4病室の外で、君は笑った
ぴぴーーー、ぴーー
「んん‥‥?」
小鳥の鳴き声で目を覚ました。私は軽い身体を起こした。何だか今日は気分がいい。
ベッドのそばに置いてあるスリッパを履いて立ち上がった。そして、窓際に立って窓を開けた。
「ふぅーーーー、はぁ。」
私は大きく深呼吸をした。なんだって今日は、先生とお祭りの日だからだ。私は朝から緊張していた。緊張で起きたといっても過言ではないほどだ。
私は窓を開けたままテレビのリモコンを手に取った。そして、テレビの朝番組をつけた。
『さて!昨夜から始まりました宮古島祭!今夜20時から、宮古島祭の様子を生中継でお送りいたします!』
朝から元気な女性アナウンサーが派手に報道していた。
私が行くのは宮古島祭が始まって2日目。宮古島祭では、最初の3日間と最後の3日間で盛大な花火が打ち上げられる。そのうちの1日を、先生と過ごせるなんて。
考えただけで体が熱くなる。
私はテレビを見るためにソファに腰掛けた。今日のうちは外には出ずにテレビを見ていよう。宮古島祭のことについて詳しく知らなければいけないからね。
本当に、行けるんだなー、としみじみ思う。
コンコンコン
テレビを見ていると、病室の扉が叩かれた。部屋の外からは、首に聴診器を巻いた先生と、佐野さんが入ってきた。
「空音ちゃん、おはようー。いつもの検診するねー。」
今日はいつもに比べて佐野さんが運んでくる重機の量が少ない。回復するって、いいことなんだな、とつくづく思う。
私はソファから立ち上がってベッドに腰掛けた。昨日の昼に、佐野さんがシーツを洗ってくれたおかげで気持ちがいい。
先生の方を見てみると、佐野さんと何やら話していた。いつもと同じ、私に関する医療の話だろう。
二人は毎朝のように私の身体について話している。あ、そういう意味ではないよ?もちろんね。病気のことだからね?
毎度のことなので、会話の内容を理解しようと耳を傾けるが、何を言っているのか、ちんぷんかんぷんだった。私が医者になるのは、頑張っても100年後とかになりそうだ。
二人は会話を終えた。
そして、先生は目の前のパイプ椅子に座った。前を見たら、先生の顔があって驚く。
「はい、それじゃ心音聞くね〜。」
先生は首に巻いていた聴診器を一度外し、耳に近づけた。そして、私の心臓に当てて音を聞いた。
トクン、トクン、トクン
「うん、大丈夫だね。」
先生はそう言いながら再び聴診器を首に巻いた。
「あ、あの、今日のお祭りって、何時に行くんですか?」
私は恥ずかしくなりながらも聞いた。この場でこんなことを聞くのはどうかと思うけど。
すると、先生の横に立っていた佐野さんが少し笑った。私は不思議に思い、次は先生の方を向いた。
「今日はーーー8時くらいかな?」
「はちじ?分かりました!」
先生の隣にいた佐野さんが口を開く。
「楽しみだね〜!」
私は元気よく頷いた。
当たり前じゃん。先生と宮古島祭に行けるなんて、夢のまた夢だと思っていたし。
すると、先生、佐野さん揃ってニコッと笑顔を浮かべた。
「それじゃ!朝ごはん持ってくるね!」
佐野さんは前より少なくなった重機を持って部屋を出ようとした。
「しっかり食べて寝ろよ。」
先生もそれに続いて歩きながら目線だけをこちらに向けて言った。
私はその言葉に何も反応できなかった。
ガチャン
「はぁーー!!!!」
ドサッ!
