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14親友にも秘密はある

裏には空音よりと書いてある。あの子が手紙だなんてやる性分だとは思えなかった。

学校では全員からうるさい人認定されていたし、思い入れとか余韻とかがほとんどない人でもあった。

いつの日かもう朧げだが、空音は何度も他校の奴らと喧嘩騒動を起こしていた。



『葉那〜!早く帰ろ〜!』

私はポニーテールが派手に揺れている空音を目にした。

『今日居酒屋行かね?』

『待ってありすぎる!』

私たちは放課後になると真っ直ぐ家に帰る訳がなく、とりあえずどこかに遊びに行っていた。よく行っていたのはカラオケと私の家の居酒屋。初めて会った時に空音のコミュ力が高すぎた故に、私の両親が随分と空音のことを気に入ってしまったのだ。そのため、両親は私に空音をうちに連れてきていいぞと口酸っぱく言っていた。この言葉をもう何度聞いたことか。

だから、私はお構いなく何度も何度も多岐にわたって空音を居酒屋に連れてきていた。その度に空音は明るく笑い転げて楽しんでくれた。

空音にとって居酒屋は第二の家のようだった。


カランカラン


『ただいま〜。』

私は厨房に立っている父親に挨拶をした。暖簾を越えて空音と共に中に入った。

確か、この日は夏だったかな。八月の終わりに差し掛かっていた頃だった。もちろん宿題なんて一つも終わっていない。お互いやる気なんてこれっぽっちもなかった。

私たちはただ純粋に今を楽しんでいたかっただけ。

『どれにする?』

『とりまいつものやつでしょ?』

空音がいう″いつものやつ”とは、枝豆、焼き鳥5食盛り、コーラの3セットだ。私たちはまず最初にこれを頼む。

『すいませーん!』

『はーい。あら〜!空音ちゃんじゃな〜い!』

母親は空音の存在に気づき、いつも客と接する顔ではないまた別の何かの顔になっていた。態度が表に出過ぎている気がする。まぁ空音のことが好きなら仕方ないか。

『二人とも、いつものやつでいい?』

『さっすがお母さん!それでお願い!マジで腹減ってるからさ〜。』

『なんでそんなに空いてるの?お弁当は食べたの?』

『食べたけどさ〜。私はいつどこでも腹が減ってるの!』

二人はいつも私のことを置いてけぼりにして会話を進めている。母親は娘である私より空音に対して娘感を出していた。これが意気投合というものなんだろう。

『はいはいいいから注文お願いします。』

『また拗ねちゃって〜!ごめんね空音ちゃん。』

『いえいえ!』

母親は空音と謎のハイタッチをしてその場を去っていった。

何で二人はこんなに仲がいいんだ?友達として悔しいくらいだ。

『そういえばさ‥‥』

『あっれ〜?空音じゃね?』

空音が話始めようとした瞬間、3人の男子高校生らしき人が空音に近づいてきた。

私は頬杖をつきながら3人のことをキョトンと見つめていた。

『だれ?』

私は空音に向かって言った。すると、彼女はめんどくさそうに立ち上がった。

『何しにきたの?まさかつけてきた?』

『はっは!せ〜か〜い!この間はよくもやってくれたな?』

この間は?いったい何の話をしているんだ?

立ち上がった空音を見ると、腕と腕を組んで仁王立ちをしていた。彼女は抵抗することなく3人に挑んでいた。横顔だったから確信はないが、多分相手をものすごく睨みつけていたと思う。

『用がないなら帰ってもらっていい?』

『何だぁその偉そうな態度は?』

『‥‥言うことを聞けって言ってんだろうがよ!』

『うわっ!』

空音は相手に次の一言を言わせる間もなく肩と腕を押さえつけた。

少し激しい音がしたので、周りの客が一斉にこちらを見た。全客の視線が空音にいった。空音はその視線に気づいたのか、抑えていた力を弱めて力強く押した。


ガシャン!


