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日報022:王都出張プロジェクト会議

 辺境での八日目の夜は、静かに、そして深く更けていく。

 祝宴の熱気が冷め、仲間たちがそれぞれの寝床で安らかな眠りについている頃、領主館の一室では、村の未来を左右する、もう一つの重要な会議が始まっていた。蝋燭の光が、テーブルに広げられた簡易的な地図と、俺、セシリア、そしてエリナの三人の真剣な顔を照らし出している。


「さて、始めようか。『王都出張プロジェクト』の、第一回計画会議だ」

 俺がそう切り出すと、二人はこくりと頷き、部屋の空気が一気に引き締まった。


「このプロジェクトの目的は、明確だ。我々が作り出した『資産』を、村の存続に不可欠な『資本』へと転換すること。そのために、考えうる全てのリスクを洗い出し、完璧な計画を立てる」

 俺は、総務部長時代に、幾度となく行ってきたプロジェクトのキックオフミーティングと同じ口調で、会議の議題を切り出した。


「議題は四つ。第一に『商品戦略』。何を、誰に、どう売るか。第二に『人員計画』。誰が、どのような役割で王都へ向かうか。第三に『行程計画』。どのルートを、どれくらいの日程で進むか。そして第四に、『リスク管理』。我々が不在の間、この村をどう守り、運営するかだ」


 俺はまず、テーブルの上に並べた三つの小瓶を指差した。

「商品はこの三つだ。『高品質回復薬』、『森の雫』の十年熟成物、そして、明日以降に採掘する『ミスリル鉱石』のサンプル。それぞれ、ターゲットとなる顧客層が違う」


 セシリアが、即座に意見を述べた。

「慎一様。『ミスリル鉱石』は、王国の戦略物資です。これをいきなり市場で売れば、我々の立場を危うくしかねません。まずは、ルナリア王女殿下を通して、王家へ優先的に献上、あるいは売却する形を取るのが最善かと。我々の忠誠を示すことにも繋がります」

「なるほど。それは、俺も考えていた。それが最も安全で、確実なルートだろうな」


 次に、エリナが口を開いた。

「『回復薬』と『森の雫』についてですが、これほどの逸品です。中身だけでなく、それを入れる容器や包装も、価値に見合ったものを用意すべきではないでしょうか。例えば、トランさんに頼んで、村の木材で、美しい彫刻を施した専用の木箱を作ってもらう、とか……」

「素晴らしい視点だ、エリナ殿。まさにその通りだ。商品の『付加価値』を高める、重要な要素だな。すぐにトラン殿に依頼しよう」


 俺は、二人の的確な意見に感心しながら、次の議題に移った。

「第二の議題、人員計画だ。交渉役である俺と、警備最高責任者であるセシリア殿が、王都へ向かうのは確定として、護衛は、あと何人必要だろうか?」


「最低でも、二名は欲しいところです」セシリアが即答する。「私の目が届かない範囲をカバーでき、かつ、野営や斥候の技術に長けた者が望ましい。……やはり、ハンス殿とゲオルグ殿が最適任でしょう。彼らの傭兵としての経験は、魔物だけでなく、最も厄介な『人間』という脅威に対して、大きな力となるはずです」


「分かった。では、護衛はセシリア殿、ハンス殿、ゲオルグ殿の三名体制とする。だが、これだけの荷物だ。運搬と、道中の雑務を担当する者も必要だな」

「それでしたら、建設チームにいる、トムという若者が良いかもしれません」エリナが提案する。「彼は、口数は少ないですが、真面目で、とてもよく気が利きます。力仕事にも慣れていますし、何より、口が堅い」

「よし。では、出張メンバーは、俺、セシリア殿、ハンス殿、ゲオルグ殿、そしてトムの五名としよう」


「お待ちください、慎一様。その人員ですと、セシリア様、ハンスさん、ゲオルグさんが、一度に村を離れることになります。そうなると、バルドさんたちの現地調達チームの護衛は、リリィ様お一人になってしまいますが……安全は、確保できるのでしょうか?」


