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幸あるなつのおもひで  作者: ホタテノホ
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第5話 もう知ってるよね?

 


 9月になった。



 バイトは引っ越しする旨を伝えて先月いっぱいで終了。



 9月いっぱいまで出来ないかと言われたが、それは無理だった。



 まず、先月の休日は隣県で、これから所属する大学の研究室に赴き、挨拶をした。



 父はこの研究室のOBだ。



 その父は普通にサラリーマンだが、学会に頻繁に参加したり、論文を頻繁に書き、そして、ここによく顔を出している。



 そのため、皆が知っており、その息子である俺を温かく受け入れてくれた。



 しかし、その温もりとは裏腹に、この研究室の取り組む雰囲気に圧倒された。



 俺は緑川大学という、そこそこ有名私立大出身だが、ここは日本有数の国立大学。



 まず、研究に対する姿勢というか質というものが大違いであった。



 しかも、大学と違ってここは大学の研究センターであり、学部生はいない。



 皆が大学院生以上で、先輩達も面倒見がいい。



 俺は現実1番の古株のポスドクさんと新居を探しに行った。



「この辺りって意外と家賃が安いんですよ」



 そう言われて連れて行ってもらった地域は、歩いて学校に行くのはちょっと厳しいが、自転車なら普通に可能な所であった。



 その近辺の不動産屋に行くと幾つか部屋を紹介してもらったが、本当に安くて驚いた。



 今住んでいる所は、ど田舎なので家賃が安いのはわかるし、むしろ高い方がおかしい。



 緑川大学時代は、都会のベッドタウン要素が強く、家賃の相場自体が高かった。



 今紹介を受けている部屋は、緑川大学時代に住んでいた部屋よりも3割広い上に、賃貸料も3割安い。



 即決した。



 9月頭には、もうこっちにおいでよ、と先生や先輩達に促された。



 しかし、バイトや引っ越し等でそれは難しいと謝り、9月の下旬から顔を出しますと伝えた。



 その9月下旬から向こうに行くと、店長にも伝えた。



 それは仕方がないなと残念がってくれた。



 なんなら週一でいいから続けないかと言われたが、そんなの交通費で消えちまう。



 もし、その大学を辞めたくなったら、いつでも従業員として雇ってあげると言われたが、それは普通にないだろう。



 俺はこの引っ越しの手続きを含めたあれこれをお盆前には終えていた。



 今の部屋の片付けをすぐに済ませば、9月頭から隣県に行くのも十分な状態だ。



 なんなら、緑川から引っ越して間がないので、荷物も少ない。



 簡単に作業は終わる。




 でも…




 少しでも残したかった。




 片付けたくなかった。




 ここにいた…



 ここで笑ってた…



 ここで寝てた…



 ここで抱きしめた…




 もう会うこともないかも知れない、好きになった女の子。




 その女の子との思い出を少しでも長く…




 感じたかった。





 俺は引っ越しまで時間ができた。





 だから、お店でお客として麻雀を打ちまくっていた。




 それしかすることがなかったから。



 で、久しぶりに池本も遊びに来てたので一緒に打った。




「なぁ、なつ。最近、幸奈ちゃんとどうなん?進展あった?」



「…特に何もないよ。池本の方は祥子さんとどうなの?」



 何もなかったわけじゃない。



 当然、大きなことがあった。



 でも、あの日以降、幸奈ちゃんは返信をくれなくなった…



 あの時の去り際に、もう連絡はないかも知れないと感じてはいた。



 バイバイ…



 幸奈ちゃんの口から初めて聞いた台詞だった。




 俺は幸奈ちゃんの仕事が休みの日以外、毎日、いつもと変わらない内容でメールを送っていた。



 でも、反応はない。





「祥子と付き合ってるよ」



「えっ?そうなんだ」



 本当に付き合うとは…



