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日報020:古文書の謎と、幸運の木片

辺境での八日目の午後。

各チームがそれぞれの持ち場で、村の未来をその手で作り上げている頃、俺は一人、領主館の書斎で、古びた羊皮紙の束と格闘していた。それは、あの崩れた倉庫から蒸留器と共に見つけ出した、『蒸留器の取扱説明書』だ。


(確かに、このマニュアルのおかげで、蒸留器は動いた。だが、それだけのはずがない。これほどの高度な装置だ。何か、俺が見落としている、この世界の常識を超えた「何か」が、まだ記されているに違いない……!)


俺は、藁にもすがる思いで、マニュアルを最初のページから、一字一句、隅から隅まで、徹底的に読み解き始めた。【書類作成(B)】スキルが、俺の集中力と読解力を、人間離れしたレベルまで引き上げる。ページをめくる指が、次第に熱を帯びていくようだった。


数時間が経過しただろうか。陽が傾き、書斎に差し込む光がオレンジ色に変わった頃、俺の目は、あるページの隅にある、インクの染みにしか見えない微かな記述に釘付けになった。それは、本文とは明らかに違う、インクの色、そして筆跡。まるで、後から誰かが、こっそりと書き足したかのような……。


「……これだ!」

俺は、その部分を食い入るように見つめた。だが、そこに書かれている文字は、これまでの本文とは全く違う、流れるような、しかし極めて難解な装飾文字だった。【異世界適応(固有)】スキルをもってしても、それが何を意味するのか、全く読み解くことができない。


(クソっ、ここまで来て、読めないとは……。暗号か? いや、まてよ。この様式美……どこかで……)

俺は、この村で、最も「古いもの」に触れてきたであろう人物の顔を思い浮かべた。元村長の娘、エリナだ。


俺は、生活支援チームの仕事の区切りがついたエリナを、書斎に呼び出した。

「エリナ殿、少し、君の知恵を貸してほしい。この文字に見覚えはないだろうか?」

俺がマニュアルのその部分を指差すと、エリナは、不思議そうにそれを覗き込んだ。そして、すぐに、はっとしたように目を見開いた。

「これは……! はい、見覚えがあります。父が村の祭事の際に使っていた、古い儀式用の巻物に書かれていた文字と、とてもよく似ています。古い時代の貴族が使っていた、装飾文字の一種だと聞いています」


「読めるか!?」

「はい、少しだけなら……。ええと……『最上の……風味を……引き出すには……専用の……小箱にて……月日による魔力を……注ぐ……』? そのように読めます」


『専用の小箱』。間違いない。蒸留器には、まだ隠された機能、あるいは、対となる別の装置が存在するのだ!


「エリナ殿、手伝ってくれ! その小箱を、今から探し出す!」

俺たちは、再びあの埃っぽい倉庫へと向かった。マニュアルに記されていた、蒸留器が置かれていた場所の図面。その隅に、俺が見逃していた、床の構造を示す、不自然な線があった。

「ここだ!」

俺とエリナは、二人でその場所の床板に手をかけた。ギシリ、と音を立てて床板が外れると、その下には、人が一人入れるほどの、隠された床下収納が現れた。そして、その奥に、ひっそりと、それは置かれていた。


ワインボトルが一本、ちょうど入るくらいの大きさの、黒檀のような、美しい木目を持つ、古びた小箱。見た目はただの箱だが、手を触れると、かすかに魔力を帯びているのが分かった。


俺たちがその『小箱』を領主館に持ち帰り、蓋を開けると、中には液体ではなく、小さな、しかし丁寧に鞣された革の巻物が入っていた。それこそが、この小箱専用のマニュアルだった。


マニュアルによると、この小箱は、『熟成の小箱』といい、熟成させたい液体と、触媒となる「木片ウッドチップ」を入れ、魔力を注ぐことで、箱の内部で時間経過と木の成分を液体に溶け込ませ、樽の役割を疑似的に再現するマジックアイテムだった。


