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15未来は繋がれていく

車窓の流れが自分が思っていた以上に早く進んだ。瞬きをする間に見覚えのある場所についた。

「ありがとうございます。葉那ちゃん?着きましたよ。」

「あ、はい。」

私は先にタクシーを降りた。ふとタクシー内を見てみると、小林がタクシー代を支払っていた。

「ちょうどお預かりいたしまーす。ありがとうございましたー。」

続けて二人が降りたので、私は一歩後ろに下がった。

扉が閉まると、タクシーはものすごい勢いで右折して大型バスの後ろについて走っていった。私にはそれを目で追う暇さえなかった。

後ろを振り向いて、その建物を見上げた。

「行きますよ。葉那ちゃん?葉〜那ちゃん!」

「あ、あぁ。」

小林に名前を何度も言われようが、私は反応できなかった。今は自分の名前をも忘れてしまうような恐怖に襲われている。さささ

自動ドアを通り抜けたら涼しい風が頬を撫でた。エアコンが効いた部屋は見事に優勝。発汗性が強い私には丁度よかった。

見覚えがありすぎるここの風景に、思わず私は下を向いた。下を向いても同じだ。ここに来るといつも下を向いて歩いていたから、記憶が鮮明である。

一度息を吐いても、何度も深呼吸をしても呼吸の乱れは治らなかった。

「はぁ、はぁ、はぁ。」

「葉那ちゃん?」

その度に、小林が背中をさすって私の名前を呼ぶ。

「大丈夫です。すみません。」

小林は私の呼吸の乱れが治っても、背中をさすり続けてくれた。その手があるだけで、どんなに幸せだったことか。幸せというより、安心。もっとこうしていたいという欲も強まっていく。

私は小林の顔を見ると、必ず目が合うので思わず逸らしてしまう。それを見ると、優しく微笑む。そんな顔の小林が、私は自分の心が満たされていく気がした。空音が死んだ心の穴が、ぽっかり空いたままにはならないような気がした。

ふと朝倉を見ると、エレベータのボタンを押していた。そして、腕を組んで階の点灯の様子を見ていた。彼は身長が高いからそれだけで迫力があった。


ピンポーン


『上は参ります』

アナウンスがなり、私たちはエレベータに乗り込んだ。その間もずっと、背中には温もりがあった。

どんな隙間時間でもこの手がなくなれば私はその場に崩れ落ちてしまうだろう。私が今立てているのは、小林のおかげだ。

今は恥ずかしくて言えないけど、もう少し時が経って彼と会う時があったらお礼を言おう。

エレベーターの扉が閉まり、室内は3人だけとなった。この3人の共通話といえば空音である。しかし、彼女は死んでしまったため、何も話すことがない。沈黙だけが私たちを支配したのだ。


ピンポーン


『4階、4階です』

聞き慣れてしまったこの女の人の声に、私は僅かな恐怖を感じた。

走り抜けるようにエレベーターを降りた。

「葉那ちゃん!こんにちわ。」

「どうも。」

ここは降りた瞬間からナースカウンターがある。ナースカウンターがあるまでここが空音の入院していた病院だなんて、認めたくなかったのに。空音の担当という女が私に向かって挨拶をしてきたのだ。

「あ、朝倉先生と、小林先生。お疲れ様です。」

彼女は私に対しての態度を180度変えて二人に話しかけた。

二人はコクリと頷くだけだった。

「あの、ここに何の用が‥‥」

私は朝倉に話しかけた。

「空音ちゃんの部屋に少し不思議なものがあって、お友達の葉那ちゃんに見て欲しくて。」

「はぁ。」

空音の病室に、不思議なもの?

気になる!見てみたい!という感覚から、泣き崩れてしまう、辛くて空音の病室なんて入れない、という幅広い感覚に襲われた。

朝倉が早歩きで空音の部屋に向かい始めたので、私は少し小走りで彼を追いかけた。小林は歩幅が大きいので歩きで私に追いついてしまう。

「不思議なものってなに?てか歩くの早いんだけど。」

「いいから見てほしいんだ。」

朝倉は見て欲しいとの一点張りで他に何も情報を共有してくれなかった。

めんどくさい奴だ。どいつもこいつも事を長引かせすぎだと思う。

ていうか、こいつ(朝倉涼)の歩くスピードが常人じゃなさすぎてビビるんですけど。

「おし着いた〜あれ?」

「あんたね、もう少し歩くの遅めてくれないかねぇ。」

「えーめんごめんご。」

朝倉は私に向かって謝りながら部屋のスライド扉を開けた。

「で、見てほしいものって‥‥」

私は思うがままに朝倉に着いてきてしまったため死人の病室に入るという覚悟が出来ていなかった。

空音の病室の本棚に収納されていた大量の漫画は、スッキリ綺麗になくなっていた。ベッドのシーツも歪みなく敷かれており、ただ枕が二つなくなっていた。

まるで新居のようになってしまった部屋に、私は平常心を保っていられなかった。

「漫画は?漫画はどこにやったのさ?!」

私は本棚にしがみついて叫んだ。

彼女の生きがいでもあった漫画を、いとも簡単になくしてしまうなんて。

「漫画は‥‥どこにやったのか教えろよ!」

私は背後にいた朝倉の胸ぐらを掴んだ。これまでにない力で。目には涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうなのを肌身で感じた。

「葉那ちゃ」

「黙れっ!どこにやったのかって聞いてんだよ!」

「‥‥。」

朝倉は微動だにせずに、ただ俯いていた。

私はその姿にさらに苛立った。

「下ばかり向いてないで答えろ!」


ガチャン!


