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日報003:辺境へ、そして初遭遇①

 王宮での謁見を終え、俺──佐藤慎一は、用意された馬車に揺られていた。隣には枢機卿ロドウェルが、相変わらず渋い顔をして座っている。ルナリア王女の命とはいえ、俺のような異界の人間、しかも「魔王との交渉」などという前代未聞の提案を承認させられたのが、よほど気に入らないらしい。


 馬車は、王都の賑やかな通りを抜け、徐々に道幅が狭くなり、舗装もされていない土の道へと入っていく。揺れがひどくなり、腰にくる。まったく、異世界の馬車は乗り心地が悪いな。


「枢機卿殿。改めてお伺いしますが、辺境調査区画への赴任に際し、必要な物資は全て揃えていただけたのでしょうか?」


 俺が尋ねると、ロドウェルは不機嫌そうに答えた。


「うむ……国王陛下の裁可が下りた以上、用意は滞りなく進めた。生活物資は三ヶ月分、最低限の農具、木工具、それに簡単な自衛のための武器も積んである。道中、護衛として騎士を二人付けてあるから、安心して行くがよい」


 (この爺さん、不機嫌だからって口調まで変わってないか? さっきまで勇者様とか言ってたのに……。まあ、権力者が相手だとこんなもんか。)


 それにしても、三ヶ月分の生活物資はありがたい。初期費用がかからないのは、予算管理(S)持ちとしては非常に助かる。農具や木工具があるなら、当面の衣食住は何とかなるだろう。自衛の武器、ねぇ……。俺に使えるのかどうか。


 車窓から流れる景色は、次第に荒涼としたものへと変わっていく。背の高い雑草が生い茂り、まばらに立つ木々は痩せこけ、どこか不吉な雰囲気を漂わせている。王都から僅かに離れただけなのに、この変わりようは尋常ではない。


「枢機卿殿、この辺境調査区画の魔物の状況について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか? 種類や、出没頻度など」


 俺が危機管理(EX)をフル稼働させるため、具体的な情報を求めると、ロドウェルは眉間に皺を寄せた。


「あの地に出没するのは、主に『ゴブリン』や『コボルト』といった下級魔物だ。稀に『オーガ』のような大型魔物が迷い込むこともあると聞く。数はそれほど多くないが、群れをなして現れることがあり、かつては村人の家畜を襲い、農地を荒らしたそうだ。」


 ゴブリン、コボルト、オーガ。ゲームでよく聞く名前だな。下級魔物とはいえ、一般人が立ち向かえるレベルではないだろう。かつての村人が避難したのも頷ける。


「周辺の、魔物の縄張りや生態系についても、何か情報は?」


「そこまでは把握しておらぬ。あの地は、あまりにも荒れ果て、調査する人員も予算もない。それが現状だ」


 なるほど、情報統制の失敗。総務部長として見過ごせない問題だ。予算管理と人材配置のスキルを使えば、もっと効率的に情報収集ができるはずだが、今は俺一人しかいない。この課題はいずれ対応するとしよう。


 馬車はさらにガタゴトと揺れ、やがて視界の先に、朽ちかけた木製の柵が見えてきた。その奥には、家屋らしき建物がまばらに見える。それが、今回俺が派遣された「辺境調査区画」──放棄された村の入り口らしかった。


「ここまでだ、慎一殿。」


 ロドウェルの言葉に、馬車がその場で止まった。薄暗い森の入り口のような場所で、草木が生い茂り、足元も悪い。俺は馬車を降りた。


 護衛の騎士が二人、武装して俺の傍に立つ。見るからに精悍な、しかしどこか不安げな表情を浮かべる女性たちだ。辺境への赴任は、彼女たちにとっても気が進まないのだろう。


「では、枢機卿殿。私はこれより、この地の調査と再建に全力を尽くしましょう。王国の期待に応えられるよう、最善を尽くします」


 俺はロドウェルに頭を下げた。これで、王都との連絡はしばらく途絶えるだろう。あとは、俺自身のスキルと、この身一つで何とかするしかない。


 ロドウェルは何も言わず、軽く頷くと、馬車は来た道を戻っていった。俺は、騎士たちと共に見送った後、辺境の地の入り口へと向き直った。


「さて、と。まずは現状把握だな」


 俺は辺境の村へと続く道を歩き始めた。足元には、朽ちた枝や枯れ葉が積もっており、一歩踏み出すたびにカサカサと音が鳴る。周囲の木々は鬱蒼としており、昼間だというのに薄暗い。


「勇者様。道中、我々も名乗りそびれておりましたね。私、騎士団第三隊所属、セシリアと申します」


 騎士の一人が、恭しく頭を下げて名乗った。もう一人の騎士も、それに続く。


「同じく、騎士団第三隊所属、リリィと申します。勇者様の護衛、謹んでお引き受けいたします」


 セシリアとリリィ。どちらも騎士としては立派な名前だな。女性騎士か。これはハーレム要員としても期待できる。


「ご丁寧にどうも。私は佐藤慎一です。以後、お見知りおきを。道中は何かと世話になると思うので、よろしくお願いします」


「畏まりました、慎一様!」


 騎士たちは、一礼すると、再び周囲を警戒し始めた。セシリアは落ち着いた雰囲気で周囲を見渡し、リリィは少し若々しく、緊張した面持ちだ。人材配置(A)が彼女たちの能力を分析する。セシリアは経験豊富で冷静な判断力がありそうだ。リリィは若いが、身体能力が高く、指示に忠実に従うタイプだろう。頼りになる護衛を得られたな。


