第2話 やりたくねーけどやるしかねー
去年から大流行したVRMMOというゲームはそれはもう大人気。今まで画面越しでやってた事が中に入ってやれちゃうのだから。みんなやりたくなる気持ちは分かる、分かるのだが………
「ゲームばっかしてないで仕事しろよ!お前が働かないから東京汚くなってるんだよ!」
柏木は不法侵入している事を忘れて、つい大声を出してしまう。
それでも真壁はVRMMOをプレイしているため、大声を出したとてピクリとも動かない。
VRMMO。確かに画期的なゲームだが、実はこのゲームには怖い面もあるのだ。
その1つが今の現状。俺と国枝が堂々と目の前に居ても真壁は全く気づかないのだ。
VRMMOは仮想空間に意識を飛ばして行うゲーム。仮想空間の中に意識を飛ばしている間は現実で起こっている事が全く分からなくなっているのだ。
ゲーム中の真壁は大声どころか、たとえ暴力を振るわれたとしても、気づかずゲームを続けてしまうのだ。
そんな欠陥があるにも関わらず、今のゲーム大好き人間たちはこぞってこのVRMMOをやり込んでいるのだ。
国が大々的に注意勧告を出しているにも関わらず、それを国民は全無視してゲームしてるのが今の日本の現状。
そしてもう1つの怖いこと。
それは現実に帰りたく無くなるほどゲームにのめり込む者が多く、現実社会が立ち行かなくなってしまっていることにである。
真壁クリーナーの社長である真壁綺麗。
コイツがゲームにハマり、仕事を放棄してしまっているせいで東京はえらい事になっているのだ。
真壁クリーナーは東京の清掃業を一手に担う大手企業。東京が綺麗な景観を保っていたのは真壁クリーナーのお陰と言っていいだろう。
しかし真壁がVRMMOに手を出した頃から東京は少しずつ変わり出したのだ。道にはゴミが散らばったまま、太陽で輝いて見えたビルの外観は砂ぼこりにまみれていた。
綺麗だった東京はこの1年の間で、くすんだ都市へと変貌していたのだ。
「お前が仕事しないから俺の家の回り臭いんだよ!ちゃんと仕事せーよ!」
「いや、お前の家の近所が匂うのは、普通に立地のせいだから」
ゲームばっかりしてる奴が増えたせいで、自分がこんな訳の分からない仕事をやるハメになったと思う柏木。
怒り狂っていた柏木は真壁が中に入っているVRMMOデバイス、コクーンをついに蹴り始めていた。
それを見た国枝は一旦仕事の手を止め、柏木を止めに入ったのだ。
金が無くて住んでいるぼろ家が臭いのを真壁のせいにしだした柏木。
それはお前のせいだろと言う国枝。
二人は軽い小競り合いを社長室のど真ん中で始めるのであった。
◇
「オッケー、繋いだぞ」
「………」
「いや、繋いだからテレビつけろよ」
「ふんだ」
小競り合いを辞め、国枝は作業に戻っていた。
国枝は真壁が入っているコクーンと社長室にあるモニターを接続し、柏木にVRMMOゲーム『エターナルナイト/天空の覇者』のプレイをしている真壁を見ろと指示する。
柏木秀介の仕事。それはVRMMOをやってる人を直接見ながらそのプレイヤーを診断していくというものであった。
しかし柏木は時間が経てば経つほどその『ゲームプレイを見る』という仕事が嫌になっていた。
国枝が自分の仕事である『潜入と探索』を終えたというのに柏木は自分の仕事は馬鹿らしいと言い出したのだ。
なんで俺がこんなおっさんのゲームやってるとこ見なきゃいけないんだよ。
やりたいなら国がやれよ国が!
それか精神科医とか、得意だろカウンセリング!
本当に何この仕事?
柏木は自分のやることに馬鹿らしさを感じている。 しかしこの案件は国が対処しなくてはならない絶対事項なのである。
国がやれと思っている柏木だが、やれない理由も分かっているのだ。
グレープフルーツ社が全てを注ぎ込んだと言ってもいいこのコクーンというデバイスは、現実世界の事を軽視した甘い面を持つ反面、仮想空間に対する防備は完璧すぎるのである。
外部からの侵入を完全遮断。
日本の情報セキュリティーに特化したエキスパートを集めてもこのコクーンというゲーム機には外部からでは侵入できないのだ。
コクーンでのプレイ状況を確認するには、直接そのプレイヤーのコクーンをモニターに繋いで見るか、コクーンを使って同じゲームをして、そのプレイヤーと直接会話するしか方法がないのである。
「俺もゲームやる方がよかったんだけど」
「それは他の奴がやってるよ。そもそもお前、ゲーム出来るの?」
「んー、分かんない」
「分かんないならダメだよね。これ一応だけど国の仕事なのよ」
柏木の主張を国枝は一蹴。
ヘンテコな仕事ではあるが、この仕事はかなり国が力を入れていることなのだ。
対象の人物と同じゲームをする組とその人物の視点から思考を読み取る組。
この2組で包囲網を敷いて、対象人物をゲーム依存から現実に戻す方法を考えるというのが国が立てた『VRMMO廃人社会復帰案』なのである。
……もっとやり方無かったのか?
国でVRMMOの完全禁止令を出せればいいのだろうが、それは無理らしい。
このゲームはグレープフルーツ社だけで無く、その会社があるアメリカ自体が本腰を入れている事業なのである。
アメリカとの友好関係にある日本はこのゲームの輸入を完全に断つということが出来ず、購入はいいけどプレイは程々にと言うしかでき無かったのだ。
もちろん法に引っかかるわけでもないから、みんなコクーンを購入して、やりたいようにやっているのだ。
「俺もゲームしてる国民側でいたかったよ」
柏木はVRMMOをやってる側だったらこんな変な仕事しなくてよかったのにと思うが、国枝の一言でそれが無理だったことに気づく。
「無理だろ。金なかったから、俺ら盗みやっちまったんだから」
「……悪い、そうだったな」
そうだった、金ない俺にはコクーンなんて買えるはずなかった。そもそも今の仕事をする理由は
盗みを犯して一度捕まったからである。
VRMMOという家で無防備になるゲーム機が出ると聞いて、家に忍び込みやすいと思った俺と国枝は、金を持ってそうな自分の清掃会社の上司がVRMMOをやってる時に忍び込み、時計とかを盗んでしまったのだ。
その盗んだ時計を売ったところで足がついて逮捕。人生終わったという時に今の仕事の話が国のお偉いさんから提案されたのだ。
仕事をすれば見逃す、しないなら即逮捕。その二択を迫られた俺たちは今の仕事をするしかなかったのだ。
「悪い、国枝。ちゃんとするわ」
「おう、てか俺も見るけどな」
「よーし、真壁の攻略始めるか!」
俺はテレビの電源を入れる。
真壁がプレイしてる姿を見ながら、現実に引き戻す方法を模索し始める柏木と国枝であった。