私は思いきりベッドに寝転がった。先生を前にしただけでこんなにも心臓がはち切れそうなのに、一緒にお祭りなんて、わたし、生きて帰れるかしら‥‥。
「食べ終わったらそのままにしておいてねー!」
私は佐野さんにコクリと頷いた。
ガチャン
「いただきます。」
運ばれてきた朝食を見ながら、手と手を合わせていただきますを言った。
私はお盆になっているメニューを見た。今日の朝食のメニューは、クレープサンド、ペイザインヌスープに
牛乳だ。クレープサンドにはたくさんの野菜が巻かれていた。初めて食べる朝ごはんだった。
「‥‥うん!おいしい!」
私は思わず声に出して美味しいと言った。少し甘味のあるクレープと、塩がかかったしょっぱい野菜が見事にマッチした。これは今までにない発想だった。
ペイザインヌスープには、クレープサンドと同様、多くの野菜が含まれていた。にんじんにジャガイモ、玉ねぎにグリーンピース。私はグリーンピースが大の嫌いだ。しかし、スープに含まれているグリーンピースの味は、案外悪くなかった。むしろ美味しかったと思う。
「ぷはぁ!」
最後に残った牛乳を飲み干した。
「ごちそうさまでした。」
再び手と手を合わせてごちそうさまを言った。
綺麗に食べ終えた食器を重ね合わせた。
父親がよく言っていたことがある。
『きっちり全て食べるんだぞ?あと、食べ終わったものは重ねてくれると助かる。』
私の父親は、現役で看護師をしている。全く別の病院だが。
実の看護師が言うに、食べ終わったものを重ねてもらうと非常に助かるらしい。水につけておくときも、洗う時も何かと都合がいいらしい。
ちなみに、この話は耳にタコができるほど聞いたのでよく記憶に残っている。
私はベッドから立ち上がった。そして、学校から支給されたタブレットを持ってソファに腰掛けた。
特別パスワードをかけていないタブレットの画面を起動した。開いた瞬間にSafariにとんであるものを検索し始めた。それは、
『今日の宮古島祭』
調べなくても過去に調べているので、あっという間に出てくるというのに、私は自分の手で再び調べた。
さっそく宮古島祭のホームページを開くと、一昨年に行われた花火の画像が画面を覆った。
「わぁ、きれい。」
画面越しでも綺麗と伝わるほど綺麗だった。画面越しでこの反応なら、実際に見たらもっとすごいんだろうなと思う。
コンコンコン
「はーい。」
「朝食回収しにきましたー。ん?あれ〜?何見てるの〜?」
佐野さんが、朝食の際に使用した食器を回収しにきた。
「今日の、宮古島祭の詳細です。」
私が答えると、食器を一旦置いてからこちらに向かってきた。
そして画面を見るなり、佐野さんは目を丸くした。
「わぁ〜!綺麗だね!」
「ですよね。」
「そういえばさ!」
「な、なんですか?」
佐野さんは叫ぶように、思い出したように大きな声を出した。私はそれに驚きつつも、質問した。
「空音ちゃんって、先生と祭り行くのって、抵抗ないの?」
「ていこう?」
「うん。普通だったら友達とかと行くんじゃないの?あ!もしかして〜!」
佐野さんの話は展開が早すぎてついていけないことが何度もある。私は頭がぐるぐるしながら必死に話を聞いた。
「先生といれば、何かあった時に助かりますから。」
佐野さんはきっと、私が先生のことを好いていることに薄々気づいていると思う。それがバレたら、何かとめんどくさい。この想いは、私と葉那の中で留めておきたいのだ。
なんて答えるのが正解か分からず、こう答えるしかなかった。
「確かにね〜。ま!楽しんでね!祭り!」
佐野さんは私の肩を叩くなり、立ち上がっておぼんを持った。
病室を出て行こうとする佐野さんに向かって、私は一言言った。
「ありがとうございます!」
「はいよー。」