3人のうちの押さえつけられていた高校生が他の卓に腰あたりをぶつけてしまった。

『いってぇ!何すんだよボケ!』

その男は空音に向かって拳を向けて殴りかかろうとした。

空音は瞬時に私の前に立ちその男の拳を止めた。

『しつこいんだよ!』

『こらこらこら!何してんの?!そうゆうのは外でやってちょうだい!』

空音が反撃しようとしたその時、私の父親が仲介役として間に入ってきた。

すると、男子高校生は空音の手を離してスタスタと出口向かって歩いていった。

『覚えてろよ!』

連れの二人とそれに続いて歩いて出ていってしまった。

私は今の出来事が理解できなかった。

空音に視線をやると、男子高校生がぶつけた卓の人とどうやら話していた。

『本当に申し訳ありません。この飲み物は私が払わせていただきます。』

空音は謝罪の意を示していた。



後々聞いた話によると、空音は学校帰りにいじめられていた老婆と遭遇した。いじめていたのは先ほどの男子高校生3人。空音が老婆を助けようと男子高校生を軽くビンタしたという。

そこから喧嘩に発展した。

本当につまらない話だ。

この話を聞くまで、空音がそんな人間だなんて思っていなかった。少し雑な生活を送っていたが、人を殴るなんてことはしていなかったと思うけど。

本人はこの出来事を武勇伝としている。

「ふん。」

私は息を吐くように小さく笑った。

空音は入院前は弾けるような明るさで周囲を笑顔にしていた。私は金魚の糞のようにそれにくっついていた。でも、それが苦ではなかったしお互いに仲良くなりたいと思っていた相手だったから楽しかった。

空音は、入院前と入院後で性格がガラリと変わった。根暗い性格になってしまい、一緒にいても笑うことが少なくなった。私が笑わせている感じ。

正直いうといつもだったら面白いことも面白いと感じなくなっているのだろう。空音の表情を見ていればすぐに分かる。目元のクマは悪化していて顔も痩せ細って。見ているだけで目を背けたくなった。見続けたら呪われそうまで思ったこともあった。

そんな空音の姿を見たくなくて見舞いにもしばらく行かなくなった時期があった。その間彼女が思っていたことは分からない。聞きたくない。きっと私を悪者と思っているから。

すると、空音のお父さんが私の居酒屋まで来て私と話をしようとした。


『あの子の友達は葉那ちゃんしかいないんだ。』


お父さんはそれだけ言って店を去った。私の反応を聞かずにサッと立ち上がりサッと店を出た。

空音のお父さんが来るということは空音のことを話すことは分かっていたが、何を言われるかなんて分からなかった。

そんなこと言ったって、私が辛いだけ。空音の顔を見ただけで吐き気がするの、頭がズキズキと痛くなるの、胸がキューって苦しくなるの。

もちろん入院前はそんなことなかった。

元気はつらつで苦しいことなんて一ミリも感じさせない彼女は、私の生き甲斐だった。

元気な子が近くにいるだけで自分の思考回路も同じように形成される。

周りに影響力を与えられる空音は、私の背中をいつでも強く蹴り飛ばしてくれる親友だった。

そんな彼女は、もう二度と会えない話せない人となってしまった。

話せない。

祖父が死んだ時よりも悔しみが強い。

もっとたくさん話せてれば、もっとたくさん空音のことを知れていれば。

毎晩自分を責めては泣いていた。泣いたって空音は戻ってこない。死んだ命は生き返らない。

クソがクソが。

なんていっつも私は運が悪いのかな。親友を亡くすなんて、神様なんていい奴じゃない。ただ人間をいじめて高みの見物をしているだけのヤツだ。

世界には70億を超える人口がいるのに、そのうちの何人かの人の中に空音が選ばれた。もちろん彼女が志願したわけじゃない。

だから何で空音だけなんだよ!

他のその辺の通行人でいいじゃないか!

何なら空音と喧嘩したあいつらでいいじゃないか!

