日報015:総務部長の事業計画説明会
辺境の村の入り口に、緊張と期待が入り混じった空気が張り詰める。新たに訪れた二十人近い移住者たちの、人生を賭けた視線が、俺、佐藤慎一に一身に突き刺さっていた。彼らの代表である棟梁の、疑念に満ちた問い。それは、彼ら全員の心の叫びだった。
俺は、総務部長として幾多の修羅場を乗り越えてきた、自信と信頼に満ちた「癒しの笑顔(C)」で応えた 。
「ええ、もちろん。ようこそ、皆さん。この村の新たな住民となる皆さんを、心から歓迎します。──まずは、皆さんの新しい家と、この村の復興計画について、ご説明しましょう」
俺は彼らを、ただ入り口に立たせたままにはしなかった。
「さあ、こちらへ。まずは旅の疲れを癒してください。話は、我々の拠点である領主館で」
俺が先導して歩き出すと、移住者たちはおずおずと後に続いた。彼らが通る道すがら、無残に崩れた家屋や、雑草に覆われた畑の跡が目に入る。その度に、彼らの表情が不安に曇り、ひそひそと囁き合う声が聞こえてくる。棟梁は、厳しい顔で腕を組み、一つ一つの建物の基礎や石組みを、専門家の目で鋭く観察していた。
領主館の広間に案内すると、待機していたリリィとセシリアが、手際よく井戸から汲んだ水を振る舞い、座る場所を促してくれた。その細やかな心遣いに、移住者たちの強張っていた表情が、わずかに和らぐ。
全員が落ち着いたのを見計らい、俺は彼らの前に立った。ここからは、ただの勇者ではない。プロジェクトの責任者である、総務部長・佐藤慎一としてのプレゼンテーションだ。
「皆さん、改めてようこそ。長旅、お疲れ様でした。まず、皆さんが最も懸念されているであろう点について、正直にお話しします」
俺は一度、言葉を切り、広間を見渡した。
「見ての通り、この村は荒れ果てています。そして、皆さんがこの村の名前を聞いたことがあるとすれば、それが『魔物の出没によって滅んだ村』であることもご存知のはず 。皆さんの不安は、もっともです」
俺が真正面からその事実に触れると、移住者たちの間に緊張が走った。やはり、それが一番の懸念だったのだ。
「ですが、ご安心ください。その問題は、既に対策済みです。この村の復興は、何よりも『安全』という礎の上に成り立っています」
俺は、傍に控えていたセシリアとリリィを、皆の前に促した。二人は一歩前に出て、騎士として毅然と胸を張る。その姿だけで、並の魔物なら退散しそうな威厳があった。
「まず紹介したいのが、この二人です。彼女たちは王国騎士団に所属する騎士、セシリア殿とリリィ殿 。国王陛下の命により、この村の専属護衛として、常に常駐してくれます。屈強な騎士二名が、昼夜を問わず皆さんを守ります」
その言葉に、移住者たちから「おお……」という驚きと安堵の声が漏れた。王国の正規の騎士が、自分たちのために。それは、何より心強い保証だった。
「さらに、先日この村の周辺を縄張りとしていたゴブリンの群れも、この騎士二名と私の連携によって完全に撃退し、この土地が我々の管理下にあることを明確に示しました 。彼らが安易に手出しできないことは、既に証明済みです。そして将来的には、棟梁の力を借りて、村の周囲に頑丈な防壁や見張り台も建設する計画です」
安全の保証を具体的に、多角的に示したことで、移住者たちの顔から、最も根深い不安の色が、明らかに薄れていくのが分かった。
「この盤石な安全体制の上で、我々は豊かな村を築きます。その計画は、三つの柱で成り立っています」
俺は指を一本立てた。
「第一の柱は、皆さんの『生活基盤』の確立。すなわち、衣食住の保証です」
俺は棟梁の目を真っ直ぐに見据えた。
「棟梁。昨日、我々はこちらの三軒の家屋を、最優先の修繕対象として選定し、周辺の整地まで済ませておきました。これが、我々が作成した簡易的な修繕計画書です」
