に出発した。


 そして、出発から、数時間経過した昼過ぎ。

 俺たちが、最後の丘を越えた、その時だった。


「…………うわあ」

 トムが、感嘆の声を漏らした。

 他のメンバーも、言葉を失い、ただ、目の前の光景に、立ち尽くしている。


 眼下に、巨大な、白い城壁に囲まれた、広大な都市が、太陽の光を浴びて、黄金色に輝いていた。

 無数に立ち並ぶ、赤い屋根の家々。天を突くように、そびえ立つ、いくつもの尖塔。そして、その、全ての中心に、気高く、雄大に、鎮座する、アースガルド王国の、王城。

 その、圧倒的なまでの、美しさと、威容。

 そこが、俺たちの、人生最大の「出張」の、目的地。

 王都、アースガルド・キャピタル。


 俺たちは、ゆっくりと、その巨大な都市の、正門へと、向かった。

 近づくにつれて、そのスケールの、巨大さが、実感として、体に、のしかかってくる。城壁の高さは、二十メートルは、あるだろうか。壁の上には、等間隔に、兵士たちが立ち、鋭い眼光で、街道を、監視している。


 城門の前には、王都に入るための、長い行列ができていた。

「さて、どうやって、入るか……」

 俺が、そう呟いた時だった。

 セシリアが、一歩、前に出た。そして、懐から、王国騎士の、身分を示す、銀の紋章を取り出し、門を守る、衛兵長らしき男に、提示した。


「王国騎士団、第三隊所属、セシリア! 勇者、サトウ・シンイチ様の、王都への帰還に、随行している! 道を開けよ!」

 その、凛とした、威厳に満ちた声と、銀の紋章を見て、衛兵長の顔色が変わった。

「こ、これは、失礼いたしました! セシリア様! 直ちに、門を開けます!」


 衛兵たちが、慌てて、他の旅人たちを制し、俺たちのために、一本の道を、開けていく。周囲の、羨望と、好奇の視線が、俺たちに、突き刺さる。

「……助かったよ、セシリア」

 俺が、小声で礼を言うと、彼女は、少しだけ、誇らしげに、微笑んだ。

「これも、私の、任務ですので」


 ギシリ、と、重い音を立てて、巨大な城門が、俺たちのために、開かれた。

 門をくぐった瞬間、俺たちの体を、圧倒的な、情報の奔流が、包み込んだ。

 香辛料の、エキゾチックな香り。焼きたてのパンの、香ばしい匂い。家畜の匂いと、人々の汗の匂い。商人たちの、威勢のいい呼び込みの声。鍛冶場から聞こえる、リズミカルな槌の音。子供たちの、甲高い、笑い声。

 全てが、混じり合い、一つの、巨大な、生命のうねりとなって、俺たちの、五感を、刺激する。


 俺たちは、その、情報の洪水に、圧倒されながらも、セシリアの先導で、まずは、拠点となる、宿屋へと、向かった。


(……すごいな。これが、王都か)

 俺は、荷車の御者台から、流れていく、活気に満ちた、街並みを、眺めていた。

 森の中では、俺のスキルは、絶対的なものだった。

 だが、ここでは、どうだ?

 この、無数の、人間の、欲望と、思惑が、渦巻く、巨大な都市で、俺の、総務部長としてのスキルは、どこまで、通用するのか。


 俺は、不敵な笑みを、浮かべた。

(面白い。やってやろうじゃないか)


 王都への旅は、終わった。

 ここからが、本当の、ビジネスだ。

 四十路の総務部長の、異世界での、本格的な「業務」が、今、始まろうとしていた。

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