日報016:最初の夜と新組織の胎動
すみません。
下記溜めた物が無くなり更新が遅くなりました。
なるべく1日3話くらい更新できるように頑張ります。
日報016は、ちょっと筆が進み多めの文字数になってますがご容赦を。。。
辺境での七日目の夜。
領主館の広間では、新たな住民たちの、安堵と疲労が入り混じった寝息が静かに響いていた。前の村にも雨風をしのげる家はあっただろう。だが、いつ食料が尽きるかという不安と、先の見えない絶望の中での眠りとは、質がまるで違うはずだ。ここでは、明確な指導者と、具体的な未来への計画、そして騎士による安全の保証がある。その精神的な安息が、彼らの強張っていた心と体を、ゆっくりと解きほぐしているようだった。
子供たちの穏やかな寝顔を横目に、俺は領主館の奥にある、かつての領主の書斎だったであろう小部屋で、主要メンバーの到着を待っていた。蝋燭一本の光が、重厚な木のテーブルを照らしている。
やがて、セシリアとリリィ、ガルフ、そして新メンバーの代表として棟梁のトラン、元村長の娘であるエリナ、そしてガルフの相棒であるバルドとジークが、足音を忍ばせて集まってきた。総勢八名。この村の未来を左右する、最初の経営会議の始まりだ。
テーブルに着くと、俺は真剣な顔で皆を見渡し、口を開いた。
「皆、集まってくれて感謝する。今夜は、明日の作業開始を前に、我々が直面している最も緊急かつ重要な課題について、今夜のうちに打つ手を決めておきたい」
俺がそう切り出すと、皆の顔に緊張が走った。特に棟梁のトランは、腕を組み、昼間のプレゼンで少し和らいだはずの猜疑的な光を、再びその目に宿している。
「単刀直入に言おう。課題は『食料』だ」
俺は、日中にセシリアと確認した物資の在庫リストをテーブルに広げた。
「王宮から、勇者への支給品として与えられたこの保存食は、元々我々三人で三ヶ月分だ 。だが、人口は今や三十人近くに増えた。俺の【予算管理(S)】スキルによる精密な計算では、このままでは、あと九日半で完全に底を突く」
「ここのッ……!?」ガルフが息を呑む。
「……やはりか」トランが、テーブルを指でコツコツと叩きながら、吐き捨てるように言った。「この荒れ果てた村に、いきなりこれだけの人数だ。食い物が足りなくなるんじゃねえかと、嫌な予感はしてたんだ。家を建てる前に、全員飢え死にってか。笑えねえ冗談だ」
「その通りだ。だからこそ、今夜、打つ手を決める」俺はトランの言葉を真っ直ぐに受け止めた。「農地からの収穫はまだ先。王都へ物資を買い付けに行くにも、そのための元手と時間が必要だ。我々が今すぐすべきことは、ただ一つ。『外部からの食料調達』だ」
「狩り、ですか?」リリィが尋ねる。「私とセシリア姉さんであれば、ある程度の獲物は……」
「いや、騎士団の狩猟技術は、主に大型の魔物や獣が対象だろう。我々が必要なのは、日々の糧となる、ウサギのような小動物や、魚、そして食べられる植物だ。専門的な知識と技術がいる」
俺がそう言うと、広間は重い沈黙に包まれた。誰もが、有効な打開策を思いつけずにいる。
その時だった。これまで黙って俯いていたバルドの隣で、ジークが意を決したように口を開いた。
「あの……慎一様。こいつ、口下手なんで俺から言わせてもらいますが……。このバルドって男は、森のことに、ちいとばかし詳しいんでさ」
「ほう?」俺が促すと、ジークは続けた。
「俺たちが前の村で食い詰めて、鉱山で日銭を稼いでた頃、まともに食えねえ日もザラでしてね。そんな時、いつもこいつが森に入って、妙なキノコだの、草の根っこだのを採ってきて、俺たちの腹を満たしてくれたんでさ。どれが食えて、どれが毒なのか、まるで森の獣みてえに見分けるんすよ」
全員の視線が、居心地悪そうに縮こまるバルドに集まった。
「……この辺りの森も、前の村の森と似てる。匂いや、木の生え方で、なんとなく分かる。水場が近いから、小動物の通り道もあるはずだ。キノコや木の実も、探せば……見つけられる、と思う」
俺は、次にエリナに向き直った。
「エリナ殿。あなたの村にも、バルド殿のように、森の知識や狩りの経験が豊富な方はいるだろうか?」
エリナは真剣な表情で頷いた。
「はい。……ギンターというお爺さんは、若い頃は猟師で、罠作りが得意だと聞いています。それから、ミーラという女性は、薬草にも詳しく、食べられる野草の知識が村一番です」
具体的な名前と、その能力。完璧な情報だ。
「……皆、ありがとう。解決策が見えた」
俺は立ち上がり、全員に宣言した。
「明日、村に新たな専門チームを編成する。その名も『現地調達チーム』だ。リーダーは、その知識と経験を基に、バルド殿、君に任せる」
「へっ!? 俺が……リーダー!?」バルドが素っ頓狂な声を上げた。
「そうだ。だが、森は危険も伴う。そのチームの護衛は、本来の役目である、セシリア殿とリリィ殿に専任してもらう」
その言葉に、セシリアとリリィは「はっ!」と、騎士の顔に戻って頷いた。
(セシリア殿の管理業務、リリィ殿の農業監督。どちらも見事な働きだったが、あれはあくまで人材不足による一時的な対処だ。今、エリナ殿やトラン殿、そしてジーク殿のような、それぞれの分野で才覚を示す者が現れた。ならば、俺の【人材配置(A)】スキルを最大限に活かし、全員を最適なポジションに再配置すべきだ。騎士を、村全体の安全保障という、最も重要な役目に戻す時だ)
