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幸あるなつのおもひで  作者: ホタテノホ
8/30

第8話 こないの

 


 泊まっている間、幸奈ちゃんに頻繁に電話が掛かっていた。



 それをずっと無視し続けている。



 その理由を俺も聞けない。



 いや、聞きたくない。



 聞いたその瞬間に今の幸せの時間が終わる気がして。




 そう考えてるうちに、俺にも電話が掛かった。



 池本だ。



「なつ?明日、そっちに祥子と遊びに行くからよろしく!」


 幸奈ちゃんもいるでしょ?


 俺ら2人も泊まるから布団用意しといてね!



「分かった。何時ごろにくるの?」



「たぶん、午後には着くよ〜」



「早いな…」



「よろしく〜」



 そう言って池本は電話を切った。



「ねーさん?祥子さんはここにいるの知ってるの?」



「…うん。ここに来る前に、行くって伝えたから…」



「明日泊まりにくるってよ」



「えっ?」



「ねーさんは良いの?」



「なつが良いなら…」



 そういうことで、翌朝に2人でお客さん用に布団を買いに行った。



 そして、池本達が本当に午後になるとすぐに車でやって来た。



 俺は自分の車を近くの安い料金パーキングに停めて、自分の駐車場に池本を誘導した。



 お昼は近所の中華料理店で済ませる。



 どこかに連れて行きたくても、俺はまだまだこの土地に慣れておらず、まるで分からない。



 それを謝ると、家で飲もうということになり、近くのコンビニで酒やらお菓子やらを買い込んで帰ってきた。



 少し酔っ払った祥子さんが言った。



「一応、私が幸奈ちゃんは体調不良で、家で休んでるって言ったけど、電話した方がいいと思うよ」



「…分かった。明日にでも電話してみるね、ありがとう」



 この会話で、幸奈ちゃんがバイトを無断欠席していることが分かった。



 どうやら、祥子さんと同じシフトの日に、ここに行くと祥子さんには言って、出向いたようだ。



 それ以降、祥子さんも幸奈ちゃんに関する話題を出さなかった。



 そして、翌朝、池本達は帰った。



 幸奈ちゃんに掛かってきている電話は1つは職場なんだろう。



 でも、絶対にそれだけじゃない。



 だって、既婚者であり、子どももいるんだもん。



 俺は本当にこのまま黙ってていいのか?



 分からないふりを続けていいのか?



 この電話の着信音が鳴るたびに幸奈ちゃんは精神的に追い込まれるんじゃないのか?



 その様子を見ていてのか、布団の隣で寝ている幸奈ちゃんが口を開いた。


「なつ…」


 私ね…


 仕事も投げ出して来たの。


 子供も置いて来た…


 ひどい母親よね…


 それでも、なつといたかった。


 全てを投げ出してもなつに会いたかった…




「…じゃあ、あの電話も?」



「…うん。バイト先の主任とお姉ちゃんだよ」



「お姉ちゃん??」



「子どもをお姉ちゃんに預けてるの」


 お姉ちゃんは結婚してアパートに住んでて、たまたまそのアパートの上の部屋が空いてたの。


 お姉ちゃんの勧めでそこに住んだのよ。


 お互いの子どもが見れる利点があるからって。


 今はお姉ちゃんは離婚して、お母さんが近くにいるから、ほぼお母さんと住んでいる感じかな。




 幸奈ちゃんは、気を遣ってあえて旦那さんの話題を避けたのだろうか。



 その話題はなかった。



 話を聞いている感じでは、ここ最近はお姉ちゃんの家に転がり込んでいるようにも聞こえる。



 ここは、やはり、俺が何か言わなきゃ、男じゃない。



 全てを投げ出しても、俺といたい。



 そして本当にここにきた。



 それが社会的に、そして一般的に許されない行為というのは明白だろう。



 でも、俺からすれば、震えるほどに嬉しい。



 幸奈ちゃんは決して馬鹿ではない。



 むしろ頭がかなりいい。



 そして、やってはいけないこと、許されないことなど、ちゃんとした倫理観も持っている。



 その幸奈ちゃんが、それを差し置いても、俺が好きだと言っている。



 大好きな女の子が俺のためにそうしている。



 こんなの世間がどう言おうと嬉しくないはずがない。




 次は俺の番だ。



「ねーさん。やっぱり、ねーさんは帰らなきゃだと思う」



「……」



「俺はねーさんが好きだから、ずっと待ってるよ」


 もし、離婚ができなかったら、それは仕方ないけど、待ってる。


 そして、毎週会いに行く。


 ねーさんを彼女だと思ってね。


 だから、明日、一緒に帰ろ…




「…うん」



 翌日、幸奈ちゃんと車を2台縦並びで運転して、彼女を家の近くまで送って行った。



 すぐに会うことを約束して。



 俺は帰る前に、元バイト先に立ち寄った。



「あっ!なつさん、お久しぶりです!」



 バイト歴は向こうが先輩だが、年齢的にこっちが先輩なので、後輩と言って良いのか分からないが、皆が優しく出迎えてくれた。



「なつさん、もうすぐ制服を脱ぐ(仕事をあがる)ので一緒に打ちましょう!」



「いいよ、打とうか」



「そういえば、なつさんがいない間、お店にめっちゃ電話掛かってましたよ!」



「えっ?誰から?」



「分からないですが、女性の声で『佐藤なつを出して』と1週間くらい前から頻繁に掛かってました」



「1週間前くらいから?」



 あっ…


 もしかして、幸奈ちゃんのお姉ちゃん?



