日報025:盗賊との『交渉』と、新たな情報
辺境での十二日目の午後。
古びた木橋の前には、五人の盗賊が、武器を奪われ、為す術もなく地面にひれ伏していた。セシリア、ハンス、ゲオルグの三人が、一切の油断なく、彼らに刃を突きつけている。戦闘は、まさに一瞬で終わった。盗賊たちの顔には、何が起こったのか理解できない、という驚愕と、圧倒的な力の差を前にした、純粋な恐怖が浮かんでいた。
(さて、と。ここからが、俺の仕事だ)
俺は、総務部長として、幾度となく、問題を起こした社員との「面談」を行ってきた。これも、それと何ら変わりはない。
「まず、君たちの命は、本来であれば、ここで尽きている。王国の法では、旅人を襲う盗賊は、その場で処刑されても文句は言えない。そうだろ、セシリア殿?」
俺がそう言うと、セシリアは、冷徹な騎士の顔で、カチャリ、と剣を構え直した。
「はい。その通りです、慎一様。彼らの処遇は、法に則り、私が」
「待て」
俺は、セシリアの言葉を手で制した。そのやり取りだけで、盗賊たちは、ヒッと悲鳴を上げて、体をさらに小さくする。
「だが、俺は、無駄な殺生は好まない。それに、君たちには、まだ、生きているからこそ果たせる『価値』があるかもしれない」
俺は、リーダー格の男の前に、ゆっくりとしゃがみ込んだ。そして、【癒しの笑顔(C)】──いや、この場合は、相手に「もしかしたら助かるかもしれない」という、一縷の望みと、それに伴う恐怖を与える、「悪魔の微笑」とでも言うべきか──を浮かべた。
「君たちが知っている、この古道に関する情報を、全て話してほしい。例えば、君たちの仲間の数、拠点、そして、この道に出没する、他の盗賊や、危険な魔物の情報だ。君たちが提供する『情報』の価値次第では、君たちの『命』という対価を、支払うことを、検討しなくもない」
俺の【交渉術(S)】が、彼らの心理を完全に掌握する。恐怖で支配し、僅かな希望をちらつかせ、情報を引き出す。会社で、不正の証拠を掴んだ社員を問い詰める時と、全く同じ手法だ。
リーダー格の男は、俺と、俺の後ろに立つ、殺気立った護衛たちを交互に見比べ、やがて、観念したように、全てを話し始めた。
彼らは、元々は、この辺境の、別の貧しい村の出身者だった。食い詰めて、盗賊に身をやつしたこと。彼らの仲間は、あと十人ほどいて、この先にある洞窟を根城にしていること。そして、この古道には、彼ら以外にも、いくつかの盗賊団が縄張りを争っていること。
「ま、魔物は……!?」
「ゴブリンの群れは、時々見かけるが、俺たちでも返り討ちにできる程度だ。だが……この森の奥には、『森の主』みてえな、でけえオーガがいるって噂だ。そいつの縄張りだけは、俺たちも、絶対に近づかねえ……」
(オーガ、か。ロドウェル枢機卿も言っていたな。それに、盗賊団も、一つではない、と)
貴重な情報だ。この先のルートを考える上で、何より重要なリスク情報。
全ての情報を聞き出すと、俺は立ち上がった。
「……分かった。君たちの情報は、確かに、我々にとって有益なものだった。約束通り、命は助けてやろう」
「ほ、本当か!?」
「ああ。ただし、武器は没収し、この場で、しっかりと拘束させてもらう。仲間が助けに来るか、あるいは、自力でこの縄を解けるかは、君たちの運次第だ。それと、仲間にこう伝えろ。この道は、今から、俺たちの管理下にある、と。次に我々の前に姿を現した時は、慈悲はない」
俺の言葉に、盗賊たちは、命が助かった安堵と、置き去りにされる恐怖で、複雑な表情を浮かべていた。ハンスとゲオルグが、手際よく、彼らが二度と解けないような、見事な縄捌きで、盗賊たちを木に縛り付けていく。
「さて、と」俺は、目の前の崩れた橋を見つめた。「次の仕事だ。トム、君の出番だぞ」
「は、はい!」
トムは、緊張した面で、荷車から、トラン殿に使い方を教わったという、ノコギリや金槌を取り出した。
「この橋を、応急処置でいい、荷車が渡れるように修理する。ハンス殿、ゲオルグ殿も、手伝ってやってくれ」
「「応ッ!」」
元傭兵の二人は、戦闘だけでなく、こういう野外での作業にも慣れているようだった。トムは、まだおぼつかない手つきながらも、必死に、そして懸命に、橋の修復作業に取り掛かった。俺も、【雑務処理(A)】スキルで、最も効率的な補強方法を指示する。
一時間後、俺たちの前には、見た目は不格好だが、荷車の重みには十分に耐えられそうな、頑丈な橋が、出来上がっていた。
「……できた。俺、やったぞ……!」
トムが、汗だくの顔で、自分が修理した橋を見て、感動に打ち震えている。
「ああ、見事な仕事だ、トム。君の働きで、我々は先に進める」
俺がそう言って彼の肩を叩くと、トムは、泣き出しそうな、しかし、誇りに満ちた顔で、笑った。
応急処置の橋を、慎重に渡り、俺たちは、再び、王都への道を進み始めた。
日が傾き始めた頃、俺たちは、盗賊から聞き出した情報を基に、見晴らしが良く、背後を崖に守られた、野営に最適な場所を見つけ出した。
セシリアの的確な指示の下、ハンスとゲオルグが周囲に警戒線を張り、トムは手際よく馬の世話と、焚き火の準備をする。俺も、皆の働きに応えるべく、夕食の準備に取り掛かった。持参した干し肉と、携帯用の香辛料、そして清潔な水で作った、簡素ながらも、温かいスープ。労働で疲れた体に、その塩分と温かさが、染み渡っていく。
焚き火を囲みながら、俺たちは、今日の出来事を振り返っていた。
「驚きました、慎一様」セシリアが、感心したように言った。「私であれば、あの盗賊たちは、問答無用で斬り捨てていたでしょう。ですが、あなたのやり方は、命を奪うことなく、我々にとって最も有益な『情報』を引き出した。……これが、あなたの戦い方なのですね」
「ああ。殺してしまえば、情報は、そこで終わりだ。生かして、利用する。その方が、よほど効率的だろう?」
「へっ。確かに、その通りだ」ハンスが、スープを啜りながら、ニヤリと笑った。「死んだ奴は、喋らねえからな。リーダーのやり方は、俺たちみたいな、裏道を知ってる奴からすりゃ、一番、厄介で、賢いやり方だぜ」
プロフェッショナルたちが、互いの能力を認め合い、一つのチームとして、機能し始めている。その光景に、俺は、確かな手応えを感じていた。
その夜、俺は、最後の見張り番として、静かな森の闇を見つめていた。
(盗賊団の拠点は、この先、半日ほどの距離にある洞窟。オーガの縄張りは、そこからさらに東の森の奥……)
俺は、頭の中で、地図と、今日得た情報を照らし合わせ、明日以降の、最適なルートをシミュレーションしていた。
この出張は、まだ始まったばかりだ。だが、俺たちのチームは、最初の試練を乗り越え、より強固なものとなった。
四十路の総務部長の、異世界での「業務交渉」は、上々の滑り出しを見せていた。




