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日報010:夜間視察と『潜在労働力』の確保

 辺境での五日目が終わり、明日からは水やりの管理と、新たな区画の開墾が始まる。俺のスローライフハーレム計画は、着実に、そして順調に進行していた。


 その夜、領主館の簡素な寝台に横になり、一日の疲労と達成感に浸っていた俺は、深い眠りに落ちる寸前、微かな物音で意識を引き戻された。


 ザクッ……ゴツン……


 それは、風が木の葉を揺らす音とは違う、もっと規則的で、地面を掘り返し、硬いものに当たるような音だ。危機管理(EX)が警鐘を鳴らす。魔物の気配とは異なる。警戒はするが、危険度はそれほど高くない。だが、この廃村に俺たち以外の人間の気配はなかったはずだ。


 俺は音のする方向へ注意を集中した。領主館の裏手、倉庫のさらに奥、森の方向から聞こえてくる。まるで、何人かが秘密裏に何かを掘り進めているかのような、不自然な物音だ。


 (何者だ? 魔物ではない。人間か? だとすれば、こんな夜中に、この辺境の地に何の用だ?)


 好奇心と、総務部長としての「異常事態にはすぐ対応」という習性が、俺を動かした。寝台から静かに起き上がり、物音を立てないように足音を忍ばせる。


「慎一様……どうかいたしましたか?」


 俺の動きに気づいたセシリアが、寝起きの声で小声で尋ねてきた。彼女は騎士としての警戒を怠っていなかったようだ。隣のリリィも、既に剣の柄に手をかけている。


「ああ。裏手の方で物音がする。魔物ではないようだが、念のため、確認に行く。二人とも、警戒を怠るな」


 俺がそう告げると、セシリアとリリィは即座に身支度を整え、武装した。夜の闇の中、彼女たちの騎士としての訓練の賜物か、足音一つ立てずに俺の後に続く。


 領主館の裏手、森へと続く道を慎重に進む。物音は、一歩近づくごとに鮮明になっていく。そして、薄暗い木々の向こうから、人の話し声も聞こえてきた。


 「おい、急げ! 夜が明ける前に、今日の分は済ませねぇと!」

 「まったく、こんなに重いとはな……いつまでこんなことを続けりゃいいんだ……」


 複数の男たちの声だ。俺たちは茂みに身を潜め、様子を窺った。


 そこには、三人の男がいた。彼らは、粗末な身なりの上に泥だらけで、地面を大きく掘られた穴の傍で、何かを運び出そうと悪戦苦闘している。その手には、簡素なツルハシやスコップのようなものが見えた。彼らが掘り出したのは、鈍く光る金属の塊──鉱石らしきものだ。


 ──不法採掘者か!


 危機管理(EX)が瞬時に状況を分析する。

 現状:貧困状態の人間3名が、この辺境調査区画で無許可の鉱物採掘を行っている。

 リスク:王国の資源盗掘であり、放置すれば他の者も現れる可能性。彼らが自らを危険に晒している。

 最適解:強制排除ではなく、交渉による「人材確保」と「合法化」。


 彼らが掘り出している鉱石に目を凝らすと、それがただの鉄ではないことが分かった。わずかな魔力を帯びたその輝きは、異世界適応(固有)スキルが教えてくれた、この世界では貴重とされるミスリル鉱の原石だ。


 予算管理(S)が、そのミスリル鉱が村の再建にどれほど莫大な資金をもたらすかを瞬時に弾き出す。このミスリル鉱を安定的に採掘し、加工できれば、蒸留器の特産品と合わせて、この村は王国随一の富裕な村になるだろう。そして、俺のスローライフハーレム計画も、盤石なものになる。


 (幸運(S+)がまた働いたか。不法採掘者とはいえ、貴重な情報と人材を運んできてくれるとはな。)


 男たちの掘削方法は、力任せで非効率極まりない。このままでは、落盤事故を起こしかねない危険な状況だ。彼らはミスリル鉱の価値を正確には知らないのだろう。そして、飢えに苦しんでいることは、その会話から明らかだった。


「おい、そこを掘っている者たち!」


 俺が静かに声をかけると、三人の男は一斉に動きを止め、驚いたようにこちらを振り返った。彼らの顔には、焦りと警戒の色が浮かんでいる。その中の一人が、慌てたように威嚇の言葉を口にした。


「な、何だお前らは! 見たことねぇ顔だな! ここは俺たちの……!」


「ここは、アースガルド王国の王室直轄の辺境調査区画だ。そして、私は、この地の復興を任された勇者、佐藤慎一という。無断で立ち入ることは許されない」


 俺は、堂々と告げた。騎士たちが、俺の背後で剣を構える。セシリアとリリィの凛とした姿が、男たちに威圧感を与えているのは間違いない。


 男たちは、騎士の存在に気づくと、顔色をさらに悪くした。その中の一人が、慌てたように言った。


「そ、そんな! 廃村だと思って、少しばかり拝借しようと……!」


「拝借、とは随分と都合の良い言葉だな。この地で勝手に資源を採掘することは、王国に対する重大な犯罪だ」


 俺は冷徹に言い放った。ここで甘い顔を見せれば、今後も同じような輩が現れるだろう。だが、交渉術(S)が、彼らが単なる悪人ではなく、飢えに苦しむ貧しい人々であるという情報を与えている。彼らの村の様子も危機管理(EX)で大まかに把握できた。この辺境調査区画から少し離れた場所にある、やはり荒廃した村の住人たちだろう。