武勇伝が何だ。空音はこれからの人なのに‥‥。なぜ彼女が病気にならなきゃいけなかったんだ。

「はぁ。」

少し、感情的になってしまった。

自分の中で怒りを収めようと深呼吸をした。この怒りを他の人に当てたところで空音は帰ってこない。意味のない行動は今はやる気が起きない。

空音の意味のわからない武勇伝なんて誰も興味ない。聞いたって頭が良くなるわけじゃない。足が早くなるわけじゃない。

でも、私はこの話が好きだった。

空音の気の強さと思いやりが重なった瞬間なんだなと思うばかりだ。

そういえば、何で急に空音の武勇伝ことを思い出したのだろう。他にもいい思い出はたくさんあるはずだけどな。

私は考え込みながら再び手紙に目をやった。

純白な封筒に『葉那へ』と小さく書かれていた。その字は今にも浮かび上がってきて息をしそう。

って。なにポエマーになってるんだ自分。空音が死んでからいつもこうだ。感情的になりすぎてる。落ち着かないと。空音の葬式に恥じぬように。

空音のお父さんの思い通りこれは手紙だと思う。もうそんな雰囲気が漂っていた。

「‥‥。」

私は中身を開けようとテープを剥がそうとした。


ビリビリ


封筒を開けて中身の紙を取り出した。紙は二つに山折にされており、同じものが二つあった。

これが、空音からの手紙か?私はまじまじと見てしまった。どんなことが書いてあるんだろう。内容次第によっては空音の遺影にデコピンをしてやろう。

手紙を見る前から緊張が止まらずにいた。ものすごく内容が気になるけど、それ以前に内容が怖くて怖くて仕方ないのだ。まず確定で泣く。本当にそれは確定事項。

私は意を決して山折の手紙を開いた。紙を開く音が耳をいつも以上に刺激した。

中身がチラッと見える。


『葉那へ。


お元気ですか?


バサッ!


私は瞬間的に手紙を閉じた。そして前を向いて視界から手紙を消し去った。

何だこの人間のような本能は。別に脳が刺激したわけじゃない。体が勝手に手紙を閉じたんだ。

私は不思議でたまらない気持ちになった。それと同時に、手紙の中身の文字を少し読んだだけで、私の頬は涙によって濡らされていたことに気づいた。

空音の書体は耽美で読みやすい。いつもノートを写させてもらっているけど、毎回ノートの終わりに先生からの一言で褒め言葉が必ずといっていいほど書かれている。私の家は居酒屋だからか字が丁寧な人がいない。祖父母もその上の代も同じように書いた字が読みにくい。店が忙しいからって全てを適当にやってしまう性格からだろう。