 合コンの時に、お似合いだと、みんなにくっ付けられる感じで弄ってた。



 祥子さんは見た目は悪くないが、どこかぶっ飛んでいる。



 危険な感じがするので、同じくぶっ飛んでる池本をみんなであてがった感じだ。



 ヤバいカップル誕生だ。



 羨ましい気がまるでしない。




「祥子に聞いたら、幸奈ちゃんはなつのことを最初から気に入ってたって言うし、なつ次第で上手くいくやろ」



「最初から…?そんな風には全く見えないんだけど…」



 最初はまるで手応えゼロ…



 あれで気に入ってたって言われても、実感がまるでない。



 でも…連絡して誘ってきたのは幸奈ちゃんだった…




「そういえば、祥子が言ってたが、来月下旬には引っ越して居なくなるって本当?」



「本当。でも、なんで祥子さんが?」



「そりゃ、幸奈ちゃんに聞いたからだろ。ていうか、マジなん?隣県だろ?」



 そっか…



 ねーさんって祥子さんとそういう話してるんだ…




「うん、隣県。ここからだと車で2時間弱の所」



「結構あるな…。なかなかこっちに遊びに来れそうもないな」



「そうだね。ちなみにバイトも今月いっぱいだよ」



「じゃあ、引っ越したら祥子と遊びに行くな!」



「ああ。いつでもおいで。でも、祥子さんと結構、一緒にいるの?」



「うん。同棲してるよ」



「えっ!?そうなの??」



「うん。俺が転がり込んでる」



「まぁ、それなら新しい家に一緒に泊まりにおいでよ」



「うん!でも、とりあえずお別れ会するか!幸奈ちゃんも呼んで!」



「えっ!?でも…たぶん幸奈ちゃんは来ないよ、きっと…」



「ケンカとかしてんの?」



「してないけど…」



「……。ふ〜ん…。祥子に探り入れよっと」



「それはマジで勘弁して…」



「まぁ、任せとけって!」





 本当にやめてほしかった…



 断られるという現実を突きつけられたくなかったから。



 それほどに好きなんだ。



 好かれなくても嫌われないならそれでいい。



 それから3日後に池本から連絡があった。



「なつ!火曜日に4人で遊ぶぞ!」




 本当に設定されるとは思わなかった。



 祥子さんが幸奈ちゃんとシフトが同じ時に話を持ちかけたようだ。



 完全に忘れていたが、あの2人はバイト先が同じ。



 俺がメールしていた時も何度かは祥子さんが横にいたのだろう。



 幸奈ちゃんに会えるのは嬉しい。



 しかし、それ以上に怖い。



 あの夜以降、やり取りをしていないから、気まずい。



 そう考えると逃げたい気持ちが大きくなる。



 でも、来週には向こうに行く。



 最後にやっぱり会いたい。



 どんなに酷い反応(リアクション)だったとしても。




「ありがとう、池本。で、どこに行けばいい?」





 火曜日、俺は例のカラオケ屋さんの近くの居酒屋に向かった。



 このカラオケ屋さんのある地域は、池本と祥子さん、そして、幸奈ちゃんの居住地域だ。



 指定されたお店に向かう途中、その店で個室予約していて、3人とも先に来ていると電話が池本からあった。



 店に着いたが、個室に入りづらい。



 当然それは池本達に…ではない。



 幸奈ちゃんの反応が怖い。



 そういう気持ちを持ちつつ扉を開けた。



「待たせてごめん!」



 入った瞬間、1つのテーブル席を囲むように3人が座っているのが見えた。



 向かって右に奥から祥子さん、手前に池本。



 左側には幸奈ちゃん、そして、その横に誰もいないクッションが置かれている。



 池本カップルが同時に言った。



「「遅いぞ〜!」」



 幸奈ちゃんは、それに対してクスクス笑ってる。



「渋滞に巻き込まれて、遅くなった!ごめん!」



 そう言って自然に…



 幸奈ちゃんの顔を見なかったので、ある意味で不自然に、用意された席に座った。



「久しぶり。元気だった?」



 横でにっこりと幸奈ちゃんが言ってきた。



「うん」



 笑顔でそう返した。



「なつ!飲み物何にする?」



