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6白衣戦線

「何が関係あるんだ。」

私は先生から逃げながら、少しばかりの涙を流した。先生は眉間に皺を寄せてかしこまった表情をしていた。

その時、遠くから看護師の声が聞こえた。見回りの看護師だった。

「もう消灯時間ですよー!」

私は声のする方に視線を向けた。

「まずい。」

先生は私の手をつかんだ。そして、小走りをしてその場から離れた。温かくて大きな手が指先に触れている。私は、涙目からは程遠い気持ちに心が満たされた。

先生は私の手を握ったまま明かりのついた一部屋に入った。そこには、もう一人、男性医師がいた。彼はニコッと笑い先生に近づいた。

「涼〜!どしたの?」

「いや、この子、館内で迷っちゃったみたいで。」

「あぁ〜。そうかそうか。まぁ、座りなって!」

「ありがとうございます。」

よくわからないが、とりあえずお礼を言った。

先生は疲れた、と言いながら向かいの椅子に座った。

「俺、小林っていうの!よろしく!君、名前は?」

「あ、白夜、空音です。」

「空音って空に音って書くやつ?ちょー可愛い!」

小林先生という者は、やけに馴れ馴れしかった。

「悠二。静かにしろ。」

「ごめんごめん!」

二人は親しい関係なのだろうか?

「あの、お二人ってどんなご関係で‥‥?」

「俺ら、研修時代からの仲でさ〜。俺は耳鼻科で涼は循環器内を志望しててね。結局二人とも同じ病院に勤務ってなって。そんな感じ。答えになってる?」

「長い付き合いなんですね。」

小林先生は大きく頷いた。彼は、お笑い芸人かってくらい反応も声量も大きかった。

「涼はこの子知ってんの?」

「担当の子。」

「なるほどね〜!」

陽気な小林先生とは正反対に、先生は大人しかった。

「コイツさ〜無愛想でだんまりしてるでしょー?」

「いや、そんなこと、ないと‥。」

「えぇー!マジー?笑えるんだけど!!」

私は先生の方をちらっと見た。少し頬を赤らめてその顔を手で隠し覆っていた。私はこの瞬間、少しときめいた自分がいたことに気づいた。

「なんか俺のことばっかり話しててつまんないから涼も何か話せよ!」

「えぇ‥うーん。四人家族で歳の離れた妹がいる。好きな食べ物は味噌汁、とか?」

「何か新学期みたいだな!」

「はぁ?お前がやれって言ったんだろー?」

「強制じゃないで〜す!」

私は、クスッと笑ってしまった。

「あ!空音ちゃん笑った!」

「すみません。お二人が面白くて。」

先生は小林先生の腕をふい払い、再び顔を赤らめた。

「笑った方が可愛いよー!てか、君のことも教えてよ!」

「えっと〜。兄弟はいなくてお父さんだけで、あ、4階の一番奥の部屋です。」

「そうなんだ〜。今度行くねー!」

私は愛想笑いをしてそのターンを乗り切った。



「それでさ〜!コイツの注射が下手くそで!」

私たちはしばらく雑談をした。先生は研修医時代、注射を打つのが大の苦手だったらしい。

小林先生は生意気な態度を取りすぎて何度も辞めろと言われたらしい。

そんなことを話しているうちに、二人とも顔を伏せて寝てしまった。

「‥‥‥。」

私は近くにあったクマさんの毛布を二人にかけた。

「はぁ〜。」

私は部屋中に目をやった。ホワイトボードにはたくさんのメモがしてあった。たくさんの医療用語が書かれてあった。そして、気づけば机の上には大量の資料が置かれていた。

この二人は医者。人を救う人なのだ。私は、こんな人を、好きになってしまったのかな。

考えているうちに眠たくなり、私も目を瞑った。



「空音ちゃん!空音ちゃん!」

「うぅ〜ん。」

目が覚めると、フカフカのベッドに寝転んでいた。

「診察の時間だよ〜。」

いつの間にか、朝になっていた。看護師の後ろには、昨日と変わらない先生がいた。

「心音聞かせてね。」

「先生、昨日って、」

先生は私の目を見て首を振った。“何も言うな“という意味合いだろう。

「うん。大丈夫。」

「朝ごはん持ってくるね。」

先生と看護師さんは部屋を出ていった。



「ごちそうさまでした。」

私は自分の足で看護師に食器を持っていった。

そして、点滴スタンドを押しながら、ペンと紙を持って中庭に向かった。今日は何だか気分が上がらない。ズーンと疲れている感じ。

そのままの足で中庭のいつものベンチに腰掛けた。そして、昨日の出来事を思い出した。

確か、みんなで話してた。それで、寝ちゃった。みんなで話した時間は楽しかった。

私は、目の前にある大きな木を眺めた。

もうすぐ、死んじゃうのかなー。

「やっほー。」

「うわっ!」

「そんなびっくり?」

「あ、小林先生?」

「正解〜。何してんの?」

昨日話した先生のお友達の小林先生。本当に医者なのか?ってくらい明るい人だ。

「いつもここで、お絵描きしてるんです。もうやることないんで。」

小林先生は小さなため息をついた。

「あの、質問いいですか?」

「うん、いいよ。」

「朝倉先生の、好きな色って知ってますか‥‥?」

小林先生は不思議そうに私を見つめた。その後、うーんと考え始めた。あれ?そういえば、初めて先生のこと朝倉先生って呼んだなー。

「アイツって結構下の妹がいるのね。確か今5歳とかだったかな。めっちゃ若ママで。だからピンクって言ってたよ。男のくせにピンクとかおもろいよなー!」

「ピンク‥‥ありがとうございます!」

「うん。そろそろ暑いんじゃない?」

小林先生は手の甲を私の額にあてた。先生と違って、冷たい手だった。

「熱くなってきてるね。戻ろう。」

私は小林先生に腕を引っ張られた。点滴スタンドを押しながら、小林先生と病室までの廊下を歩いた。

「あの、ありがとうございます。わざわざこんなとこまで。」

ついに。病室の前までたどり着いた。さすがお医者さんだなーと思った。私自身、今とても暑いのだ。耳鼻咽喉科だろうが関係なかった。

「それじゃあ!」

小林先生は歩きながら手を上げた。そして、向かいからヒョコッと葉那が登場した。

葉那は小林先生を眺めているようだった。

「空音ー!あれ、誰?!めっちゃかっこよくない?」

「あれは、先生のお友達の小林先生。」

葉那は興奮気味に部屋に入った。

「マジであの人の顔どタイプなんだけど!」

「じゃあ、葉那のこと話しておくよ。」

葉那は大きな声で叫んだ。






「ふわぁ〜!」

俺は、いつの間にか寝てしまっていた。机の上に広がる資料を見て現実に戻された気分だ。隣には、頬杖をつきながらうたた寝していた悠二がいた。

そして、前にはぐっすり眠ってしまっている空音がいた。

「空音?病室戻ろ。」

「うぅ〜ん。」

これは、ガチ寝だ。起こそうとしても起きない。

俺は立ち上がり、空音の腕を持ち上げ、自分の肩に回した。そして、足を持ち、おんぶをした。

彼女の点滴スタンドを運びながら、暗い廊下を歩いた。

「空音。ぐっすり眠りなさい。現実を忘れるんだ。」

空音の返事はない。

廊下には、空音の息と、自分の足音だけが響いていた。

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