 そう思うとゾッとした。



 俺、たぶん、お姉ちゃんにブチ切れられてるじゃん…



 ん?



 でも、なぜ俺の名前と職場まで知ってる?



 もしかして…幸奈ちゃんって、家族に普通に俺の話題を出していた??



 そんなことあるのか?



 幸奈ちゃんは一応既婚者。



 そんなオープンに浮気相手の話とかするものなのか?



 今日、俺がいる間に電話があったら取って謝ろう。




「おかしいですね?昨日まで毎日のように掛かってきたのに…」



 やっぱり、幸奈ちゃんの家族だろう。



 幸奈ちゃんが家に帰ってきたので、今日はもうこっちに電話する意味がないんだ。



 それから夜中に麻雀をやめて隣県に戻った。



 この日から、頻繁に俺はこっちに戻ってきた。



 一緒に遊び、ホテルに一緒に泊まり、翌日に隣県に戻るを繰り返した。




「今日はうちに来る?」



「えっ?ねーさんの家に?」



「うん、それ以外ある?」



「…大丈夫なの?」



「何が?」



「いや…、一応、ねーさんは結婚しているわけだし、まずいんじゃないかなぁ…と」



「大丈夫よ。もう離婚してるし」



「えっ!?」



「いつの間に??」



「そんなことは良いじゃん。来るでしょ?」



「じゃあ、行く」



 幸奈ちゃんは、俺に何も言わずに、そして、『離婚しようと思ってる』のひと言すらなしに、気が付いたら、もう離婚していた。



「別になつのせいとかじゃなく、離婚したかったからしただけ。なつが気にする必要なんてないから言わなかった」



 そう幸奈ちゃんはさらりと言った。



 それは嘘だ。



 俺を想ってそう言ってる。



 俺はもう幸奈ちゃんがどういう人間か分かってる。




「このアパートがそう?」



「うん。2階のあの部屋がそう。その下がお姉ちゃんの家」



 綺麗なアパートだった。


 3DKだろうか。


 アパートともマンションとも言えないが、一般的にはアパートだろう。



 俺はここに入るのが本当は微妙だった。



 だって、ここで幸奈ちゃんは夫婦として生活していたからだ。


 でも、ここを引き払う予定なのか、部屋の中には段ボールがいっぱいあり、ソファーやテレビは置いてあるものの、どこか生活感がなかった。



 どこか居心地が悪く、ソファーにでも座っといてと言われても落ち着かなかった。



 幸奈ちゃんは、少し残った自分の荷物を下のお姉ちゃんの家に運ぶ予定だったようだ。



 その時…



 ピンポーン!



 呼び鈴が鳴った。



「なつ!まずいかも。とりあえずお風呂場に隠れてて!」



 そう言われて俺はお風呂場に隠れた。



 玄関を開けて、玄関先で何やら話している様子だった。



 心臓のバクバクが止まらない。



 おそらく旦那さんだろう。



 何を言っているのか分からなかったが、10分程度経った後に玄関の閉まる音が聞こえた。



「なつ…。もう大丈夫よ」



 幸奈ちゃんがお風呂場前でそう言ってる声が聞こえて、風呂場の扉を開けた。



 しゃがみ込んで小さくなってる俺を見て大笑いして



「面白い!」


 と言った。



 全然面白くない…



「やっぱり、さっきのは旦那さんだったの?」



「うん、そうよ。忘れ物があったらしく取りに来たみたい」


 一応、離婚はしているけど、やっぱり良い印象ではないから、隠れてもらった。


 ごめんね。




「いやいや、ねーさんの言う通り隠れて正解よ…」



 直接見たわけでもない。



 ただ、玄関先で話している様子を耳で感じただけ。



 すごく不思議な感じだった。



 本当に旦那さんという存在がいたことに。



 それほどに幸奈ちゃんは、俺に対して結婚している、そして、結婚していた、という雰囲気を、これまでずっと出してなかったのだ。



 電話が鳴った。



 幸奈ちゃんの携帯に。



「お姉ちゃんだ」



 電話を取って、何やら楽しそうに話してる。



 お姉ちゃんに怒られて疎遠になっていなくてホッとした。



 電話を切った後に幸奈ちゃんが言った。



「なつ!お姉ちゃんが一緒にご飯食べようって」




「えっ!?」



 断れるはずがない。



 でも、出来れば逃げたい。



 だって、あれほどお店に電話を掛けてくるような人…



 俺の意見など関係なく、待ち合わせのお店に2人で向かった。




 お店の前に、1人のオシャレな女性がいる。



「お姉ちゃん!」



 幸奈ちゃんが声を掛けた。



「初めまして、佐藤なつと言います」



「私は、幸奈の姉の早紀だよ。初めまして、なつくん。いや、なっちゃんかな!」



 幸奈ちゃんにあまり似ていない。



 二重で目が大きく鋭い目の幸奈ちゃんとは違って、一重で切れ長の目の早紀さん。



 2つ年上で、幸奈ちゃんよりも背が高い。



 幸奈ちゃんはともかく、このお姉さんも綺麗で、おそらくモテそうだ。



「そういえば、なっちゃん!」



 ドキッ…


 やばい…


 怒られるのか…?



