第6話 最後に…
10分くらい走ったところで、幸奈ちゃんは車を停めた。
ちょうど、俺の住んでいる地域と、幸奈ちゃんの住んでいる地域の中間あたり。
トラックの運転手達が立ち寄るような、下道の小さめなSAのような場所。
その駐車場にそれぞれ車を停めて、幸奈ちゃんが俺の車にやってきて、助手席に座った。
しばらく沈黙が続いて、それが嫌で俺が口を開いた。
「今日はありがとうね!来てくれてありがとう」
「…うん」
「楽しかったね!」
「…うん」
「もう少しで俺、ここから引っ越すよ」
「…うん」
「どっか行くんだし、…だから、ねーさんはあんまり気にしなくていいよ」
「……私ね…」
「…うん」
「私ね、結婚しているの…。そして、子どももいるの…」
「…うん。知ってるよ」
俺はあの夜にそうじゃないかと勘づいてた。
幸奈ちゃんのお腹を拭いた時に、テレビの光で照らされたお腹を見た時。
小学生の時に母に見せられたものと同じものが、そこにあった。
妊娠線
それがお腹から下腹部近くまで、薄っすらとあるのを見た。
それから、俺は彼氏がいると思っていたのは夫で、休みの日は子どもといるのだろうと推測を変えた。
もし、そうであるならば、祥子さんは絶対に知っている。
だから、その祥子さんと仲良くなっていた池本に、それとなく聞いた。
俺は幸奈ちゃんから全て聞いているような雰囲気で。
そうすると、池本はさらりと話した。
「あの合コンに来ていた女の子の殆どが、シングルマザーって凄いよな。あっ、でも幸奈ちゃんはシングルではなく既婚者だったね」
それを聞いた時、やはりショックは受けた。
でも、そんなことは関係ないと思うくらい、幸奈ちゃんが好きになっていた。
あの夜、幸奈ちゃんは、これで最後で、俺と思い出を作りにきたんだと思う。
だから、笑顔のまま。
俺の好きと言う言葉にも、笑顔でありがとうだけ。
何というか…全部理解した。
俺も、それに応えようと頑張った。
でも…
我慢が効かなかった。
好きでしょうがなかった。
そんな負の状況があっても、そんなの関係ないと思えるくらい、好きになった。
たぶん、自分の中で、この子以上に合う女性はもういない。
そうハッキリ思えるくらい。
だから、あの夜以降に、池本に聞いた後でもメールした。
たぶん、自分の本当の気持ちを伝えずに、このまま去ったら、一生後悔すると思って。
でも、返信はこなかった。
今日も来るとは思わなかった。
これが最後のチャンス。
振られてもいい。
「知ってる??…祥ちゃんに聞いてたんだ…」
「いや、勘づいた。その上で確認したんだよ」
「…そっか」
「…お子さんは今何歳?」
「…2歳かな」
「じゃあ、結婚は19歳とか?」
「うん、そう。妊娠が分かってから」
高校3年の終わりくらいに、同じ高校の同級生と付き合ってね、それが今の旦那さんだよ。
「そっか」
「あの合コンもね、単なる数合わせ要因で参加だったの…。頼まれて…」
「…そうなんだ」
「興味なかったんだけど、…そこになつがいた…」
「え?」
「うふ。私、コレがいい…。私にはコレでしょ?って思っちゃった」
「コレって…」
「コレなの!コレでしょ?」
「うう…。コレです」
「あはは!やっぱりなつは最高!」
楽しいし、自分の素が出せる。
幸せな気持ちになれる。
もう少しこの人と話してみたい。
でも、そう思ってはいけないこと。
私は結婚をしているんだから…
そんなの許されるわけがない。
そこで、祥ちゃんに相談したわ。
そうしたら
「ずっと旦那のことが好きか分からなかった時に、良いなと思える人が現れて、その相手も自分に気があるっぽいんでしょ?その状況って普通に美味しいじゃん!」
って言われたわ。
祥ちゃんはちょっとおかしいけど、言ってる内容もヤバいけど…言わんとすることは理解できるわ。
そして、なつが私に連絡先を聞いてきた。
「え?今の話って、最初の方の時点での話だったの?」
「そうよ」
俺も、一目惚れに近かったし、幸奈ちゃんに何か言える立場でもない。
「そっかぁ。俺と同じだね」
「なつがなんか生意気…」
「ごめん」
「うふ。だから聞いてきたくせに連絡よこさないなんて、なんてやつだって思ったわ」
「うう…」