「木片……だと?」

また新たな問題が発生した。熟成に適した、オークのような木材のチップなど、どこで手に入れるというのだ。トラン棟梁に頼んで、作ってもらうか? いや、それでは時間が……。


俺が再び頭を抱えかけた、その時だった。

俺の脳裏に、王宮から支給された、大量の物資のリストが浮かび上がった。その中に、確かに、あったはずだ。


「燻製用の……ウッドチップ!」

俺は慌てて物資庫へ走り、食料品の箱の中から、麻袋に入った、一握りのウッドチップを見つけ出した。魚や肉の燻製に使う、ただの燃料。そう思っていた。

だが、その木片を手に取った瞬間、【異世界適応(固有)】スキルが、俺の脳に、衝撃的な情報を叩き込んできた。


(この木片は……『光条樫こうじょうがし』……!? なんだ、この情報は……。性質は、元の世界の『ミズナラ(ジャパニーズオーク)』に極めて近い……だと? ウイスキーの熟成樽として、最高級とされる、あの……!?)

さらに、スキルは告げる。この『光条樫』は、この辺境の森では、ごくありふれた木の一つである、と。


「……ありえない」

俺は、自分の幸運に、思わず身震いした。最高のマジックアイテムを見つけ、その触媒となる、最高の木材が、偶然、支給品の中に、それも、この辺境ではありふれた木として存在している。

「偶然のはずがない……。これが、俺のステータス【幸運(S+)】の力か……!」


俺は、エリナが見守る中、書斎で、早速、効果検証に取り掛かった。

『熟成の小箱』に、先ほど蒸留したばかりの、無色透明のスピリッツを満たした小瓶と、『光条樫』のチップを数枚入れる。

蓋を閉め、俺は小箱に手を置き、魔力を注ぎ込んだ。


【MPを1消費しますか?】

YESを選択する。すると、小箱が、内側から淡い光を放った。10秒ほどで光が収まり、俺は、期待と不安を胸に、蓋を開けた。

小瓶の中の液体は、うっすらと、美しい麦わら色に変化していた。

一口、口に含む。

「……! 角が、取れている……!」

ガツンときたアルコールの刺激が、明らかにまろやかになっている。


「もう一度だ!」

俺は、さらに追加でMPを注ぎ込む。今度は、MPを2、消費する。

【MPを2消費しますか?】

小箱が、先ほどよりも強い光を放つ。光が収まり、小瓶を取り出すと、液体は、輝くような琥珀色に変わっていた。

一口飲む。

「……美味い……!」

荒々しさは完全に消え、複雑で、華やかな香りが、口の中に広がる。これだけで、十分に「高級酒」として通用するレベルだ。エリナも、その芳醇な香りに、うっとりと目を閉じている。


「……まだだ!」

俺は、さらにMPを注ぎ込む。今度は、一気にMPを7、消費してみた。

【MPを7消費しますか?】

YESを選択すると、小箱が、もはや眩いほどの光を放った。光が収まり、小瓶を取り出す。中の液体は、深く、艶やかな、赤みがかった琥珀色に変化していた。

杯に注ぎ、香りを確かめる。信じられないほど、豊かで、甘く、そして複雑な香りが、部屋中に満ち満ちた。

俺は、ごくりと、その一口を、味わった。


「…………」

言葉が出なかった。絹のように滑らかな口当たり。爆発的に広がる、果実と、バニラと、スパイスが絡み合った、官能的な風味。長い、長い余韻。

これは、もはや、ただの酒ではない。芸術品だ。


「計10MPで……10年熟成、か……」

俺は、歓喜に打ち震えながら、小箱を固く握りしめた。

これだ。これさえあれば、時間そのものを支配できる。

王都の、どんな気難しい貴族の舌も、唸らせることができる。

俺は、この村の未来を切り開く、最強の切り札を手に入れたのだ。

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