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日報001:総務部長、召喚される①

「──勇者よ。我と契約し、魔族の繫栄に貢献せよ。」


「良いだろう、魔王。その契約を受けよう。だが、その代わり──この世界の半分を、俺にくれ!」


──────────────────────────────────────────────


 会社のパソコンの画面に映る経費精算表を睨みつけながら、「ようやく今日の仕事も終わりか」と、俺、佐藤慎一は小さくため息をついた。40歳、独身、しがない中小企業の総務部長。俺の日常は、こんな地味な業務の繰り返しだ。安堵と、それに伴う鉛のような疲労感が、全身を覆っていくのを感じていた。


 その瞬間だった。


 視界が、文字通り真っ白な光に包まれた。網膜が焼けるような強烈な輝きと同時に、体がフワリと宙に浮き上がるような、胃の腑が持ち上がる奇妙な感覚に襲われる。まるで高速のエレベーターに乗ったかのような浮遊感と、全身を駆け抜ける微弱な電流のような刺激。それはほんの一瞬で、次の瞬間、俺の両足は硬い石床に、ドスンと着地していた。


「……ん? なんだ、ここは」


 目を開くと、そこは俺の知るオフィスとは、あまりにもかけ離れた場所だった。目の前には、巨大な石造りの広間が広がる。天井は途方もなく高く、薄暗い空間の中で、壁に等間隔で灯された松明の炎が、パチパチと音を立てながら揺らめいている。そのオレンジ色の光が、広間全体を、どこか不気味な色彩で染め上げていた。床には、見たこともない複雑な幾何学模様が刻まれた巨大な魔法陣。俺はその中心に立っていた。


 そして、魔法陣の周囲には、煌びやかなローブをまとった男女が七人ほど、まるで石像のように微動だにせず、俺を凝視していた。彼らのローブは深い青や神秘的な紫といった鮮やかな色合いで、銀糸や金糸の刺繍が施されている。その表情は一様に真剣で、どこか期待に満ちているように見えた。


 この状況……どこかで見たような。いや、どこかで読んだような。ああ、これは……。


「おお、おお……! ついに、ついにご降臨なされましたか!」


 ひときわ豪華なローブをまとった、白い顎鬚を蓄えた老人が、感極まったように俺に向かって一歩踏み出した。その顔は喜びと安堵に満ちており、瞳にはうっすらと涙さえ浮かんでいるのが見て取れた。


「勇者様! 古の書に記されし『異界より来たる救済者』! 我々が長きに渡り待ち望んだお方が、今、この地に……!」


 勇者様、救済者、ねぇ。

 ……やはり、そういうことか。お約束通りの展開だ。


「あの、失礼ですが、ここは……一体、どこなんでしょうか?」


 俺は努めて冷静に尋ねた。心臓はドクドクと不規則なリズムを刻んでいるが、長年の総務部勤務で培われたポーカーフェイスは伊達じゃない。どんな理不尽な顧客からのクレームにも、笑顔で「承知いたしました」と返してきた経験が、今、こんな形で活かされているとはな。


「勇者様! ここは、魔王の脅威に晒されし世界、アースガルドにございます!」


 老人は興奮したまま答えた。アースガルド。魔王。

 本当に、ここまでお約束通りだと、むしろ感心するな。俺は40歳だぞ? 腹回りも気になるお年頃だし、白髪も増えてきた。剣も魔法も、ゲームの中だけの話だと思ってたんだが。そんな俺が勇者ねぇ。荷が重すぎる。正直なところ、そんな面倒なことより、どこか人里離れた場所で、静かに家庭菜園でもしながら、可愛い娘たちに囲まれてのんびり暮らしたい。そう、スローライフハーレム。これこそ、四十路のおっさんが異世界に来たら抱く夢だよな。


「魔王ですか……で、俺は何をすれば?」


「魔王を討伐し、このアースガルドを救っていただきたいのです!」


 だろうな。知ってたよ。だが、魔王討伐か。命がけの仕事は、もう会社だけで十分だ。


「いや、俺、別に強くないですよ。剣術も魔法も、全く身に覚えがないんですが」


 そう言うと、老人は訝しげに首を傾げた。他のローブの男女たちも、どこか期待外れといった表情を浮かべ始めているのが分かった。彼らの視線が、俺の、どう見ても頼りなさげな体格を値踏みしているようだ。


