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こうして私は一生を終えた




ゴーンゴーンと、この街に鳴り響く教会の鐘。





何度も聞いたその音は、無慈悲にも処刑の時間を告げている。




宮廷の前に広がる中央広場のど真ん中に用意された処刑台で、彼女は立ちつくしていた。



ここまで連れてきた黒騎士達が、彼女の両側につき完全に逃げ場はない。




ゴーンゴーンゴーンゴーン



鐘の音が、一際大きく鳴り響く。



時計台の針は12時を指した。




──フェリシア・ド・オルゼリアンの、処刑時刻だ。





「───時間だ。フェリシア、最後に何か言い残すことはあるか」




背後から聞こえる凛とした声に似つかわしいその美しい銀色の髪を風になびかせ、彼は腰に携えた立派な聖剣を鞘から引き抜いた。




群衆から歓声が上がる。悪女が裁かれる瞬間を、ここにいる誰もが今か今かと待ちわびていた。



歌劇場放火、魔法による街水路大水害、さらには聖女毒殺未遂、国家反逆と数々の大罪で死刑となった罪人フェリシア・ド・オルゼリアンは今や侯爵令嬢の面影もない。


ボロボロの切れ布を貼り付けた薄汚れた服に両手には重たく冷たい鉄の錠がかけられ、白魚のように透き通っていた肌も今は砂と埃だらけ。



「やめてくれ」「彼女は何もしていない」そう抗議してくれる声も、すすり泣いてくれるような人も、もう誰もいない。




─────最後まで彼女を庇護し守ってくれた人達は、もう、すでに処刑されてしまった。




家族も、侍女も、近衛も、飼っていたペット達や、家庭教師、良くしてくれた仕立て屋に至るまで。




フェリシアに関わり、守ろうと奮闘してくれたものたちみな、彼女より先に逝ってしまった。



それでも、フェリシアは死刑に処されようとしている今この瞬間にもその紫色の瞳を曇らせもせず、執行人である聖騎士───元婚約者クラウス・ベルシュタインを真っ直ぐに見つめている。




(最後に何か言い残すことはないか…ですって?)




広場全体に静かに響くクラウスの声に、集まっていた人々は自ずと口を噤む。




風も止んだ。悪女フェリシアの言葉を待つ。





「ふふふ、アッハッハッハッハッ」




最後の最後まで、反省のはの字も見せず不敵に肩を震わせあざ笑う罪人に、民衆はどんどん顔を歪めていく。面白いほど、それは波のように広がる。




「哀れな愚民どもに、一体何を残せというのかしら?」




この言葉に民衆は荒れた。


それはそれは鋭い言葉を暴風のように浴びせ、石を投げる者も少なくなかった。





「その女を早く殺せ!」「私の子を奪った悪魔め!」「そいつさえ死ねば全て終わるんだ!」




度重なる災害、病の蔓延、それによる死。


その全ての罪を、魔女フェリシアはかけられた。



本当に、身に覚えのない事ばかり。


初めはもちろん反論したわ。そんなことしてない!するわけないって。



けれど、口にして抗議すればするほど人は離れていった。




最終的には国際戦争にまでなりかけて、国の被害はお前のせいだと祖国からも見放された。




そこで私は悟ったのだ。



(ああ、皆が私を悪者にしようとしている。全ての罪を押し付けて、私を厄災の化身にでもする気なのね)




それからというもの、この世界の誰よりも魔力を持つと言われたフェリシアは、みなのお望み通り大悪党を演じることに決めた。




ことはトントン拍子に運んでいき、勧善懲悪物語がたちまち広がったのだ。




(私の存在によって敵対していた両国の仲が保たれたことは、後世に残して欲しいところね)




なんて、悪態つくのももう疲れた…



ため息ばかりの日々も、もう今日で終わる…




悪女の末路を受け入れるように、私はクラウスに両手を広げ微笑んだ。





グサリと、肌に刺した冷たい感触。鈍い振動。


それが愛しする彼の聖剣によるものだということは、すぐに理解出来た。だって、この目はずっと彼を見つめ続けているのだから。




聖騎士の証である白いマントがはためく。湧き上がる歓声。止まらない拍手。




グッと差し込まれた聖剣にそっと手を添える。それは無意識だった。刺されているというのに……自分でも驚いているのだが、何故かそこに死への恐怖や愛した人に殺されるという悲しみはない。