佐野さんは目線を前に向けたまま直進して部屋を出た。
ガチャン
「はぁ。」
本当に今までの会話が嵐のようだった。佐野さんの話には早くてついていけないよ。
そんなことはおいといて、私は再びタブレットを見た。
今年の宮古島祭はいつもと違うらしい。何が違うかというと、まず一つ目は屋台の数。例年通りにいくと、約30の店舗がオープンされるらしいが、今年はなんと異例の100個の店舗がオープンされるらしい。100店舗なんて、私には想像できない世界だ。本当に楽しみである。
次に違う点といえば、花火の量だ。今年は5000発もの花火が打ち上げられるらしい。本当か?と真偽を疑うほどの数字だ。
今まで花火なんて興味がなく、葉那と屋台を楽しんで終わりが定番だった。
しかし今年は病気ということもあり、5000発ということもあり、いつもより楽しみにしている自分がいる。
私は時計の針を確認した。時刻は9時ジャストであった。あと11時間。時間が進むにつれて、私の心音は速さを増していた。
ガチャン
私は、病室で私服に着替えた。
朝食を食べ終えた後、しばらくソファで寝てしまった。起きた時に時間を確認すると、3時を差していた。随分と寝てしまったなと思いながら起き上がると、机の上にメッセージとお菓子が置いてあった。置き主はどうやら父親のようだった。
ーーーーーーーーーーーーー
そらねへ
今日はお祭り楽しんできてね!お菓子を買ってきたから好きな時に食べてね!
お父さんより
ーーーーーーーーーーーーー
力強い字かつ主張強めな字で書かれていた。いつも思う、なぜ全国の父親は字が濃くて力強いのか。特別力を込めているわけでもないだろう。手紙一枚書くのにそんなにも力がいるか?と思う。
そんなことはどうでもよくて、私は一階のラウンジに向かった。
念の為、点滴を持ちながら。
ナースカウンターの前を通った瞬間、一人の看護師さんがこちらに向かって来た。
「空音ちゃ〜ん!」
すると、聞き覚えのある声が左耳を貫通した。
「あ、どうも。」
私は佐野さんに向かって軽くお辞儀をした。佐野さんは笑顔を浮かべるなり、こちらに近づいてきた。
「今からお祭り〜?」
「は、はい。」
「いいね〜!夏だね〜!一緒に下まで行こっか?」
いつの間にか、佐野さんと会話を交わしていた。下まで一緒に行くよ、と言われて、断れる気持ちが私にはなかった。
「じゃあ、お願いします。」
「おっけ〜!一階だよね?」
私はコクリと頷き、エレベーターの方向に足を向けた。
「あ、あの。」
ピンポーン
「あ、ごめんごめん。」
佐野さんは全ての行動が早く、すでにエレベータのボタンを押していた。私が何かを言いかけた瞬間にエレベータがきてしまったため、佐野さんは謝ったのだ。
私と佐野さんは一緒にエレベータに乗り込んだ。
ピンポーン
「さっき何か言いかけてたよね?なに?」
「あ、いや、なんでもないです。」
本当は、佐野さんは何で私と同じくらい興奮しているんですか?と聞こうと思っていた。
前に聞いた話だと、佐野さんは先生と古くからの友人である。だから、佐野さんにこの質問をするのはどうかと思い、言いかけで終わったのだ。
「そっか。ま、楽しんでね!」
佐野さんはニヤニヤと不吉な笑みを浮かべてきた。私は少しだけ不満な表情をした。
互いに体力尽きたのか、会話のキャッチボールが終わった。今まで話していたのに、パタリと会話が消えた。私は無言のまま、上を向いた。
ピンポーン
「すみません、乗りまーす。」
三階でエレベータが止まり、一人の医師らしき人が乗ってきた。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様です。」
二人は軽い挨拶を交わしていた。三階、ということは精神科医の先生だろうか?