俺は、思考を切り替え、ジークに向き直った。
「ジーク殿。リリィ殿には、今後、村全体の防衛計画の立案にも注力してもらう。そこで、明日から『農業チーム』のリーダーは、君に引き継いでもらいたい。頼めるか?」
「へっ、俺が!? ……おう、任せとけ! やってやらあ!」ジークは驚きながらも、相棒のバルドと共にリーダーに任命されたことが嬉しかったのか、力強く胸を叩いた。
次に、エリナに向き直る。
「エリナ殿。セシリア殿も、これからは騎士の任務に専念する。彼女が担っていた、物資管理や生活支援全般の統括を、君に引き継いでほしい。村の『内務』の責任者だ」
エリナは、その役目の重さを理解し、しかし臆することなく、真っ直ぐな瞳で応えた。「……はい。謹んで、お引き受けいたします」
最後に、俺はトランとエリナに尋ねた。
「防衛体制を強化する上で、もう一つ。移住者の中に、腕っぷしに覚えのある者や、弓の心得がある者はいるだろうか?」
二人は少し考えた後、顔を見合わせ、トランが答えた。「ハンスとゲオルグだな。若い頃、傭兵紛いのことをやっていたと聞いた。腕は立つはずだ」
「よし。彼らにも声をかけ、明日から騎士たちの下で、村の自警団として訓練を始めてもらう」
俺がそう締めくくると、トランが満足げに頷いた。これで、懸念だった食糧問題にも、解決の糸口が見えた。
「ひとまず、ここまで決まれば大丈夫だろう。皆、夜分遅くまでご苦労だった。今日はもう休んで、明日の作業に備えてくれ」
俺の言葉で、会議は正式に解散となった。
トランやエリナたちがそれぞれの思いを胸に部屋を出ていく。俺は、その場に残ったセシリアとリリィに、向き直った。
「セシリア殿、リリィ殿」
俺が真剣な声で呼びかけると、二人は姿勢を正して俺を見つめる。
「まずは、礼を言わせてくれ。君たちが、専門外の仕事に文句一つ言わず、全力で取り組んでくれたおかげで、この村の復興は、ここまで早く進めることができた。本当に、ありがとう」
俺は、深々と頭を下げた。
「セシリ殿の管理能力、リリィ殿の現場監督としての成長。どちらも目を見張るものがあった 。君たち自身も、それぞれの仕事に手応えや、やりがいを感じてくれていたと思う。それを道半ばで変更させるのは、俺としても心苦しいんだが……」
俺がそう言うと、二人はわずかに、しかし寂しそうな表情を浮かべた。
「だが、村に新しい仲間が増えた今、我々が最優先で確立すべきは、全員が安心して眠れる『絶対的な安全』だ。だからこそ、君たち二人には、この村の防衛の要という、最も重要な任務に専念してほしい。今回の経験も、きっと今後の防衛計画を立てる上で何かの役に立つはずだ。その視点を、忘れないでいてくれると嬉しい」
俺の言葉に、二人は顔を見合わせ、そして、決意を固めたように、凛とした表情で頷いた。
「はい……」リリィが、まず口を開く。「正直に申しますと、土をいじり、作物が育つかもしれないと思うと、毎日がとても楽しくて……。私がリーダーだなんて、柄にもないとは思いつつも、大きなやりがいを感じていました」
彼女はそこで一度、言葉を切り、しかし、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「ですが、慎一様の仰る通りです! 民を守ることこそ、私達騎士の本来の務め! 新たな任務、謹んで拝命いたします!」
そして、少し照れながら、付け加えた。
「……あの、それで、その、騎士の任務に支障がない範囲で、たまに……畑仕事を手伝わせていただいても、よろしいでしょうか? なんだか、土の匂いを嗅いでいないと、落ち着かなくなってしまって……」
その言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
「もちろんだ。リリィ殿は農業チームの貴重な戦力だからな」
次に、セシリアが静かに、しかし力強い眼差しで言った。
「私もです、慎一様。蒸留器の管理や、村の資源を計算し、計画を立てることは、剣の訓練とは違う、新たな知見を与えてくれました。これもまた、得難い経験でした 。ですが、リリィの言う通り、我々の本分は、慎一様と、この村の民を守ること。新たな任務、全ういたします」
そして彼女は、リリィの言葉に乗じるように、悪戯っぽく微笑んだ。
「それに……リリィの我儘を聞いていただけるのでしたら、私も一つ。今後、我々が護衛として村の外へ出る際、万能薬となるような薬品は、必ず必要になります 。ですから私も、任務の合間に、蒸留器での薬草の実験を手伝わせていただいても?」
「ああ、もちろんだ。君の知識は、薬の開発に不可欠だ」
二人の前向きな言葉に、俺は心から安堵した。彼女たちは、ただの部下ではない。この村の未来を共に創る、かけがえのないパートナーだ。本当に二人が一緒に来てくれて良かったと心から思うばかりだ。
その夜、会議を終えた俺は、一人、静まり返った領主館で、更新された組織図を頭に描いていた。建設、農業、調達、そして防衛。それぞれの専門家が、それぞれの持ち場で、最大限の能力を発揮する。これこそが、俺が目指した組織の姿だ。四十路のおっさんのスローライフ計画は、いつの間にか、本格的な異世界での「会社経営」そのものになっていた。