「ふふ。なつ…。この間、私のことを好きって言ってくれたよね?それっていつから?」
「最初に会った時に、一目見た時に良いなって思ったよ」
でも、好きかもって思ったのは、その後に話した後かなぁ。
なんか楽しかったし、心地よかったし、この子は他の人とは全然違うって感じた。
「他の人?それは祥ちゃんとか?」
「いや、そうじゃないよ。これまで出会ってきた友達とか含めて全員の女の人と比べて…」
「へ〜。なつはそんなに私に魅力を感じてたんだ〜。ふ〜ん。そうなんだ〜!うふ。面白いね!」
「…ええ?面白いかな?」
「面白いよ。だって、私も全く同じだから」
「えっ?」
「なるほどね…。なんか分かった気がするわ…」
「何が分かったの??」
「なつのことよ」
「俺?俺のことが分かった??」
「違うよ。私の中のなつ…」
「どういうこと?」
「私ね、なんでなつのことが気になったのか分かったの」
「……どう分かったの?」
「うふ。理由なんてないことが分かったわ」
「理由がない??」
「うん。良いなぁとか思ったり、好きだなぁって思うのって、本当は何にも理由なんてないんだなって」
今まで、こうだから好きとか、ああだから気に入ったとかあったけど…
なつといたら、そういうの全くないんだなって分かったわ。
「好きになるのに理由はない…」
しっくりくる…
かわいいからとか楽しいからとかじゃない。
幸奈ちゃんが…
何となく好き。
何となく一緒にいたい。
それも強烈に…
そう分かるともう覚悟は決まった。
ここで言わないと一生後悔する。
結果が分かっても。
「ねぇ、ねーさん」
「何?」
「俺、全部分かった上で言うよ…」
ねーさんが好きだ。
これからもずっとねーさんと一緒にいたい。
「……。なつ。嬉しいよ。本当に嬉しい」
でも、私は結婚もしているし、子どもだっているんだよ…
「分かってる。だから、全部分かった上でって言ってるじゃん」
「つまり…。離婚して欲しいってこと?」
「うん。それぐらいの気持ちがなきゃ、ねーさんにこんなことを言えない」
「……」
幸奈ちゃんは黙った。
しばらくして…
「なつ。嬉しい。すごく嬉しい」
でもね…
それはできない。
なつの将来を、私が原因で台無しにしたくない…
私は、もう人生なんて決まっているようなもの。
でも、なつはこれから勉強してなりたいことがある人。
私はなつが好きだから、なつの将来を乱したくない。
重い言葉に聞こえた。
俺にはその覚悟はある。
でも、それは俺の覚悟であって、幸奈ちゃんは俺を想ってそれができない。
気持ちが伝わる。
「分かった。ねーさんが真剣に考えてくれただけで俺は嬉しい」
「…ごめんね、なつ…」
「いいよ。じゃあさ、1つだけお願いを聞いて欲しいけど…いい?」
「いいよ。言ってみて」
「引っ越す前日、池本たちと部屋の片付けの手伝いと、翌日のお見送りしてくれるってさっき言ってたじゃん」
きてくれる?
「それは当然行くつもりでいるけど…それがお願い?」
「いや、それとは別に、それまでの間に一回だけでいいから遊びに行かない?…友達として」
「うん、分かったわ。いいよ」
「ありがとう。じゃあ、大丈夫な日を教えてね」
「うん…」
「じゃあ、今日はもう帰ろうか。遅いし…」
それから幸奈ちゃんは自宅方向へ、俺は反対方向に車を走らせた。
そして、約束通りに、引っ越し3日前に遊びに行った。
遠出した。
幸奈ちゃんが俺が次に住む場所を見てみたいと言ったので。
下道なら3時間は掛かるが、高速なら2時間弱。
しかし、場所をよく覚えてなかったため、さらに30分近くかかって、やっと見つけた。
新居の鍵も持っているので、部屋に入ってみた。
「カーテンしかないじゃん」
そう言って幸奈ちゃんは笑ってた。
ロフトに上がり、そこを眺めて
「ここ、3畳はあるね?ロフトというより立派な部屋みたい。全部で10畳はあるのに4万ちょっとって凄い羨ましい土地ね」
と言って部屋を見るのを楽しんでる様子だった。
「なつはきっとここで家具とか揃えるんだろうな…」
部屋を出て、運転してすぐのところに大型の商業モールを見て幸奈ちゃんが言った。
「たぶんね。このモールがあって良かったよ。なれるまで家に帰る時の目標になるから」
