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フェリシアの思惑




王族が存続していながら、その実権は教皇とその支配下にあるエルト教団が握っている宗教国家、リメラム皇国。



絶対神である女神リーフィエからの恩恵で国民、信者に魔力を与えられたこの国は、少々他国から浮いた存在でもあった。



元々外交や貿易が閉鎖的なこともあるが、大きな面は魔力の保有に関する問題だろう。




皇国の人間は、ほとんど魔力を持たない他国民を「無能」「女神に見放された哀れな民」と蔑み差別してきた。




リメラム皇国では信仰心が高いものほど魔力は多く有すると言われているが、もっとも実際は教団に属する一部の人間と一部の貴族のみが端的な魔術を扱える程度である。



そのため、国内でも教団の地位は揺るがず莫大な権力を誇示して来たわけだが……。







─────教団にとって大きな出来事が起きた。




生まれた時から膨大な魔力を有し、僅か4歳にして五大元素全ての属性魔術を扱う才女が現れたのだ。




それがフェリシア・ド・オルゼリアンである。




もともとオルゼリアン家は侯爵の爵位を持ち、皇国内で実質3位の社会的地位を保っていた上級貴族だ。



そんな貴族の娘だろうと、恐るべき才覚を持つフェリシアの存在を、教団は見逃さない。



長い間膠着状態にある隣国のクロムバルツ王国への布石として、まだ幼いフェリシアは教皇直々に婚約を指示されたのだ。



皇国に籍を有する以上、たとえ侯爵家だろうとオルゼリアン家はこれを無視することが出来ない。可愛い愛娘を半ば攫われるように私は教団に保護という名の監視を受けることとなった。



その後、表面上は和平として結ばれる両国間での政略的婚約は、フェリシアが5歳の時に結ばれることとなる。



相手はクロムバルツ王国の四大貴族であり、ベルシュタイン伯爵家の嫡男、クラウス・ベルシュタイン。


フェリシアの4つ上で、他国にも貴公子と噂が経つほどの絶世の美男子だ。




初めクラウスが婚約相手に提示されたとき、教皇側は、それはそれは不服を申し立てた。すごく荒れてるのをそばで見ていたからよくわかる。



リメラム皇国(こちら)は未来の聖女を差し出すのだ!ならばそちらは王族を差し出すべきだろう!なぜ相手がただの伯爵家なのか!和平を結ぶ気は無いとみなすぞ!」




教団の気迫に幼い私はただただ震えるしかなく、地獄のような空気の中で顔合わせを迎えた日をよく覚えている。




大人たちが睨み合ってる中で、婚約者となった9歳の男の子は、まだ5歳の幼女の手を取り私をその場から連れ出してくれた。



時間にすれば、ほんのちょっとだけかもしれない。



それでも、周りにギスギスと冷たい言葉を吐く大人はいない。未来の聖女と言いながら、私を蔑む目もない。



空の青さと雲の白さ、鳥のさえずりに花の香り、それらを一つ一つゆっくり眺め感じられたのはいつぶりだったか。





思わず頬を緩めた時、




「僕は、君が好きだよ」



クラウスは、片膝をつき私の手の甲にキスを落として───、ふわりと笑った。




「僕たちだけは対等に、…何があってもずっと一緒にいよう」




サラサラの銀髪が風に揺らめいて、その真っ直ぐな蒼い瞳をしっかりと見つめ返してしまってから、




(ああ、私はこの人と結婚するのね。こんなに綺麗で優しい人を、あんな汚い大人のせいで縛りつけてしまうんだわ)



初めて見た美しさを前に、そんな罪悪感が募っていった。





彼が成長するにつれその思いは強まるばかり。


クラウスの魅力は、その顔立ちの美しさだけではない。賢くて、運動が好きで、思いやりがあって、誰にでも優しくて、行動力もあって。



大人にも物怖じせず言葉を向ける彼に憧れた。



強く、優しく


清く、正しく




彼のようにありたかった。




得意だという剣術を見せてもらうたびに、「どうだった?」とキラキラした眼差しを向けられるたびに、心が傷んだ。



後ろに控える教団の前で、「かっこよかったです!」「すごいです!」なんて返すこともできず。



「お疲れ様でした」とタオルを差し出すくらいしかできない自分を、何度も責めた。



「ハッ、剣術など我らの魔術を前に手も足も出ない癖に…ご苦労なことだ」


後ろから聞こえる刺々しい声に、私は唇をかみ続けた。




やめて、そんなこといわないで!