「いえ、そのようなはずはございません! 古の書には、『異界より来たる勇者には、この世界の理を凌駕する力が宿る』と記されております。さあ、勇者様、ご自身のステータスをご確認ください! そちらの世界で培われた『職業』の力が、この世界で新たな『技能』として開花なされているはずです!」


 ステータス。またしても、お約束の展開だ。半信半疑ながらも、言われるがままに心の中で「ステータスオープン」と念じてみた。すると、俺の目の前に、半透明のウィンドウが、まるで会社のパソコンでExcelを開いたかのように、ごく自然に、そしてリアルに浮かび上がった。


──────────────────────────────────────────────

名前:佐藤慎一

年齢:40

種族:人間

職業:【総務部長】


HP:150/150

MP:100/100

筋力:D

耐久:C

敏捷:D

魔力:B

幸運:S+


スキル:

危機管理(EX):あらゆるトラブルを未然に察知し、最適解を導き出す。

交渉術(S):相手の心理を読み解き、有利な条件を引き出す。

人材配置(A):個々の能力を最大限に引き出し、適材適所に配置する。

予算管理(S):限られた資源を効率的に運用し、最大の効果を生み出す。

書類作成(B):どんな複雑な内容も簡潔かつ正確にまとめ上げる。

雑務処理(A):あらゆる雑務を迅速かつ完璧にこなす。

癒しの笑顔(C):相手の警戒心を解き、安心感を与える。

異世界適応(固有):異世界の言語、文化、常識を瞬時に理解し、適応する。

──────────────────────────────────────────────


 ……は? 【総務部長】?


 俺は、思わず心の底で盛大にツッコミを入れた。チート能力があるなら職業に由来するパターンがお決まりだが、まさか【総務部長】がそのままスキルになるとはな。剣士とか魔法使いとか、そういうファンタジーらしいジョブじゃなくて、なぜか会社の役職名。異世界にまで来て、経費精算や社内規定の改定でもさせられるのかと、一瞬うんざりしかけたが……。


 しかし、よくよくスキル一覧を眺めてみると、これがどうして、とんでもなく使えるスキル群だと気づいた。


 危機管理(EX)

これは強力だ。会社で発生するあらゆるトラブルの火種を察知し、未然に防ぎ、あるいは最小限の被害で収めてきたスキル。異世界でこれが使えるとなると、魔物との遭遇を事前に察知したり、危険な場所を避けたり、はたまた、国の内乱といった大きなトラブルから身を守ることも可能になる。EXランクというのは、相当なものだろう。死の危険が少ないというのは、スローライフを志す者にとって、何より重要だ。


 交渉術(S)

これもまた、非常に強力だ。会社では取引先との価格交渉や、労使間の調整でさんざん使ってきた。この世界で使えるとすれば、金銭的な交渉はもちろん、領主との土地の売買、商会との取引、果ては、レアな魔物素材の売却価格の吊り上げまで、ありとあらゆる場面で有利な条件を引き出せるはずだ。Sランクならば、もはや相手を丸め込むレベルだろう。


 人材配置(A)

これもいい。総務部で、社員の適性を見極め、適材適所に配置してきた経験が活きる。異世界で仲間を探すにしても、それぞれの能力を最大限に引き出せるような最適な編成を組める。これは、スローライフハーレムを築く上で、個々のヒロインの能力を見極め、それぞれの役割を与える……などと、ちょっと邪な考えも浮かんだが、まあ、許容範囲だろう。


 予算管理(S)

これは文句なしに最高だ。限られた資源、つまり手持ちの金を効率的に運用し、最大の効果を生み出すスキル。これはもう、異世界で悠々自適なスローライフを営む上で必須中の必須スキルだろう。初期資金が乏しくても、これを駆使すればあっという間に財を築き、広大な土地と豪邸を手に入れ、豊かな生活を送れるはずだ。食費や光熱費の節約、投資先の見極め、全てお手の物。


 書類作成(B)と雑務処理(A)