私は疑問に思いながらも、一階に着くのを待った。
ピンポーン
エレベータの扉が閉まり、降下を始めた。
「‥‥。」
さっきまで高テンションだった佐野さんも、流石に落ち着いてくれた。私は一安心した。
佐野さんは、今年から看護師になった。今までおばちゃん看護師が私の担当だったが、今年の4月から佐野さんに変わった。
最初、彼女は私の名前を見て泣き出した。いきなりのことすぎて私は混乱してしまい、ハンカチを渡した。後々聞いた話によると、前夜に空音という同姓同名の弟に嫌いと言われたらしい。
そんな理由で、いきなり患者に対して泣き出して。どんだけこっちが心配したと思ってんだ。
佐野さんは、これまで何度も失敗をしてきた。
例えば、私に飲ませるはずの薬が違っていたり、食事を運びながら盛大に転んだり。
薬を間違えた時は、かなり怒られたようだった。佐野さんは辞めさせられる寸前までいったけど、先生が話をつけて止めてくれたんだって。遠い昔に佐野さんが話してくれた。
先生は、きっと佐野さんと一緒に仕事をしたいから佐野さんを残す決断をしたんだと思う。てか、そうとしか思えない。
私が思うに彼女は将来、宮古島で一番立派な看護師さんになっているだろうな。
なーんてね。私がそんな偉そうなこと言える立場じゃないんだけどね。
ピンポーン
「あ、どうぞ。」
「どうも。」
考え事をしていたら、一階に着いていた。
先に乗ってきた先生が降りた。
「はい、空音ちゃんどーぞ。」
「ありがとうございます。」
佐野さんは扉を押さえててくれた。私はその隙にエレベーターを出た。
ピンポーン
「あっれ〜?涼くんいないの?」
佐野さんは悲しげな声をした。私は、そうですねーと受け流した。
「よいしょ。」
私は近くのソファに腰掛けた。その横に、佐野さんも勢いよく座ってきた。
ふと思うことが一つ、ここは先生と初めて真っ当に話したところでもあり、初めて小林先生と話した場所でとある。
「空音ちゃんは、何で漫画を描くの?」
私は佐野さんの突然の質問に、驚いてしまった。
「え?」
「ほら、私さ、空音ちゃんの漫画見ちゃったでしょ?それからずーっと考えてたの。どうゆう動機で、描こうと思ったんだろうなーって。」
「私が、漫画を描く理由。」
そんなの、ただの単純な理由に過ぎない。漫画を描くことに対して深い意味はない。描きたくてやってるだけ。
でも、心のどこかで、何かを思うはず。何かをやることに対しては必ず理由がある。理由がないものは本気で挑んでいないもののみ。
私は佐野さんに伝えた。
「あ、あぁ!小さい頃に父親が手作り漫画を描いてくれたのがきっかけです!」
臆病者め。
こんなの本心で言ったわけじゃない。心の底から思っていることじゃない。
「そうなんだ。空音ちゃんのお父さんはお仕事何されてるの?」
「看護師。」
「え?!ほんとに?私と同じじゃん!」
佐野さんはキャピキャピと喜んだ。何がそんなに嬉しいんだ。この人の反応を見ているとこちらが疲れてくる。
その後も、二人でたわいのない会話をした。
時刻は八時半を過ぎようとしていた。先生を待っている間、お腹が何度もぐぅと鳴った。夕飯を抜きにしてもらったためだ。
「あの人遅くな〜い?」
佐野さんは大きなあくびをしながら足と足を組んだ。
「あの、来てもらったのにこんな言い方はあれですけど、お仕事などがあるなら戻っても大丈夫ですよ。」
「だね〜。二人が出会う瞬間を見届けたかったけど、8時40分からミーティングがあるし。」
「そうですか。」
佐野さんは優しく頷いてその場に立ち上がった。
「じゃ、頑張って!これ持ってとくね!」
佐野さんは点滴を持って行こうとした。私は遠慮せずに渡してしまった。
