表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/90

日報002:総務部長、召喚される②

 「ええ、もちろん。この世界を、救ってみせましょう。──まずは、手始めに、安全な住居と、信頼できる協力者の確保から、ですかね」


 俺の言葉に、白ヒゲの老人は大きく頷いた。彼の顔には未だ興奮の色が残っている。どうやら俺が魔王討伐を引き受ける意思を見せたことで、だいぶご満悦のようだな。だが、俺が考えている「魔王討伐」は、彼らが想像しているものとはまるで違う。俺の目標は、もっと別の解決策で世界を平和にして、その後のスローライフハーレムを築く事だ。


「おお、さすが勇者様! その高邁なるお考え、しかと承りました! 強大な魔王を打ち倒すには、まず足場を固めることが重要とお考えなのですね!」


 その解釈で助かる。俺は内心でほくそ笑んだ。


「で、具体的な支援は?」


 単刀直入に尋ねると、老人は少し困ったような顔をした。


「そ、それが……誠に申し訳ございませんが、我々も魔王との長きにわたる戦いで、国の財政は逼迫しておりまして……。勇者様を召喚する魔力も、多大なる資源を消費いたしました故……」


 やっぱり来たか、このパターン。総務部でよくある「金は出さないけど結果は出せ」ってやつだ。俺は心の中で毒づきつつも、表情はにこやかなままだった。これも癒しの笑顔の効果か。


「なるほど、承知いたしました。現状の王国に、これ以上無理はさせられない、と。では、私に用意できるものは?」


「は、はい! 勇者様には、まず王都の郊外にあります、王室直轄の『辺境調査区画』を自由に使っていただきたいと考えております!」


 辺境調査区画? 胡散臭い響きだな。


「ほう。具体的にはどのような場所で?」


「ええと……かつては有望な土地でしたが、魔物の出没が頻繁になり、住民が皆、避難してしまいまして。今では放棄された村と、荒れた土地が広がっている状態です。魔王軍の脅威が本格化すれば、いずれは魔物たちの新たな拠点となりかねない場所でして……」


 なるほど。つまり、王国にとってはお荷物で、かつ危険な場所を、俺という「異世界人」に押し付けて、あわよくば何か利益を生み出させようという魂胆か。王国がそこまで困窮しているなら、それもまた危機管理の範疇だ。


「ふむ。それでは、そこにはどれくらいの土地と、どのような施設が残っているのでしょうか?」


 俺が詳細を尋ねると、老人は慌てて巻物を取り出し、広げた。


「はい! 地図上では、かつての村の規模は中規模程度。住居跡が十数軒、共同井戸が一つ、小さな教会跡と、領主館だったらしい石造りの建物が残っております」


 荒地。だが、広大な農地跡。それに、共同井戸と建物がある。完全にゼロからのスタートよりはマシだな。


 俺は頭の中で早速、シミュレーションを開始した。


 危機管理(EX)が即座に現状を分析する。

 現状:資材なし、人員なし、資金ほぼなし。

 課題:辺境の荒廃した村の再建。魔物発生のリスクあり。

目標:スローライフハーレムの基盤構築、王国への「貢献」。

最適解:最小限の投資で最大限の効果を出し、外部からの支援を段階的に引き出す。


 予算管理(S)が稼働する。

 初期資金は、多分、滞在費程度しか出してくれないだろう。であれば、まずは「現物投資」と「労働力確保」が優先。

 荒れた農地は時間をかければ再生可能。建物も修繕すれば住める。

 当面は自給自足を目指しつつ、余剰生産物で僅かながらも収入を得る。


 人材配置(A)が発動する。

 まずは村の現状を把握しているであろう人間が必要だ。周辺の街に、村の元住民が避難しているはず。彼らを呼び戻すのが最優先だ。そのためには、再建への希望と、生活の保証が必要になる。


「なるほど。つまり、魔物の巣になりかけている場所を、私が整備し、王国にとっての新たな『資産』に変えろ、と。王都からの距離と、周辺の環境を考えると、かなり危険な場所と見受けられますが?」


 敢えてそう問いかけると、老人はやはり困った顔になった。


「は、はい……その通りでございます。しかし、勇者様であれば……」


「わかっています。リスクは承知の上です」


 俺は老人の言葉を遮り、さらに続けた。


「ですが、この計画には、いくつか条件をつけさせていただきます」


「な、なんでしょうか!?」


 老人の目が大きく見開かれた。まさか俺が条件を突きつけるとは思っていなかったのだろう。


「一つ。この辺境調査区画における、私の一切の統治権と、そこで行われる事業の決定権を委任していただきたい。王都のいかなる干渉も受けません」


 老人の顔が引きつる。完全にフリーハンドでやらせろ、という要求だ。これがあれば、後のスローライフハーレム計画も、スムーズに進められる。


「そ、それは……いささか、急進的な提案では……」


 老人が言葉を濁したその時、広間の奥から、凛とした声が響いた。


「お待ちください、枢機卿すうききょうロドウェル!」


 声のした方に目を向けると、ローブの列の中から一人の女性が前に進み出てきた。透き通るような白い肌、夜空を閉じ込めたような深い青の瞳、そして陽光を浴びて輝く金色の長い髪。見事なドレスをまとったその姿は、まさしく王族、いや、王女と呼ぶに相応しい気品と美しさを兼ね備えていた。年齢は、おそらく二十代前半といったところか。