俺はセシリアに渡された羊皮紙を広げて見せた。そこには、俺が書類作成(B)スキルで描いた、家の見取り図と、補強箇所、必要な資材のリストが記されている 。
「これは……!?」棟梁が目を見開く。「素人の仕事じゃねえ……。破損状況の分析も、補強の計画も、理に適ってやがる……」
「あくまでこれは叩き台です。最終的な工法は、プロであるあなたにお任せしたい。あなたの力を、この村は必要としています」
専門家への敬意を示すことで、棟梁の頑なな表情が、プロとしての興味と矜持を刺激されたものへと変わっていくのが分かった。
俺は次に、残りの全員に向かって語りかける。
「そして『食』。この村には広大な農地があります。バルド殿とジーク殿の働きで、すでに開墾は始まっている。ここに来れば、二度と飢える心配はありません。自分たちの手で、腹一杯食べられるだけの食料を生産します」
「食」という、最も根源的な保証。その言葉に、子供を抱く母親たちの目に、安堵の色が浮かんだ。
俺は指を二本に増やした。
「第二の柱は、『独自の高付加価値産業』です。ガルフ殿が持って行った、あの酒がその一つです。あの酒を生み出す、この世界でも類を見ない『蒸留器』が、この村にはあります 。さらに、先ほどセシリアが報告してくれたように、王都の最高級品すら凌駕する、高純度の薬用抽出液の精製にも成功しました 。これらを王都で売れば、莫大な富がもたらされます」
どよめきが起こる。彼らにとって、それは魔法のような話に聞こえただろう。だが、ガルフが持っていた小瓶が、その現実味を裏付けていた。
そして、俺は三本目の指を立てた。
「第三の柱。それは、この村の将来を盤石にする『圧倒的な資金源』です。この土地の森の奥には、非常に価値の高い『ミスリル』の鉱脈が眠っています 。これを採掘し、王都に売却することで得られる資金は、皆さんの想像を絶するでしょう」
住む家、食べる物、そして、豊かになれる仕事。
具体的な三本の柱を示された移住者たちの顔から、疑念の色が消え、次第に希望と興奮の色が広がっていく。
沈黙を破ったのは、やはり棟梁だった。
「……ハッ。話がでけえな。だが……面白い。あんたの計画、ただの夢物語じゃねえ。筋が通ってやがる。いいだろう! このトラン、あんたの計画に乗った! 俺の腕で、この廃村に、王都の屋敷にも負けねえ家を建ててやらあ!」
棟梁トランの力強い宣言に、他の男たちも「おう!」「やってやろうぜ!」と鬨の声を上げる。
その時、これまで静かに様子を窺っていた、あの若い女性が一歩前に出た。
「あの、慎一様。私、エリナと申します。父は、前の村の村長でした。棟梁や男たちが家を建てるのであれば、私たち女衆は、炊き出しや、子供たちの世話、そして畑仕事の手伝いをさせていただきます。どうか、私たちにも、この村の復興に参加させてください」
エリナと名乗った彼女の、澄んだ瞳と、理路整然とした申し出。俺の人材配置(A)スキルが、彼女の持つ高いリーダーシップと調整能力を正確に捉えていた 。彼女こそ、この村の女性陣、ひいてはコミュニティ全体の要となる存在だ。
「ありがとう、エリナ殿。君のような人がいてくれて、心強い。ぜひ、お願いする」
こうして、新たな仲間たちとの契約は、固く結ばれた。
その夜、俺は領主館の広間や空いている部屋を、彼らの一時的な宿舎として解放した。セシリアたちが用意した、肉と野菜の入った温かいスープを、誰もが夢中で啜り、子供たちの笑い声が、何十年ぶりかに、この館に響き渡った。
その光景を眺めながら、俺は、自分の計画が、単なるスローライフやハーレムという個人的な願望を超え、多くの人々の人生を背負う、巨大なプロジェクトへと変貌しつつあることを、改めて実感していた。総務部長としての、最もやりがいのある仕事が、今、始まった様なきがした。