剣が引き抜かれた同時に力の入らない足がガクンと折れて身体が大きく揺れる。倒れかけた体を踏ん張るための足は出ず、私は大きな音を立て後ろに倒れた。すぐさま、クラウスが私の上に馬乗りになり体重をかけた。こんな状態で逃げ回れるほど体力に満ちてはいないわ。




なんて、思ったけれど。




剣を握るクラウスの両手が高く振り上がる。




そして、その先の未来はもうわかっている。




心臓を狙った。次は首を落としてさらし首とする。






貴族を処刑するとは、そういうものだ。






寒い。体が冷えきっていく感覚。さっきまでは暑かったのに。すでに胸からの失血で体温が奪われているのか。ビシャりと顔に飛び散る血の感覚。首を狙ったはずなのに、逸れてしまったのかしら。痛みは全く分からなくなってしまった。




下から歓声とともに激しく怒鳴り散らす声が「なにやってるんだ」と聞こえる。もう耳が音を声として拾わなくなってきた。「はやく首を落とせ」とでもまくし立てているのだろう。



霞む視界で、もう一度振り上げたであろうクラウスの手が震えているような気がした。まさかね。あのクラウス・ベルシュタインよ?私の婚約者様は、とっても強くて優しくてかっこいい騎士様よ。罪人の処刑なんか幾度としてきている。まだ齢22の若さだと言うのに。




────……ああ、失礼。()婚約者様ね。






音が───聞こえなくなっていく。


視界が───黒に染まる。彼の青い瞳も見えない。


どこに触れられているのかもわからない。





さあ、早く。首を切り落とすの。そうしなければ失血死で先に死んでしまうわ。




「ク…ウス…ま──」



自分の声も聞こえない。上手く話せているのか、声が出ているのかもわからない。



それでも、最後にひとつくらい言っておかないと気が済まない。




頑張って、私。


切り裂かれた肺が、もう無理だよと警告する。それは形となり如実に現れ、息を吐く度口から血が溢れ出した。



それでも。


それでも。



───ああ、神よ…

ずっとずっと、この生涯祈り続けてきた女神様よ。



どうか…どうか…




「か……れを、ころ……な…で…」




もはや息が盛れるだけで音をなさない掠れた声。





力無い手をゆっくり天へと伸ばす。

見えず聞こえず、感じない身でも。



ただ一つ、気がかりなのは……




クラウス、貴方が私の最期をどう思っているのかということ。



私はやはり処刑されるべき人間でしたか?


私のこと、憎くてたまりませんか?




貴方も、私を愚かで惨めな女だと思いますか?





クラウス様、貴方は常に正しい人だ。


どんなときも優しく、清く、潔く、聡明な人だ。


そんな貴方が下したご判断が、間違っているわけ無い。





だから───




「どうして…っ、俺を選んでくれなかったんだ…!」




ゴーンゴーンと、無慈悲な鐘が鳴る。




(え?)



その鐘の中で、なぜかあなたの掠れた声が聞こえた気がした。





そうだ、都合のいい夢を見よう。



私は永遠の眠りについたお姫様で


彼は私を見つけた白馬の王子様


そんな私に、貴方は優しいキスを落とす。


早く起きて、と熱い視線の中で私は目覚めて彼に微笑むの。



やっと逢えましたねって。




ねえ、どうかしら?とても素敵な夢物語でしょう…?




「さよな…ら………わた…しの……王…子様」





紡いだ唇が、もう、動かなくなって。



最期に私、笑えていたかしら?貴方だけに見せる、あなたが好きだと言っていた、あの頃の私であれたかな?



彼はこれから、聖女様と幸せな人生を歩むことだろう。私のいない世界で。




そんな未来に興味は無い。



未練が…後悔があるとすれば…それは…




薄れゆく意識の中で、生ぬるい雫が頬を伝う。





こうして私──フェリシアは、大罪人として最愛の元婚約者に殺されるなんとも哀れな形でその短い一生を終えた。







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