「どうしたの?!」

私の大声で、空音の担当看護師が駆けつけてきた。本当にここの病院の奴らは、全員めんどくさい集団だ。

もう誰かに見られたっていい。思うこと全部言ってやるぜクソ野郎どもが。

「空音はね、ここにある漫画が全てだったんだよ。彼女にとって漫画っていうのは、人生そのものだったんだよ。空音が言ってた。漫画の一コマに込めた想いは、千の言葉よりも強いって。」

「葉那ちゃん、一回、落ち着いて。」

「親友が死んで落ち着けるわけないだろ!」

「葉那!人に当たるな!ここは病院だぞ!」

私が大声を出した瞬間、次に小林が大声を出した。いつもは敬語口調の彼だったが、怒鳴る瞬間だけタメ口調になった。大声を出した驚きというよりも、彼がタメ口調を使うということに驚いた。

私は胸ぐらの手を離して、小林を睨みつけた。

「あんたはなんなんださっきから。」

「人に当たったって空音ちゃんは帰ってこないぞ。こんなの彼女も誰も望んでいない。」

「お前が空音を語るな!」

私は小林の肩を押して壁に追いやった。そして、勢いよく部屋を出た。


トコトコトコトコ


「はぁ。止まれ止まれ止まれ。」

廊下を歩いている最中、抑えていた涙が大量に溢れ出てきた。

「クソが。止まれ。」

私は両手で目を抑えながら歩き続けた。

「あ、すみません。」

度々人に当たり、その度に頭を軽く下げて謝る。

「あの子、大丈夫かな?」

周りからの視線が痛い。特に爺婆の声が大きくて院内に響いている。

涙を隠そうとしても隠しきれないほどの量の涙なので、もうどうしようもできなかった。

とりあえず、人目がないところに行かないと。こんなことで泣いている姿を見られたくないから。

どこだ、私は4階以外知らない。4階以外に用がないからだ。

どこに行けば人気が少なくなる?分からない分からない。

一旦、ここの階に留まることだけは避けたい。

私はエレベーターの方、一直線に走って行き、下降ボタンを連打した。


カチカチカチカチ


運良く、押した瞬間に扉が開いて乗ることができた。必要ない幸運が重なったのか、エレベーター内には誰もいなかった。

『ドアが閉まります。ご注意ください』

この女の声ももう二度と聞きたくない。

私の両手は目元から鼓膜に素早く移動した。

「早く着け早く着け早く着け。」


ピンポーン


『1階、1階です』

私は扉を剥がすように押して勢いよく降りた。

そのままの足で出入り口に行かず、真反対の裏口の扉の方に走って行った。

私はここの病院で働いている人間でも、ここの警備員でもない。ただの見舞い人なのだ。

そんな人間が、ここの病院の構造を知るわけがない。が、あえてそんな人が病院内を歩き回ってみてもいいかもしれない。

私は枯葉の絨毯が敷かれている中庭のようなところに辿り着いた。

私の息は荒れているが、心は少しずつ落ち着きを取り戻していた。

今日は肌寒いからか、誰もいなかった。

ラッキー。

自動扉を通り抜けた。

まず目に入ったのは大きな木。こんなに大きな木、私の学校や庭にはない。初めて見る。

心は落ち着いてきたが、次は走った疲労で座りたくなった。椅子はどこだ。

大きな木の目の前には、茶色塗りされたベンチがあった。

またまたラッキー。

私はベンチに腰掛けた。

「はぁぁぁぁ。」

勢いよく座ったせいで、腰と尻が痛くなる。

でも、いまはそんなのどうでも良かった。

「‥‥空音〜。」

上を見上げて空音と呼びかけてみる。

この木は、なんていう木なんだろ。夏になったら緑が生い茂ってさらに大きな木が出来るんだろうな。

今は冬だから、ただの枝みたいになってるけど。

思っていることとしては、このベンチは非常に座り心地が良かった。

なんていうか、誰かに何度も使われていて愛情を感じるというか。長年置かれていて愛されているベンチなんだなと思う。

視線を右にやっても左にやっても人が来る気配はなかった。

私って、ほんとになにやってんだろ。

勝手に怒鳴って勝手に出ていって。何がしたいんだろう私って。

あぁ、また涙が出そうになる。たったさっき止めたばかりなのに。これで泣いたら明日の顔は大変なことになってしまう。

「泣くな。絶対に泣くな。」

私は誰もいないことをいいことに少し大きな声で自分に声かけた。



『葉那はさ、将来何になりたいの?』

『何急に。』

『いいじゃーん教えてよ!』

『えぇ、私は、空音の漫画編集者になりたいな。うちらの漫画でみんなを元気づけるの!』

『なにそれ。』

『自分で聞いといてなんだよ!』

『冗談冗談。そうしよ!うちらは二人いてこその最強だからね!』



「やっぱり、ダメだな。」

涙を抑え切るなんてやっぱりできる訳がない。

もう、吹っ切れてやる。

「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

私はこれまでにない大きな声で泣き叫んだ。人間からこんな声が出るなんて驚いた。

誰もいないからできること。

今だけは自分を押さえ込まずに、泣こう。

私の中叫び声が、止むことはなかった。



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