地味ではあるが、これも意外と侮れない。異世界での生活には、きっと色々な手続きや事務作業が伴うはずだ。家を建てるにも、商売を始めるにも、公的な書類は不可欠だろう。そういった面倒な事務作業を迅速かつ正確に片付けられるのは、地味にストレス軽減になる。事務手続きで躓いてスローライフが破綻、なんて馬鹿な話はごめんだ。


 そして、癒しの笑顔(C)

これは、正直、自分でも驚いた。俺自身、自分の笑顔が人を癒すものだとは、まったく認識していなかったが、新入社員や困っている同僚に「大丈夫だよ」と声をかける際、無意識にこの笑顔を使っていたのかもしれない。Cランクではあるが、警戒心の強い獣人やエルフ、あるいは人間不信の美少女を安心させる効果があるとしたら……ハーレムを築く上では、案外重要なスキルになる可能性もある。俺は内心で、わずかに口元を緩めた。


 極めつけは、幸運:S+

これだ。これこそが、総務部長チートの真骨頂かもしれない。これまでの人生、別に不幸ってわけじゃなかったが、特にラッキーってこともなかった。それがS+ってことは、今後、都合のいい展開しか起こらないってことだろ!? 魔王軍と遭遇したら、たまたま最強の冒険者が通りかかるとか、困ったら美少女が助けてくれるとか、落ちてる石が実は超希少鉱物だったとか! 最高かよ!


「……なるほど。これが、俺の力、というわけですか」


 俺はステータスウィンドウを閉じ、白ヒゲの老人に向かって、やや達観した、それでいてどこか企みを含んだ表情で告げた。この顔は、長年総務部長として、会社の裏方で様々な交渉や調整をこなしてきた俺の、“仕事モード”の顔だ。


 魔王討伐? それもいつかはやらなきゃいけないんだろう。だが、その前にやるべきことがある。俺はこの総務部長スキルを最大限に活用し、まずは自分だけの安全で快適な王国(スローライフ拠点)を築く。そして、最高の仲間ハーレムメンバーを集め、効率的な経営(金儲け)で豊かな生活基盤を確立する。魔王? そりゃ、このスキルのついでに、いずれどうにかしてやるさ。所詮は、総務部長の仕事と何ら変わりはない。トラブルの芽を摘み、人材を配置し、予算を管理する。いつもの業務だ。


 40歳のおっさんが、異世界で最強の総務部長チートを手に、スローライフとハーレムという、ある意味最も困難な「プロジェクト」を成功させるべく、静かに、そして確かな野望を胸に抱いたのだった。


「おお、勇者様! 御覚悟は……?」


 俺は満面の癒しの笑顔(C)で応じた。


「ええ、もちろん。この世界を、救ってみせましょう。──まずは、手始めに、安全な住居と、信頼できる協力者の確保から、ですかね」


 俺の頭の中では、すでに新たな人生の設計図が、詳細な工程表とともに描かれ始めていた。どんな土地がいいか。どんな能力を持つ仲間を集めるか。そして、何人の美少女を、いや、何人の女性をパートナーとして迎え入れるか。全ては、この総務部長スキルで、完璧に管理できるはずだ。


 40歳のおっさんによる、異世界スローライフハーレム計画が、今、静かに、そして壮大に幕を開けたのだった。

第一話をお読みいただき、誠にありがとうございます。


主人公・佐藤慎一の異世界への唐突な召喚、そして彼の能力がまさかの【総務部長】スキルとして発現するまでが描かれました。四十路のおっさんの内心のツッコミや、意外なチートスキルの可能性を感じていただけたでしょうか?


魔王との衝撃的な冒頭のセリフに続き、物語はまず慎一が自身の【総務部長】チートの全貌を把握し、この異世界でいかに自身のスローライフハーレム計画を盤石なものにしていくか、その第一歩を踏み出すところから始まります。


【危機管理】、【交渉術】、【予算管理】、そして【人材配置】といった、ビジネスシーンで培われた彼のスキルが、このファンタジー世界でどのように活用され、周囲の人間や環境を巻き込み、ついには魔王との「業務提携」へと繋がっていくのか──。


この物語が、皆様にとって少しでも非日常の楽しみとなれば、これに勝る喜びはありません。

次回の更新も、どうぞお楽しみに!

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