「ありがとうございます。」
「いえいえ〜。結果報告してね!」
葉那と全く同じセリフを言っていた。私はしばし驚いてしまった。今思うと、彼女は葉那と似ている部分がたくさんある。元気すぎるところや会話が嵐みたいなところとか。私の性格上、こういう人といると落ち着くのかな。
私は佐野さんに向かって頷いた。
佐野さんは小走りでエレベーターに向かった。
ピンポーン
運良く早く到着した。
「またね!」
佐野さんは扉が閉まるギリギリまで私に手を振ってきた。この人は何をしたいんだ?と思いながら手を振り返した。私が手を振り返す度に、彼女の口角は上がっていく。
何であの人は、ずっと私のそばにいてくれたんだろう。別にラウンジくらい一人でいけるし。
先生まだかな〜。早くお祭り行きたいな〜。
「ごめんごめん〜!遅れた!」
先生が車椅子を押しながら走ってこちらに向かってきた。
「ちょっと遅くないですかぁ?」
「ごめんて〜。でもゆうて20分だよ?」
「20分‥‥。」
「はいはい!ここに乗ってください!」
先生は私に手を差し伸べてきた。
私は無言で先生の手に自分の手を重ねて車椅子に座った。
「おっし!じゃ行くぞ!」
「‥‥ふふ。」
「あれ?何で笑うの?」
「いやぁ〜?何でもないですよ。」
「あー!それ気になるやつ!」
館内から中央出口に出た。外に出た瞬間に湿った夏の風が頬を撫でた。きっと先生も同じ風を感じただろう。
ドンドンドン
遠くから和太鼓の音が聞こえた。
「ここまでよく聞こえるもんだな〜。」
「そうですね。」
先生はゆっくりと車椅子を押していった。私は前を見ていたため、先生の顔を見ることはできなかった。先生はいま、どんな顔をしているの?少しでも笑ってくれてたらいいな。
ドンドンドンドドン!!
和太鼓の音が本格的に聞こえるようになってきた。
病院からお祭り会場まではそこまで離れていなかった。徒歩圏内にあり、歩いて10分ほどで着いてしまう。
先生と話していれば10分なんて数秒のように感じる。そして、あっという間にお祭りの会場に着いた。
「わぁ。」
店と店を繋いで無数の提灯がぶら下がっていた。どこに視線を向けても室内のように明るい。こんなの初めてだ。
「食べてけ食べてけ!!」
「嬢ちゃんいらっしゃーい!!」
奥に進むに連れて、出店の人の声が大きくなっていった。その間に挟まれる和太鼓の音は、耳の細部までよく響いていた。
提灯が灯る石造りの道では、お客さん、店員さん問わず賑わっていた。
「そこの嬢ちゃん!射的やってけな!」
いきなり射的屋のおじちゃんに話しかけられた。私は動揺することなく、はっきりと答えた。
「やりますやります!先生!射的やろ!射的!」
「えー射的ぃー?大丈夫?俺めっちゃ上手いよ?」
「お!彼氏さんも参加ですか!」
か、か、か、か、か、か彼氏?!?!
「そ、そんなんじゃないです!ね?!」
「いやぁ〜、おじさんの言う通りっすね。」
‥‥へ?先生何言ってんの?!
「嬢ちゃんは射的できるかな〜?ささ!どーぞ!」
私と先生は各自一丁ずつ射的銃をもらった。
混乱しつつも先生の方を見ると、いつのまにか私の車椅子から手を離して狙いを定めていた。
パァン!
「あっれ〜?当たんないなー。」
その横顔は、綺麗すぎて私には勿体なかった。
私が、こんなに幸せな思いをしていいのかな。
私も先生に続いて射的銃を構えた。狙いを定めて商品をゲットしてやる。
ここだ!
パン!バタン!
「あ、当たった。先生!見て見て!当たった!」
私は見事に商品を当てたのだ。
「嬢ちゃんすげぇなぁ!おまけに弾二つ追加!」
「ありがとうございます!」
私は再び射的銃を構えた。
パァン!パァン!パン!