 エリナの指摘に、セシリアも、はっとしたように頷いた。確かに、森の脅威を考えれば、騎士一人だけの護衛では、心許ない。


「鋭い指摘だ、エリナ殿。ありがとう。もちろん、その点も考慮している」

 俺は、二人を安心させるように、落ち着いて説明を始めた。

「我々が王都へ向かっている間、現地調達チームの任務内容を、一時的に変更する」


「任務内容を、ですか?」セシリアが問い返す。


「ああ。昨日の宴で、皆も腹一杯食べた通り、今、我々の食料庫には、あの鹿の肉が潤沢にある。つまり、数日間は、無理に危険を冒して、森の奥深くまで狩りに行く必要はない」


「我々が留守の間、バルド殿のチームには、狩猟を禁止し、任務を、村の周辺の、比較的安全な森の浅い場所での、木の実やキノコ、食べられる野草の採集に限定してもらう。バルド殿の知識があれば、それでも日々の食料を補うだけの収穫は十分に期待できるはずだ。その限定的な任務であれば、リリィ殿一人の護衛でも、安全は確保できると思う」


「なるほど……。任務の危険度そのものを下げる、という訳ですね。それであれば、確かに、リリィ一人でも対応可能です。何かあっても、すぐに村へ知らせに戻れる距離ですし」


「はい。それであれば、安心です。バルドさんたちの負担も、少し軽くなりますね」


「そういうことだ。この新しい任務内容については、明日の朝、バルド殿たちに直接、俺から伝えておく」


 次々と決まっていく計画に、俺たちの士気は高まっていく。

「第三の議題。行程だ」

 俺は、セシリアが広げた地図を指差した。

「王都へ向かう道は、主に二つあります」セシリアが説明を始める。「一つは、南を大きく迂回する街道。こちらは比較的安全ですが、十四日はかかります。もう一つは、この森をまっすぐ抜けていく古道。三日で森を抜け五日で王都に到着しますが、魔物や、最近では盗賊の噂も……」


「古道で行こう」俺は、即決した。

【危機管理(EX)】が、両方のルートのリスクを比較し、結論を弾き出していた。

(街道ルートは、時間がかかりすぎる。その分、村の備蓄食料の消費も増える。何より、多くの関所や宿場町を通ることで、我々の持つ『宝』の情報が、予期せぬ形で漏洩するリスクが高い。それに比べ、古道の魔物や盗賊というリスクは、セシリア殿たち、プロの戦闘集団がいれば、十分に管理・排除できる)


「ですが、慎一様……」

「危険は承知の上だ、セシリア殿。君たちの力を、俺は信じている。我々は、時間という、今最も貴重な資源を、危険というリスクを取って買いに行くんだ」

 俺の言葉に、セシリアは、その瞳に強い覚悟の光を宿し、「……はっ! 必ずや、ご期待にお応えします」と応えた。


「そして、最後の議題だ。我々が不在の間、この村をどうするか」

 俺は、エリナを真っ直ぐに見つめた。

「エリナ殿。昨日も伝えたが、俺がいない間の村の統括は、君に全権を委任する。トラン殿、ジーク殿、ガルフ殿、そしてバルド殿。全てのチームリーダーは、君の指示に従う。君が、この村の、俺の代理だ」


「……はい」エリナは、ゴクリと息を呑み、その重責を受け止めた。「ですが、もし、私たちの手に負えない事態が発生した場合は、どうすれば? 例えば、大型の魔物の襲撃や、深刻な病の発生など……」

「その場合は、リリィ殿の判断を仰いでくれ。彼女を、危機管理の最高責任代理とする。彼女の第一の任務は、戦闘ではなく、村人全員を、この領主館に避難させ、籠城することだ。決して、無謀な戦いはするな。そして、どうにもならないと判断した場合は、躊躇なく、最も足の速い者を、一番近い街の騎士団駐屯所へ、救援要請に走らせてくれ」


 俺は、考えうる限りのコンティンジェンシープランを、彼女に伝えた。

「分かったな?」

「はい……! 承知いたしました!」


 エリナの顔から、不安の色が消え、村のすべてを背負う、指導者の顔つきに変わっていた。

 こうして、数時間に及んだ会議は、ようやく終わりを迎えた。

 商品、人員、行程、そしてリスク管理。プロジェクトの骨子は、完璧に固まった。


 俺たちは、テーブルに広げられた地図を、見つめていた。

 それは、もはや、ただの紙切れではない。

 この辺境の村の未来と、そこに住む仲間たちの生活の全てを賭けた、壮大なビジネスプランそのものだった。

一部修正しました。

移動にかかる日数を変更しています。

すみません!!

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