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日報027:銀色の斥候、ミオ

 辺境での十三日目の午後。

 古びた木橋の先、古道に、静寂が戻っていた。

 俺の目の前には、気を失い、ぐったりと体の力を抜いた、一人の獣人の少女がいた。銀色の髪に、ぴくりと時折動く、獣の耳と尻尾。俺は、その華奢な体を、落とさないように、慌てて、しかし、優しく抱きとめた。


「慎一様!」

 セシリアが、即座に駆け寄り、彼女の首筋に手を当てて、脈を確認する。

「……呼吸、脈拍、共に正常です。傷も、例の回復薬でほぼ塞がっています。戦闘による極度の疲労と、緊張が解けたことによる、一時的な気絶かと」

 その的確な判断に、俺は頷いた。

「そうか。なら、いいが……」


「しかし、大したもんだぜ、この嬢ちゃんは」

 ハンスが、倒した狼型の魔物の一体を、槍の先でつつきながら、感心したように言った。

「こいつは、『銀牙狼シルバーファング』だ。一体一体は、ゴブリンよりちょいと強い程度だが、群れでの連携が厄介でな。ベテランの傭兵でも、五体に囲まれりゃ、タダじゃ済まねえ。それを、たった一人で、だ」

「ああ。動きも、そこらのチンピラとは、モノが違ったな」

 ゲオルグも、ナイフを拭いながら、同意する。


(獣人……。斥候としての能力は、間違いなく一流。この子を、仲間にできれば……)

 俺の【人材配置(A)】スキルが、腕の中で眠る少女の、計り知れないポテンシャルを、明確に示していた。


「……とにかく、ここで長居は無用だ。安全な場所まで移動して、野営の準備をしよう。彼女を、荷車に乗せてやってくれ」

 俺の指示に、トムが、緊張した面持ちで頷き、セシリアと共に、少女を荷台の毛布の上に、そっと寝かせた。


 俺たちは、そこからさらに一時間ほど進み、セシリアが見立てた、背後を岩壁に守られた、見晴らしの良い場所で、野営の準備を始めた。

 ハンスとゲオルグが、周囲に巧妙な罠を仕掛け、トムは手際よく馬の世話と、焚き火の準備をする。その間、俺とセシリアは、改めて、獣人の少女の容態を確認していた。


 彼女の体には、回復薬で塞がったとはいえ、無数の切り傷や、打撲の跡があった。俺は、清潔な布を井戸水で湿らせ、彼女の顔や腕についた泥や血を、優しく拭ってやる。すやすやと、穏やかな寝息を立てるその顔は、戦闘中の獰猛さが嘘のような、あどけない少女のそれだった。


(この若さで、一人で、あの魔物の群れと……。一体、何を……?)

 俺が、彼女の境遇に思いを馳せていると、セシリアが、何かを見つけたように、声を上げた。

「慎一様、これは……」

 彼女が指差したのは、少女が腰に下げていた、小さな革袋だった。中には、何かの匂いをつけた、動物の毛や、乾いた植物の葉が入っている。

「……匂い袋、か。特定の獣の匂いを消すか、あるいは、逆におびき寄せるための、狩人の道具でしょう。やはり、彼女は、ただ者ではありませんね」

 セシリアの言う通りだった。彼女は、この森の、専門家だ。


 やがて、焚き火の暖かさと、俺たちが作ったスープの香りに誘われたのか、少女の獣の耳が、ぴくりと動いた。そして、ゆっくりと、その蒼い瞳が開かれる。

「……ん……」

 彼女は、一瞬、状況が飲み込めないように、きょろきょろと周囲を見渡した。そして、俺たちの顔を認識した瞬間、バッと、その身を起こし、警戒態勢を取った。その動きは、気を失っていたとは思えないほど、俊敏だった。