私は空音の字をよく知っている。誰よりも知っている。何でこんなに綺麗なのかなと分析したこともあるくらいだ。でも、それは内緒だ。

「はぁ、はぁ、はぁ。」

私は涙が止まらず溢れ続けた。

“お元気ですか“の一文だけで、こんなにもの破壊力があるだなんて、私は知るよしもなかった。

涙が止めることなんて今の私には不可能だった。いつもだったら人に対してこんなに感情的にならない。涙を流すこともない。

私は小さく声を上げて泣き始めた。

すると、徐々に周りの人が気づき始めたのか視線を感じるようになった。特に、少し前に座っている同級生達の視線が痛い。

恥ずかしい。

こんな場で一人で泣いているだなんて。人間の恥だ。

「ひっく、ひっく。」

私は手の甲で何度も涙を拭った。拭ったところで頬は濡れたまま。

「まぁ、葉那って空音と仲良かったからね。」

「大丈夫かな?話しかけに行った方がいい?」

「いやいやいや、今行っても無視られるだけだよ。」

「てかちょっと泣きすぎじゃない?もう少し静かに泣かないかな〜。」

うるさい奴らめ。全部聞こえてるんだよ馬鹿野郎が。お前らもう少し小声で話せないのか。

「な、なんなのよあんた!」

まだ何かゴタゴタ言っている。声が大きい。今はあまり大きな声で喋らないでくれ。耳障りな人たちだ。


「大丈夫ですか?」


「へ?あぁ、小林さん。」

耳元で頬を撫でるような声がした。目を向けると、小林がいた。眉を寄せて優しく微笑んでいた。

そして背中を撫でながら私の横の椅子に腰掛けた。

「あの子達、同じクラスの子ですか?」

私は何度も首を縦に振った。

「うざいわー。コソコソ喋るなら家で寝てろ。」

小林は独り言なのか、あの子達に向かって言ってるのか、分からないような言葉を発した。

その間も背中に温もりを感じた。縦に沿って丁寧に撫でてくれる。私は、こんなに温かい手を、感じたことがない。

「みなさん!もうそろそろ始めますので!こちらにお願いします!」

誰かの声が指揮をとっていた。空音のお父さんっぽい声がした。

私はうつ伏せになったまま鼻を啜った。横に人の足音を感じながら。

「は、はなちゃん?」

すると、誰かが私の名前を呼んだ。

「あ、あぁ、分かった。」

その男性は何かを承諾してトコトコと歩いて行ってしまった。私はただひたすらにうつ伏せになっていたので、周りの状況が理解できなかった。

「落ち着きそう?」

小林が話しかけてきた。今はどんな声でも鬱陶しく感じるのに、彼の声は鬱陶しくなるどころか安心する。

「すみません。もう、始まりますよね。小林さんは行ってきてください。」

「俺は葉那ちゃんが落ち着くまで一緒にいるよ。」

私はうつ伏せで自然が暗闇の中で目を見開いた。彼はどんだけいい人なの?自分に寄り添ってくれる人間が、この世にいるなんて想像できなかった。

「すみません。すみません‥‥。」

私はひたすら謝り続けた。その度に背中の温もりは温かさを増していった。



「それでは、失礼します。」

あれ?私は目を開けた。誰かにおんぶされている感覚だった。

「葉那ちゃんはこうなると思ってたよ。空音の葬式なんて来れたとしても正気を保てないって。」

「ははっ。そうですね。あと、涼はどこに?」

「朝倉先生なら、お手洗いに行ってると思います。」

「そうですか。ありがとうございます。」

誰かが、誰かと喋っていた。

私の体は少しだけ揺れながら進んでいった。

「‥‥あれ?」

私は本格的に目を覚ました。気づいたら、小林の背中に体を預けていたのだ。

「あ、起きましたか?」

小林が優しく問いかけてきた。

「わたし、寝てた?」

「背中さすってたら、話しかけても起きないから顔をのぞいたらぐっすり寝てましたよー。」

「マジか、あの、私歩けますので。」

「いやいや、起きたばかりに歩くのは危ないですから。あと、これから行きたいところがあるので一緒に来てくれますか?」

行きたいところ?小林が行きたいところなんて、どこだ?あと、なんで私が一緒に行かなきゃいけないんだ?正直めんどくさい。眠くて眠くて仕方ないからだ。

でも、めんどくさいけど、もう少しだけこの背中にいたいと思うのはなぜだろう。

「いいですよ。どちらに行かれるんですか?」

「それは秘密〜。」

「はぁ、めんどくさい。」


ピンポーン


エレベータの扉が開き、小林は歩いて中に入った。私は小林の首に腕を巻きつけて自分の手と手を握っていた。

頬は背中に預けていて安心する。

「葉那ちゃん家の焼き鳥、とても美味しいですよね。どうやって作ってるんですか?」

「そんなの知りませんよ。使ってる工程なんて見たことないので。」

小林は、そうですか〜と言って私の体を少し持ち上げた。そしたらさらに安定しちゃった。

「なんで、うちの居酒屋に来てるんですか?」

「なんでだっけな〜。俺が見つけて涼と行ったっきり二人でハマちゃってさ。多分、仕事疲れで余計美味しく感じたんだと思いますよ。」

「そうですか。」

そこから会話が止まった。

もうすぐで一階に着いてしまう。こんな私でも、降りようとしないでもっとこの背中にいたいと思う。小林悠仁の背中は不甲斐にも落ち着く。


ピンポーン


「わ!涼いるじゃん。葉那ちゃん寝たふりして!」

「え、あ、はい。」

分かっていた。なんとなく寝たふりをしたほうがいいのは。朝倉涼に私をおんぶしているところを見られたくないはず。だから、私が寝てしまいおんぶしたってことにしようとしてるんだ。

「あれ?葉那ちゃん寝ちゃったの?」

「うん。てか、涼が言ってたやつってこの子も連れていっていいよね?」

「うん。来てくれないと困る。あ、タクシー来た。」

二人は歩き始めた。

「3人お願いします。」

小林が運転手に向かって言った。私は目を瞑っていて様子を伺えないから声だけで状況を把握しなければならなかった。

「分かりました。どちらまで行かれますか?」

「宮古島市の方までお願いします。」

「かしこまりました〜。」

小林は私のことを座席に座らせてから自分も乗った。左から私、小林、朝倉の順に座った。


ブブーン


エンジンがかかり車体が動き出した。私は少しの揺れを感じながら細目で車窓を見つめた。

行きの時とは違い、随分と浮腫が取れていた。

タクシーの進む速度が速くなるにつれて、車窓の変化も早くなっていった。

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