それからお昼ご飯を食べて、地元に帰り、幸奈ちゃんおすすめの海岸に行って砂浜を歩いた。
もちろん、手を繋いだりとか、スキンシップはなしで。
友達として、その日を楽しんだ。
今日は午前中から遊んでる。
今日は夜から仕事というので、夕方まで一緒にいた。
前のシビアな話や告白は、全くなかったかのように、いつものように仲良く楽しんだ。
たぶん、これが幸奈ちゃんと2人で遊ぶ最後だと思って、存分に楽しんだ。
そして…
引っ越し前日になった。
池本カップルと幸奈ちゃんが家に来た。
午後からみんなで荷物を段ボールに入れて、俺の車に乗せていった。
ものが少ないので時間は掛からない。
夕方までには終わり、送別会が開催された。
俺の家で泊まり掛けで。
お酒を買い、食べ物を買い、カーテンと布団がひと組と、大きいタオルケットが3枚置かれた部屋で4人で飲んでた。
ふと幸奈ちゃんを見ると様子がおかしい。
「大丈夫?」
と、声をかけて額を触ると熱い…
熱だ。
熱が出て体調が悪くなるという経験があまりないと言っていた幸奈ちゃん。
普通に横にいようとするのをやめさせて、布団で寝ることを促して、隣で看病しながら飲んだ。
夜中には池本カップルがタオルケットを布団がわりに寝た。
俺の分も取られた…。
幸奈ちゃんの横でフローリング上で看病していると
「痛いでしょ?こっちにおいで」
「…でも…」
「いいからこっちに入りなさい」
そう言って布団の中に誘導された。
「もうそのまま寝るには寒いもんね、そのままじゃ無理よ」
幸奈ちゃんは優しくそう言った。
幸奈ちゃんが俺の左腕を抱え込むように横向きになった。
熱があるのか、触られている部分がすごく熱い。
「ごめんね。こんな時に熱が出て」
「いいよ。ねーさんの体調の方が心配だよ」
「みんな寝ちゃったね。電気消したら?」
「そうね、ちょっと消してくる。ついでに暖房もつけるよ」
それから電気を消して、暖房を付けた。
「みんな寝ちゃったね。なつは本当に明日行っちゃうんだぁ」
「うん。明日、鍵を返してそのまま行くよ」
「そっか…。ねぇ、なつ…」
「どうした?」
「最後に…ぎゅっとして…」
「分かった」
幸奈ちゃんを痛くないように気をつけながら抱きしめた。
いい匂いがする。
そして、ドキドキが止まらない。
幸奈ちゃんの鼓動と熱を帯びた高い温度が伝わる。
「ねぇ、ねーさん」
「何?」
「最後に…キスしていい?」
「嫌…」
「分かった…」
「うふ。かわいい。嫌じゃないよ。でも、風邪だったらうつすの悪いから…」
「…うつってもいい」
「…じゃあ…して…」
池本達に分からないように布団を被ってキスをした。
熱のせいか唇も口の中も熱い。
熱い舌が入ってくる。
なんだかぼんやりしてくる。
のぼせたように…
これが幸奈ちゃんとの最後のキス…
キスに相性があるのか分からない。
でも、誰とのキスよりも心地いい。
気持ちいい。
名残り惜しさがあるが、俺からキスをやめて、ぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、ねーさん…」
そう言って、抱きしめるのをやめて、少し離れ、手を繋いだまま、布団から顔を出した。
もう、これで思い残すことはない…
そう自分に言い聞かせて。
そして、そのまま寝ついた。
翌朝…
管理会社に鍵を返しに行った。
そして、みんなに見送られる。
運転席の窓を開けた。
「じゃあ、行くね」
「なつ!今度は隣県に祥子と遊びに行くからよろしくな」
「それまで、なっちゅんも遊べるスポットを探しといてね〜」
「うん、分かった!また連絡して!」
幸奈ちゃんの方を見た。
黙ったままだ。
たぶん、何か声を出すと泣いてしまうからだろう。
だって、感情を人前で出さない幸奈ちゃんが、涙を浮かべてるから。
必死に表情を作ってるのが分かる。
「じゃあね、ねーさん…」
「…うん」
「元気でね…」
「………」
「じゃあ、行ってくる…」
「……」
「バイバイ…ねーさん…」
そう言って俺は車を出した。
チラリとバックミラーを見ると2人が手を振り、幸奈ちゃんは立ってこちらをずっと見ている。
俺は窓から手を出して、泣きながら隣県に向かった。