「……あんたたち……。私は……」

「落ち着いてくれ。俺たちは、君に危害を加えるつもりはない」

 俺は、両手を上げて、ゆっくりと話しかけた。

「俺は、佐藤慎一。こっちは、セシリア、ハンス、ゲオルグ、トムだ。君が、魔物に襲われているところを、助けた。……覚えているか?」


 彼女は、自分の体を見下ろし、傷が癒えていることに、改めて驚いたようだった。そして、俺たちの顔を、一人一人、値踏みするように、じっと見つめている。やがて、その視線が、俺に固定された。

「……シンイチ。あんたが、リーダーか」

「まあ、そんなところだ」

「……なぜ、助けた?」

「言ったはずだ。君が、困っているように見えたからだ。それ以上の理由はない」


 俺の言葉に、彼女は、まだ納得しきれない、という顔をしている。俺は、トムに合図し、温かいスープを注いだ器を、彼女に差し出した。

「腹が減っているだろう。まずは、これを飲むといい。毒は入っていない」

 彼女は、スープの器と、俺の顔を、しばらく見比べていたが、やがて、おそるおそる、それを受け取り、一口、口に含んだ。

 その瞬間、彼女の蒼い瞳が、驚きに見開かれた。そして、まるで、何年も、まともな食事をしていなかったかのように、夢中でスープを啜り始めた。


「……美味い」

 ぽつりと、彼女が呟いた。

「君の名前を、聞いてもいいか?」

「……ミオ」

「ミオ、か。いい名前だな」俺は、微笑みかけた。「ミオ。君は、なぜ、あんな森の奥で、一人で戦っていたんだ?」


 俺の問いに、ミオは、スープの器を置くと、悔しそうに、唇を噛んだ。

「……『森の主』を、追っていた」

「森の主?」

「ああ。この森に、昔から住み着いてる、でかいオーガだ。最近、そいつが、どういう訳か、荒れ狂って、私たちの、狩りの獲物を、片っ端から奪っていく。だから、私が、追跡して、縄張りを突き止めるはずだった。……途中で、あの銀色の狼共に、横から、襲われた」

 彼女は、銀狼族の斥候であり、一族の食料を脅かす、オーガの調査任務を、一人で遂行していたのだ。


「……そうか。大変な役目だったんだな」

「……あんたたちは、何者だ? ただの旅人じゃない。あの騎士と、傭兵……。それに、あんた。戦い方は、素人だが、……匂いが、違う。群れの、誰よりも、強いボスの匂いがする」

 彼女の、獣人ならではの鋭い感覚が、俺の本質を、見抜いているようだった。


「俺たちは、この先の、王都へ向かっている。商談のためにな」

 俺は、彼女に、嘘偽りなく、目的を告げた。

「ミオ。一つ、提案がある。君の目的も、オーガの調査。我々の目的も、この森を、安全に抜けること。利害は、一致している。俺たちの旅に、同行しないか? 君の、森の知識と、斥候としての能力を、貸してほしい。その代わり、旅の間の、安全と、食事は、俺たちが保証する。オーガと遭遇した場合は、共に戦うことも、約束しよう」


 俺の提案に、ミオは、その蒼い瞳で、じっと、俺の目を見つめてきた。

 彼女は、この、奇妙で、しかし、明らかに強力な「群れ」の価値を、見極めようとしている。

 やがて、彼女は、小さく、しかし、はっきりと頷いた。


「……分かった。あんたたちの群れに、加わる。この森を抜けるまで、だ。その代わり、オーガを見つけたら、私にも、手伝わせろ」

「ああ、もちろんだ。歓迎するよ、ミオ」


 こうして、俺たちのパーティーに、五人目の仲間が加わった。銀色の髪を持つ、俊敏な獣人の斥候、ミオ。

 彼女の加入が、この旅に、そして、俺たちの村の未来に、どのような変化をもたらすのか。

 それは、まだ、誰にも分からなかった。だが、俺の【幸運(S+)】スキルが、この出会いが、最良のものであったと、高らかに告げていた。

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