「はい、何でしょうか?」



「なっちゃんはもう、幸奈ちゃんの爆乳を触った?」



「はぁ??」



「幸奈ちゃん、Dだからね!そこは私、負けてるの!触ったかどうか、そのへん詳しく教えて!」



「もう、お姉ちゃん、こんなとこで大きな声で言わないで!」



「ごめん、ごめん!さっ!入りましょ!」



 3人でご飯を食べた。



 さすがは幸奈ちゃんのお姉さん。



 あの幸奈ちゃんがお姉さんにはちょっと弱い。



 姉の威厳というか、お姉ちゃんには逆らえないという雰囲気がある。



 話を聞くと3人姉弟らしい。



 2つ上のお姉ちゃんと5つ下の弟がいると。



 驚くことに、お父さんはみんな違うらしい。



 すごい姉弟だ。



 いや、お母さんがすごいのだろう。



 俺には兄弟がいないから分からないが、これが普通なのか?



 姉妹で性に関する話もバンバンしてる。



「今日もなっちゃんとラブホ?お金かかって大変ね〜」


 なっちゃんの家に泊まるのは全然構わないけど、ちゃんと連絡は取ること!


 そして、私が遊びにいく時は、よろしく!


 ギブアンドテイクよ!




 明るいお姉さんとのご飯も終わり、俺たちは泊まりに行った。



 そっかぁ、離婚してたんだぁ。



 つまり、正式に幸奈ちゃんは彼女になったのか?



 やっぱりちゃんと言った方がいいな。




「ねーさん」



「何?」



「俺とちゃんと付き合ってよ」



「えっ?今さら?私の中では付き合ってたんだけど」



「はは!そうだね!俺もだよ」



 幸奈ちゃんが彼女かぁ。



 すごく嬉しい。



 でも…



 怖い彼女だ。



 鋭いことも言うし、言葉もきつい時が多い。



 怒っても相当怖い。




 でも…



 1番怖いのは真っ直ぐに向き合ってくれるところ。



 全部投げ出しても俺と一緒にいたいと、ちゃんと行動をするところ。



 何の保証もないのに離婚もする。




 しかも俺に気が付かせずに。




 この想いや行動に応えれるか俺自身が試されてしまう。



 本当に怖い彼女だよな。



 怖くて優しい彼女だ。






 12月になり、俺は院試を受けた。



 幸奈ちゃんに会いながらも、英語だけはしっかりやっていたので、感触は悪くない。



 結果はともかく、これでしばらくは肩の荷が下りた。



 そして、幸奈ちゃんとの間にも少し進展があった。



「か〜ず!ちゃんとお兄ちゃんに挨拶しなきゃでしょ!」



「まんまぁ〜!」



 一希…幸奈ちゃんの息子だ。



 まだ2歳と少しで、基本的に『ママ』以外は何を言っているのか分からない。



 幸奈ちゃんと同じで酷く人見知り。



 そこがなんともかわいい。



 そして、幸奈ちゃんがすごくかわいがっている。



 2歳児相手にはちょっと厳しい感じも少しするが、きちんと良いこと、悪いことを教えるように。



 改めて思った。



 これほど大事なものを全て捨てる覚悟で俺に会いに来たことを。



 表情や態度では分からないが、それほどに俺への愛情も大きい。



 それを思うと、幸奈ちゃん、そして、幸奈ちゃんが大事なものの全てを大切にしたいと思えてくる。



 幸奈ちゃんは昼も夜もなく働いている。



 その間、見ていてくれるのは、早紀さんやお母さん。



 早紀さんには2人の息子がいて、歳も近く、従兄弟の一希を含めて3人が兄弟のように育っている。



 それから、幸奈ちゃんに会う時は、3回に1度は一希を含めて、徐々に、俺に慣れていった。



「なつって誕生日いつなん?やっぱり夏なの?」



「いや、どちらかというと冬だね。2月だから」



「2月!?何日?」



「10日だよ。なんで?」



「すごく近いじゃん!私は18日!」



「じゃあ、もうすぐ俺たちの誕生日だ」



「一緒にお祝いしよっか!なつもそろそろ合否発表でしょ?」



「うん、落ちてもお祝いしようね〜」




 しかし…



 このお祝いは開催されることはなかった。



 大学院が不合格だったわけじゃない。




「なつ…。こないの」




 幸奈ちゃんに生理がこないと告白されたからだ。


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