「わ!見て見た!また当たった!」
「クソッ、何で当たんないんだよ!」
私はいつの間にか車椅子から身を乗り出し、次々と商品を当てていっていた。
「嬢ちゃんほんとに上手いな〜!やったことあるのかいな?」
「お祭り以外でやったことないです。」
「おぉ〜そうか!才能だ才能!ほれ、彼氏くんを見てみろ。」
先生は‥‥驚くほど下手だった。
「‥‥もう行くぞ!」
私は、ほぼ強制的に次の屋台に行かされた。
「あ、ありがとうございました!」
「気ぃつけろよー!」
屋台のおじちゃんに感謝を伝えてその場を去った。去られた?どちらでもいっか。
「先生って意外と、ぷぷっ、すみません笑」
私は揶揄うように先生を見た。
「何だその笑いは!もう怒った!」
こんなにも幼い喧嘩が楽しいなんて。私は先生と会話をしているだけで幸せになれる。なーんて、重すぎるかな。
チラチラと何回も先生の方に顔をやると、その度にムスッと怒っていた。私は対照に口角を上げた。
「はぁ、プライドが‥‥てか、もうすぐ花火だね。」
「そうです‥‥はぁ、はぁ、はぁ、あれ?」
先生との会話途中、何度か息切れはあった。しかし、今回のは何かが違った。
苦しくて、死にそうになるような突然の発作に襲われた。いきなり大きな声を出して興奮してしまったせいか、体が追いつかないでいた。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
「少し休むか?」
「はい。」
先生は車椅子を少し早く動かして私を端の方に連れて行った。そして、どこからか聴診器を取り出した。
「‥‥少し早いね。このままだと疲れちゃうから戻ったほうがいいかもね。」
「え、でも」
「花火を見たいのは分かる。だけど、これは医師として君を思っての判断だ。分かってくれ。」
先生は車椅子に座っている私に目線を合わせて言った。私は今にでも溢れ出そうな涙を必死に堪えた。
少し間をおいて、コクリと頷いた。
「しょうがないんだ。」
先生は私を褒めながら車椅子を押し出した。
「また、来よう。」
そう言いながら私の頭をグシャグシャと掻き回した。
「へへっ。ありがとうございます。」
私の心音が少し早いだけで、病院に戻ることになった。なんで、少しくらい無理したっていいじゃない。
これから花火を見るはずなのに、どうしていつもこうかな。
病気のせいで、いつも私は周りより遅れをとっていた。幸せの数をみんなより知らない。だから、私なりに楽しむしかないのに。それを意図的に邪魔する心臓病。
ドーン、ドーン
太鼓の音が徐々に遠くなっていくのを全身で感じた。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
ここに留まりたい。でも、そんな思いも束の間。息苦しさが私を襲った。
「もう着くからね。」
道中、先生は何度も私のことを励ましてくれた。
とっても優しい人。お祭りに行きたいという一患者の願いをサラッと叶えてしまう人。こんな人は、今まで出会ったことない。私が病気になっていなければ、出会うことはなかっただろう。
「ゴホッ、ゴホッ。」
今度は咳も止まらなくなってきた。胸が急激に苦しくなり、今にも意識を失いそうだった。
「せん‥‥せい。」
「空音?そらね?!」
先生の空音と呼ぶ声とともに、車椅子はスピードを増していった。
絶対に意識を失うまい。と、思った。
これ以上先生に迷惑なんてかけられない。
「だい、じょうぶです。何とか、治ってきました。」
「しっかり呼吸するんだ。」
先生は焦っているようだった。そうだよね。心臓病の人間が、今にも意識を失いそうなんだから。
ウィーン
私は必死に呼吸を繰り返していると、病院の入り口の扉が開いたことに気づいた。
「ごめんね急いじゃって。少し見せて。」
先生は車椅子をラウンジのソファーの側にもってきた。ここは、最初に先生と約束した場所だ。さっきまでここにいたはずなのに、また戻ってきちゃった。