 危機管理(EX)が警鐘を鳴らす。この森の中、何かいる。しかも、複数の気配だ。おそらくゴブリンやコボルトだろう。


「二人とも、申し訳ないが、周辺の警戒を厳重にお願いしたい。どうやら、歓迎されていないようだ」


 俺が言うと、騎士たちは即座に剣を抜き、周囲を警戒し始めた。さすがは騎士、訓練されている。


 警戒しながら進むこと数分。視界が開けた先に、朽ちた木造の家屋が数軒、ひっそりと佇んでいた。屋根は崩れ落ち、壁は傾き、窓枠は風雨に晒されてボロボロだ。かつて村だった面影はあるものの、今は完全に廃墟と化している。


 村の中心らしき場所には、共同井戸が残っていた。井戸は石造りで、まだ形を保っているようだが、水が使えるかは不明だ。その隣には、崩れかけた教会らしき建物と、少しばかり頑丈そうな石造りの建物──これが元領主館だろうか──があった。


 俺は、領主館らしき建物へと近づいた。他の家屋に比べて、まだ原型を留めている。これを修理して、当面の拠点にするのが良さそうだ。


 その時だった。


 「グルルルル……」


 背後の茂みから、低い唸り声が響いた。騎士たちが素早く剣を抜き、俺を庇うように前に出る。


 茂みがガサガサと揺れ、中から現れたのは、緑色の肌をした小柄な人型生物──ゴブリンだった。だが、一体だけではない。続々と茂みから現れ、その数は十体を超えている。そして、その中には、ひときわ大きく、棍棒を構えたゴブリンもいた。ゴブリンリーダーか。


「慎一様、お下がりください!」


 セシリアが叫び、ゴブリンたちへと突撃しようとする。だが、その数では分が悪い。


 危機管理(EX)が警鐘を鳴らす。

 状況:ゴブリンの群れ(リーダー含む)と遭遇。護衛は女騎士二人。

 リスク:騎士の消耗、不意打ちによる負傷、今後の活動への支障。

 最適解:無駄な戦闘は避ける。効率的な排除、または撃退。


 俺は冷静に状況を判断した。剣を振るうことはできないが、総務部長としての頭脳がある。


「待ってくれ、セシリア殿、リリィ殿!」


 俺は騎士たちを制止した。彼女たちは訝しげに俺を見る。


そして、一歩前にでてゴブリンたちに問いかけた。


「お願いだ、話を聞いてくれ! 俺たちは戦いに来たんじゃない!」


 俺が異世界適応(固有)スキルで、彼らに理解できる言語で語りかけると、ゴブリンたちは一瞬、動きを止めた。リーダーらしきゴブリンが、棍棒を構えながら、警戒したように俺を見つめている。


「お前たちの縄張りに入り込んだのは悪かったな。だが、ここはかつての人間が住んでいた場所だ。我々は、この村を再建し、ここに住むつもりだ」


 ゴブリンリーダーが、唸り声を上げ、棍棒を高く掲げた。やはり戦闘しかないか。だが、俺は違う。総務部長は、力だけでなく、情報と交渉で相手を支配する。


「お前たちに提案がある。この村の周囲の森、そこを『安全区画』としよう。その区画内での、お前たちの活動は一切禁ずる。その代わり、区画外の森での活動は保証する。そして、定期的に食料を提供する。どうだ?」


 俺の言葉に、ゴブリンリーダーは混乱したように首を傾げた。敵だと思っていた人間からの突然の交渉に状況が理解できず、目をパチクリさせている。

 いや、理解はしているはずだ。交渉術(S)が告げている。彼らは「何だコイツ?」と困惑しているが、俺の言葉の意図を測りかねている。


「何を訳の分からないことを……慎一様! 魔物と交渉など!」


 リリィが叫ぶが、俺は構わずゴブリンリーダーを見据えた。


「この話に乗れば、お前たちは飢えることもないし、無駄に命を落とすこともない。だが、乗らなければ、お前たちはここで滅ぶだけだ。この騎士たちと、そして、俺の持っている『特別な力』でな」


 俺は、背後に控える騎士たちをちらりと示し、最後に、自分の掌をゴブリンリーダーに向けた。特別な力など持ち合わせていないが、そこは雰囲気だ。交渉とは、ハッタリも重要なんだ。


 ゴブリンリーダーは、俺と騎士たち、そして俺の掌を交互に見比べた。その緑の瞳には、警戒と、わずかながらも迷いの色が浮かんでいた。


 交渉成立……か?

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