そう言える強い心があれたなら……




彼のように振る舞いたいのに、何もできない教団の操り人形である私に、クラウスの未来を渡していいはずが無い。



彼と距離を置き、あえて冷めた態度をとるようにしたのは私が11で、彼が15の時だ。四大貴族がゆえ高尚な家庭教師達のもと勉学を行っている彼が、王立学院に進むという手紙を貰ってから、私はここが好機だと感じた。




距離をとるにはこのタイミングを逃す他ないし、ごく自然な流れを作り出せるのは今しかない。もちろん、王家主催のパーティや謁見には同行するが、それ以外で同じ場にいる機会を減らしていこう。そして彼に愛想をつかされて、婚約が破棄されれば願ったり叶ったりだ。




検閲を受けていた手紙はもちろんこと、2人で会う時に求められていた呼び捨てもやめて「クラウス様」と徹底した。


少しでも彼に嫌われるよう、他者に高圧的に接し悪女である噂が流れるようつとめた。




全ては、婚約を破棄し憧れの彼を自由にするために。そう思って行動してきたのだけれど……、その結果は私の思いもよらないところに着地してしまった。




(まぁ、いいや…)




どれだけ糾弾されようと、罵声を浴びようと、死に瀕する嫌がらせを受けようと。




私は私に向けられたあらゆる敵意と着せられたあらゆる罪をまとっていくと決めた。




その結果、クラウスの手によって死を迎えるとは思わなかったけど。





でも、皇国に見捨てられるとは予想外だったなぁ。


あれだけ戦争をしたがってた皇国が、あっさりとその機会を手放すなんて。



クロムバルツ王国が大罪人フェリシアの祖国であるリメラム皇国に「契約と違う」と宣戦布告する、までは私の思惑と同じだったのだけれど、あんなに魔術に自信を持って他国を蔑んでいた祖国が寝返るなんて……。




あとになって考えれば、私もバカなことをしたなぁって。






女神様が持つと言われる人を癒す術[光聖術]を持つ子が突如現れただけで、聖女と言って囲い続けてきた私を簡単に切り捨てるような奴らだと言うのに。





あーあ…



私ももっと素敵な人生を歩んでみたかったなぁ。


大好きなお父様とお母様、家のみんなに毎朝「おはよう」って言えるような



大好きと言える仲良しなお友達を作って一緒にランチしたり、お勉強したり、恋バナしたり…



「好きです」って、直接言えるような素敵な相手と出会って、あわよくばお付き合いとかしちゃって…。



そんな人と、華やかなパーティからひっそり抜け出して、星空の下で2人だけのワルツを踊るの。




どう?素敵な話だと思わない?




生前、小説は沢山呼んできたから夢ばかりが膨らむの。








────ところで



先程から随分と長々語ってきたけれど。



これを聞いてる貴方はだあれ?





私、死んだのよね?



死後の世界ってこんな夢のようにフワフワしたところなの?





ちょっとまって。



なんだか音が聞こえる。



………人の声に、


………鳥の音?


………カチャカチャと食器が鳴るような




え?食器?




「──さま、────ょうさま」




幼い頃、私はこの声を何度も聞いたことがある。



けれど、いや、そんなはずは…!!





だって彼女は、



私を庇って目の前で死んだのだから。




「朝でございます、フェリシアお嬢様。起きて下さいませ!」








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