賑やかな雰囲気からガラリと一変してしまった。それと同時に、呼吸も治っていった。ほんとタイミングが悪い。
先生は少し目を見開いたまま聴診器を取り出して私の胸に当てた。
トクン、トクン、トクン
いつもと変わらない心音だった。
「落ち着いてきたね。よかった。」
「‥‥はい。あの、お祭りに、戻っちゃだめですか。」
よかないよ。このまま部屋に戻って終わりだなんて。今日は先生と5000発の花火を見るためにお祭りに行ったのに。
「これで戻ってまた呼吸が乱れたら空音が危ない。ここは、戻った方がいい。仕方ないんだ。」
仕方ない。
便利な言葉よね。
仕方ないっていえば相手も納得せざるおえないし。私が花火を見れることなんて、今年が最後かもしれない。一応寿命は20まで。でも、そんなの分からない。先生はもしかしたら寿命が縮まるかもって。医師免許を持っている人間が言うなら間違いない。
私は車椅子の手持ちのところを強く握りしめた。
「もう‥‥いいです。部屋に戻ります。」
「分かった。」
先生はその場を立ってエレベーターのボタンを押した。私は下を向いたまま、エレベーターが開くのを待った。
ピンポーン
先生は車椅子の固定装置を外してエレベーターの方に向かって押した。
先生が車椅子を押してくれている。
しかし、私はその手をどけた。
「自分で戻ります。今日はありがとうございました。」
先生の方を向かないまま、一人エレベーターに乗り込んだ。
「それじゃ、よく寝てね。」
ガチャン
私は何も返答することはなかった。
エレベーターには私一人。
その瞬間に、孤独感が広がっていくのを感じた。
孤独には慣れているはずなのに、苦しい。
病気って分かったときは、学校に行けないとか、葉那に会えないとか思った。でも、入院日数を蓄積していくうちに孤独という世界観に慣れていった。
朝に検診を受けて昼ごはんを食べて夜ご飯を食べて寝る。これだけこなしていれば、誰も何も言わない。誰も怒らない。
学校では課題をサボれば怒られる。他校と問題を起こせばキツく怒られる。でも、分からなかった問題が解ければたくさん褒めてくれた。体育祭で活躍すればクラスメイトが私をリスペクトした。
病院では、怒られることも褒められることもない。生活をしていれば何も言われない。
それが″孤独”ということ。
どちらの生活がいいかは、人それぞれである。
ピンポーン
上を見上げると、4階のランプが点灯した。
私は車椅子を自力で押しながら降りた。すんでのところで扉は閉まった。
私の入院している病院では、どの階もエレベータを降りればナースカウンターがある。4階も同様である。
ナースカウンターに目を向けると、誰もいなかった。
そういえば、会議?があるって言ってたっけ。
そんなのどーでもいい。興味ない。
廊下は、誰もいなかった。みんな寝ているのか。
うちの病院の消灯時間は他の病院に比べておそらく早い。比べたことがないから分からないけれど。
それにしても、階の一番奥に自分の部屋があるのってのは大変だな。いいことゼロすぎて無理。
ガラガラガラ
部屋を開けた途端、涼しい風が私を迎えた。出る前にはエアコンを消したはずなのに。きっと、佐野さんが気を利かせてくれてつけてくれたんだろう。
「はぁ。」
一呼吸ついて車椅子から降りた。
私は窓際に両手をついて空を見上げた。
ドンドンドン
遠くから聞こえる微かな太鼓の音に余韻が引きずられる。真夏の空を色鮮やかにしてくれる音だった。
なんでかな。なんでかな。
「あぁ、もう。」
頬につたっていく涙を感じて独り言のように呟いた。別に泣くことなんてないのに。これまで泣く要素なんて一つもなかったのに。
太鼓の音が鳴ると同時に比例して涙の量も増えていく。
私は運が悪い。いつもタイミングが悪い。その度に泣いて終わり。
