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日報018:引き継がれる意志と、動き出す歯車

俺が発した号令を合図に、地鳴りのような雄叫びが辺境の空に響き渡った後、村は、まるで一つの巨大な生命体のように、それぞれの持ち場へと一斉に動き始めた。子供たちですら、自分の役割を果たすべく、目を輝かせて走り出していく。その光景は、まさに組織が産声を上げた瞬間そのものだった。


そして、いくつかの場所で、未来へと繋がる、重要な「引き継ぎ」が行われていた。


開墾地の前では、リリィが、新リーダーとなったジークに一冊のノートを手渡していた。それは、彼女がこの数日間、試行錯誤しながら書き留めてきた、土の状態や、今後の計画を記した、汗と土の匂いが染み込んだ記録だ。


「ジーク殿、これが私が昨日まで記録していたものです。この第一区画は、粘土質の土壌で水はけが少し悪いので、腐葉土を多めに混ぜ込む必要があります 。それと、あちらの区画に植えた麦ですが、いくつか芽が出てきています 。水やりは、朝と夕の二回、お願いします」


リリィは、まるで我が子を預けるかのように、丁寧に、そして少し名残惜しそうに説明する。


「へっ、リリィの嬢ちゃん、意外とマメなんだな」ジークはノートを受け取ると、その几帳面な文字に感心したように口笛を吹いた。「なるほど、なるほど。土の質まで見てたのか。大したもんだ。よし、分かった! あんたが、この村に来てから、たった一人で守ってきた畑だ。その意志ごと、俺が引き継いだ! 心配すんな、必ず、皆が腹一杯食える畑にしてやるぜ!」


「……はいっ!」


リリィは、ジークの頼もしい言葉に、力強く頷いた。彼女の農業監督としての役目は終わった。だが、彼女が蒔いた希望の種は、確かに、新たなリーダーへと引き継がれたのだ。


一方、領主館の物資倉庫前では、セシリアがエリナに、在庫リストが書かれた羊皮紙を見せながら、冷静な口調で説明していた。ここは、村の生命線を管理する、もう一つの中枢だ。


「……という訳で、現在の備蓄食料は、計算上、九日で尽きます。これが、私と慎一様で作成した配給計画です。一日一人あたり、この量で……」


「はい、承知いたしました」エリナは、リストに真剣な眼差しを落としながらも、的確な質問を投げかける。「ですが、セシリア様、建設チームや鉱山チームのような重労働に従事する方々の食事が、これでは少し足りないかもしれません。もし、調達チームが何か獲物を得られたら、その分を優先的に、彼らと、成長期の子供たちに回す、というような裁量権を、私にいただけますでしょうか?」


その、現状を的確に把握し、かつ村全体の労働効率まで見据えた提案に、セシリアは感心したように目を細めた。


「ええ、素晴らしい考えです。ぜひ、そのように。今後の物資管理は、あなたに一任します。何かあれば、すぐに慎一様か、私に報告を」

「はい! お任せください!」


セシリアから、村の内務を取り仕切るという重責を引き継いだエリナの瞳には、不安よりも、仲間たちの生活を守るという、強い決意の光が宿っていた。


それぞれの引き継ぎが終わる頃には、村全体が、まるで巨大な工場の歯車が噛み合うように、それぞれの音を立てて動き出していた。


建設現場からは、トランの「そこ、梁の角度が違う!」「もっと木屑を綺麗にしろ!」という、雷のような怒号と、それに食らいつく男たちの威勢のいい槌音や斧の音が響き渡る。彼の厳しい声は、しかし、確かな技術と経験に裏打ちされており、男たちの動きは、素人目にも分かるほど、みるみるうちに洗練されていった。


鉱山チームは、ガルフが選んだ二人の屈強な男と共に、昨日運んでおいた木材を担ぎ、鉱脈へと向かっていった 。彼らの最初の仕事は、落盤の危険がある入り口付近を、徹底的に補強することだ。ガルフの経験豊富な指示の下、三人の男たちは、慎重に、しかし着実に、安全な作業路を確保していく。


そして、村の入り口には、最も重要な任務を担う、現地調達チームが集結していた。リーダーであるバルドは、まだ緊張で表情が硬いが、その目には覚悟が決まっている。専門家であるギンターとミーラ、そして護衛戦力であるハンスとゲオルグが、彼の周りを固める。


そこへ、完全武装したセシリアとリリィが合流した。


「バルド殿、準備はよろしいですか。我々が、必ず皆さんを安全に村へ帰還させます」

セシリアの言葉に、バルドは力強く頷いた。一行は、村の命運を賭けて、深く、静かな森の中へと、その一歩を踏み出した。バルドは森に入ると、一度立ち止まり、目を閉じて、風の音、土の匂い、木々のざわめきに集中する。やがて、彼は確信を持って、一つの方向を指差した。その姿は、もはやただの気弱な男ではなく、森を知り尽くした、頼もしいリーダーそのものだった。


俺は、その全ての光景を、領主館のテラスから見渡していた。


(完璧だ……)


建設、農業、鉱業、調達、そして生活支援。それぞれの部門が、最適なリーダーの下で、自律的に動き始めている。俺がやったことは、彼らの能力を見抜き、役割を与え、明確な目標を示しただけだ。だが、それだけで、組織は、人は、ここまで輝き出す。


前の世界では、プロジェクトの成功とは、予算を守り、納期に間に合わせ、利益を出すことだった。だが、ここでは違う。プロジェクトの成功が、仲間の命と、未来そのものに直結している。トランの怒号も、ジークの笑い声も、エリナの真剣な眼差しも、全てが、生きるための、力強い音色に聞こえた。


これこそが、俺が二十年間、会社で磨き続けてきた、【総務部長】スキルの真髄。

トラブルを未然に防ぎ(危機管理)、適材を適所に配置し(人材配置)、限られたリソースで最高の結果を目指す(予算管理)。

剣を振るうより、魔法を放つより、よほど俺らしい、世界の救い方だ。


四十路のおっさんのスローライフ計画は、今、俺一人の手から離れ、村人全員の意志が噛み合った、巨大な歯車となって、未来へ向けて、力強く回転し始めたのだった。

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