 周囲のローブの面々が、慌てて頭を下げる。枢機卿ロドウェルと呼ばれた老人も、姿勢を正し、畏まった様子でその女性を見つめていた。


「ルナリア王女殿下……なぜ、このような場に?」


父上ちちうえの命です。異界より来たる勇者との謁見の場に、私も同席せよ、と」


 ルナリア王女は、俺に向かって優雅に一礼すると、枢機卿ロドウェルに毅然とした態度で言った。


「勇者様の申し出、私は決して急進的だとは思いません。この王国が長きに渡り放置してきた辺境の地を、勇者様自らが再建すると仰るのなら、それに見合う権限を与えるべきです」


 ほう、分かってるじゃないか、この王女。交渉術(S)を持つ俺には、彼女が王国の現状と、父である国王の苦悩を深く理解していることが手に取るように分かった。聡明な女性だ。


 俺は、彼女に目を向け、口を開いた。


「王女殿下。私の提案は、まだございます。残り二つの条件を、殿下にお聞き届けいただきたい」


 ルナリア王女は、俺の言葉にわずかに目を細めた。警戒と、知的好奇心が入り混じったような視線だ。


「……承りましょう、勇者様。どうぞ、ご提案を」


「二つ目。初期の生活物資と、最低限の工具類、それに村へ向かうための馬車を手配していただきたい。これらは王国が私という勇者に行う『投資』と考えてください」


「──『投資』、ですか。なるほど、理にかなっていますわ。辺境の地を再建するための、必要不可欠な初期費用。その解釈であれば、父上も納得なさるでしょう。ですが、もし成果が出なかった場合、その『投資』は無駄になるのでは?」


 ルナリア王女は、単なる感情論ではなく、王国全体の利益を冷静に判断しようとしている。このあたり、さすが王族といったところか。


「ご心配なく、殿下。私の計画に無駄な投資はありません。そして三つ目──」


 俺は一呼吸置き、ルナリア王女の、そして広間にいる全ての者の目をまっすぐ見据えた。


「私が、この地を再建し、軌道に乗せた暁には、王国は魔王軍との全面衝突を回避するための『交渉の場』を設けることに合意してください。そして、その交渉の主導権は、私に与えること。ただし、その際、私は王国へのいかなる不利益も生じさせないことを約束します」


 広間全体に、再び重い沈黙が訪れた。枢機卿ロドウェルは顔色を失い、周囲の者たちもざわめきすら忘れて俺を見つめている。魔王との「交渉の場」など、この世界の人間には想像すらできなかった要求だろう。


 だが、ルナリア王女は違った。彼女は、目を閉じ、何かを深く考えるような素振りを見せた後、ゆっくりと目を開いた。その瞳には、一瞬の迷いの後、強い光が宿っていた。


「……分かりました、勇者様。あなたの提案、全てお受けしましょう」


 ルナリア王女の言葉に、枢機卿ロドウェルが驚愕の声を上げた。


「殿下!? しかし、魔王との交渉など、前代未聞にございます! しかも主導権を……!」


「枢機卿。現に、我々に他に打つ手がありますか? 勇者様は『不利益は生じさせない』と明言されました。私は、この異界より来たる勇者様の、その言葉を信じます。父上も、この提案は検討に値すると仰せになるはず」


 ルナリア王女は、枢機卿を一瞥し、その後に俺をまっすぐに見つめた。その眼差しには、強い意志と、僅かながらも「賭け」に出る覚悟が見て取れた。これは、癒しの笑顔の効果ではない。純粋に、彼女自身の知性と、この世界の未来を憂う心が下した決断だ。


 よし、これで王女を巻き込むことにも成功した。初期のハーレムメンバーとしても申し分ない。


「では、早急に準備をお願いします。私は直ちに、辺境の地で皆さんの期待に応える準備を始めますから」


「承知いたしました。そして、勇者様──お名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」


 ルナリア王女は、はっとしたように尋ねた。これまでの緊張した交渉で、互いに名乗り合うのを忘れていたようだ。


「佐藤慎一と申します。殿下」


「慎一殿、ですか。わたくしはルナリア。このアースガルド王国の第一王女、ルナリア・アースガルドと申します。 慎一殿、どうかご武運を。私も、父上への説得に全力を尽くしましょう」


「ええ。ルナリア王女も、どうかそのお言葉に偽りなきよう、お願いいたします」


 俺は「期待と信頼を醸成する笑顔」をルナリア王女に、そして枢機卿たちに向けてやった。ルナリア王女は優雅に頷き、枢機卿ロドウェルはまだ納得しきれない顔をしながらも、深く頭を下げた。


 こうして、四十路のおっさん佐藤慎一の異世界スローライフハーレム計画は、辺境の荒れ果てた村を拠点に、王国の中枢を巻き込みながら、壮大な一歩を踏み出すことになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