私の人生は、いつもそうだったな。弱虫め。
涙の量は減ることなく頬を濡らし続けた。
ガチャ
「へ?」
すると、病室の扉が開いた。
ここまで来る足音も聞こえずに、無音のまま部屋現れた。病室の廊下では、昼夜問わず足音がよく響く。そのせいで寝不足に陥ることも度々ある。
しかし、先生は一切の音を立てないでこちらにやってきたのだ。かつて忍びをやっていたのか?と意味のわからない憶測をするまで。
「まだ起きてる?」
それは、見慣れた白衣を身に纏っていた先生だった。
「な、なんですか?」
私は泣き声を上げながら答えた。
「ちょっと着いてきてよ。」
先生はズカズカと私の部屋に入ってきては左手を握って部屋を出た。
「え、ちょっとなんですか?!」
泣いたせいで声が掠れて鼻声になる。
私は小声で喋りかけながら先生の手を握りながらついていった。
廊下はもちろん二人だけ。私と先生の手が優しく触れていた。
「ちょっと!」
「しー。」
私が何度も話しかけると、先生は人差し指を当ててこちらを見た。
その姿に私は見惚れた。
少しずつ歩く早さを増していく先生の背中を見て、着いていってみてもいいかも、と思った。
目的は何か分からない。私たちは互いに素っ気ない態度をとって会話が終わっていた。
もう寝るだけかと思っていたのに。先生はまた私に期待をさせる。期待しても何もない。
歩いた先にたどり着いた場所は、私がいつも漫画を書いている大広場だった。見慣れている景色が私の視界を覆った。
「ここ、座って。」
私は先生に指示されるがままソファに腰掛けた。それと同時に先生も座った。
「何でこんなとこに?」
「まぁまぁ、見てて。」
私は先生の方を見て言っているのに、先生はこちらを見ずにただ前を向いていた。
目の前には大きな窓があり、外の様子が容易に確認できる。
こんなところに来て、何を話すんだ?
「あ、あの」
私は先生に話しかけようとした。でも、その声は窓の外の景色に広がる大きな花火によってかき消された。
パァン!パァン!パァン!
思わず見惚れて窓を見た。
パァン!パァァン!
次々と上がる花火たち。真夏の暗闇の空に色彩をもたらした。
これが、ニュースキャスターが言っていたいつもと違う宮古島祭か。納得できてしまう。
思考を回転させる時間さえ与えることなく、花火は止まらず上がり続けた。
「連れてきてよかった。」
ポツリと横に座っている先生が呟いた。
私は先生の方に顔を向けた。先生は少し笑って花火を見ていた。その横顔は何だか儚く見えた。
その顔を見たら、先生がなぜ私をここに連れてきてくれたのか分かる気がした。
「ん?」
「何でもないです。」
この、何気ない会話がどれだけ私の救いになっているか。
パァン!パァン!パァン!
「先生。」
「なに?」
「‥‥来年も、一緒に見てくれますか?」
「うん。もちろん。」
パァァァァァァァァン!!!!
フィナーレの花火が空を飾った。四方八方に飛び散る花火。
「‥‥終わりましたね。」
「うん。」
ついに全ての花火が打ち上げられたようだった。花火といものは、面影を残すことなく鮮やかに散っていく。空は再び暗闇に戻った。
しばらく、私たちの間では沈黙が続いた。
「あの!」
「そら、あ、ごめん。先どうぞ。」
私と先生は話し始めるタイミングが被った。先生が先を譲ってくれたせいで、何をいうか忘れてしまった。もう何でもいい、何か言え!
「は、花火終わりましたし、そろそろ戻りますね。」
また弱虫が。
こんなこと伝えたくもなんともない。
本当はまだ、先生と一緒にいたい。
私は立ち上がり、先生にお辞儀をした。先生の顔を見ることはなく、頭を上げながら足の向きを病室に向けた。
薄情者。意志の弱いヤツめ。
そして、歩き出そうとした。
が、その瞬間、右手に温もりを感じた。
ふと目をやると、先生が私の手を握っていたのだ。
「先、生?」
先生は下を見たまま、何も言わなかった。