「じゃあ、ウーロン茶で」



「え〜!生は俺だけかよ」



「しょうがないじゃん。みんな車だし」



「お前は飲んで、その後で幸奈ちゃんとどっか泊まったらええやん!」



「アホか!」



 この場面で池本はとんでもないことを言いやがる。



 決して隣を見ることはできなかったが、視界の端で幸奈ちゃんが笑っているのが見えて安心した。



「では、なつの新しい門出を祝して…かんぱ〜い!!」



 こうして俺のお祝いが始まった。



 祥子さんが俺を弄り、幸奈ちゃんが便乗して大笑い。



 池本は酔っ払ってどんどん酒を飲む。



 次第に祥子さんが池本を介抱しだして、俺と幸奈ちゃんは2人で話しはじめる。



 あの日のことがなかったようにお互いが自然に笑い、ふざけあう。



 その様子を見て祥子さんが言った。



「あんたら本当に仲がいいね」



「そう?なつが変なことばっかり言うから私が指導しているだけよ〜」


 と、幸奈ちゃんが笑いながら言う。



「えっ!?俺、指導されてるの!?」



「そうよ、私、何か間違ったことを言ってるかしら?」



「いやいや…、俺、変なこともおかしいことも言ってないし」



「へ〜…なつって、そういう口答えするんだ…」



「口答えって…」



「えっ…。口答えじゃん。なんか言うことはないの?」



「ええ…。うう…。ごめんなさい」



「あはは!やっぱりなつって面白いわ〜」



「いじわる…」



「ん?今なんて言った?」



「ごめんなさい」



「分かった。特別に許してあげる!」



 いつものようにやり込められた。



 池本が酔って寝てしまい、幸奈ちゃんはよそ行きの笑顔や対応がなくなって、いつものような感じになった。



「なっちゅん達って、完全にカカア天下なんだね!」



 と、その様子を見て笑いながら祥子さんが言った。



「カカア天下って…」



「なつ〜!違うよね?」



「違うって何が?」



「だから違うよね?」



「何が?」



「違うよね?」



「…うん、違うね」



「うふ。可笑しい!私ちょっとお手洗いに行ってくるね!」



 そう言って幸奈ちゃんは部屋を出た。



 それを見計らってか、祥子さんが目をくるくるさせて言ってきた。



「なっちゅんって凄いね!」



「…何が?」



「あんな幸奈ちゃん初めて見た!」



「そう?いつもあんな感じだけど…」



「うちら結構付き合い長くて色々見てきたけど、幸奈ちゃんって誰に対しても今の感じと真逆だよ」



「真逆?」



「うん。誰に対しても、遠慮があるって言うか…優しいって言うか。だから、なっちゅんが好きで心を許してるって感じが丸わかり」



「…そうかなぁ?」



「うん。…なっちゅんは()()()()()()()()?」



「うん、知ってるよ。池本から聞いたし、そもそも、そうかなって思ってた」



「それでも、なっちゅんは幸奈ちゃんを好きなの?」



「…好きだよ」



「じゃあ、私は、なっちゅんの味方だよ」



 そして幸奈ちゃんがトイレから帰ってきた。



 先程の祥子さんとの会話はなかったかのように3人でワイワイと楽しんだ。



 宴もたけなわ。



 店員さんの「オーダーストップ」という知らせとともに俺らは個室を出た。



「じゃあ、私達は先に帰るね〜!またね、なっちゅん」



 池本カップルは、引っ越し前日にうちに遊びにくると言って、それからすぐに帰った。



「ねぇ、なつ…」



「…何?」



「…ごめんね」



「…ねーさんがごめんねって言うのは似合わないよ〜」



「ごめん」



「謝られることされた覚えないよ」



「返信をずっと無視して…」



「俺は気にしてないから大丈夫よ」



「ねぇ、なつ。ここは人多いから場所変えて、ちょっと話そうよ」



「…いいけど、どこに?」



「車で私の後ろをついてきて」



「…うん」



 それぞれ車に乗り、幸奈ちゃんに先導された。




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