「さて、お前たちの目的は、その鉱石の採掘のようだが……その掘り方では、いつ落盤してもおかしくないぞ。それと、その鉱石は、お前たちが思っている以上に価値があるものだが、同時に扱いを間違えれば危険だ。一体何の鉱石を掘っているか、理解しているのか?」


 俺がそう問いかけると、男たちは顔を見合わせた。リーダーらしき男が、怯えたように口を開いた。


「へ、へえ! それは、ただの鉄とは違う、少しばかり珍しい金属だと聞いてまして……。これを売って、俺たちの村の飢えを凌ごうと……」


 やはり、彼らはミスリル鉱の真価を知らなかったのだ。そして、彼らがこの村から避難した元住民ではなく、別の村の出身であることも確認できた。これもまた、今後の人材配置で「新たな労働力」を確保する上で重要な情報になる。


「……なるほど。お前たちの目的は理解した。飢えを凌ぎたい、と。だが、その採掘方法では命が危ない上に、このミスリル鉱の真価を引き出すことはできない」


 俺がそう告げると、男たちは希望と絶望が入り混じったような複雑な表情を浮かべた。彼らの視線は、疲弊した体と、目の前のミスリル鉱の間を彷徨っている。


「いいだろう。お前たちに提案がある。このミスリル鉱の採掘権は、私が委任されたこの辺境調査区画が持つ。だが、お前たちの村の飢えを救う手助けはする。その代わり、お前たちには、この村の復興に協力してもらう。具体的には、このミスリル鉱の採掘作業と、農地の開墾だ。もちろん、正当な対価は支払う。食料も保証する。どうだ?」


 俺は、再び交渉術(S)をフル活用した。相手の弱みを突き、こちらのメリットを明確に提示する。さらに、彼らの故郷の村が抱える問題も、危機管理(EX)の応用で把握しているため、より具体的な支援を匂わせることができた。まさに総務部長の交渉術だ。


 男たちは、顔を見合わせ、信じられないものを見るような目で俺を見つめた。飢えを凌ぐための金だけではなく、安定した仕事と、命の安全、さらには食料まで提示されたのだから、当然の反応だろう。


「そ、そんなことが……本当に、俺たちを雇ってくれるってのか!?」


 リーダーらしき男が、震える声で尋ねた。彼の目には、絶望の淵から見出した希望の光が宿っている。


「ああ。嘘偽りなく。ただし、王国に無断で資源を採掘しようとした件は、不問にするが、二度と勝手な行動は許されない。それが条件だ」


 俺は癒しの笑顔(C)──今回は「安心させる笑顔」を彼らに向けてやった。男たちは、互いに頷き合い、やがてリーダーが深々と頭を下げた。


「あ、ありがとうございます! 勇者様! 謹んでお引き受けいたします! 俺たち、全力を尽くします!」


 交渉成立だ。思わぬ形で、辺境の村の「潜在的な労働力」を確保できた。これで、開墾作業も一気に加速できる。


 セシリアとリリィも、呆然とした顔でこの光景を見つめている。魔物との交渉に続き、今度は不法採掘者との交渉まで成立させてしまった俺の姿に、もはや驚きを通り越して、畏敬の念すら抱いているようだった。


「慎一様……あなたは、本当に、一体何者なのですか?」


 セシリアが、またもや同じ問いを口にした。


 俺は、ただの四十路の総務部長だ。

 だが、この異世界では、そのスキルがチートになる。


 「よし。夜も更けてきた。今日はこれで終わりにして、一旦、お前たちの村に戻って休んでくれ。夜の作業は危険だ。明日、夜が明けたら、領主館まで来てくれ。詳しい作業の段取りを説明する」


 俺がそう告げると、男たちは慌てて頭を下げた。


「はっ! ありがとうございます! 勇者様! それでは、また明日!」


 男たちは、掘りかけの穴をそのままに、足早に森の奥へと消えていった。


 セシリアとリリィは、まだ信じられないといった様子で、男たちが消えた方向を見つめている。


「慎一様……本当に、よろしかったのですか? あの者たちを、このまま帰して……」


 セシリアが、半信半疑といった表情で尋ねてきた。


「ああ。大丈夫だ。彼らは約束を違えない。むしろ、明日からの『労働力』を確保できた。これは大きな収穫だ」


 俺は満足げに頷いた。これで、明日からの開墾作業も、ミスリル鉱の採掘も、飛躍的に効率が上がる。


 騎士たちと共に領主館へと戻り、簡素な寝台に身を横たえる。夜空には、満月が輝き、辺境の森は静寂に包まれていた。疲労困憊ではあるが、明日からの新たな展開に胸が高鳴る。


 辺境での五日目の夜が終わり、俺は、明日からの本格的な事業計画に思いを馳せながら、深く、そして穏やかな眠りについた。

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