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退役勇者、町の平和を作ります。

作者: 丸井詩書

 「やったぞ、ついに…倒したぞーー」

息を切らす僧侶、右目を失い立てなくなりタンクの肩を借りる戦士、持てる装備すべてが壊れ、肩を貸すしかないタンク、魔王に剣を刺し声を荒げる勇者。

 彼ら勇者一行は幾年にも及ぶ冒険を遂げ、これまでの旅路を辿り、帰る。始まりの国だったコルト国は激戦の末の疲れ果てた者たちを盛大に歓迎した。彼らが帰ってきた後の宴は三日三晩続き、王国の中心には勇者一行の像が立てられ、彼らの伝説への賞賛は向こう100年は忘れられることはなかった。



「おい…あいついつもあそこで飲んでねぇか?店主もよく追い出さねえな」

「ばーか、あの人は退役勇s……勇者さんだぞ。もう今じゃ仕事も何もなくなって、日々飲んだくれるしかやることがなさそうだけどな」

「まったく、いい身分持ってらっしゃるもんだな」

 背後のテーブル席で昼食をとっている二人組の土方の男性が静かに話す。カウンター席にポツンと座る元勇者サルエラは、(聞こえているぞ)と心の中でぼやきながら何も言い返せずにいた。さらにキッチンの奥から声が聞こえる。

「アデナ!!いい加減あの人を帰らせてくれ!客が寄り付かなくなっちまう。だいたい退役勇者だからって、伝説はすげえが今はなーんにもしてないんだろ?ただ飯食わせるためにやってんじゃないんだ」

「ごめんなさい。でも彼がいなかったら私たち…」

これ以上は聞きたくなかった。自分のことを話されているとつい耳が向きがちなので、私はまた酒を口に流した。先ほどまで冷たさを感じていたが、今は苦みしか感じることはできなかった。

「ごめんなさい、サルエラ。今日のところは…」

「ああ、悪いな。今日は金を持ってきたから」

そう言って彼が出した金貨5枚と銀貨12枚は口をつけていた酒代の半分にも満たず、渋い顔をして店を出ていくしかなった。

 彼女、アデナはあの時から変わったようで変わっていはいなかった。この国に戻った後、一番最初に馴染み、一番早く家庭を持った。そうなっても争いを生まないように優しさを最も尊重する僧侶だった。

(もうあそこには入れないな)

しかし彼がそう思ったのはこれが初めてではなかった。


 国に帰ってきた後に王から譲渡された家に帰る。もう数十年とこの道ばかりを辿っている。以前、声をかけてきた通行人は今や誰一人顔を合わせるものなどいない。こちらから一度声をかけたことをあったが次第に無視されるようになっていった。こうなった風景には正直飽きていた。

 「うわああああぁあぁぁ!!」

遠くで子供の声が聞こえた。振り返り走り出す。まだ自分の心に勇者の片鱗があったのかと少し驚いたが、これはそういうものではないだろうと彼は思いなおした。少し走ると小さな人だかりがあり、中をのぞくと見知った薄黒い背中が子供を襲っている。あいつは旅で何度も倒してきた化け物だった。

「おい、早く誰か自警団(ヴィジランテ)を呼べよ」

「あの子が連れ去らわれちゃうわ」

こういうとき、普通の人は足がでない。自分の安全のほうが可愛いからだ。それは仕方ない、彼らは勇者ではないから。彼らが足を止めただの傍観者になっていたが、サルエラだけは違った。近くにあった鉄パイプを握り一瞬で飛び出す。弱点である後頭部を一撃。彼はまだ勇者だった。

 数分後この子の親が息を切らして走ってきた。

「ありがとう、サルエラ。本当に…なんて言ったら…」

「ほんとにありがとう、勇者さんよ。これからもよかったらうちの店に来てくれよな」

「ありがとう、おじちゃん!」

人にありがとうと言われるのは久々だった。何の因果か助けた子供はアデナらの子供だったようだ。

 この日以来この国の彼に対する見方は変わった。家を出れば以前のように声をかけられ、カウンターで飲んでいても後ろから聞こえるのはサルエラを褒める話し声であった。今日口に含む酒はこの国に帰ってきたあの日と同じ味がした。

 それからの毎日、彼はあの子供に言われた5文字の「ありがとう」だけが頭の中をぐるぐると周っていた。あの一瞬だけがもたらす高揚や心地よさが彼の心を放すことはなかった。

 数日後、彼はあの時代の戦友と語らっていた。戦士だったヴァイルは船釣りを営み、タンクだったカストレアはその体格を活かしこの国の建設業を牛耳っている。アデナは唯一家庭をもち居酒屋で幸せを謳っていた。彼らは他愛もない話を続けた。旅だった日のこと、途中死にかけてある町に救われたこと、死にかけの町を救ったこと、そして魔王を討伐したあの日のこと。過去の栄光のすばらしさを語らいながら酒は進み、朝から集まっていた彼らが解散するのは日が落ち、本格的に町に夜が訪れようとしている時だった。

 サルエラは帰路を辿る。決まった道を帰っていた毎日だったが今日は違っていた。途中、公園に入りベンチに座る。

 「きゃああああぁあぁぁ!!」

子供の声がした。いつかの情景が脳裏に浮かぶ。彼はそこに落ちていた大きな枝を持って、声の方へと走る。また人だかりができていた。

「おい、だれか早く自警団(ヴィジランテ)呼べって」

「それよりサルエラさんを待った方がいいんじゃねえか?」

そんな声が聞こえる人だかりを飛び越え、木枝を全力で振りかざす。

「大丈夫かい?お嬢ちゃん」野次の声援を漂わせ、勇者である彼は女の子に声をかける。

「うん、ありがとう!サルエラさん!」

瞬間、彼の心は満たされていった。恍惚な心を隠すためか、安心させるためか、彼は笑顔を作った。

「やっぱしすげえな、サルエラさんはよ」

「ああ、なんたって勇者さんだぜ、勇者」

もう、誰も退役勇者などと口にする者はいなかった。



 時代は流れ、数年後のコルト国郊外ではある商売が確立していた。それは人が人に酒を売る仕事や家を作る仕事、船を運行するようなちゃちなものではない。ある人間と化け物の間で交わされる商売だった。子供を襲う代わりに食い物を渡すというもの。魔王がいなくなった今、化け物の食い扶持(くいぶち)はつぶれていた。もうこの商売に乗るしかなくなっていった化け物たちは次々とこの場所へとやってきていた。


  町で悲鳴が聞こえる。一人の男が飛び出す。彼は携えた鉄パイプを振りかざし脳天めがけて一直線。安堵と賞賛の声が響き渡る中、彼は立っていた。

「大丈夫かい?」

彼はそう言って笑う。使命を終えた退役勇者は今日も町の平和を作り出す。

読んでいただきありがとうございました。

今回が初めての短編小説でした。いかがでしたでしょうか。

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